30話：好投から怒りが始まりそうです
ベンチでは野球部マネージャーの真理に脅され、目の前には今まで見た事が無いような強面な方々が睨みを利かせている中で打席に立つ翔矢。
ピッチャーの投げた１球目は、アウトコース低めのストレート。これを見送りストライクになった。
（危険球とか警戒しなくても普通にストライクゾーンギリギリのいい球じゃん……）
改めて打席で見ると相手の球は危険行為などしなくても十分に通用しそうな球だった。
続くピッチャーの第２球もアウトコース低めのストレート。
（他の打者にはインコースギリギリとか変化球を織り交ぜて投げてきたのに俺にはストレートだけ……）
凶悪高校には事前に今回の練習試合は謎の奇病が流行り人数不足で助っ人をたのんだことは伝えてある。
２アウト満塁で素人相手なら怪我をさせて押し出しで失点するより確実にアウトを取りに来るだろうと翔矢は考えた。
そしてピッチャーの投げた３球目は、やはりアウトコース低めストレート。
カキーーーン
翔矢はフルスイングでボールを打った。
打球はレフトのフェンスを直撃しランナー２人が帰るタイムリーヒット。
その次の７番バッターが内野ゴロに倒れそれ以上の追加点はなかったが先制点をあげた翔矢はベンチで激励された。
「いやぁ本当に打つとは思わなかったぜ！！」
打席に立つ前に脅してきた真理は、手の平くるクルーして褒めてくれた。
「さすがだね！！ 野球部に来てほしいくらいだよ」
キャプテンの泉もさわやな笑顔で称えてくれた。
「いやーーー。ストレートが似たよ言うなコースに来たんで何とかなっただけっすよ」
翔矢は少し照れながら答える。
これは謙遜でも何でもない。変化球を混ぜられたりコースを分けられたらまず打てなかっただろう。
というか今のストレートも素人の自分が打てたのが不思議なくらいだ。
(気休めくらいのつもりの練習だったけどペネちゃんと練習したおかげだなぁ)
ペネムエとの特訓でアンダースローからの剛速球に目が慣れたお陰で１４０キロくらいの球はそこまで速さは感じなかった。
それでもコースを突かれたら厳しかっただろうと思う。
特訓の時の剛速球を思い出しながら翔矢がペネムエの方を見るとパチパチと小さく拍手をしてくれていた。
翔矢はそれに答えて小さく手を振った。
普通なら周りは気にしない程度の小さな動きだったが、翔矢の動きを観察していた健吾だけは見逃してはいなかった。
(確実に何かいるってことで間違いなしっと)
＊＊＊＊＊
一方、凶悪高校のベンチは不穏な空気になっていた。
「あんさん。素人相手に点とられよって……後でどうなるかわかっとるんやろうな？」
金ぴかのスーツに赤いネクタイをした凶悪高校野球部監督がピッチャーに恐ろしい顔で問い詰めている。
「すっすいません！！ あんないいバッティングする奴だと思わなかったので」
「まぁ『依頼』は１人でもケガさせて後はビビらせとけって話やったからな……
達成はしてるんやが、１人潰して試合に無様に負けたとなっては面子が丸つぶれや！！
お前ら気合入れて相手さん潰してこんかい！！」
「はいっ！！」
監督の激に凶悪高校の選手達は、息の合った返事をする。
＊＊＊＊＊
凶悪高校の不穏なミーティングは、六香穂高校のメンバーには聞こえていないのだが天使のペネムエは人間より五感が優れているので聞こえていた。
(モヒカン様を怪我をさせたのは、やはり故意でしたか……こちらの世界も中々物騒なのですね……)
＊＊＊＊＊
そして１回の裏。凶悪高校の攻撃。
泉のピッチングは好調で150キロ近いストレートを投げる好投で打者２人を三振に抑えた。
「おぉ！！ 泉先輩ってあんなにすごいっぽいボール投げれるんだね！！」
「あたぼうよ！！ なんたって他県の有名校の勧誘を断って地元で甲子園を目指してるんだからな！！」
「どっかの野球漫画かな？」
自分自信の運動神経は抜群ではあるものの野球に関しては全く知識のなく泉の実力を雰囲気でしか理解いていない悠菜に対して真理は得意げに説明をしている。
しかし真理の表情は急に暗くなった。
「……さっさすがにカスリもしないならモヒカン先輩の時みたいな危険なプレーはできないよなぁ？」
「こっちの守備ならデッドボールとかないから大丈夫……だと思うんだけど……」
泉のピッチングは好調であるものの、ラフプレイが頭を過り悠菜と真理は心配そうにグラウンドを見つめる。
泉は３人目のバッターを迎えていた。
１球目２球目ともに強烈なストレートでカウントは２ストライク。
「反則も泉先輩の野球センスの前じゃ無意味だぜ！！」
「真理ちゃん……楽しそうだね」
その不安も泉の好投で薄れてきた矢先の第３球。事件は起こった。
「くたばれやゴラァァァァァァ」
雄たけびを挙げながら強烈なストレートを空振りした凶悪高校の選手。
その空振りしたバットが、そのまますっぽ抜けて泉の顔面目掛け一直線に飛んでいく。
流石の泉もこれには反応しきれず直撃は免れないと思われた。
しかし一直線に飛んでいたはずのバットは不自然に直撃寸前で何かに弾き飛ばされコロコロと転がった。
「泉先輩大丈夫ですか？」
真理が真っ先に駆け寄り他の部員もぞくぞくと駆け寄る。
「うっうん。目の前に飛んで来たんだけど気が付いたらバットは転がってて……」
「よくわからないが無事でよかったぜ！！」
唖然と転がっているバットを見つめている泉に対してお気楽に喜ぶモヒカン。
今の三振でチェンジになったので六香穂高校の選手はベンチに戻る。
＊＊＊＊＊
(今の防いだのペネちゃんだよね？ ありがとう)
ベンチに座った翔矢はペネムエに聞こえる心の声でお礼を言った。
バットの不自然な動きでペネムエのお陰と思ったのもあるが、騒ぎの時に翔矢にはペネムエが泉の近くにいたのが見えていたのだ。
「いえ。これ以上の失敗は許されませんので……
時間を止める時計を使ってしまったので、この世界の常識ではあり得ない助かり方になってしまいましたが……」
(バットぶん投げられたら、それくらいしないと助けられないし仕方ないよ)
自分の取った方法に納得がいかず時間を止める時計をギュッと握るペネムエに翔矢は優しく声をかけた。
「そうです……ね。あのような勢いで金属の塊が頭に当たっては命を落とす危険まであります……
あの者たちの行い。天使として見逃すわけにはいきません。天使の与える罰。『天罰』を下しましょう」
翔矢がペネムエの方を見ると、今までに見たことがない怒りの目をしていた。
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