83話:観戦から憎悪の記憶が始まりそうです()
ゼウは、試合開始から数十分が過ぎても尚ペネムエに高速で雷の拳を振るい、時に雷撃を当て、ペネムエが気を失うとすぐに回復させ攻撃を続行するという行為をただ繰り返していた。
試合はギブアップも認められているがゼウの連撃が、それを許さない。
最初こそ、人形を壊してしまえなどと盛り上がっていた一部の観客も今は静まり帰ってしまい、コロシアムを雷撃の音のみが響き渡る。
12神官も試合を静かに見守るが、オーディンが静かに立ち上がった。
「オーディン様、どちらへ?」
「……見ていられん」
アイリーンの問いに一言だけ答え、ゆっくりとボックス席から足し去っていく。
*
オーディンは風に当たろうと中庭に来ていた。
今は、ほとんどの天使が試合を見ているので、ここに来るまで誰ともすれ違わなかった。
ゆっくりとベンチに腰を掛け、コロシアムの廊下をボーっと見つめていると、2人の若い女の声が聞こえた。
その声に聞き覚えのあったオーディンは、今しがた座ったばかりのベンチから立ち上がり、声の元へ向かった。
「残念であったな、メイジ」
「おっ、お爺様!!」
後ろから不意に声を掛けられメイジは驚き、隣にいたトリマーは声も出せず頭だけ下げた。
救護役の天使から、治療を終えて出てきてすぐに声を掛けられた上に、その相手が祖父とはいえ12神官の1人なのだから無理もない。
「あの……みじめな戦いを、お見せして申し訳ありません!!」
オーディンの姿を見た途端に、ゼウに一瞬で敗北してしまった自分の姿が目に浮かんだ。
「恥じる事はない、A級への昇格は200歳でも早いと言われている。
この敗北から学び、次に生かせれば、それでよい」
その言葉にメイジは涙を流し、トリマーは肩を叩く。
「……それにな、あのゼウという者、異常だ」
「はい、信じられない強さでしたわ」
「腕っぷしの話ではない、お主ら2人とも、この戦いを見て何も感じぬのか?」
コロシアムの要所に設置されている、試合のライブ映像をオーディンは杖で指しながら2人に問いかけた。
「私は特には……」
トリマーは、今もなお痛み付けられているペネムエを見ても何も答える事はできなかった。
しかしメイジは違った。
「いくら相手が人形だとしても、生き物を痛め付けるような戦い方……
天使として、ありえませんわ……」
メイジの言葉にトリマーもハッとした。
天使は魔物との戦闘ですら、決して相手を痛ぶるような戦い方はしないのだ。
魔法列車では、怒りに任せて戦ってしまい、人形など、どんな目に合っても構わないと思っていて目の前の異様さにトリマーは気が付く事が出来なかった。
そうまで思っているからこそ、トリマーはオーディンに質問することを堪える事が出来なかった。
「確かに、あのゼウという者の戦い方は常軌を逸しているかもしれません……
しかし、恐れながらオーディン様は人形の存在を、お認めになるのですか?」
「トリマー!! 御爺様になんて無礼な!!」
「よい」
取り乱すメイジをオーディンは宥め、話を続ける。
「天使として、創られた魂を認めるなど口にしてはならんのだろうな……まして私は12神官という立場だ。
しかしな私はペネムエという天使を初めて見たが、彼女は待ってくれている人間の為に戦う、そう試合前に言っていた」
「天使とは、より多くの人間の幸せの為に存在しているのです。
たった1人の人間の為に戦うなど……」
トリマーはオーディンに見えない威圧感を感じながらも意見を述べた。
「天使としては、それが正しいのかもしれん。
だが、たった一人を想う心は、時として多くを救おうとする心を超える力を生み出す」
「御爺様は、人形……ペネムエに勝機があると、お考えですか?」
今度はメイジが、恐れ多そうに尋ねる。
「勝負と言うのは、実力や途中経過で決定するものではない。
決着が着く前の瞬間瞬間に傍観する者が何を語っても意味はない。
1つ言えるのは、あのゼウという者もペネムエと同様に他の天使と異なる事情を抱えているという事だな」
そのオーディンの一言を最後に3人は静かにペネムエとゼウの戦いを静かに見つめた。
*****
ゼウはペネムエとの戦い。戦いと言うにはあまりにも一方的に攻撃を加えながら、80年ほど前の出来事を思い出していた。
この頃のゼウの右腕は他の天使と変わらず、服装も天使らしい純白の服だった。
女神アルマの部屋に呼び出されたゼウは、目の前の白い椅子に腰かけ机に頬杖を付いているアルマと対面していた。
アルマの独特の雰囲気に緊張はしてしまうが、女神直属の命令は、適任と思われる天使が直接呼び出されるケースも珍しくないので不安は無かった。
「急に呼び出してすまなかったのぉ」
「いえ……お会いできて光栄です!!」
ゼウは女神を間近で見るのは初めてだった。女神は、ほとんどの天使の情報を持っているが、その中で自分を指名してくれた事が嬉しかった。
「実は、ゲートを通ってブレイズという世界に雷鬼の卵が流れこんでしまったんじゃ」
普通の生物がゲートを通り異世界に行くなど不可能だが、卵という産まれる前の不完全な状態がゲートを潜る事を可能にしてしまったのだろう。
極めて稀なケースだか、天界学校で習うケースだ。
問題なのは卵の迷い込んだブレイズという世界だ。
「ブレイズ? 魔物も少なく比較的平和な世界ですよね?」
「うむ、ブレイズの人間が雷鬼を討伐しようとすると国1つは犠牲になるじゃろう、方法は任せるが雷鬼の処分を任せたい」
「卵を破壊、生まれていた場合は討伐しろと?」
雷鬼は人間に近い知能を持つ生き物だ。魔力の塊である魔物とは事情が違う。
天使が護る対象は人間や亜人などだが、雷鬼はあくまで人間に近いだけの生き物。
保護対象ではないが、あいまいな存在なので天使が雷鬼に手を出す事は滅多になかった。
「卵であれば住む世界に返す事もできる、生まれていたとしても人に危害を加える雷鬼ばかりではないからのぉ。
そういう判断も、お主には期待しておる」
「はい!!」
ゼウはすぐにブレイズに向かった。
*****
「……遅かったか」
すぐに到着したゼウだったが天界とブレイズの時間差のせいか雷鬼はすでに生まれていた。
雷鬼の成長は人間よりも早く、すでに3才程度にまで成長した。
幸いここは人気のない山の中なので、まだ人的被害は出ていないと思われる。
「すまない、人間を護るのが天使の使命なんだ」
ゼウは収納魔法から短剣を取り出した。
「せめて苦しまないように逝かせる……」
ヨタヨタ歩きながら近寄って来る雷鬼の首元を勢いよく付こうとする。
「ニーニー?」
「はっ?」
雷鬼が自分に抱き着いてきたので、ゼウの短剣を思わず離してしまい地面に落としてしまう。
雷鬼は卵を2個以上産むので兄弟で活動する。1人で行動していたこの雷鬼はゼウを兄弟と思ったようだった。
*****
結局、雷鬼を討伐できなかったゼウは、雷鬼が10歳になるまで兄変わりとなって育てた。
一緒に人間の村に下りて行き、人間に危害を加えてはいけないと言い聞かせた。
いつしか雷鬼は、ブレイズの人間から雷神として祭られるようになった。
「人間に危害を加えないように教えてきたが、まさか祭られるようになるとは……」
ゼウは常に雷鬼を監視していたわけでないが、村人から話を聞くと、土砂崩れの岩を破壊したり、人間の子供の子守などしていたらしい。
「ニーニー!! いらっしゃい!!」
「元気だったか? ライカ?」
10歳の誕生日に、ゼウは雷鬼をライカと名付けた。
雷鬼は10歳になるまで性別が分からない。
なので名付けるのは待っていたが、まさか女の子だとは思わなかった。
「うん!! 村の人もね、果物とかいっぱいくれるし優しくしてくれるの!!」
ライカはリンゴのような果物をかじり笑顔をみせる
「そうか」
ゼウはライカの頭をポンと撫でる。
天使であるゼウはずっとブレイズにいる訳にはいかない。
それでも、暇ができるとブレイスに行きライカと会っていた。
そんなある日、事件は起こった。
「ダメじゃないですか? 天使が人間に害をなす雷鬼なんて飼っちゃ」
「な……」
ゼウが見たのは、人形と言われている天使ペネムエが、ライカの胸に神槍ブリューナクを突き刺す姿だった。
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