エピローグ:炭酸シャンプー
転生教の事件から3日が経過し、翔矢とペネムエは、部屋でのんびりと過ごす……
という訳にはいかず、翔矢は夏休みの宿題を、ペネムエは天界に報告する事件の報告書を作成していた。
「あぁ……事件を解決した報酬で宿題免除くらいないのかよ!!」
事件の疲れが抜けきっていない事に加え、長期間の無断外泊を父に怒られた事で、翔矢の心は穏やかではなかった。
「お父様、あんなに怒る方だったのですね」
「そういえば、最後に怒られたのいつだっけな?
まぁ普段は家にいないのに、今回に限って休みに被っちまったからな……
その上、東京に行ったなんて言える訳はないし……」
テレビ、新聞、ネットなど、あらゆるメディアは前代未聞の大事件を連日報道している。
化学兵器“流星雨”を使った前代未聞の大規模テロ事件。
異世界や能力者に関する事は、情報統制されたようだが、ゼロの演説や戦いの痕跡などから異世界の存在を信じた者も多いだろう。
それは数字としてハッキリと現れていた。
「流星雨による犠牲者……57名」
報告書を作成しているペネムエは思わず声を漏らしてしまう。
流星雨は、化学兵器と言っても特効薬を打てば確実に助かるものだった。
十分な特効薬が、ストックされていたにも関わらず出てしまった犠牲者は、限りなく自殺に近いという事だ。
「ぺネちゃん、みんな全力で戦ったんだ、気持ちは分かるけど……
助かるのに助かろうとしなかったって……俺らじゃ、どうしようもない問題を抱えていた人達だったんだよ」
「翔矢様……」
気が付くと翔矢はペネムエの頭をポンポンと叩いていた。
ペネムエはこれだけで、天にも上る気持ちになり、顔を真っ赤に染めてしまう。
「あっゴメン別に変な意味はないんだけど、そうしたくなったと言いますか……
いや、それは逆に変な意味感が……」
「お気になさらず、変な意味がなくて残念です」
「なっ何でやねん!!」
2人の間に、いつもと違う妙な空気が流れているのには理由がある。
ペネムエの親友であり翔矢にとっても友人であるリールが、事件以来行方不明になっていることだ。
通信用の魔法石で何度も彼女に連絡したが、繋がる事は無かった。
東京に、留まり続ける訳にも行かず、捜索は北風エネルギーに任せている。
リールの無事を信じているからこそ、彼女が見つかるまで、その話は止めようという事になった。
それで変に気を遣う事になってしまい、この3日間、2人の間には妙な空気が流れ続けていたのだ。
しかし今日は、この空気を壊すかのように、玄関のチャイムが鳴った。
「はいはーい」
ここからでは聞こえる訳もない返事をしながら、翔矢が玄関に向かうと、そこにいたのは悠菜だった。
「翔矢君ちょい久しぶり!!」
「おっおう元気そうだな」
いつもなら少し鬱陶しく感じてしまう悠奈のテンションも、今の翔矢には安心感を与えてくれる。
「東京に行ってたんだっけ? ニュース見たけど大丈夫だったか?」
「ちょっと避難したり大変だったけど、お蔭様で怪我なく帰って来れました!!
あっこれお土産!!」
「大変だったのに悪いな」
「事件のせいで、お土産屋さんも閉まってたから、定番のお菓子だけどね。
あと炭酸シャンプーっての、こっちじゃ珍しいと思って買ってきたよ!!」
「ありがとう、お土産でシャンプーってのも珍しいな」
「うん、翔矢君って将来ハゲそうだから気を付けないといね!!
じゃあ他にも周る所あるから、これにてドロン!!」
「おう気使ってくれて、ありがとな!!」
何食わぬ顔で悠奈を見送ったが、玄関の扉が閉まった瞬間に、翔矢は悠奈の言葉に気が付いた。
「え? あいつ今……」
***
肩を落としながら、自室に戻った翔矢、その落ち込みぶりにペネムエは驚愕した。
「翔矢様……どうなさいました? まさか悠奈様に何かあったのですか?」
「ぺネちゃん……俺って将来ハゲそう?」
「え? 翔矢様ならハゲてもカッコいいですよ?」
「やっぱりハゲそうなのか……俺」
肩を落としたまま、すぐに自室を出て行った翔矢。
その手に炭酸シャンプーのボトルが見えたので、ペネムエは何となく事情を察した。
自らの失言に気が付くと、血の気が引いてしまう。
「これは……やってしまいました。
斯なる上は、最後の手段です!!」
***
ペネムエは、ある覚悟を決め浴室の前までやって来た。
「ちくしょう!! 中学の時、髪を変な色に染めまくった俺を殴って止めに行きたい!!
コネクトリニティで思いっきり殴りたい!!」
中から聞こえる翔矢の声から、彼の激しい動揺が伝わってくる。
「翔矢様!! そんなに力強く洗っては、逆に髪や頭皮を痛めてしまいますよ」
「そっか、ついつい焦っちゃって……ってうぉーーーペネちゃん!?」
頭を上げると、そこにはバスローブ1枚のペネムエ。
翔矢は驚きのあまり足を滑らせ一回転し頭を風呂釜に打ち付けてしまった。
「だだだ大丈夫ですか? そこまで動揺なさるとは……
正直わたくしは少し嬉しかったですが」
大きなタンコブを作ってしまった翔矢に慌てて駆け寄るペネムエ。
「いや異性が風呂に入ってるのにバスローブ1枚で乗り込むのはどうかと思うよ?」
「さすがに、中はこの前の水着ですよ?
肩からヒモが見えませんでしたか?」
ペネムエがバスローブをはだけさせたので、翔矢は指で目を覆う。
だが水着というワードで少し安心して、恐る恐る指をどける。
確かにペネムエは海水浴の時の、薄いピンクに少しだけへそ出し。
そしてヒラヒラのミニスカ仕様の水着。
これは買い物に行ったさい翔矢が強くリクエストしたものだ。
「紛らわしいから、水着あるのにバスタオル巻かないでよ!!
ってかペネちゃんは水着でも、俺が全裸だ……」
翔矢は慌ててタオルを腰に巻いて大事な部分を隠す。
「あっご心配なく、残念な事に肝心な部分は不自然な光で見えませんので」
「えっ? 本当だ、こんな光どこから? 一応タオルは巻くけども」
話している間に動揺も収まり、このまま翔矢はペネムエに髪を洗われる事となる。
「痒い所は、ございませんか?」
「大丈夫だよー」
「理髪店で、よく聞くセリフですが、痒い所を答えるイメージってないですよね?」
「本当に痒い所ないからなぁ」
「では痒い場合は、お願いするのですか?」
「あぁやっぱり言いにくいかも」
何気ない会話をしながらペネムエは翔矢の頭を丁寧に洗っていく。
「この炭酸シャンプーというモノ、洗っているわたくしの手までシュワシュワして気持ちいいです」
「俺も気持ちいいよ、ハゲそうって言われたのはショックだけど悠菜には感謝だな」
ここでペネムエの手がピタッと止まる。
「ええっと、丁寧に洗ってくれてるペネちゃんにも感謝です」
この一言で、シャンプーは再開された。
「水着姿の女性にシャンプーされてる時は、他の女性の話はNGですよ!!」
「ぎょ御意!!」
夏休みのシャンプーの合計時間を、今の1回で超えてしまったと思うくらい長時間洗われサッパリした翔矢。
ハゲそうと言われた恐怖も一緒に洗い流されたような気分だった。
「翔矢様、お疲れ様でした!!」
「ありがとう、最初はビックリしたけど人に洗ってもらうのも良いもんだね」
「ご要望があればいつでも!!」
「うん、ところで手に持っているスポンジは?」
「体用です!!」
鼻息を荒くし、やる気満々のペネムエだったが流石にそれは丁重にお断りされてしまう。
しかし気が付かない間に、事件以来2人の間に流れていた、気まずい妙な空気は、炭酸シャンプーのように綺麗に流れ落ちていたのだった。
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