184話:勇者から回復が始まりそうです
翔矢が動かなくなったのを目視で確認し、病院の方へと足を向けるフォース。
その先に、黒猫のグミを探している悠奈がいるのだが、彼女が翔矢の知り合いらしいという程度しか知らないフォースは無視して始の元へと向かうつもりでいた。
「キャッ!! 転生教!!」
その白装束の格好は、あまりに目立つ上にテロリストの姿として広まりすぎていた。
ある程度近づくと、悠奈に見つかり悲鳴をあげられてしまう。
「なんもしねぇっての」
騒がれても面倒になるだけなので、早く逃げてくれというフォースの願いは、正義感の強い悠奈の前では叶う事は無かった。
「あなた!! ボスに裏切られたからって、その息子さんを何やかんやするつもりですね!!」
「あぁん? なんで一般人っぽい奴にバレてんだ!?」
「無線の音声が、ネットにあがってましたよ」
「ちっ病人なら能力者以外でも倒せるだろって全員に連絡したのが仇になったか。
異世界行きを諦めた奴が上げやがったな」
「とにかく!! 中には子供たちだって、まだ残ってるんです!!
これ以上は進ませません!!」
悠奈は震える手で、近くに落ちていた木材を拾いフォースに向けた。
「さっきの奴といい、博物館で会った奴といい、高校生によく絡まれる日だ。
こういう正義感のある奴が俺の高校にいたら、転生教になんて入らなかったかもだが……
力を使うのも楽しいし別にいいか」
悠奈の持つ木材を掴むと、一瞬でネギのようにバラバラと斬れてしまった。
「えっ? えっ?」
何が起こったのか理解できず茫然と立ち尽くす悠奈。
この様子を何処から見ていたのか、マッスル大学のラグビー部3人が、スクラムを組む体制で、フォースに向かってきていた。
「悠奈さん、そいつから離れて!!」
喝を入れられるような、その一言で何とか我に返った悠奈は、すぐにフォースから離れるように走り出した。
「ギャーーー!!」
「うぁぁぁぁ!!」
「がぁぁぁぁ!!」
悠奈が安全な距離まで逃げた頃、男の物とは思えない、しかし確実に男の物であろう悲鳴が彼女の耳に届いてしまう。
恐る恐る、足を止めずに振り向くと、屈強な3人のラグビー部は、見たことの無いような量の血を流し倒れていた。
この数秒間で何が起こったのか、悠奈には想像すら出来なかった。
「こいつら見たことある、インターハイの常連じゃないか……
ちょっともったいない事したなぁ、スポーツ観戦は好きなんだが」
フォースの白装束は帰り血を浴び、元の色が分からない程だ。
それでも彼は、顔色一つ変えていない。
「おっと!! 叫ぶなよ? 誰が来ても、こいつらの二の舞だぜ?」
悠奈は、その言葉で、口を手で塞ぎ必死に溢れそうな声を押さえた。
「良い子じゃねぇか……やっぱり見られたら始末しなきゃ後が面倒か?」
フォースは返り血で地面を汚しながら、ゆっくり悠菜へと近づく。
悠奈も合わせるように後ろ歩きで距離を詰められないように離れていく。
いずれ追い付かれるだろうが、恐怖で足がすくみ、これ以上は速く歩けない。
それでも、これ以上誰も傷付けさせないよう、声だけは絶対に漏らさなかった。
歩くほどに恐怖と緊張が彼女の心を支配し、悠奈はそのまま気を失ってしまった。
「よくがんばったな、トラウマになるのも不憫だし……
異世界には行けないらしいが、あの世に送ってやるよ」
フォースは木の枝を手に取り刃物に変え、悠奈の喉を掻き切ろうとした。
「やめろ!!」
「あっ?」
その声は、既に動かなくなったはずの翔矢からだった。
彼は腹に巨大な木材が刺さったまま立ち上がり、武器まで構えている。
「すげぇ迫力だが、そんな体で戦えるのか?」
「これ以上、悠奈を……いや……誰も傷つけさせない!!」
【コネクト・メタル・ロスト】
赤メリから、禍々しい声が発せられ、翔矢の上に魔法陣が展開される。
その中に、金属の武器や建物で栄えた世界が映し出されるが、黒い何かに飲みこまれ、その世界の人々の悲鳴が上がる。
魔法陣が翔矢の体を覆いながら、足元まで下がると、翔矢から流れ落ちる血液は、液体金属のような色へと変化し始めた。
腹に刺さっていた木材は、自らの手で力任せに引き抜き、そこから噴き出す血液も、生物の物とは思えない銀色だった。
そこら中の金属が液体金属へと変化し翔矢の元に群がるように集まり固まり彼の姿を変える。
その姿は、まるで竜人のようだった。
「なんだ? オシャレか? カッコつけか?
全身を守ってるつもりのようだが、俺が触れて刃物に変えるだけで、お前は終わりだ!!」
フォースは、翔矢の異変に動じるどころか、止めを刺そうと距離を詰めようとした。
だが近寄る間もなく、液体金属の変化した触手で全身を拘束されてしまった。
「ほら……刃物に変えてごらんよ? 君の体はどうなるかな?」
「こいつ……いや……お前誰だ?」
「君の敵って事に変わりは無いよ?」
竜人の姿になった翔矢からは、幼い少女のような声。
彼が別人格という事に気が付ける程度にはフォースは冷静だった。
しかし、それを知ったところで、この状況では会話で時間を稼ぐ事しかできない。
「この世界の人間は、1匹残らず消しちゃうんだから!!」
フォースの着こんでいた防弾チョッキがビキビキと音を立てながら、彼の体を締め付ける。
「こいつ……金属を操れ……」
ここでフォースの体から力は抜け、体からはカプセルが放出された。
「これが出たら心臓止まったって事だよね?
でもコイツまだ生きてるぞ? 人間って頑丈だなぁ。
ちゃんと殺しておかないと」
竜人の体の尻尾の先をノコギリの形の変え、フォースの首まで伸ばす。
「聖なる光よ!! 切り裂け!!」
【ライト・ソニック】
しかしその尻尾は、光の刃に裂かれ、フォースには届かなかった。
「誰?」
不機嫌そうに声の主の方を向くと、そこにいたのは翔矢の部活の後輩である阿部瑠々だった。
「お前……こいつの後輩の厨二病!!
東京に来てたの!?」
「ほぉ、翔矢先輩の記憶があるのか?」
「コネクトってのは世界と繋がる魔法らしいからね。
こいつの知ってる情報なら知ってるんだけど……
厨二病こじらせて、ここまで来た訳じゃないよね?」
「我は勇者の魂を持っている……これは事実だからな!!」
【ホーリー・ノヴァ】
竜人の足元に魔法陣が展開され、光の爆発が発生する。
金属の装甲は剥がれ落ち、翔矢の素顔が見えたが、すぐに再生し元の竜人の姿に戻ってしまった。
「ちょい!! アーベル!! やりすぎだ!!
翔矢先輩を気づ付けてしまう!!」
『俺は、元々そいつを倒すために、この世界に来たんだ』
「だから!! 我の体を貸す代わりに、ちゃんと翔矢先輩の事を見てから決めて欲しいという契約であろう!!」
『……今の人格の主導権は9割が瑠々だ、体を借りているとは言えない』
「分かった分かった!! ちゃんと貸すから……翔矢先輩を助けてくれ……」
『了解!!』
ここで瑠々の人格というか雰囲気が変わった。
竜人には今の会話は、瑠々が意味不明な事を言っているだけにしか聞こえない。
それでも何かの察しは付いたようだった。
「お前も、人の体を乗っ取れるの?
この世界でも魔法を使える……お前は異世界の勇者だね?」
「確かに俺はマキシムという世界の勇者アーベルだ。
だが体を乗っ取るってのは少し違うぞ? 俺と瑠々は元々2人で1つの魂だからな。
不本意ではあるが主人格の要望だ、宮本翔矢の体……返してもらうぞ?」
【神速】【勇者ブロー】
アーベルは一瞬で移動し竜人を殴り倒した。
「ぐはっ……痛い!! 金属を数十倍の固さにしているのに!!」
竜人の形を造っていた鉄の装甲は完全に砕け、その姿は宮本翔矢のものとなる。
「あのさぁ……宮本翔矢の姿でロリ声は止めないか?
気持ち悪いぞ?」
「そういう事、今の世の中的に合ってないんだぁ!! 言っちゃいけないんだぁ!!
お前だって、女の子の体を乗っ取ってる男じゃん!!」
「宮本翔矢と繋がってると言ったが、この世界の知識有りすぎじゃないか?
お前はメタルという世界の何なんだ?」
「世界を見守る者らしいけど、メタルの世界そのものさ!!」
翔矢の姿のまま、辺りの金属を液体金属に変え、触手のようにアーベルを拘束する。
「しまった……」
「異世界の勇者!! 一つ聞かせろ、お前は何をしに、この世界に来た?」
「俺の世界……いや全世界への脅威、大魔王ベルゼブを排除する為だ」
「大魔王? 確かに厄介で強いけど、そんなのが全世界の脅威って」
メタルは無邪気な子供のように腹を抱えて笑い出す。
「お前はベルゼブの強さを知らないだろう?」
「知らないけど察しは付くよ? この世界の転生者が、そっちの世界で大魔王化したんでしょ?」
「この世界の者は、異世界に行くだけで勇者の数十倍以上の力を得る。
それの大魔王化だ……普通の手段では倒せまい」
「まぁ、そのベルゼブが全世界最強なのは間違いないだろうねぇ。
けど1人は1人さ、どれだけの強さでも、やれることに限界はある。
君は、そこまで知ってて“本当にヤバい”のが何か気が付かない、お馬鹿さんだね?」
「本当にヤバいのが何か? どういう意味だ!?」
「お前、気に入らないから教えなーい!!」
「ならば無理には聞かん」
その言葉と共に、拘束されていたはずのアーベルはメタルの前から姿を消した。
「え? 瞬間移動? ずるい!!」
「自分で習得した魔法を戦いで使う事に卑怯も何もあるか」
【オーバー・フル・ヒール】
「血迷ったの? 敵に回復魔法を掛けるなんて」
「それはどうかな?」
「なっ……」
今のメタルは竜人の装甲が外れ翔矢の姿となっている。
その肉体の体の傷は、みるみる内に癒えていった。
だが回復に比例し、何故だかメタルの自由は効かなくなっていく。
「お前は、意識の無い肉体を乗っ取り、動かしているにすぎん。
その肉体の宿主を回復させれば、自分の体を取り戻そうと抵抗してくる」
「くっそ!! 魔力も無い軟弱な人間に僕が!!」
「宮本翔矢を、あまり舐めない方がいいぞ?」
「どういう事だよ!? コネクトの魔法だって大魔王マモンの遺産の力を使ってるだけなのに……」
意識はメタルの支配下にあるが、肉体は既に、自分の意志から離れてしまっているのが分かった。
『おいアーベル!! 翔矢先輩の意識が戻ったら、我らの姿が見られてしまうぞ?』
「あっ……ふん、今回の事件は、我らがこれ以上動かずとも解決は近いだろう!!」
『今“あっ”って言っただろ? このうっかり勇者!!』
「ぐぬ……怪我人も多いようだ、もう少しサポートしておくか」
『やっぱり、誤魔化しおったぞ!!』
自分の中から聞こえる瑠々の言葉を無視し、アーベルは、この病院の敷地全体に広がるような巨大な魔方陣を展開した。
「悪しき心の者を除く、全ての者の肉体を回復させる」
【エリア・フル・ヒール】
「これだけの範囲……どれだけ人がいるかも分からないのに全体回復!?」
メタルの目の届く範囲だけでも、フォースに深手を負わされたマッスル大学のラグビー部の傷が癒えているのが分かった。
「宮本翔矢に使った魔法と違い、すぐに意識まで戻る訳では無いがな。
悪いが六香穂に帰るタイムリミットだ、瑠々の親戚が夏休みで遊びに来るのでな。
それに、宮本翔矢に、今の我を見られるのはマズイ」
【ワープ・ゲート】
アーベルの前に、巨大な光の扉が出現した。
「待て!!」
メタルは力づくで体を動かし、光の扉を潜ろうとするアーベルを追った。
「世界そのものと豪語するだけあって、中々しぶといな。
……これでどうだ?」
アーベルは光の球を放ち、メタルに直撃させる。
『おい!! せっかく回復させた翔矢先輩が……』
「案ずるな、勇者の力を少し分けてやっただけだ。
それで、どうなるかは宮本翔矢次第だがな」
翔矢の体が倒れ、メタルの気配が消えた事を確認したアーベルは、扉を潜り六香穂へと帰って行くのだった。
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ストーリは一生懸命練って執筆しております。
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