エピローグ(温泉)
凶悪高校との練習試合が終わった日の夜、翔矢とペネムエは夕食の片づけをしていた。翔矢が洗った皿をペネムエが拭いて食器棚にしまう。
「ペネちゃんどうかした?」
片づけをしている間、ペネムエが少しソワソワした様子だったのが気になっていた翔矢は、ひと段落したタイミングで聞いてみた。
「あっ……えぇと……そのぉ」
少しモゴモゴした後に、ようやく口を開く。
「こっ今夜、お風呂を貸して頂けないでしょうか?」
「えっ? いや全然いいけど」
かなり言いにくそうにしていたので、一体何事かと思ったが、その内容に少し拍子抜けした。
「ありがとうございます!! いつもはアワアワで済ませていますが切らしてしまって。グミ様が取り扱っているといいのですが……」
普段ペネムエは入浴はせず、魔法の道具で服ごと丸洗いしていた。翔矢も面白がって何個か使わせてもらった事があった。アワアワとやらの品切れも翔矢が加速させた説も無くはない。
「なるほど……でも待てよ? 天使って文化の調査も仕事って言ってたよね?」
「はい。その通りですけど?」
*****
不思議そうな顔をしていたペネムエを翔矢は、ある場所に連れて行った。
「あの、翔矢様。ほっ本当にやるのですか?」
「せっかくだからなぁ。日本の文化だし」
「温泉……大勢で入浴する文化は少数派ながら存在しますが初体験でございます……」
翔矢が連れて来たのは道の駅の温泉。この田舎町で恐らく一番大きい建物で地元の特産品などを売っている他、巨大な温泉がある。
「世界の文化に触れるのも天使の立派な勤め。心してかかります!!」
「リラックスする場所なんだからそんな張り切らんでも……」
かなりのやる気を見せるペネムエに少し呆れながら道の駅の中に入っていく。翔矢の後をペネムエはピッタリとどこまでもどこまでも付いてくる。今回は観光みたいなものなので、いつもの姿を消すブレスレットを使用していないが、癖になってしまってるのだろうか。
本当に翔矢の後をピッタリと付いてくる。
「ってぺネちゃんはこっち!!」
そのままの勢いで男湯の脱衣所にまで入って来そうになったペネムエの背中をポンと押して女湯の方に案内した。
「ソレデハ イッテ マイリマス」
緊張しているのか手と足が一緒に動いているペネムエが心配になった。だが翔矢には、もうどうすることもできない。
(まぁ風呂入るだけだし大丈夫だよな?)
道中にマナーなどは教えたし、風呂の入り方など異世界も同じだろう。大丈夫と信じて翔矢は男湯に向かった。
*****
「本当に広いお風呂でございますね……」
無事に脱衣所で服を脱ぎ、ロッカーの鍵をしっかり手首に付けたペネムエは、想像より広い温泉に圧倒された。
「天界の大浴場より広いでしょうか? 利用したことないのでわかりませんが……おっと先に体を洗うのでしたね」
温泉の方に足が向かってしまったが、ここに来るまでに温泉のマナーは聞いていたので、手順を頭で確認しシャワーのある方へ向かう。
「とりあえずタオルを濡らしておきますか」
蛇口からお湯を出しタオルを濡らそうとしたペネムエに悲劇が襲いかかる。
「フォーーーーアチャーーーーー!!」
蛇口ではなくシャワーお湯が噴き出す。そこまで熱くはないのだが驚きから飛び上がり大きな声を出してしまった。
「しっ失礼しました!!」
他の客が一斉にぺネムエの方を向いたので、ペコペコと頭を下げた。
「やはり姿を消しておくべきでしたか……タオルでなく、わたくしが濡れてしまったのでこのまま髪を洗ってしまいましょう」
気を取り直し、備え付けのシャンプーを使い濡れた髪をゴシゴシと洗う。
(後は洗い流すだけですね)
シャワーで洗い流そうとするが、目をつぶっているせいでシャワーのレバーがうまく見つからない。
(くっ……仕方がありません。目を開けて……でもこのシャンプーというもの。目に入って平気なのでしょうか?)
不安を感じたが、どうしてもシャワーが出せず思い切って目を開けてしまう。
「ひっ……」
目を開けたのは一瞬ではあったものの、やはりシャンプーの泡が目に入ってしまった。だが無事にシャワーで洗い流すことに成功する。
(……あとで失明なんてしませんよね?)
などと、ちょっとした恐怖を感じたので念のため目のゴシゴシと洗い流した。
*****
「ふぅ~。いいお湯でございます」
体を洗うだけで大仕事だったが、ようやく温泉に浸かる事ができた。白く濁った温泉に多少の戸惑いはあったが、入ってしまえば後は何も難しい事はない。ゆっくり温まって温泉を出るだけだ。
「そろそろ、おいとましますか」
ペネムエが温泉を出て脱衣所に向かうと、ある光景が目に入ってきた。
「えっ……嘘でございますよね?」
お年寄りがボコボコと泡の出ている温泉に気持ちよさそうに入っているのだ。
(ボコボコと沸騰しているお湯に平然と入っておられるなんて……)
もちろんこの泡は、沸騰によるものではないのだがペネムエの目には沸騰にしか見えなかった。
よくよく考えればここにいる老人も異世界に転生すれば世界を破滅させるほどの力を得てしまう。元の世界で熱湯に耐えれたとしても不思議はない。そう思った。
*****
ペネムエは翔矢とテレビを見ていた時のことを思い出した。中年男性が熱湯の入った浴槽の淵につかまり「押すなよー!! 絶対に押すなよー!!」と必死に訴えていたのだ。しかしその訴えは聞き入れられず男性は熱湯へと、つき落とされてしまった。
その映像を見て、普段は優しい翔矢が、なんと大爆笑していたのだ。その時ペネムエは狂気を感じた。
(あれは平気と分かった上での演出のようなものだったのですね)
そう思いながら泡風呂を見つめたままだったペネムエに、この後悲劇が襲い掛かる。
「おや? 外国の方かい? せっかくだし入って行きんしゃい」
後ろから別の老婆がやってきて、ペネムエの背中を押し泡風呂に入れようとしてきたのだ。
「あっいえ……わたくしは……」
この風呂に入るつもりがない事を訴えようとしたが勢いに飲まれはっきりと言えない。徐々に迫ってくる泡風呂に恐怖を感じたペネムエはあのセリフを言ってしまう。
「押すなよーーー!! 絶対に押すなよーーー!!」
普段のペネムエからは考えられない言葉遣いだった。
*****
「ペネちゃん。日本の温泉はどうだった?」
あれから少し時間が経過し2人は温泉から上がっていた。待合室の自販機ででコーヒー牛乳を買った翔矢はペネムエに手渡しながら感想を聞く。
「ありがとうございます。泡風呂というのが恐怖でしたが入ってみると気持ちよかったです!!」
コーヒー牛乳の蓋を開けながら翔矢の質問に答える?
「きょ恐怖? まぁ気に入ってもらえたならよかったよ」
「はい!! 風呂上がりのコーヒー牛乳というのも最高でございますね。色々覚えましたのでまた来たいです!!」
ペネムエは満面の笑みを翔矢に向けるのだった。
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