181話:イカ墨から勘違いが始まりそうです
都立病院の、とある空き病室。
ドクターは蓮との通話を終え。スマホを白衣の内ポケットにしまった。
その後、キリッとした顔つきで翔矢の方を向く
「という訳だ!! 敵の目的は水瀬始!!
全力で防衛しようじゃないかぁ!!」
「えいっ!!」
「痛ぁぁぁぁぁ!!」
ここで翔矢による約3度目の鉄拳制裁がドクターに炸裂した。
ドクターは痛みの余り頭を抱え床を転がる。
「こらこら!! 僕は今は敵じゃないよ!!
あと殴られるならユリア様に殴られたい!!」
「格闘技は仕事で習ったけど、そういうキャラでは売ってないわ……」
ファンの発言には寛大なユリアも、だんだんとドクターの態度には付いて来れなくなっているようだ。
「ドクターのおっさん、さっき電話切る前に、こっちに魔力が近づいてるって言ってたよな?」
「あぁ……大まかな方向と魔力の大きさ程度しか分からないが、この羅針盤の精度を考えると、1キロ以内と言った所か。
戦いは、あちことで起こっていたようだし、能力者も、だいぶ減って来たみたいだねぇ」
「そいつは、ゼロとかセブンスじゃないのか?」
「一度、接触した魔力は区別できるのさ、指紋を記録するようにね。
魔力以外の情報が出ないという事は、少なくとも私は会ってない奴だ。
ゼロは、監視カメラの映像を見るに、銀髪ちゃんと、こっちに向かったばかりのようだし、セブンスは流石に助からないんじゃないかな?」
ドクターは羅針盤とノートパソコンを交互に見るなり大げさに忙しそうにしている。
「じゃあ、その羅針盤貸してくれ、俺が行く。
ドクターのおっさんと、ユリアさんは始の病室を見張っててくれ。
なんかあったら、ユリアさんは俺の連絡先、分かりますよね?」
「もちろん!! あれ? 私ドクターさんと2人っきり!?」
「さすが宮本翔矢!! 完璧な采配だぁ!!」
ユリアは絶望したような表情をしているが、ドクターは完全に浮かれてしまっている。
「まぁ能力者相手に、私がいても足手まといだしなぁ……
受け入れるしかないかぁ……」
「こっちは、任せたまえ!! 私も自衛の道具くらいは持っているのでね。
余程の敵が出て来ない限りは、君が戻って来るまで粘ってみせるさ!!
ユリア様に怪我なんてされたら、絶望しかないからね」
「任せた!! でも2人とも無理はしないで、何かあったら逃げて下さいね」
「ありがと!! 翔矢君も気を付けて!!」
「ちょいちょいちょい!!」
翔矢が羅針盤を手に出発しようとしたタイミングでドクターに呼び止められてしまった。
出発する気満々だった翔矢は、急ブレーキをかけた車のようにキュッと止まった。
「なんだよ!?」
「能力者と戦うなら、ここを狙うと良い」
ドクターは自分の鳩尾をドンドンと叩いた。
「まぁ人間なら弱点だしな」
「いや、能力者が能力を失うのは心臓が一瞬でも停止した時だ。
君が以前、六香穂のショッピングモールで狼男と戦った時にガチャのカプセルみたいなのが出て来ただろ?
たまたま急所にでも当たって、一瞬心臓が止まったんだろう」
「……分かってたなら最初から言え!!」
今日何度目かの鉄拳制裁がドクターに炸裂する。
「ゴメン、メンゴ!! 僕の開発したAIが今しがた結論を出したんだ!!」
ドクターはタンコブを抑えながらスマホの画面を翔矢に向けた。
「そんなもんまで開発してたのかよ」
「いかに僕が天才でも一度で考えられる事には限度があるのでね。
優先度の低いことはAIに丸投げさ!!」
「いや、重要事項だと思うんだが」
翔矢は呆れたような疑ったような目でドクターを睨む。
「はっはっはー考えたい事と気が向かない事があるのでね。
君だって勉強するときに気が向く教科と、そうでもない教科があるだろ?」
勉強が苦手な翔矢は、これを例えに出されると引き下がるしか無かった。
「じゃあ行ってくるよ!!」
逃げるように、この場を立ち去った翔矢の背中にドクターとユリアは見送るように手を振った。
***
その頃、マジックラウドで都立病院に向かっているペネムエの視界に、ようやく目的地が見えてきた。
「ゼロ様!! あと少しです……大丈夫ですか?」
向かってる間にも、ゼロの肉体の細胞破壊は止まらず、心臓の傷口を中心に人の形の原型は無くなり始めていた。
「大丈夫……って言ったら嘘だけど、ここまで来たら始の顔を見なきゃ……
死ぬに死ねないわ!!」
ゼロは気合を入れるようにして立ち上がり、マジックラウドから降りた。
「いいえ!! あなたには、ここで死んで頂きます!!」
聞き覚えのある声と共に、白い触手のような物がゼロの心臓を貫く。
「ゼロ様!!」
ペネムエは慌てて、その触手をブリューナクで破壊した。
「大丈夫よ、いまさら体に穴が増えたって、大して変わらないわ」
「それは残念……」
その声は上空の方から聞こえていた。
2人が同時に見上げると、そこには頭にカラスの羽を生やしたクラーケンがいた。
「あれは……魔物? でも見た事がないタイプです」
「さっきの声、あなたファーストね」
「こんな姿でも声で認識してもらえるとは光栄です」
ファーストはバサバサと音を立てながら、地上へと降りてきた。
「ファースト? たしか幹部の1人。
能力を強化する能力と記憶していますが、何故このような姿に?」
「ゼロだけが科学者ではないと言っただろう?
北風エネルギーから奪った設計図で作っただけなので、あまり偉そうな事は言えませんがね」
ファーストの触手のような足が、再びゼロを襲う。
今回は、ペネムエがブリューナクで氷の壁を生み出し、何とか防いだ。
「こいつは、わたくしが何とかします!!
早く始様の元へ!!」
「……感謝するわ!!」
ゼロは崩壊が続く体を引きづりながら、病院の方へと向かって行く。
「行かせるか!!」
「イカだけに……と言うべきでしょうか?
残念ですが、追わせる訳にはいきません!!」
今度はファーストの羽を凍らせ、一瞬で機動力を奪った。
「この娘……俺を邪魔した事を後悔させてやります!!」
ファーストは10本の足をイヤらしくウネウネとペネムエに向かわせた。
「なんというか……皆様同じような事しか考えられないのですね……」
ペネムエは呆れたようにため息を憑き余裕を見せいる。
「男ってのはそういう生き物ですからね!!」
ウネウネとした足がペネムエの両手両足を拘束した。
そしてペネムエの足を広げさせようと力を入れる。
しかし中々ファーストの思うような体勢にはならなかった。
「くっ……馬鹿力女め!!」
「人間の凄い方くらいですけどね。
あなたは、そんな姿になってもできる事は、その程度と。
イカ墨で服が汚れるくらいは覚悟しておりましたが」
「イカ墨? そうかこの姿なら、それくらいは出せるか!?」
「あっ……」
ペネムエが、自分のやらかしに気が付いた頃には時すでに遅し。
あっという間に、純白のワンピースは真っ黒になってしまった。
「うぅ……目に入ってしまいました」
手足が使えないので、首をブルブルと犬のように振ってイカ墨を払おうとする。
「今だ!!」
「キャッ!!」
つい足の力を抜いてしまったペネムエの足が、ファーストに広げられてしまった。
「……真っ黒ですね。何も分かりません」
「誰のせいですか!!」
「まぁ、墨まみれで妥協しますか」
ファーストの残りの6本の足が一斉にペネムエの服の中の入り込もうとしてきた。
「何も見えないでしょうし、恥ずかしくはありませんが触れるのはアウトですね。
そういう、お相手は心に決めておりますので」
ペネムエが冷たく睨むと、ファーストの体は一瞬で氷漬けになる。
「拘束しても相手の武器は奪わないとダメですよ……」
ブリューナクを眺めながら放ったペネムエの声は当の本人には聞こえてないだろう。
勝利で油断していたペネムエは自信に近づく誰かに気が付かなかった。
「なんか分からないけどベトベトシャドウ怪人発見ニャ!!」
「え?」
その声でペネムエはグミだと気が付いた。
だがグミはイカ墨をかぶった自分を敵だと勘違いしている。
悪魔族の驚異的な身体能力に反応できず、強い衝撃と共に吹き飛ばされてしまった。
「グミ様!! わたくしです!! ペネムエです!!」
「え? ペネムエ?」
「悪魔族なら声と魔力で分かって下さいよ!!」
「ゴ……ゴメンニャ」
翔矢が絡む事や敵以外に、ペネムエがここまで怒るのは見たことが無い。
グミはただただ恐怖を感じてしまった。
そのため2人は気が付かなかった。
ファーストを止めている氷が解け始めている事に。
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