プロローグ
「ホーリー・トルネードッ!」
アスターの甲高い声が空に響く。まさか、そんな、この魔法が見よう見まねで使えるはずが──
その全体から眩い光を放ちながら、鼓膜を破らんばかりの轟音と共に竜巻が迫ってくる。死を悟った。それは勇者として長年培ってきた勘、とかではなく、もっと人間の奥深くにある動物的な本能が『死ぬ』と、そうアナウンスしている。
あわてて飛び退く。小学校の体育のマット運動でやるでんぐり返しのような形で、ゴロゴロゴロと、三回転。民衆が街で語っているような『勇者』のイメージとはまるでかけ離れた、洞窟に潜んでいた蛇やコウモリに驚いた時の底辺冒険者ような、醜い避け方だった。
直後にバリバリバリ、と後ろで木々が吹っ飛んでいく音が聞こえる。体温が急激に下がった。あれを食らっていたら......考えたくもない。
やめよう。一旦中断しよう。そんな弱気な言葉が喉まで出かかったが、元勇者としてのプライドがそれをギリギリのところで塞きとめる。本当にそれでいいのか?俺は今や、この子の先生であるのに。ちょっとばかり強い魔法を相手が放ったからって、そこで怖気付いて降参してしまうような、そんな真似は許されるのか?
否。思い出せ、もう一度、あの頃を。魔王との壮絶な戦いを制した、あの頃の自分を。
体温が上がり、顔が紅潮したのが分かる。立ち上がり、左手でぱっぱと草を払って、右手で剣を抜き、アスターの方に構える。アスターはそれが見えていないのか、それとも見た上でそうしているのか、無表情のまま魔力を腕に集中させている。面白い。相手が剣を抜いてもなお動揺せずに魔力の集結を行うことの出来る人間は、トップクラスの魔術師にもそういない。やはりこの子の才能は、俺なんかよりもっとすごい。だからこそ、手加減はしない。
俺は魔王を倒した最後の一撃、その時の動きをなぞるように、超高速の跳躍でアスターとの間合いを詰める。そして必殺仕事人の如く、剣をふるい──
「アクアラ・ファイブァ!」
目の前で、再び叫び声が聞こえた。まさか、もう魔力が溜まったっていうのか?しかもこの至近距離で撃たれたら、それこそ死──
バアンッ!思考がまとまらないうちに、強烈な爆発音が鳴った。2メートルほど吹っ飛ばされる。
「......痛ってえ...」
全身を強打した痛みに悶えながらも、なんとか目を開け立ち上がる。
アスターが倒れていた。そしてその近くに、折れた杖があった。
体を確認する。さっき吹っ飛ばされた時に地面に叩きつけられた痛みはあるが、特に目立った外傷はなかった。魔法が放たれる前に剣で杖を折ったらしく、なんとか死は免れたらしい。
アスターの方に歩み寄り、首を触って脈を確認する。こちらも大丈夫だ。気を失っただけらしい。
しかし、さっきの複合魔法に、一つ目の魔法から二つ目の魔法に移るまでのスピード。明らかに、常人のそれを遥かに超越している。近接戦闘はからっきしだが、魔術に関してなら、すぐに俺を──
スゥスゥと、寝息(寝ているわけではないのだが)を立てるアスターを抱え上げ、背負う。まだまだ幼さの残るその顔からは、さっきの戦闘の様子は全く連想できない。
......もしかしたら俺は、とんでもない子を弟子にとってしまったのかもしれない。