81話:武術からシェンシェイが始まりそうです
コロシアムでは、尚も試合が続く。
今は待合室でペネムエに話しかけて来た、リンシャの試合を行っている。
「強い!! リンシャ選手、圧倒的に強い!!」
3人によるバトルロイヤルは、すでに1人が脱落。
リンシャと大男の一騎打ちとなっているが、リンシャはまだ無傷で立っていた。
「はぁ……はぁ……こんなバカな話があるかぁ!!」
さっきから、屈強な男は陰の球を打ち続けている。
しかし、それはリンシャから勝手に軌道が反れてしまい一発も当たっていなかった。
だが、問題なのはそこではない。
異変には、この試合を観戦している全員がすぐに気が付いていた。
(あのリンシャという者、さっきから……いえ、この試合が始まってから一度も魔法を使っていない?)
ペネムエも、この試合を食い入るように見つめる。
魔法に対する知識には自信があるが、こんな状況は初めて見る。
リンシャは回避の魔法どころか、何の魔法も試合開始から使用してないのだ。
「悪いネ!! 自分でもよく分からないけど、こういう体質みたいアル。
ちょっとや、そっとの魔法は全部、勝手に私から反れていくアル」
「んな馬鹿な話があるか!! 魔法が反れるなら、これならどうだ!!」
大男は、陰の魔法で地面をエグり、大岩のように削り取り持ち上げた。
そしてリンシャに投げつける。
「たしかに、それなら魔法じゃないネ!! だけど、足りないアル!!」
しかしリンシャは、その大岩を回し蹴りであっさりと破壊してしまった。
「ぐ……肉体強化も無しで……
だったら、ちょっとやそっとの魔法じゃねぇ……肉弾戦でどうだ!!」
大男は黒い影を全身に纏い、リンシャに拳で襲い掛かる。
リンシャは右に左に飛び跳ねながら回避するが、コロシアムの床は衝撃に耐えられず次々とエグれてしまう。
「全く、せっかく修復されたばかりのコロシアムを速攻で壊してるんじゃないアル!!」
「そんなに気になるなら止めてみやがれ!! さっきから魔法を使ってないようだが、お前さん本当は魔法が使えないんじゃないのか?」
大男は攻撃の手を休める事無く、拳を振るい続ける。
「半分正解ネ。私は魔法を覚える才能が無くて、使える魔法は3つだけアル」
「はん!? そんなんで試験を受けに来たのか?
A級を舐めるんじゃねぇ!!」
これまでで一番の攻撃が襲い掛かる。
「なっ……」
だが、その拳をリンシャは右人差し指一本で止めていた。
「お前さんだって、今日使った魔法は10種類もないアル。
力押ししかできない筋肉馬鹿ネ」
「そんなに死にたいなら、手伝ってやるよ!!」
挑発に乗ってしまい、頭に血が上ってしまった大男は、黒い影を右手に集中させ、さらに強い一撃を振るおうとする。
「さっき、私は魔法を使わずに、その魔法を止めたアル。
ちょっと力を入れたからって、通用する訳がないでしょ!!……アル」
大男の攻撃が振り下ろされる前に、リンシャは、この試合初めての魔法を使用した。
【ファイター】
赤いオーラをリンシャが身にまとった瞬間、大男はすでに倒れていた。
「……決着だぁぁぁ!! 勝ち残ったのはリンシャ選手だぁぁぁ!!
恥ずかしながら、最後の一撃、実況一筋150年の私も何が起こったか分かりませんでしたぁぁぁ!!」
試合終了から数秒の沈黙の後に、実況がハイテンションでリンシャの勝利を告げる。
最後に何が起こったのか分からなかったのは、この試合を見ていたほとんどの者が同じ感想だった。
(翔矢様の得た力と同じファイター?)
ペネムエは、リンシャの早すぎる動きよりも使用した魔法に興味を持っていた。
*****
リンシャの試合の後に出番を控えていたペネムエは、コロシアムの試合場へと続く通路をゆっくりと歩いていた。
そこで試合を終えたばかりのリンシャと鉢合わせた。
「リンシャ様……おめでとうございます」
リール以外の天使に、業務連絡以外で自分から話しかけるのは久しぶり、いや初めてかもしれない。
「シェンシェイ!!」
「シェンシェイ?」
リンシャの言葉は聞き取れたのだが、その意味が分からずペネムエはキョトンと首を傾げてしまう。
「あぁ、ごめんアル、私の派遣されてる国の言葉で『ありがとう』って意味ある」
「そうでしたか」
「おっと、ペネムエも試合アルネ!! 頑張って来るアル!!」
そう言いながらペネムエの背中をパンと叩いてきた。
「えっと……シェンシェイ、でございます!!」
「ははは、まぁ使い方は間違ってないと思うアル」
リンシャはペネムエにエールを送った後、クスクスと笑いながら、この場をゆっくりと去っていった。
「初対面なはずなのに、なんだか話しやすい方でした……
翔矢様の手にした力と同じ魔法を使っていたからでしょうか……?」
何が起こるかも分からない試合の前だというのに穏やかな気持ちになり、自分でも不思議な感覚だった。
「翔矢様……早くお会いしたいです……」
ペネムエはポケットに入れていた、翔矢のバンダナをグッと握りしめ、試合へと向かった。
*****
リンシャの戦いぶりには、ボックス席で揃って観戦している12神官もザワついていた。
「何故じゃ!! なぜあのリンシャという者には魔法が当たらなかったのじゃ?」
クローバーは、頭の大きな四つ葉をブンブン振りながらアイリーンに問いかける。
「さぁ? 私にはわからなかったわねぇ」
アイリーンもホワンとした表情で首を横に傾げる。
「人の頭に眠る、潜在的な記憶まで見通せるお主でも分からぬとはな……」
「私には分からないけど、オーディン様なら何か分かったのでは?」
アイリーンに話を振られたオーディンは、自信の長く白いヒゲをスゥっと右手でなぞりながら話し始めた。
「……あれは魔力の渦じゃな、魔力を持つ者なら誰しも周りに魔力が渦を巻いている。
通常この渦が周りに影響を及ぼす事は無いが、彼女の場合は体質なのか自信に近づく魔法に渦の波長が一致し、魔法を反らしておったのじゃ」
「そんな体質の者がいようとはなぁ」
クローバーは一応の納得はしたが信じられないといった感じだ。
「オーディン様は魔力を感じるのではなく、物体と同じく視認する事ができるのでしたね」
「神器の奥義を習得した副産物だ、奥義発動以外には必要な物ではないがな」
そんな話を3人で話していると、背の高くグルグルとしたヒゲが特徴的な男、12神官ピエルンが口を開いた。
「そんな事よりも、次の試合はオーディン様の孫娘ちゃんが出るのでは? ボーン?」
「おぉ、そうであった!! しかしメイジにA級の試験は受ける事すら時期早々……」
「およよ? 応援していないんですか? ボーン?」
「もちろん心では応援しておる、ただ早いと思っているだけだ」
「その相手は、人形……もう一人はザ・シャイニング出身の少年ですか……
アイリーンちゃん、仕組んでますね。 ボーン?」
ピエルンはヒゲをピンと弾きアイリーンを問い詰める。
「ノーコメントとさせて頂くわ」
アイリーンは、ピエルンの質問に不気味なほどの笑顔で答えてみせた。
*****
12神官たちの話しなどペネムエは知るはずもなく、間もなく入場の時を迎えるペネムエ。
目を閉じ心を落ち着かせ、その瞬間を待つ。
「ペネムエ様、入場をお願いいたします」
裏方の仕事を担当しているゴブリンに促され、ゆっくりと前に足を運ぶ。
(リールはB級の試験、翔矢様はスクールの試験勉強を頑張っておられました……
わたくしも……精いっぱい挑みます!!)
ペネムエが手に持つ神槍ブリューナクが、一瞬だけ金色に輝いたが、この時は目覚めつつある力に気が付かなかった。
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