69話:魔法列車から出発が始まりそうです
ペネムエが天界に戻る日が、とうとうやってきた。
真夜中の人気のない公園に、翔矢、ペネムエ、リール、グミが勢ぞろいしている。
「で、リールも天界に行くのか?」
「親友のペネムエがA級の天使に昇格して、超天才の私がC級のままってのも格好悪いからね。
まぁ実技は問題ないけど筆記が少し自信ないから受けるのはB級だけど……」
後の一言は、とてもか細い声だった。
「グミ様は、本当に天界に来なくてよろしいのですか?」
「アテナ様もアルマ様も、前回の協力のお礼で天界に招いてもいいって言ってたわよ?」
「ありがたい話なんだけどニャー。
確かに天界に行けば【世界渡り】の魔法が使えるけどニャー。
まぁ女神とコネが持てて仕事には苦労しニャイだろうし、前回の対価は翔矢に美味いスキ焼を食わせてもらったからニャー。
それに……悠ニャにまだ命を助けられた恩を返していニャイ」
最後の一言がグミの本音なのだろうと、この場の全員が思った。
そんな事を話している内にシュポシュポと蒸気の音が聞こえてきた。
話には聞いていたのだが、汽車など通るはずのない公園で、そんな音が聞こえて来たので翔矢はビックっとして辺りをキョロキョロする。
蒸気が濃くてハッキリとは見えないが、列車のようなものが黒いシルエットで確認できた。
「魔法列車!! 魔法列車!!」
これまでも魔法は何度も見てきたが、アニメなどで見ている物が実際に目の前に現れると未だにワクワクしてしまう。
(格好いい翔矢様はもちろん素敵ですが、子供のように騒ぐ翔矢様も素敵です……)
ペネムエが、そんな目で自分を見ているなど翔矢は微塵も思う事なく魔法列車を見つめていた。
しかし蒸気の霧が晴れた瞬間に翔矢の目は曇ってしまった。
「魔法……列車?」
現れた魔法列車は確かに運転車両は蒸気機関車のような見た目なのだが2両目以降がとても小さく、どう見ても1人用のトロッコにしか見えないのだ。
「え? 大丈夫? これで無事に天界まで行けるの?」
自分が乗る訳でもないのに翔矢の口からは不安の言葉が漏れてしまう。
「先頭車両の見かけは、こっちの蒸気機関車と変わらないけど動力とか構造は魔法仕掛けだから歯車とか痛んでても走行に支障はないしトロッコも安全装置が付いてるはずだから……」
「そうなのか?」
翔矢はリールの話を聞きながら何かに気が付いて魔法列車に近寄った。
「なんか、停車したときに部品のような物が落ちたんだが?」
翔矢は震えた声を出しながら、人差し指と親指で歯車のような物を摘まんで持ち上げた。
「まっ魔法動力なので車輪さえ回れば問題ない……はずです」
魔法についての知識は幅広いはずのペネムエだが、今回の回答は自信が無さそうにしている。
いくら知識があっても目の前の光景がこれでは自信も無くなってしまうのだろう。
一同が列車に不安を感じていると魔法列車から人影が降りて来るのが見えた。
その人影が近づいて来るにつれて翔矢は正体に気が付いた。
「あれって……マズい!! 赤メリ!! 赤メリ!!」
翔矢は赤メリと連呼しながらポケットに手を突っ込み、赤いメリケンサックを取り出そうとする。
ポケットに無理やり押し込めて入る大きさなので、取り出すのに手間取ってしまったがなんとか右手に装着する事が出来た。
「前とは違って俺も戦える!!」
右手に付けた赤いメリケンサックを左手の手のひらに当てると、上空に赤い魔法陣が現れ中に中世ヨーロッパ風の街並みがボンヤリと浮かんでいる。
【コネクト・ファイター】
魔法陣が降りて翔矢に当たる寸前で、ペネムエが飛びつき翔矢を押し倒し、ファイターの発動を阻止した。
「ペッぺネちゃん?」
急な出来事に驚いたのと女の子に押し倒されてた恥ずかしさから翔矢はテンパってしまい、それ以上言葉が出てこなかった。
しかしパニック状態になってしまったのは翔矢だけではなかった。
「マヨネーズ!! ケチャップ!! ドレッシング!! タルタル!!」
ペネムエが顔を真っ赤にして、なぜか調味料などの名前を連呼している。
様子をみかねたリールがペネムエにチョップをした。
「とりあえず宮本翔矢から下りてあげなさい!!」
「そうでした、失礼しました」
ペネムエが顔を赤くしたまま高速で翔矢から離れていく。
「な、なんだったの?」
とりあえず体を起こした翔矢だったが何が何だか全く理解ができない。
「このゴブリンは天界で管理し教育したゴブリンです。
人に危害を加える事は断じてありません」
「そうだったんだ。この前ゴブリンに襲われそうになったばっかりでつい……ごめんなさい」
ようやく事情が見えてきた翔矢はゴブリンに頭を下げ謝った。
「いえいえ、同族が人間に迷惑をかけているのは把握していますので」
「しゃべった!!」
謝ってはみたものの、ゴブリンに言葉が通じると思っていなかった翔矢はギョッとした。
「魔法列車の運行を任されていますからね。
停車駅の世界の言葉は勉強させてもらっています。」
「なんか、そう聞くと人間よりスペック高そうだな」
「我々天界に管理されてる魔物は、特定の仕事に特化していますからね。
その仕事に関する事であれば、あれこれに手を付ける人間より覚えは良いかと」
「どうでもいいんだけどさぁ、魔法列車ってこんなにボロボロだったっけ?」
翔矢とゴブリンが話している間に、ペネムエとリールは魔法列車をグルグルと見渡して外観を観察していた。
魔法制御なので大丈夫と言っていたが、綺麗に越した事は無いし部品があちこちに落ちてしまっているのは誰でも不安になってしまうだろう。
「不安にさせてしまい申し訳ありません。
最近の天使の方々は、ゲートさえ開いていれば自力で世界を移動してしまいますからね。
予算も降りず廃線になる路線が増えているのです。
ノーマジカルは魔法が使えないのでかろうじて運行ができていますが、それでも東京などと違って、この辺りは天使も少ないですからね。
2000年ほど前の機体に客席は安価なトロッコでなければ採算が……」
ゴブリンはとても暗いトーンで話し始めた。
「ローカル線経営難の波がこんな所にも……」
「翔矢様、何かおっしゃいました?」
「なっなんでもないよ」
「あなたが、A級天使昇格試験を受けられるペネムエ様ですね」
「そうですが」
「今回は『真神祭』が近いという事もありまして受験希望者が多いのです。
そこで、よそに会場を用意したという事でクラウディアという世界で試験用列車に乗り換えて頂きます」
ゴブリンは内ポケットかスッと切符を取り出しペネムエに手渡した。
「試験内容は担当の12神官の天使に任されていますからね。
まぁ会場が天界以外という事もあるのでしょう」
チケットをポーチにしまうとペネムエとリールはトロッコに乗り込んだ。
1人乗りのトロッコなので別々の車両に乗っているが、車両をまたいで普通に会話ができる距離だ。
「それでは行ってまいります!!
グミ様、留守中何かありました、何卒よろしくお願いいたします」
「この世界でなら、ニャーの方が天使より強いニャ!!
安心して行ってくるニャ!!」
「時間の流れの関係で明日の夜には帰って来れるんだよね?
でもペネちゃんにとっては1か月くらいの時間経過だっけ?
なんか美味しい献立かんがえないとなぁ」
「そっそれは楽しみですが、お気遣いなく」
ペネムエは口ではそう言っているが、すでに少しヨダレが垂れてしまっている。
「それでは出発いたします」
ゴブリンの声とともに汽笛が鳴り列車は出発した。
天に向かって走り出した魔法列車の前に空間の裂け目が現れ、その中に吸い込まれるように消えて行った。
「……走った所を見てもまだ不安だ」
「ニャーもちょっと乗りたくニャイ」
翔矢とグミは、いつまでも魔法列車に不安を感じたままなのだった。
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