99話:在宅勤務から現場検証が始まりそうです()
「たっただいまー……」
その日の午後3時前、翔矢は恐る恐る帰宅した。
今朝、家を出る前にペネムエが忙しそうにしていたのが気になっていたのだ。
自分の部屋であるにも関わらず、コソコソと部屋のドアを半分ほど開ける。
すると、案の定ペネムエは必死に書類に目を通していた。
その姿は、ペネムエの容姿が14歳くらいの少女でなければ、仕事中のサラリーマンと見分けがつかないだろう。
翔矢は、部屋に入る事が出来ずに、いったん扉を閉めた。
「先に夕飯の買い物にでも行ってくるかな……」
自分のカバンに財布が入っているのを確認して、頭の中で計画を立て直す。
そうして、部屋の前で立っていると、部屋の中からペネムエの声が漏れてきた。
普段おとなしい彼女が、ここまで声を出すのだから、よほど大変なのだろうと感じた。
「なにか疲れが取れそうな料理でも……いや、おやつ前だから、お菓子でも作ってみるか!!」
料理の腕は確かな翔矢だが、基本的にメニューはその場で考える事が多い。
急に予定にない料理を作りたくなっても対応できるように、日持ちのする食品は、常備しているのだ。
「前にテレビで、時短料理に使えると聞いて買ってみたホットケーキミックス!!
結局使わないで保管してたな……ハチミツもあったし、とりあえずパンケーキを作ってみよう!!
あれ? ホットケーキミックスでパンケーキ作れるのか? ってか違いあるのか?」
そんな素朴な疑問を持ちながら、調理に取り掛かる翔矢であった。
*****
翔矢とペネムエが平和な時間を過ごしている頃、東京では警察が魔法による殺人事件が発生した現場で捜査を行っていた。
「こいつはヒデェ……」
茶色いコートを着た、いかにもベテラン刑事といった風貌の中年男は現場一帯を見渡す。
「現場の写真は確認したが……本当に穴だらけじゃねぇか……」
裏路地にある飲み屋やマージャン店の看板など、あらゆる所に真円が開いている。
「重機などの専門家にも話を聞いてみましたが、このような穴を開けることは不可能だそうです」
若い刑事がベテラン刑事の横で手帳を広げながら説明をする。
「だろうな……近隣住民の話は?」
「若者グループの喧嘩の声や叫び声を聞いたという証言は多数ありましたが、重機や機械音を聞いたという証言は無いですね。
被害者と一緒にいた仲間の、若者グループのメンバーも、よほどショックだったのか、誰も証言できるような状態ではありません」
「ふぅん……」
(目の前で仲間が殺されってまえばショックを受けるのは当然だが……
事件が発生して3日以上経っている……グループ全員がショックで未だに証言できないって事があるのか?
ましてや目撃者は全員、若くて気性の荒い連中……敵を取るとか無念を晴らすとかで熱くなる奴がいて、警察に話をする奴がいる方が自然だが……
この現場の状況……何か信じられないような……現実ではありえない光景を目撃した……なんて事もあるかもな)
ベテラン刑事は腕を組みながら、考えをめぐらす。
しかし、いくら有能な刑事であっても、このような現場では、確信に至るような事は考え付かなかった。
「これが被害者の遺体の写真……おえっ」
若い刑事は何枚かの写真を取り出したが、取り出す際に視界に入っただけで嘔吐してしまった。
「確かに酷い状態だが、刑事が死体の写真見ただけで吐くんじゃねぇよ!!」
「すっすいません……」
ベテラン刑事に怒鳴られながらも若い刑事は、口元をハンカチで覆いながら写真を渡そうと手を伸ばした。
写真は、若い刑事の手からスッと取られた。
若い刑事は当然ベテラン刑事の手に渡ったと思ったが、違ったのだ。
「?」
「誰だお前!!」
写真を手に持っているのは、白髪交じりで男にしては長髪の30代前半くらいの男だった。
この場にいた刑事全員が、この男とは面識がなく、ピリピリとした空気が流れた。
しかし、この男は気にする様子もなく、フムフムと写真を見ている。
若いとはいえ、刑事が嘔吐してしまうほどの衝撃的な写真を、この男は動揺した様子すらなく観察しているのだ。
「あっれれーーー、おかしいぞーーー、被害者の体にいくつも穴が開いているけど、心臓部は無傷。
それにしては広範囲に血が広がり過ぎだぁ!! こりゃぁ散らばった血痕は犯人が、わざと付けたんだろうねぇ。
まぁ、手に入れた力を見せつけたかったといった所か……
蓮!! 犯人はウィザリアンではなく、力を手に入れた、この世界の人間の可能性が極めて高いよ!!」
白髪の男が振り返ると、どこからともなく、爽やかな男と、高校生くらいの少女が出てきた。
「六香穂にいる銀髪や赤髪、黒猫は無関係という事か……」
さわやかな男は顎に手を当て、考え事をしている。
「無関係かは分からないが……まぁ、あんな田舎で活動してるのが、いきなり東京で事を起こすとも考えにくいだろう。
まぁ瞬間移動!! みたいな能力が使えるなら有り得るが……六香穂支部での戦闘を考えるとなさそうだぁ!!」
白髪交じりの男はやけにテンションの高いトーンで話している。
「……ドクターは人が亡くなった現場で不謹慎。
蓮も警察の方を無視して話を進めるのは失礼……」
小柄な少女の、か細い声に、さわやかな男はハッとした表情を見せてベテラン刑事の元へ寄っていく。
「失礼しました、我々は、こういう者です」
さっと差し出された名刺をベテラン刑事は確認する。
「『北風エネルギー新型エネルギー開発室主任:渡辺蓮』?」
ベテラン刑事は、名刺に書いている内容を、そのまま声に出して読み上げた。
「同じく室長の『大道アズマ」だよぉ、みんなにはドクターと呼んでもらってるから君たちも、そう呼んでくれたまえ!!」
「私はウィザリアン対策課、実働部隊隊長の雑賀鈴……役職は分からないと思うから覚えなくていい……」
ドクターの何がそんなに楽しいのかと聞きたくなる程のテンションに対して、鈴は何か悲しい事があったのかと聞きたくなるくらいのローテンションだ。
「その北風エネルギーが何の要件だ?」
北風エネルギーは、大企業といっても所詮は民間企業、警察の捜査に口を出すなど有り得ない。
まして、このドクターという男は、ふざけたようにしか見えない態度を取っている。
ベテラン刑事が機嫌を損ねるのも、当然の反応だ。
「僕らは、電力に取って変わる可能性のある、超自然エネルギーを発見したんだぁ。
僕らはそれを『魔力』と名付けたよぉ!!」
「魔力だぁ!? まさか、おとぎ話の魔法で被害者は殺害されたとか言うんじゃねぇだろうなぁ!!」
ドクターのふざけた態度に、ふざけてるようにしか思えない説明が、火に油を注ぐ形となってしまった。
「僕も、最初命名する時は恥ずかしかったけどね、この言葉がまさにピッタリのエネルギーなのさ。
まだ実用には、ほど遠いが……我々以外にも魔力を発見した者がいるとか……
まぁ細かい事情は分からないが、魔力を使えば、理論上今回の犯行は可能なのさぁ!!」
「ふざけるのも大概にしやがれ!!」
ベテラン刑事は激高し、大きな声を挙げる、ベテラン刑事だけでなく横にいる若手の刑事や他の警察全員が、怒りの視線をこちらに向けている。
「わぁお!! 怖い怖い、こんな怖い刑事に取調べをされたら、やってない事もやったと自供してしまいそうだぁ!!」
なおもドクターは、ふざけたような態度を取る、ついにベテラン刑事はドクターの胸倉をつかみかかってしまった。
これには場が凍りつき、蓮と鈴も動揺した様子だった。
ここでドクターは真顔になり、彼にしては冷静な口調で話し始める。
「君たち警察が、僕の言動を理解できないのも無理はないが……
こういう事件を捜査して、犯人に間違いないというような人物が現れた場合に警察は、どう対応するんだい?」
「どういう意味だ?」
胸倉をつかんだまま、ベテラン刑事は問いかける。
「僕が、この事件の容疑者として取り調べを受けたら、第一声はこう言うね。
『じゃあ、僕はどんな方法、どんな凶器で被害者を殺害したんですか?』ってね。
これで、立件して犯人を裁判まで持って行けるのかい?」
「それを、今調べて……」
ここでベテラン刑事の歯切れが悪くなり、ドクターの胸倉から手を離すと、ほぼ同じタイミングで後ろから他の刑事が駆け寄ってきた。
「あのぉ……警部」
「どうしたぁ!?」
「総監から電話です」
「総監からぁ?」
驚きながらも、ベテラン刑事は、電話を受け取った。
「はい……はいぃ?……分かりました……」
ベテラン刑事は、ほとんど何も言えないような状態で電話を終えた。
「あのぉ……総監はなんと?」
「捜査は打ち切り……ここの北風エネルギーに任せるそうだ……」
彼が納得する訳は無いのは、他の刑事も承知だったが、それでも選択肢は無かったのだろう。
刑事たちは、渋々と引き上げて行った。
「バイバァイ」
そんな刑事たちをあざ笑うかのように、いや実際にあざ笑っているのだろう。
ドクターは友達と公園で遊び終えた子供のように手を振った。
「蓮、総監に連絡したのは君かい?」
刑事が引き上げたのを確認した後に、ドクターは彼に尋ねた。
「あぁ……」
「警察が……よく納得してくれたね」
今度は鈴が質問する。
「総監に、この映像を送ったからな」
蓮がスマホを取り出すと、1本の動画が再生された。
それは北風エネルギー六香穂支部で、ペネムエとリールが、巨大化し化け物のような姿になった八田と戦闘している映像だった。
「わぁお」
「……」
ドクターはわざとらしく驚き、鈴は黙りこんでしまう。
「この映像では、人口魔力を注入した彼らの方が人類の敵に見えてしまっているが……」
蓮は申し訳なさからか、これ以上、言葉が出なかった。
「蓮……実際こうして被害が出てしまったんだ、我々がウィザリアンと戦わなければ被害は広がる一方だ。
人類を守るためなら、多少の被害は覚悟するべきだし、ましてや小さな嘘なら、いくらでも付くべきさぁ」
「私もドクターに賛成……この前……銀髪と戦ったけど、私じゃ勝てなかった……
正直、時間は無いかもしれない……」
ドクターのハイテンションは相変わらずだが、鈴は本気で蓮を気遣っているように見える。
「分かっている……」
その言葉と共に、蓮はペンダントを取出し、握りしめた。
「あの3人は、意識は戻らないが命に別状はないんだぁ、気楽に世界を救おうじゃぁないかぁ」
ドクターが高笑いをする中、3人は、、ハンドガンの先端にアンテナが付いたような形状の機械を取出し、捜査を始めたのだった。
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