160話:ドクターから特効薬が始まりそうです
「ヘイヘイヘイ!!
イチャイチャしてるところ悪いねぇ!!」
博物館の前で抱きしめ合っていた翔矢とペネムエ。
そんな2人の空気など読もうともせず1人の男が話しかけてきた。
翔矢とペネムエは慌てて離れて声の主を確認すると、北風エネルギーのドクターが白衣姿で立っていた。
「あんた……何しに来やがった?」
鋭い目つきでドクターを睨み付けた翔矢。
朝会った時よりも敵意はむき出しに見えたが、彼のことも覚えているのだとペネムエは確認した。
「おぉ怖い怖い!!
何って今や東京中は、転生教のせいでカオスな状況だからね。
珍しく人気のない東京を散歩しながら魔力の痕跡を追っていたのだが……
君の魔力だったようだね!!」
ドクターはペネムエにの方を示している羅針盤を、わざとらしく彼女に近づけた。
「なるほど、能力者も魔力を持っていますからね。
その羅針盤で探し出せるという訳ですか」
「まぁ示したのが君だったのは逆に運が良かったと考えるべきか。
僕には天才的な頭脳はあっても戦う力は皆無。
小学生にも相撲で負けてしまうくらいだぁ!!
転生教に出くわしたら積んでいたところだねぇ!!
君たち、僕の護衛をしてくれないかい?」
「それは……もちろん構いませんが……
それなら1人で探索はしない方が良かったのでは?」
「仲間が命がけで戦っているのに僕だけ安全圏でジッとしているなんてできないさぁ!!」
ドクターの言葉は、文字にすると指名感が強いように聞こえる。
しかし、そのテンションや口調はワザとらしく本心とは思えなかった。
それでも、戦えない人間を、この状況で見捨てる事はペネムエにはできない。
「で? 蓮と鈴君は、どうなったんだい?」
「「それは……」」
ドクターの質問に翔矢とペネムエは同時に口を開いた。
そのあと、2人は顔を見合わせた。
「あれ? ペネムエちゃん何でスカイタワーの戦い知ってるの?」
「えっと……それは……あの……
天使的なネットワークで薄らと!!」
「そうなんだ!!」
「はて? 2人は一緒に……」
嚙み合わない2人の会話を不思議に思ったドクターは口を挟もうとした。
それに気が付いたペネムエは、慌てて彼の口を手で塞いだ。
「しょ翔矢様!! ちょっとドクター様に状況を説明してきます!!
敵が来るといけませんので、見張りをお願いいたします!!」
「おっおう」
早口のペネムエに押される形で、翔矢は見張りを引き受けたのだった。
***
翔矢から少し離れ、ペネムエはドクターに今の状況の説明を始めた。
「記憶喪失?」
「はい、と言っても、わたくしの事だけ忘れてしまったようで……」
「彼に本当の事は言わないのかい?」
「記憶を失ってる事の自覚がないようですからね。
信じてもらえないというか……混乱させてしまうだけかと思いまして」
「まぁ好きにすればいいさ。
君の事だけ忘れたなら、君だけの問題と言えるからね。」
的確な事を言っているように感じたが、彼の表情を見るに、特に興味は持っていないようだ。
「しかし、まさか鈴君が君に協力するとは……
そして、その後は連絡は取れないと……」
「……わたくしのブリューナクがあれば、ゼロという者には勝てたと思います。
肉体再生の能力の謎は解けませんでしたが、氷漬けにするのは可能に思えましたので……」
あれから3時間以上は経過してしまったはずだ。
今までドクターに連絡がないという話を聞き、翔矢を追わせてくれた鈴の無事が気になる。
少なくとも、彼女の全てを砕くという攻撃は、再生能力を持つゼロには不利なのだ。
鈴も、それを承知で行かせてくれたはず。
「蓮や鈴君の事になら責任を感じる必要はないよ?
万が一の事があったとしても、最終的に君の命を狙っている事に変わりは無い!!
むしろ、敵が自爆したと喜ぶべきだぁ!!」
ドクターは、ハイテンションで、その場を意味もなくクルクルと回っている。
言葉だけはペネムエを擁護しているが、彼の態度にはカチンと来るものがあった。
「あの二人は……あなたの仲間ではないのですか?」
今にも手を出しそうな気持ちを堪えながら言葉を口にする。
「まぁ君の言いたいことは分かるけどね。
世界を守るってのは立派な事だぁ!!
だ・け・ど、どんな理由があろうと、何かの命を狙っていいのは、自らも命を狙われる覚悟のある奴だけだぁ!!
それが君のような知的生命体なら、なおさらだ!!」
ドクターの言葉と同時に、彼の心の声も一緒に聞こえてきた。
だが、その内容も、ほとんど変わりは無い。
恐らく本音しか口にしないタイプの人間なのだろう。
「そうそう、君はゼロの再生能力の謎が魔法じゃないから分からないと言ったね?
僕は、その謎が今解けたよ!! これを見てくれたまえ!!」
ドクターはカバンから1枚の新聞を取り出した。
その記事の写真に写っていたのは、紛れもないゼロだった。
「これって……」
「彼女の本名は……おっと、この先は宮本翔矢君にも聞いてもらった方がいいかな?」
ドクターは動物を呼ぶような手招きで翔矢を呼んだ。
すぐに気が付いた翔矢は駆け足でやってきた。
「話し終わったのか?」
「あぁ、ここから先は君にも聞いてもらいたい!!
転生教教祖ゼロ、彼女の本名は“水澤玲奈”
有名なバイオテクノロジーの研究者だ!!
ジャンルは違うが私も研究職なのでね。
彼女の演説配信で顔を見た瞬間にピンと来た!!」
「なるほど、バイオテクノロジーか」
「バイオテクノロジーのようですね」
翔矢とペネムエは、うんうんと頷いている。
「言っとくが僕はツッコミ担当じゃないからね?
まぁ一番重要なのは、水沢玲奈、つまりゼロは、すでに亡くなってるということだね!!」
「はっ?」
「えっ?」
翔矢もペネムエも、新聞の写真だけを見ていたので気が付かなかったが、その記事は実験の事故で彼女が亡くなったというものだった。
「ちなみに、これは7年前の記事だ!!
そして、彼女の研究分野はバイオテクノロジー。
蓮が彼女を斬っても再生、さらに銀髪天使ちゃんの見立てでは、スカイタワーにいるゼロは人間じゃない。
もうこれはゼロの正体は、そういう事だろう!?」
ドクターは、相変わらずのふざけたテンションで話している。
だが彼の推測は正しいだろうとペネムエは感じた。
「その……バイオテクノロジーというのは人間を造れるのですか?」
「専門外だから造れるか分からないが、倫理的にも法律的にも造ったらアウトだね!!」
「そのアウトな事をするだけの理由が、ゼロにはあったという事でしょうか?」
「そこまでは分からないね、まぁ研究者なら造れるものは何でも造りたい。
その気持ちだけは僕にも分かる。
だが少なくとも今回の事件の目的は単なる大量殺人じゃなさそうだ!!」
ドクターは翔矢に太長いカプセルのような物を手渡した。
「これは?」
「エピペン、まぁ流星雨の特効薬だね」
「そんなのあるの!?」
「あぁ、説明書を見れば君のような子供でも簡単に打てるよ。
スズメバチに刺されたときに打つのを見た事ないかい?
あれと同じ要領さ!!」
「おぉ!! ありがとう!!」
翔矢は話しながら説明書を読み、自分の左腕にエピペンを打った。
「全身の黄色い斑点も、数時間で綺麗に消えるはずだよ!!」
「あの……なぜ特効薬など持っていたのですか?」
「数年前だけど、某国が日本に流星雨を打つという噂が上がったんだ。
結局、使用されることは無かったが、日本政府は莫大な予算で特効薬を用意していたのさ!!
当時の政権は叩かれまくったけど、今はそれが役に立って、東京中に配布されている」
「それじゃあ!!」
「あぁ在庫は大量に抱えてたようだし、時間も2日以上あるからね。
余程の事がない限りは、流星雨の犠牲者は出ないだろう」
ドクターの言葉に翔矢とペネムエは、安心してホッとため息を憑いた。
「そして僕に及ばないまでも、天才科学者であるゼロが、大量殺人に特効薬のある流星雨なんて使う訳がない!!
世界の浄化だの異世界転生だの言っているが、何か別の目的があるはず。
僕は散歩のついでに、それを調べているのさ!!」
1つの大きな問題は解決した。
だが深まる謎にペネムエは頭を悩ませるのだった。
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