191話:大魔王から贈り物が始まりそうです
「約束は守るわ、ファーストにだいぶイジられている。
なるほど、時計の中に爆弾化した瓦礫を仕込んだのね。
この爆弾は“何とかしてみせる”」
(あれ?)
時計塔が爆発し、半径数キロにも及ぶ爆発を、ゼロは体をスライム状に変化させ、被害を時計塔のみに抑えた。
その光景を翔矢は目の当りにしたはずだった。
しかし目の前には確かにゼロがいる。
それも翔矢が経験したはずの、爆発直前と全く同じ言葉と状況で。
何が起こっているのか戸惑っている間に、ゼロの体の一部がスライム状に変化していくのが見えた。
「絶対に止めてやる」そう心に誓い、気が付くとゼロの左腕をガシッと掴んでいた。
「えっ?」
「馬鹿な真似は止めろ、始のためにな」
「でも時間が……他に方法は無いのよ!! このままじゃ」
「……あっ」
ゼロを止める事ばかり考えていて、爆発の規模の事が抜けてしまっていた。
しかし翔矢の見た光景から察すると、とっくに爆発している頃だ。
『ごめんなさい!! ごめんなさい!!
余計な事してごめんなさい!!』
翔矢の頭の中に響くのは、アクセルがひたすら謝る声だった。
「アクセル? 爆弾止めてくれたんですか?」
『ごめんなさい!! ごめんなさい!!
今の翔矢君の力なら、出来るかと思って、加速の逆で時間を遅らせただけです。
たぶん1分くらいの時間しか稼げません!! ごめんなさい!!』
「いや、とりあえず助かりました、ありがとう!!」
「誰かと話してるの?」
「なんか世界を見守ってる的な方が力を貸してくれて、1分くらい爆発遅らせてるって。
本当に、こいつを止める手段は、ないんですか?」
「無理よ……完全に私の能力の管轄から外れてしまっているわ。
ファーストの能力が残っていれば……」
「くっ……もう少し考えて倒すべきだったか」
「悔やんでも仕方ないわ、ファーストも死ぬつもりで挑んでいる。
能力が残っていたとしても、素直に解除したとは思えない。
お願い、私にやらせて頂戴」
ゼロは翔矢の腕を優しく振りほどいた。
「やめ……」
他に方法が無いと、頭では分かっている。
それでも、ゼロが犠牲になるという事に、納得は出来なかった。
何もできないまま、ゼロの体はスライム状に変化を始める。
「ワンワン!!」
「えっ!?」
「はっ!?」
突然聞こえた、この場に似つかわしくない、可愛らしい犬の声。
2人は、思わず手を止めて振り向くと、そこには1匹の白いポメラニアンが、お座りをしてジッっと、こちらの様子を見ていた。
「この犬……どこから入ったのかしら?」
「こいつ……倉庫で寝てた時に俺を起こした犬だ」
その様子は、遠目ではあるが、下にいるペネムエにも確認する事が出来た。
「あれは……ポメ左衛門様?」
どこから紛れ込んだのか分からないが、今現在、この病院周辺に安全な場所など存在しない。
ここから少しばかり遠ざけた所で、ポメ左衛門の安否は変わらないだろう。
「悪いけど、遊んでる時間は無いんだ、大人しくしててなぁ」
翔矢が、そっと撫でようとしたが、ポメ左衛門は後ろに跳んで避けてみせた。
「あはは……倉庫で無理やり起こされたのって、俺嫌われてるだけかな?」
ショックを受け、今の状況も頭から抜け落ちてしまった翔矢。
そんな事をしている間に、後ろから液体が何かを包み込むような音が聞こえてくる。
「あっ!! おい!! 止めろって言ってるだろ!!
そんな事したって、始は喜ばないぞ」
「喜ばないからって、それが助けない理由にはならないわ」
スライム状に変化したゼロの体は、再び時計塔を飲みこんで聞く。
「くっ……どうすりゃいいんだ」
このままゼロに任せれば、彼女以外は全員助かる事を、翔矢は知っている。
だが理屈ではなく、それには納得できない。
「ワンワン!!」
「悪いけどポメラニアンは静かにしててなぁ」
「ポメラニアンなど犬種で呼ぶ出ない!!
拙者には、ポメ左衛門という、主君より授かった立派な名がある!!」
「悪かったな、ポメ……えっ喋った!?
グミみたいな悪魔族!? いや、あいつも猫状態じゃ喋れなかったはず……」
「異世界だの能力者だの見てるのに、今更不思議がる事も無かろう。
それよりも君主より、ここまで来た褒美だ、受け取れ。
そして今回の戦い、ハッピーエンドで終わらせてみせよ!!」
ポメ左衛門は、ドヤ顔を決めながら、口から黒い鉄の塊のようなものを落とした。
こうしている間にも、爆発の時は迫っている、今はポメ左衛門の言葉に掛けるしかなかった。
黒い鉄の塊を拾い上げ、引き寄せられるように見つめる。
「これは……めっちゃヨダレ付いてる」
「そこは放っておいてくれい!!」
「これ……鎧の肩の所の部品!?」
「せめて肩当てと言えんのか?
しかし、戦いの無い国で生まれで、見事に当てて見せるとは天晴!!
後はお前次第だ!!」
「いや、肩当てで、どうしろと?」
そう尋ねたときには、ポメ左衛門は目の前から消えていた。
「もう時間が無い!! こうなったら!!」
翔矢は、大きく振りかぶり、爆発寸前の時計塔に、肩当てを投げ入れようとした。
「えっ? えっ?」
肩当ては、翔矢の手から離れたが、その位置のまま空中で静止した。
【大魔王剣・ベルゼブラスター】
その名が翔矢の頭に浮かぶと、肩当ては禍々しい大剣に似た武器へと形を変えた。
「これ……剣? ライフル?
どっちもかな? ってかベルゼブラスター!?
ポメ左衛門の君主ってまさか……」
『翔矢君!! いよいよ時間がないよ!!』
アクセルの一言で、翔矢はハッと我に返る。
「くっそ!! こうなりゃ自棄だ!!」
【次元抹消斬】
ただ無我夢中での一振り。
そこから、黒い衝撃波が放たれ、時計塔に当たる。
この斬撃は、ゼロも時計塔も傷付ける事は無かった。
ただ、確かに何かとてつもなく大きなモノを斬った感覚が翔矢にはあった。
「翔矢様!! 爆弾の魔力は消滅しました!!」
下からペネムエの声が聞こえてたので、翔矢は手を振るように、ベルゼブラスターを振り答えた。
「その禍々しい武器は!?」
「えっと、なんかベルゼブがくれたっぽい」
「ベベベベルゼブ!?」
その名に酷く動揺したペネムエ。
だが今は、爆発が阻止された事を喜ぶしかない。
「ほら、終わったから降りるぞ」
翔矢の呼びかけにゼロは、すぐには答えない。
「さっきの斬撃は何!?」
「俺にも分からんが、今は一件落着って事で喜ぼうぜ?」
「そう言ってくれるのね……」
「もちろん!!」
翔矢はゼロの腕を引っ張り、時計塔から飛び降りた。
先ほど放たれた黒い斬撃に触れたゼロ、彼女の体を蝕んだ細胞崩壊の痕跡は“何故か消えていた”
まるで細胞崩壊の事実など無かったかのように。
***
異世界マキシム大魔王ベルゼブ城では、大幹部である髭が長く背が低いのが特徴のワカルンデスが水晶玉で、翔矢たちの戦いを眺めていた。
「あの大剣……まさか……」
翔矢の手にした“大魔王剣ベルゼブラスター”その力にワカルンデスは冷や汗を流す。
水晶玉を見るのに夢中になっていたせいか、この部屋に、ある男が来ていた事に気が付かなかった。
「大魔王剣か、我の記憶では、さらに大きな戦いで得るはずの力であったか」
「ベベベベルゼブ様!! 申し訳ありません!! 気が付きませんで!!」
気が付かぬ間に隣にいたベルゼブに、ワカルンデスは慌てて頭を下げる。
「良い、何千と繰り返し、初めての事態だ。
驚きもするだろう……ゼロは生存したか」
「ええ、この女の生存率は“ここでは”1割程度でしたかな」
「生き延びたケースは、既に存在していたか」
「しかし今回は、大当たりと判断して間違いないですぞ!!
宮本翔矢は……他の世界線を引き寄せる力が宿ったようです!!
その力でゼロを救ったとしか思えませんぞ!!」
「所詮は過去であろう……」
興奮した様子のワカルンデスに背を向け、ベルゼブは部屋を後にした。
「ベルゼブ様……あなたの望む世界線は、何処かにあるはずですぞ……」
ワカルンデスは、悲しい目で水晶玉を見つめるのだった。
***
「翔矢様!! お疲れ様です!! それは……」
時計塔から降り立った翔矢とゼロを迎えるペネムエ。
翔矢が手に持つ、禍々しい大剣に視線が向く。
「大魔王剣ベルゼブラスターって名前みたい」
「異世界マキシムを支配しているというベルゼブ。
なぜ翔矢様に力を与えてくれたのでしょう?」
「ベルゼブって転生した日本人で間違いなさそうだし……
故郷が大変な事になるのは、いい思いしないんじゃない?」
「そういうモノなのでしょうか?」
ペネムエは故郷である天界に、思い入れは少ない。
まして帰る事のできない世界を護るというのがピンと来なかった。
しかも、マキシムという1つの世界を恐怖で支配している男だ。
(ゼウ様の話では、マキシムは平和そのもの。
それどころか、ベルゼブの存在も知らなかった。
やはり、調べてみるべきでしょうか?)
「ペネちゃん? どうしたの? 難しい顔して。
やっぱり、この武器持ってたらマズイ?」
「あっいいえ、武器自体に善悪はありません。
翔矢様の様子を見るに、精神汚染などもないようです」
「じゃあ貰っておこうかな? でもこれ持って帰りにくいな……」
翔矢がベルゼブラスターを眺め、途方に暮れると、ドス黒い光を放った。
「うわっ!!」
「キャッ!!」
2人の目が眩み、ようやく開くとベルゼブラスターは、空の彼方へ姿を消してしまった。
「持って帰れないって言ったから、ヘソ曲げたのかな?」
「大魔王の力の宿る剣に、そんな子供みたいな仕様はないかと」
「この世界にあるし、必要なら来てくれる……」
「分かるのですか?」
「うん、何で分かるか分からないけど!!」
「わたくしも……見た目はともかく、ベルゼブラスターは心強い戦力。
そう認識してよいと……第六感のようなものが告げています」
2人はベルゼブラスターの飛び立った空を、一緒に見上げるのだった。
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