65話:メイドから駄弁りが始まりそうです
(なんでこんな事に……)
喫茶店で何故かメイド服で店員をしていたリールに接客され翔矢は途方に暮れていた。
「では最後に、愛情を注入させて頂きます!!
おいしくなぁれぇ!! おいしくなぁれぇ!!」
リールはオムライスにケチャップで何かを書き出した。
(しかしノリノリだな……)
北風エネルギーと交戦した際もバイトの服で来たとメイド服姿だったリール。
翔矢も、その事は覚えていたのだがメイド喫茶的な事をしているとは思わなかった。
いや、そんな事まで考える余裕はあの時は無かったのだが。
「いやー可愛い店員さん!! びっくりしたけどラッキーだったね!!
私、通っちゃうかも!!」
悠菜の視線はオムライスとリールの間を行ったり来たりしている。
まるで反復横跳びのカウントをしているかのようだ。
「うーむ。メイド服か……恥ずかしいが露出は少ないし、まぁ許容であるか」
「瑠々ちゃんのメイド服。ゴクリ。
マスター!! 定期券ください!! いや待って!! 私もここでバイトすればメイドさん見放題?」
ここでのバイトを前向きに検討している瑠々を見て悠菜のテンションは最高潮に達していた。
「落ち着け悠菜。その場合は、お前もメイド服だぞ?
誰にでもご主人様とか言えるのか?」
「しまった!! マスター!! やっぱり定期券で!!」
「喫茶店で定期券って無いだろ?」
と翔矢は呟いたが、悠菜の方にマスターが近寄ってきた。
そして黒いカードをスッと差し出した。
黒いカードには定期券と書かれていた。
「やったーーー!!」
もう今日何度目か分からない悠菜のバンザイだ。
「あるのかよ……
ってか冷めないうちに食べるぞ!! 夕飯前にオムライスなんて注文しやがって!!」
テーブルには人数分のオムライスが並べられている。
すべてにリールの『おいしくなぁれ』が注入済みだ。
「いやぁ。今日は家に親がいなくて、お母さんに御飯、弁当とか買って食べてって言われてたんだよねぇ」
「俺らまで巻き込むなよ……」
悠菜が人数分注文したのを止めなかった自分も悪いのだが、翔矢は呆れかえっていた。
「我は、高校生活初の外食なので楽しいぞ!!
このような洒落た料理は久しぶりだ!!」
「拙者もオムライスくらいなら朝飯前!! いや夕飯前でござる!!」
すでに瑠々と卓夫はバクバクとオムライスを食べ始めている。
「いや、俺も食えるし食うけど夕飯どうしようかなぁ……」
翔矢は父親の事とペネムエの事を考えていた。
そして、隅の席に座っている人物に目を向けた。
その人物とはペネムエだ。
ペネムエとリールが今日会う事を翔矢は知っていたので、この場にいた事には驚いてない。
しかしペネムエが、先ほどからピクリとも動いていないのが気になっていた。
(まぁ、みんないる所で話されても周りへの説明が大変だからな……
そうだ、この距離なら心の声聞こえるよな?)
翔矢は、この場で晩御飯の相談をすることにした。
通じれば通信用の魔法石で返事を返してくれるはずだ。
(俺オムライス食っちゃったんだけど晩御飯リクエストある?
ぺネちゃん、たぶん食事は頼んでないよね?)
そう心の声で尋ねてみたが答えは返って来ない。
(あれ? ちょっと遠いのかな?)
次は通信用の魔法石を使おうと、ポケットに手を伸ばしたところで悠菜に話しかけられた。
「翔矢君!! 翔矢君!!」
「えっ? あっ? 何?」
特に、そうする必要は無かったのだが反射的にポケットから手が離れてしまう。
「ボーっとしてたの? 食後の飲み物、みんな頼んだよ?」
「おっ、そうだったのか。悪い悪い」
どうやら悠菜が定期券を頼んだ流れでマスターが飲み物の注文を取っていたようだ。
「えっと、ブレンドコーヒーで」
喫茶店に来たからには、翔矢の注文は最初から決まっていたのだが一応メニューをさっと見てから注文した。
ガシッ
「え?」
注文を終えるとマスターが翔矢の手を両手で握って来た。
とっさの事で、この場の全員が固まってしまう。
「失礼いたしました」
マスターは、すぐに手を離しコホンと咳払いをして話を続けた。
「古くからの言い伝えでこういう言葉があります。
『喫茶店を開業すれば、必ずやコーヒー注文する者が現れる』と。
あなたが、その伝説にある人物だったのですね」
「はぁ?」
マスターの言葉を聞いても翔矢は首を傾げるばかりだ。
「ごめんごめん。この店に来るお客さんって何故か誰もコーヒー頼まないのよ」
そうリールが補足してくれたお蔭で、何となく事情は分かった。
「あれ? メイドさんそんな話し方だったっけ?」
「い、いやですわよ。お嬢様。
私、普通通り話していたでござんすよ!!」
とキャラを誤魔化しすぎて訳の分からない事になっているリールは放っておく事にして翔矢は話を進めることにした。
「喫茶店でコーヒー頼まれないって何か事情が?」
「いえ……たまたまコーヒー以外の飲み物が好みのお客様が常連でして」
マスターは、よほど気にしているのか俯いてしまった。
「ちなみにみんなは何を頼んだんだ?」
「拙者はコーラでござる」
「食後にコーラかよ……」
「我はカフェラテだ!! なんでもメイドさんがラテアートをやってくれるそうだ!!」
「カフェラテならコーヒー系じゃないですか?」
翔矢の質問にマスターは首を横に振った。
「わたしが拘って毎朝ブラジルまで摘みに行っている豆はブレンドコーヒーにしか使用していないのです」
「そうなんですか……って!! 毎朝ブラジルは嘘ですよね?
ってかブラジルまで毎朝って現地は夜ですよね?」
「はっはっはっ。よく言われますよ!!」
「まぁ拘ってるのは本当だと思うので楽しみにしてますよ!!」
「はい!! ご主人様!! お嬢様!! お待たせいたしました!!」
マスターと話し込んでいる内に用意していたのかリールが4人の注文した飲み物を持って来た。
「えっ? マスターは注文してからずっとここにいた気が……」
「だから私が用意したに決まってるじゃない? 感謝しなさいよね!!」
「おっ、いいツンデレでござるな!!」
「ありがとうございます。ご主人様!!」
(あいつはこれでいいのか?)
思いのほかノリノリでメイドをしているリールの姿を翔矢は意外に思った。
「思い出したでござる!! メイド殿。ユリア様のサイン会にいた子でござるな!!
リアルの女に見覚えがあると思って記憶を遡っていたでござる!!」
「お前、こういうの好きそうなのに静かだと思ったら思い出せてなかったのかよ」
「以前とは服装が違っていたので」
「服装でしか人を判断できないのか、お前は」
と翔矢は返したが、思ってみれば卓夫がリールと会ったのは一瞬だった上に、その時の服装があまりにも露出が多くインパクトのある物だったので分からなかったのも無理はないだろう。
むしろ良く気づけたと思うレベルだ。
「そんなことより冷めないうちに飲んじゃおうよ!!
せっかくのメイドインだよ!!」
長々と話していたので悠菜が痺れを切らしてしまった。
「メイドインってなんだよ……ってか悠菜の頼んだそれタピオカか?
冷める前にってか元々冷たい飲み物じゃねえか」
「まぁまぁ、翔矢先輩!! せっかくメイドさんが用意してくれたので早めに頂きましょう」
「まぁそりゃそうだな」
ここのマスターが、いかにも喫茶店のマスターという感じだったので、煎れるコーヒーを楽しみにしていたのだが、リールが煎れたので翔矢のテンションは少し下がってしまっている。
しかし豆には拘っているようなので期待して一口飲んでみる。
「うまい!!」
豆が良いんか、リールが上手かったのかは定かでないが、このコーヒーは今まで翔矢が飲んだ中で一番おいしかった。
「よろしければ豆の購入もできます」
マスターが指さした先には大量の樽が置いてあった。
中はどれもコーヒー豆でぎっしりだ。
コーヒーの売れ行きがイマイチらしいので余っているのだろう。
「せっかくだがら買っていこうかな……」
あまりにもの在庫量にたじろいてしまったが、それでも味は申し分なかったので購入を決めた。
マスターは嬉しそうな顔をして豆を取りに向かった。
「まっ負けた……この私が!!」
「今度はどうしたんだよ?」
翔矢が目を離したすきに、リールが膝を落とし愕然としている。
「瑠々ちゃん上手!!」
「結構なお手前でござるなー」
悠菜と卓夫が、瑠々の注文したカフェラテを見つめていたので翔矢も覗いてみると、そこにはリアルなシベリアンハスキーがラテアートで描かれていた。
毛先まで細かく表現されていて今にも動き出しそうだ。
「いやーメイドさんが可愛いワンちゃんをラテアートで描いてくれたのが我もやってみたくなったのだが、ついつい調子に乗ってしまい」
「そういや前にエグイ飴細工作ってたもんな……ってか店の人が造ったもんに手を加えるな!!」
瑠々の頭にチョップを軽くお見舞いした。
「くはっ!!」
たいした力は入れていないのに瑠々は頭を抱えて痛がっている。
「造るといえばグミちゃんの首輪完成させないと!!」
色々あったが、この後は飲み物を飲み悠菜の革細工の完成を待ちながら、それぞれ勉強したりスマホをいじったりして時間を過ごした。
*****
悠菜の革細工は無事に完成し、4人は店を後にした。
そしてリールはテーブルにずっと座りっぱなしだったペネムエの元にそっと近づく。
「よく大人しくしてたわね?
翔矢様!! とか言って飛びつくかと思ったわ」
リールは半笑いで、そう声をかけた。
「お友達と一緒なのに、それは迷惑でしょう。
いっいつかはギュッとしてほしいですけど……」
ペネムエは顔を真っ赤にしてしまった。
「その宮本翔矢のことで、1つアテナ様から警告があったの忘れてたわ」
「警告ですか?」
「この前の戦いで手に入れた力、北風エネルギーに顔バレして、あいつの身も危険があるかもしれないから今は管理をあいつに任せるって事にしたけど、急に力を得たから……力に溺れる危険性があるから注意するようにって」
「力に溺れる? その可能性がないから翔矢様は転生者に選ばれたのでは?」
「それは異世界で得られる強大な魔力が精神を安定させてくれる面もあるからよ。
得体の知れない力だし警戒に越したことは無いわ」
「そうですね……でも……わたくしの大好きになった人は絶対にそんな事になりませんよ」
ペネムエはそう言い放ち真っすぐな笑顔を向けた。
「そうね!!」
その笑顔をリールも信じたくなった。
「長く居座ってしまいました。わたくしもそろそろお暇しますね」
「ええ、気をつけて帰りなさいよ」
*****
「ふははははは!! やっぱりこの力は最高だぜ!!」
翔矢は、手に入れた赤いメリケンサックを使い赤いオーラを纏って笑みを浮かべていた。
「ただいま戻りました!! 翔矢様……何を?」
そこへ帰って来たペネムエは赤いオーラを纏った翔矢の姿を見て息を飲んだ。
「あっ、ペネちゃんお帰り!! 見てくれ!! この力を使ってベットと机の位置を入れ替えてみたんだ!!
前から部屋の配置が気になってたんだけど動かすの中々大変だからな」
「そっそうですか……家具など傷付くといけませんので次からはわたくしが手伝いますね」
「傷? あっ!! 力入れ過ぎて机にヒビ入ってる!! まぁ目立たない場所だし諦めるか……」
翔矢はガクッと肩を落としてしまった。
(翔矢様はやっぱり力に溺れる事はなさそうですね)
だがペネムエには、その姿が微笑ましく見えた。
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