85話:破られる氷結から仮継承が始まりそうです()
「なんという事だぁ!! ペネムエ選手は、最上級氷魔法の絶対零度のレベルが、オーバーハンドレットに到達していたぁ!!
これは大逆転となったかぁ?」
今までのペネムエを蔑むような実況が嘘のようにテンションの高い実況が流れる。
天使であってもレベルを持つ最上級魔法が100以上を超えている者はそうそういない。
それが150で発動されたのだから、驚くのは無理も無かった。
「ペネムエの絶対零度は120前後が限界だったはずじゃ。それが、この局面で150とはのぉ」
それはペネムエが仕えている女神アルマも同じだった。ソファーに深く腰を掛けながら、この状況を見守っている。
「あなたは、こうなる事を知っていたのよぉ?」
ペネムエの身を案じていた女神アテナはひっ迫した様子で問いかける。
「確かに『手を出しても意味がない』とはいったが……ここまでとは想定外じゃ。
それに決着はまだだしのぉ」
だがアルマは、その質問に納得のいく答えを出す事は無く、リラックスしているようにも見える態度だった。
「さて、2人の生命反応は弱っていません!! この氷から脱出し先に仕掛けるのはどちらになるのか!!」
分厚い氷のせいで、2人の様子は目視では分からないが、審判も兼ねている実況は、机に置かれている石版に輝く2つの光で中の2人がまだ戦闘可能な事を確認していた。
*
絶対零度に閉じ込められながら、この氷の中でゼウはペネムエの魔力から想い強い思いを感じていた。
(奴は嘘を付いてはいない……本当に帰りを待つ人間の為に、ここまでの力を発揮したのか……)
だが、同時にゼウに1つの疑問が浮かぶ。
(これほど、1人の人間を思いやれる天使が、本当にライカを手にかけたのか? ライカ……お前は本当は誰にやられた?)
ゼウは、自分の見た光景を思い返してみるが、どれだけ思い出しても、その姿は、今自分を凍らせたペネムエその者だった。
*
「さぁ、両者が氷の中に埋もれてから3分が経過しようとしています。昇格試験の規定では5分間の硬直があった場合は両者失格となってしまいます。
どちらか一方でも勝ち残りA級に昇格してもらいたいものです!!」
少なくとも今の実況からはペネムエを人形と差別するような感情は感じられない、このスタジアム中を凍らせた絶対零度を見てペネムエに何かを感じた者は観客の中にも多いかもしれない。
「4分が経過!! このまま両者失格となってしまうのかぁ?」
と実況が再び話し始めると同時に、分厚い氷の上にペネムエが突如として現れた。
「はぁ……はぁ……いつもより力を込めたせいでしょうか? 自分の魔法から脱出に手間どるとは……」
ペネムエは息を切らしながら氷の上に膝を付く。
ゼウの姿が見えない事を確認すると、気が抜けて体に力が入らなくなってしまった。
「先に姿を現したのはペネムエ選手だぁ!! 残り30秒!! これは勝負あったかぁ!?」
実況のテンションが上がり、観客の中から微かに歓声も聞こえるが、ペネムエはその変化に気が付いていない。
「残り10秒!!」
実況が、カウントダウンを始めようとした、その時だった。
絶対零度で氷原と化したコロシアムの氷の一部にピキピキと音を立てヒビが入った。
「そんな……」
ペネムエが身構えると同時に、ヒビを中心に氷は完全に砕け散り、ゼウが高いジャンプで飛び出してきた。
「おおっと!! 時間ギリギリでゼウ選手も脱出成功だぁ!!」
実況の叫びとともに観客からも再び歓声が上がる。
しかし、その頃にはゼウはペネムエの目の前に迫っていた。
ペネムエも、臨戦態勢に入っており神槍ブリューナクを両手に構える。
だが、ゼウから、さきほどのような殺気は感じれなかった。
「80年ほど前、ブレイズという世界で、人間に雷神として祀られていた雷鬼が、銀色の天使に殺された。
俺は敵を取ろうとしたが返り討ちに会い、右手を失った……
この話に聞き覚えはないか?」
「ブレイズという世界に行った事はありません、まして当時のわたくしに、あなたの右腕を落とす程の実力があったとも思いません」
ペネムエはゼウから目を離す事なく真剣で真っ直ぐな眼差しで答える。
その回答に、ゼウはハッとした。何故自分はこんな単純な事に気が付かなかったのだろうかと。
思い返せば、80年もの時が流れているにも関わらず、目の前のペネムエという天使は当時から全く歳を取っていないように見える。
(まさか……アイリーンの記憶改変か?)
ゼウは12神官の座るボックス席をギロリと睨む。
「……すまなかった、ギブアップだ」
「えっ?」
ペネムエは、予想していなかった言葉に驚きながらもブリューナクを握っていた右手を下した。
「ここでゼウ選手ギブアップだーーー!! 流石に今の脱出で魔力を使い果たしてしまったかぁ?」
実況のアナウンスにより、ペネムエの勝利が確定した。
あれだけ憎しみの感情を表に出し闘っていたゼウが、急にギブアップしたので、実況を含め観戦していたほとんどの者は、ペース配分ミスによる魔力切れだと思っていた。
しかし目の前でその姿を見ているペネムエには、ゼウがまだ余裕のある事は分かっていた。
「……それだけの実力がありながら、A級に上がらなくて良かったのですか?」
「上がる機会ならいくらでもある、謎はあるが……ライカの敵を取るには今の地位の方が都合が良さそうだ」
そう言い残し、ゼウはコロシアムから姿を消した。
しばらくして、他の天使の時ほどでないが、ペネムエにも勝利を称える拍手が送られた。
慣れない事ばかりで戸惑うペネムエだったが、ハッと気が付いたように、観客席の四方八方へ何回かお辞儀をした。
大切な人と出会えていなければ、こんな気持ちで戦うことは無かった。
万が一勝てていても、このささやかな拍手すら送られる事は無かっただろう。
ペネムエは拍手の音を感じながら、コロシアムを後にした。
*****
この戦いを見ていた天使が、みなペネムエを認めるという訳にはいかなかった。
12神官が座るボックス席では、その1人クローバーが頭の四つ葉のような髪を揺らしながらアイリーンを問い詰めている。
「アイリーン殿!! 人形の奴生き延びるどころか勝ち残りましたぞ!!
どう責任を取るつもりですかな? 辞任ですかな? 辞任!! 辞任!!」
しかし、問い詰められたアイリーンはボーっとコロシアムを見つめるだけだった。
「アイリーン殿!! 聞いているんですかな!? 辞任ですかな?」
「えっ、あぁぺネ……人形の事だったわね。
まぁゼウ君は、強いけど甘い所があったから」
何度かクローバーが呼びかけたところでようやく気が付いたアイリーンは、ハッとした様子で返事をした。
そして、すぐにその目は冷たい物へと豹変する。
「まだA級試験は続きます。人形には、ここまで残ってしまった事を後悔するような相手を用意してあるのでご心配なく」
口調は穏やかであっても、12神官全員がアイリーンから狂った何かを感じていた。
*****
12神官の中で、ただ1人離れた所から観戦していたオーディンも決着を静かに見つめた。
「ペネムエが……」
「あの状況から勝った?」
共に観戦していた、メイジとトリマーも驚きの声を上げる。
「メイジ、もう彼女を人形とは呼ばぬのか?」
「あのような戦いができる者を……人形などとは言えませんわ」
メイジの目にペネムエを名前で呼んだ事への後悔などは感じられなかった。
「トリマー、お主はペネムエをどう思う?」
オーディンの質問にトリマーは数秒の沈黙を置いて口を開く。
「……分かりません。
ただメイジ様が神剣アンサラーの継承を許されないのに何故あの者が神槍ブリューナクを継承できたのかと今でも思います……
そういう意味では彼女が人形で無くとも関係なかったのかもしれません……」
「そうか、お前がそこまでメイジを思っているとは知らんかった」
トリマーの返事にオーディンは申し訳なさそうな表情をみせた。
「それで昔からペネムエに強く当たっていましたのね……」
メイジもトリマーは他の天使よりペネムエに当たりが強いと思っていたが、その理由は今初めて知ったのだ。
「ではメイジがA級に昇格した日には神剣アンサラーは、メイジに継承させるとしよう」
「お爺様……よろしいのですか?」
急な提案にメイジは涙を流し、トリマーも驚きで体が震える。
「次回の試験まで、鍛錬を怠らなければ昇格できるだろう」
「ありがたき……御言葉ですわ」
それとトリマー……気負いすぎぬ程度でこれからもメイジを頼むぞ」
「はい!!」
オーデーンは、優しい笑顔で2人に言葉を掛けた。
答える2人の表情は12神官と話していると思えないくらい明るくなっていた。
「それと……やらなければならない事がある」
「はい?」
「なんですの?」
今の今まで優しい表情だったオーディンが険しい表情になった事に2人は嫌な予感をした。
「アイリーンは今回の試験でペネムエを『処分』するつもりらしいのでな。
私は黙認するつもりだったが……たった1人の人間の元に帰る為に戦った彼女を死なせる訳にはいかんな」
「そんな……」
「いくらアイリーン様でも、そこまで……」
オーディンの言葉にトリマーとメイジは息を飲んだ。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
ストーリは一生懸命練って執筆しております。
少しでも続きが気になったらブクマ登録して頂けると励みになります。
下の星から評価も、面白いと感じたら、入れてくださると嬉しいです。




