第二十六話 契約
少年の姿をしたスザクに強引に腕を引っ張られ、俺は前のめりに体勢を崩した。自然とスザクと距離が近くなる。ベッドから腰が離れた瞬間だった。
軽い耳鳴りのような、キーンという金属音が耳元でした。
そして一瞬で、周囲の空気が変わったのを肌で感じた。素足に、ヒャッとした冷たく硬い床の感触が伝わる。
さっきまで明るかった室内が、一転、薄暗い室内へと変わった。
転移したのか。一体何処に?
いきなり転移され連れて来られたのに、意外に俺は冷静だった。
目を凝らして周囲を見渡すが、薄暗くてよく見えない。ただ……客室のような部屋ではないことは、すぐに分かった。
少なくとも、俺の周りには家具は置かれていない。殺風景な部屋のようだ。
そして、閉鎖された場所に放り出されたような、何とも言えない息苦しさを感じていた。
ここに俺を連れて来たスザクの姿を探すが、その姿もルセの姿も見当たらない。
一体、ここは何処だ?
「……ここは、神殿の最奥。我が生まれた場所だ」
すぐ近くで、スザクの声がする。いつの間にか、隣にスザクが立っていた。スザクの存在に気付いたと同時に、室内が明るくなる。
光を放っていたのは、中央に置かれた、一メートルぐらいある巨大な水晶だった。
水晶の脇に、ルセが静かに座っている。ルセは俺とスザクから視線を逸らさない。その視線の強さに、俺は少し戸惑う。
「ここで、スザクは生まれたのか……」
ルセから視線を逸らし呟く。
何もない場所だった。
水晶以外何もない。窓もベッドもだ。まるで病院の一室のように、真っ白に統一された広い空間。そして、朱色の水晶。
無機質で温かみも何もない場所に思えた。
だが、何よりそこは、この世界において神聖な場所でもあった。
生まれ変わって、初めて見るのがこの空間か……
複雑な思いが胸を過る。
「この場所は、巫女長でも入っては来れない。唯一入れるのは、ルセとアキラ、お主だけだ。契約を交わすのに、これほど相応しい場所はなかろう」
ルセは〈五聖獣のペット〉とステータスには記載されていたが、その実は家族のようなものなのかもしれない。まぁ、それはひとまず置いといて、問題は契約のことだ。
契約といっても、ピンからキリまである。
「どんな契約を交わすつもりだ?」
俺は尋ねる。
「アキラ。我に名前を付けよ」
スザクは真っ直ぐ俺の目を見詰め、告げた。
今、名を付けよって言ったか!? つまり、名前を付けろってーー。
一瞬、聞き間違いだと思った。だが、スザクの真摯な目を見て、それが聞き間違いではないと把握する。だから、俺は慌てて訊き直した。正直、かなり焦っていた。
「ちょっと待て!! 名前を付けろってことか!? それがどういうものか、分かってて言ってるのか、スザク!! それは、魂と魂を結び付ける〈契約〉なんだぞ!!」
「そうだ」
聞き間違いであって欲しいと、心底願ったが、スザクは否定することはなかった。
「それがどういうものか、知ってて言ってるのか!?」
「勿論、知っているに決まっておる」
知ってて言ってるのか!? ありえないぞ!!
「途中で、解約することが出来ないんだぞ!!」
「分かっておる」
はっきりと断言され、俺は開いた口が塞がらない。
ーー本来、名前の無い者に名を与える。
特に魔力を持つ者が名を与える行為は、与えた者の魂を、自分の魂に縛り付けることを意味していた。
つまり、魂と魂を結ぶ〈契約〉なのだ。
その〈契約〉は、一度交わすと、解除することは決して出来ない。
それは契約を交わした片割れが、もし、何だかの不幸に遭い死んだとしても継続される。契約の深さによっては、両方が死んだ以後も継続され、生まれ変わった先でも、その影響を大きく受ける場合がある。
魂に直に刻み込まれる〈契約〉故だ。
だから本来、交わされることはまずない。実際、俺は長いこと生きているが、この契約を交わした者を見たことはなかった。
「俺は魔法使いだから、人よりは遥かに長い時を生きることが出来る。それでも、スザク、お前より早く死ぬ。それに、用事が終われば、俺は常世に戻る。そんな俺と、魂を結ぶ契約を交わそうとするなんて、馬鹿げているにもほどがある」
「アキラ。お前の言い分はよく分かる。躊躇するのも理解出来る。だが、それしか方法がないのだ」
最後まで、俺の言い分を黙って聞いていたスザクは、固い声で告げた。無表情の顔に、僅かだが、眉間に皺が寄る。それを見て、本当にそれしか方法がないことを、俺は知った。
知ったが、それでも俺は、「…………本当にないのか?」と、確かめてしまう。
「あれば、別の方法をとっておる……」
疲れたその声に、俺は黙り込む。スザクは続けた。
「……アキラ。お主に頼みたいのは、我々の力を集約し、結界を張り直す作業だ。その作業には、我ら五聖獣の力を使わなければならない。お主が何者かは、我も承知しておる。お主しか出来ぬことだ。……我も色々探したが、その方法でしか、我ら五聖獣の力を使うことは出来ない。だから、頼む。アキラ、我に名を付けよ」
俺の視線を真っ直ぐ捉え、スザクは真剣な目をして頼む。俺は合わせた視線を逸らすことは出来なかった。
スザクの後ろに控えていたルセは、何も言わず、ジッと俺とスザクのやり取りを黙って見詰めている。
しばらく無言が続いた。
知らない間に緊張していたのか、力が入っていた肩の力を抜く。そして俺は、フーと息を吐き出した。
「…………それしか方法がないのなら、仕方ない。分かった。契約を交わそう」
約束通り更新しました。
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