78話:単語帳から達成感が始まりそうです
魔法列車の試験終了から、天界の時間で1週間ほどが経過した。
ペネムエはリールと合流し、天の頂内部にある図書館で筆記試験に備え勉強をしていた。
「うーん、あれがこうなって!! これがこうなって!!」
リールは厚みのある辞典を3冊ほど机に並べ、叫び声に近い呻き声を上げている。
「リール、いくら席が音を遮断していると言っても図書館では静かにするものですよ?」
ペネムエの言うように、天界の図書館では席に座ってしまえば大きな音を出しても、防音魔法で左右両隣くらいまでにしか聞こえない。
なのでノーマジカルの人間がイメージする図書館ほど静かにする必要はない。
それでも今は、天使たちの昇格試験の期間中。図書館はピリピリとした空気が張り詰めている。
「あれがこうなって!! これがあぁなって!!」
本から目を離さずに注意するペネムエの声が聞こえていないかのようにリールは大きな声で独り言を続ける。
「もう、分からない所があるなら普通に聞けば教えますよ!!」
ペネムエはリールの正面の席から、教えやすい右隣の席へと移動した。
「ごめんごめん、ペネムエの勉強を邪魔したら悪いと思って」
「正面で大声で独り言を言われても気になって集中できませんよ……
で? 何が分からないのですか?」
「この辺の魔方陣の書き順とか全部!!」
今まで3冊ほどしか本が出されていなかった気がしたが、いつの間にか10冊ほどの本が机に並べられた。
「ずいぶんと量が多いですね……」
「仕方ないでしょ!? B級の昇格試験は知識量が求められるんだから!!」
リールは泣き目で机をバンバンと叩きわめきはじめた。
「と言われましても暗記系の勉強を大量に教えるのは流石に……
A級の試験は最新の研究から出題されるので、わたくしも勉強は怠れないのです……
ノーマジカルにいた期間は、新刊があまり手に入りませんでしたから」
リールの大量の本を前に、自分が読むならともかく、人に教えるとなると流石のペネムエも自信がなかった。
「そこを何とか、なりやがらんのですか?」
泣き目のリールの顔はグチャグチャで、もはや原型を留めていない。
「そう言われましても……」
親友の泣き顔を見たことの無かったペネムエは、困り果て3秒ほど考え込む。
「そうだ!! 暗記と言えば、翔矢様がノーマジカルの勉強道具を下さったのでした!!」
ペネムエがテストを受けると聞いた翔矢は、ノーマジカルのある勉強道具を手渡していた。
それは……
「てててて!! 単語帳!!」
「ててててって何よ……これは?」
「表に問題を書き、裏に答えを書いて問題を解き続けるというノーマジカルの伝統的な勉強道具らしいです。
ネットのセット買いが、お得だったとかで余っていたらしく譲ってくださいました」
ペネムエは、魔法のポーチからどっさりと単語帳を取り出した。
「結局暗記物は繰り返して勉強するしかないのねぇ」
リールはガクッと肩を落し下を向いた。
「まぁまぁ、わたくしも試験に出そうな所を選んであげますから」
ペネムエは、リールの積み重ねた本をぺラペラと捲り、重要なページに伏せんを次々と張っていった。
リールは、それを見ながら必死に単語帳を書いていった。
*
地道な作業が続く事、約3時間。
「できたぁ!!」
単語帳を無事に完成させたリールは両手を広げ、飛び上がって喜んだ。
「おめでとうございますリール!! やり遂げましたね!!」
この3時間リールの姿を見ていたペネムエも涙と笑みがこぼれていた。
*****
その頃、ノーマジカルでは……
「あぁ!! もう、徳川多すぎ!! 何人いるんだよ!!」
リールがバイトをしている喫茶店で翔矢は、同級生の悠奈・卓夫、後輩の瑠々と共にテスト勉強をしていた。
「15人だよ?」
先ほどの翔矢の呟きに悠奈が答えた。
「知ってるよ!! 将軍全部で15人だからな!!
どれが誰だか分からないって話だよ!!」
翔矢は苛立ち机をドンと叩いた。
「翔矢先輩、うるさいです」
「わっ悪い……」
普段のテンションが比較的高い瑠々に真顔で怒られてしまい翔矢は怯んでしまった。
瑠々は、前にこの喫茶店に来た後で、バイトの面接を受けて合格していた。
他に客がいなかったので、今は制服のメイド服のまま、翔矢達と勉強をしている。
「その徳川をとりあえず暗記するために単語帳を作ってるのでござろう?」
「そうなんだけど、作れば作るほど作るべき言葉が増えるんだよな」
「そりゃあ、人の名前だけ暗記しても勉強にはならないでござるよ」
「頭で分かってても終わりが見えないのはしんどいな……」
「もぅ、少しは瑠々ちゃんを見習いなよぉ」
悠菜は、メイド姿でも高い集中力で勉強を再開している瑠々を指さす。
「だよなぁ……」
厨二病をこじらせている残念な後輩としか思ってなかった瑠々が真面目に勉強している姿を見て、翔矢は気合を入れなおした。
瑠々は前に、芸術作品のようなドラゴンの飴細工を作ったりしていたので集中すれば凄いタイプなのだろう。
「拙者も物理が苦手だから頑張ってるでござる、翔矢殿も頑張るでござる!!」
「おう!!」
「私も瑠々ちゃんのメイド姿を拝むの頑張るから!!」
「おう!!……ん?」
悠菜の一言には翔矢だけでなく、卓夫、それに高い集中力を見せていた瑠々も氷ついていた。
「あっ、あのぉ悠菜先輩? 我の事など見ている暇などあったら勉強を進めてはどうだ?」
悠菜はこの喫茶店に来てから、全員の勉強を見ていたのだが、自分の勉強はしていない所か、勉強道具すら出していなかった。
「えっ? だって私は授業聞いてるよ?」
その言葉に、瑠々の頭から、ついさっき言われた自分の事を見ているという話はすっかり消えてしまっていた。
「悠菜殿は、勉強は普段からしているでござるが、特にテスト前だからと力を入れたりはしないでござるよ」
「それで学年トップなんだよな……」
いくら六香穂高校が田舎の市立校といっても、何のテスト対策もせずに毎回学年トップは、すごいを通り越して他のクラスメイトからも引かれていたりした。
「本当に悠菜先輩は料理以外はハイスペックなんですね……」
「瑠々ちゃんに言われると照れますなぁ!!」
瑠々の小さな独り言も悠菜は聞き漏らす事はなかった。
*
そんなこんなで勉強を再開する事、1時間。
「できたぁ!!」
「頑張ったでござるなぁ!!」
「うん、うん!! よくやり遂げたよぉ!!」
単語帳を完成させ椅子から立ち上がり両手を挙げて喜ぶ翔矢と、それを称える卓夫と悠奈。
「先輩方……うるさいです」
「「「……すいません」」」
しかし勉強を続ける瑠々の目は冷ややかで、3人は固まってしまうのだった。
*****
勉強を終えたペネムエとリールは帰り道を歩いていた。
「今日は助かったわ!! これで筆記も完璧だと思うわ!!」
魔力の多さだけなら女神にも負けないリールは実技には絶対の自信を持っていた。
しかし学力に関しては下から数えた方が早い程度であった。
それでも単語帳を完成させた事で、筆記にも自信が付いたのだった。
「いえ、わたくしは単語帳を上げただけで、頑張ったのはリールですよ!!
B級の試験であれば、リールなら合格間違い無しです!!」
他愛もない会話が続いていると、分かれ道に到着した。
「じゃあ、私はこっちだから!!」
「はい、試験が……無事に終わったら、また会いましょう」
「えぇ、じゃあまた!!」
リールと別れ、しばらく歩いた所でペネムエはある事に気が付いた。
(あれ? 単語帳を完成させただけで、特に勉強はしていないよな……)
しかし単語帳を完成させた事で達成感に満ちていたリールの顔を思い出すと、通信魔法で伝える気にもなれないペネムエであった。
*****
一方、翔矢も勉強を終えて、悠菜、卓夫、瑠々と別れ、1人で帰り道を歩いていた。
「単語帳は完璧に完成したし、テスト対策はバッチリだ!!
っと、今夜にはぺネちゃん帰って来るんだよなぁ。
夕飯何がいいかなぁ……スーパーに寄ってくか」
ノーマジカルの時間では、ペネムエが帰って来るまで約1日だが、天界では1か月ほどの時間が経過すると聞いていた翔矢の頭は、夕飯の支度に切り替わっていた。
なお本日のテスト勉強の進捗は、リールと同じく単語帳を完成させたのみである……
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