37話:覗きから幹部戦が始まりそうです
気が付くと翔矢は涙を流していた。
「ちょっと!? 大丈夫?」
心配そうな顔をしてミーナが翔矢の目を見つめている。
「あっ……ごめん。雪崩から本当に助かったんだなと思ったら安心しちゃってつい」
「そう? それならいいんだけど」
嘘だった。頭に思い浮かんだ【覗きlv20】を何となく使ってしまったらマキシムのワイハハの過去が見えたのだ。
(この魔法はプライバシーの侵害だな。あまり使わないようにしよう)
魔法というのが通常どうやって習得するのか分からないが、寒いと思えば火の魔法を覚え、言葉が通じず困れば翻訳魔法を覚えた。そしてこの土地について知りたいと思えば知ることのできる魔法を使えた。
こういう事をしたいと思うだけで魔法は覚えられるらしい。恐らくこれは転生者のチートで普通の覚え方ではないのだろう。【覗き】の魔法を上手く使えれば、この世界の常識が見えてくるかもしれない。
レベルを上げれば本当に転生したかなども分かるだろうが先ほどの事もあるので使うのは気が引ける。
しかしそう考えているだけで、また【覗き】が発動してしまった。無意識なので効果は小さかったのだが見えたのは何故かミーナの入浴シーン。まるでアニメのように大事なところは不自然に濃い湯気で隠れている。それでもボディラインなどはくっきり見えていて翔矢はパニック状態になった。
「ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさい!!」
本当に覗きをしたみたいになってしまい思わず何回も誤ってしまう。あくまで魔法の効果なのでミーナにはバレていないはずだ。そのはずなのだが、ミーナが憎悪の顔で近寄ってくる。その手にはナイフが握られていた。
「いやっ本当にわざとじゃないから……すっすいませんでしたぁ!!」
「ふせて!!」
「えっ?」
何が起こったか全く分からなかったが覗きがバレたわけではないようだ。体は反射的に言われるまま伏せていた。
ミーナのナイフが何かに切りかかったが体勢を低くしたままの翔矢には何がいるのか分からなかった。
「あぁ。いつぞやの見逃してやった女やないのぉ。命は大事にするもんどすえ」
伏せたまま視線を上げるとミーナのナイフはかわされたようだった。
切りかかられた方の相手は見覚えがあった。たった今まで【覗き】により見ていた大魔王軍幹部のサムイネだ。
(マジかよ……)
サムイネが何をしにやって来たのか分からないが、さっき見た限りではミーナに幹部と戦えるほどの力は無いはずだ。相手の見た目は美女ではあるが自分を助けてくれた人を守りたい。その一心で翔矢は立ち上がった。
「おっ俺が相手だ!! ってあれ?」
しかし、すでに2人の姿は見えなかった。洞窟の外に出てみるとサムイネが立ち尽くしていた。
「ミーナは……?」
ミーナの姿が見えない。まさかすでにやられてしまったのだろうか? そんな不安が頭を過った。だが目を凝らしてみると周りの氷塊に次々と傷がついていく。
「あぁ。うっとうしうてかなわんわぁ!!」
イラついた様子のサムイネの着物は見る見る切り刻まれ皮膚からは赤い血がポタポタと落ち、雪を赤く染める。
その様子を数秒観察すると目が慣れてきたのだろうか。ミーナが高速で動いてサムイネにナイフで切りかかっているのが分かった。
異世界では身体能力がチート級に強化されている翔矢がギリギリ認識できるほどの速度だ。大魔王軍の幹部といっても全く見えていないのかもしれない。
「天使様……ゼウ様がくれたこの足ならあんたを倒せる!!」
「調子に……のるなやぁ!!」
サムイネの叫びとともに地面に氷が広がった。
「しまった!!」
ミーナの足がくるぶし程まで凍ってしまう。範囲は大したことはないが、これでは持ち前のスピードは完全に殺されてしまう。
「せっかく助かった命を無駄にしなさってぇ。天使も悲しまれるわぁ」
サムイネは氷の剣を作り出しミーナに切りかかる。
「やめろぉーーー!!」
今まで戦いを見ていただけだった翔矢の足は気付けば動き出だしていて2人の間に割って入っていた。
サムイネの氷の剣は翔矢の腕に当たるとそのまま砕け散った。
「えっ?」
「マジかよ……」
「そこの女に夢中ですっかり忘れとったわ。すごい魔力の持ち主を探しに来たんやったわぁ」
氷とはいえ剣が砕け散った事に驚いた翔矢とミーナに反してサムイネはいたって冷静に反応する。
「やっぱり俺を探しに来たのか……だったらミーナに手を出すな!!」
「あらあら。こんな色男が守ってくれるなんて憎い女やわぁ」
「色男って……こんな状況じゃなきゃ泣いて喜ぶんだけどなぁ」
女を攻撃するのは気が進まないが相手は大魔王軍の幹部だ。日本の価値観で行動しては何をされるか分からない。
「翔矢!! 悪いけど下がって。こいつは村のみんなの敵……たとえベルゼブに報復を受ける事になっても、みんなに直接手を下したこいつだけは許さない!!」
ミーナの動きを止めていたはずの氷は、いつの間にか溶けていた。するとすぐに高速での攻撃を再開しサムイネに切りかかる。
「氷耐性の靴に雷属性のナイフ……ここまで露骨にメタられると厄介ですわぁ」
声色こそ平静を保っているが、体には傷が確実に増えている。
「行けんのか!?」
さっきまでは戦いたい気持ちはあったが手を出すなと言われたので翔矢は見守る事しかできなきなってしまった。
戦いはミーナは攻撃の決め手に欠け、サムイネはミーナのスピードを捕え切れずに均衡した。
「はぁ……はぁ……」
しかし戦いが長引くにつれミーナのスピードは落ちてくる。あれだけの高速で動けば魔法と言っても体力の消耗は激しいのだろう。
「もらいましたわぁ!!」
そのチャンスをサムイネが見逃すはずもなく、今度は足だけでなく全身を一気に凍らせようとする。
だがその魔法を発動させたときにはすでに視界にミーナの姿はなかった。
「残念でした!!」
「こっ……この女ぁ!!」
ミーナのナイフはサムイネの左胸に突き刺さる。
サムイネはたまらず赤い血を吐き出し、そのまま倒れるのだった。
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