264話:不機嫌から繁盛が始まりそうです(改稿予定あり)
六香穂高校前夜祭、この日は生徒や教師など学校関係者のみでイベントが行われる。
本番に向けて展示などのリハーサルを兼ねているが、それでも本番の劣化という事は無い。
最後に行われる生徒有志によるバンドは、演奏後に告白する者などもあり大いに盛り上がる。
教室の出し物も、本番手が空かない生徒は、前夜祭で楽しんでいる……が当然、前夜祭と本番、両方手が空かない生徒も一定数いる。
今、屋台でフル回転している翔矢もその1人だ。
「翔矢君、たこ焼き2パックに、もんじゃ焼きが7個、あとお好み焼きが2つ!!」
「チクショーーー!! 前夜祭って屋台まで稼働するんだっけ?」
メイド姿の悠奈が取ってきた注文を、手早く調理する翔矢。
女子が全員メイド姿の接客に回ってしまったので、自然と調理担当は男子になったのだが、まともに料理ができるのが翔矢しかおらず、火加減など味に関わる作業がワンオペになってしまったのだ。
「え……流れ作業で作ってたけど、今、もんじゃ焼き7って言ったか?
何組様分の注文だ!?」
「一組だよ、相撲部の先輩が3人」
「相撲部!?!? ウチの高校にそんなレアな部活あったか?
まぁいい……やってやろうじゃねぇか!!」
目の前の鉄板に負けじと、心を燃やした翔矢は、手際よく動くが、要所要所に疲労が見られた。
「お昼すぎれば落ち着くと思うけど、まだ大変そうだね、手伝おうか?」
「ダメ!! 絶対!!」
悠奈が手伝うと口にしただけで、クラスメイトの顔から血の気が引く。
そして男子も女子も入り乱れ彼女を取り押さえた。
「確保!!」
「誰か鎮静剤をもってこい!!」
「あるいは麻酔銃!!」
「ハンターを呼べ!!」
「私はクマじゃないよーーーー」
そのまま引きずられた悠奈は、接客へと戻されるのだった。
「危うく食中毒で全国ニュースになるとこだったぜ」
騒動の中でも、翔矢は調理の手を止める事なく、相撲部の注文を完成させていた。
配膳待ちのエリアに皿を並べると、目の前には連れ去られた筈の悠奈の姿が見え、思わず身構えてしまう。
「ひえっ」
「料理を取りに来ただけだよ、配膳係だし」
「おっおう、よろしく頼む」
接客中とは思えない程、ムスッとした顔で料理を運んでいく悠奈。
相撲部の大量の注文をものともせず、一度に運んでいる。
「バイトで慣れてるリールはともかく、悠奈も運ぶのは上手いんだよなぁ、運ぶのは」
相撲部の注文で忙しかっただけだったのか、仕事が急に落ち着いたので、悠奈の様子を少し観察する翔矢。
彼女の底抜けに明るい性格は知っているので、ムスッとした顔も人前に出れば落ち着くかと思ったが、まだ怒りが表情に出ている。
「お待たせしましたぁ!! ご主人様ぁ!!」
字面だけはメイドらしいが、とてつもない威圧感を感じる。
ガタイの良い相撲部の3人も、それを感じ取っているようだ。
まるで武術の達人が、相手の所作だけで実力を測れるように、彼らは悠奈に、自分たちでは手に負えない何かを感じたのだ。
「ひっ……」
配膳が終わったにも関わらず、悠奈はこの場から立ち去ろうとしない。
その目つきの悪さと気迫に、大柄な相撲部が、さらに恐怖を感じている。
「おいしくなる呪文を掛けさせて頂きますねぇ!!
おいしくなぁれ!! おいしくなあれ!!」
翔矢を含め、その様子を見ていた面々には、とてもおいしくなる呪文に聞こえなかった。
むしろ呪いか儀式と言った方がふさわしい。
悠奈は、不機嫌な顔のまま厨房へ戻って来た。
「お客さん落ち着いたみたい」
「おっおう」
翔矢は悠奈とは長い付き合いだが、ここまで不機嫌なのを見たことは無かった。
厨房の中で、流石に悠奈を雑に扱い過ぎたかと反省の空気が流れる。
次の瞬間、さきほどの相撲部が一斉に「ビャーーーーー」と悲鳴を上げた。
「一ノ瀬さんがヤバい顔で愛情を混入したのがマズかったんじゃ……」
「いくら私でも、メイドさんの真似事で味変はできないよ」
「だいの男が悶絶してんだぞ、何も入らなかった訳ないだろ!!」
予想外の事態に、機嫌の悪さが表から消えた悠奈。
そのまま男女関係なく何人かの生徒が向かった。
「何か問題が……」
「うまいでゴワス」
「え???」
「もんじゃ焼きとは、初めて食したが、これ程美味とは」
「ワシは、お好み焼きも食べたいでゴワス」
「たこ焼きも追加で、皆で分け合おうぞ」
「お約束かーーーーい!!」
安心はしたものの、治りかけていた悠奈のおヘソは再び曲がってしまった。
「そう、なにより、このお嬢さんの接客!!
塩対応カフェなど噂で聞いた事はあるが、文化祭の出し物で、ここまでの威圧感を出せるとは」
「え?」
「いやいや、ワシらも武人の端くれだが、お嬢さんの凄まじい闘気に縮みあがったわい」
悠奈の目が教室の外に向くと、いつからいたのか、男子だらけの行列が出来ていた。
行列を作っている面々は、決まって何かに目覚め多様な顔で、だらしなくヨダレを垂らしている。
「翔矢君……また忙しくなりそうだね」
「おっおう」
悠奈は全てを諦めた表情で、道連れとばかりに翔矢の右肩にポンと手を載せる。
忙しさで彼女の機嫌が少し紛れた後も、クラス出し物の評判は上々だったという。
***
クラスでそんな騒ぎが起きているとは知らず、当番で無いリールは、独りで展示物を見て回っていた。
「リールさんには本番で頑張って貰いたいから今日はゆっくり楽しんで!!
なんて言われたけど、転校してきたばっかだし、ぼっちで見て回るしかないのよね。
生徒だけだからペネムエもいないし……」
独りでも楽しめそうな展示物を探しているが、ピンとくるものがない。
それどころか周りを見れば、カップルなどの姿が目立ち、寂しい気分になってしまった。
「いや、私もこの学校では彼氏持ちだし……でも何か虚しくなるわね。
文化祭なんて独りじゃ楽しめないし、無理言ってでもクラスの当番に入れば良かったわ」
など口にしていると、彼女の前に、お面に綿菓子に何かの景品と思われるお菓子まで手に
いっぱい持った瑠々の姿が飛び込んで来た。
「……独りで楽しんでる人いたーーーーーー!!」
漫画であれば両目が飛び出ているくらい驚きの声が出たリール。
その声に本人が気づかない訳もなく、トコトコと寄ってきた。
「おぉ駅前の喫茶店の店員さん、そういえば学校に転校してきたのだったな」
「そうよ、えっと翔矢君の後輩の瑠々ちゃんよね? よろしくね」
文化祭を独りで満喫している瑠々の姿に少し困惑しながらも挨拶をすると、瑠々は鋭い目で彼女を睨み付けた。
「何を考えている!?」
「え?」
「ラノベやアニメの世界ならばともかく、現実の市立高校で転校生など、ほとんどいない!! しかも転校早々に翔矢先輩と付き合うなど、何か正体を隠しているに違いない!!」
「うっ……」
まるで剣を突きつけるように綿菓子をリールに向けた。
(鋭い……だいたい会っている……この子何なの!?
文化祭を独りで満喫しているし……ただ者じゃない)
冷や汗を流しながらリールは固まってしまう。
時間だけが流れていると「はいお待たせしましたーーー」という声と共に2人は、どこかの教室に引きずり混まれていった。
「ひゃっ」
「なにごとだ!?」
目の前には、ただただ暗く、不気味な空間が広がっているのだった。
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