第十八話 白い花
「このまま、里に戻ってもいいのか?」
俺は森に向かおうとする、村長の背中に向かって問い掛けた。
村長はその声に振り返る。その表情は暗く沈んでいた。
「……リサの事ですか? やはり、気付かれていましたか」
力なく、小さな声で村長は答える。俺は小さく頷く。
「ルークがリサの名前を出した時、僅かだが、貴方の表情が変わった」
「……そうですか。リサは私の孫です。リサは、私のことを父親だと思っていますが」
「…………」
リサの年齢は知らない。だがーー目の前にいる男は、眷族として、もはや人族ではないという事だけは分かった。
「リサは罪を犯しました。決して、犯してはいけない罪を。白い花、蘇生草を森から持ち出さしたのです」
やはり、持ち出したのはリサという娘か。
「本来蘇生草は、スザク様、五聖獣様が棲む聖域にしか自生しません。
言わば、五聖獣様の起こした奇跡。
エリクサーを生成するのは勿論、その花を材料にしたお茶は、瀕死な状態以外を除き、大概の怪我を治すことが出来ます。そして、全ての身体異常を治す効能もあります。
故に、我々眷族は、スザク様にお仕えすると同様に、その花を守ってきたのです。スザク様が守護するこの大地に、不穏な争いを生み出さないために。
しかし、リサはその事を知りながら、蘇生草を持ち出しました。好いた男性の気を引くために。
リサは……カノン殿を心から好いていました」
「カノンのことを」
意外な真実に俺は驚く。てっきり、ルークの事を好いていたからしたのだと思っていた。相手がカノンとは……
「はい。カノン殿はリサの気持ちを知らないでしょう。リサはそれでもよかった。どうしても、カノン殿の夢の手助けをしたかった。そこをルークに衝かれたのです。ルークに唆され、リサは掟を破った。
どの様な経緯があったにせよ、犯してはいけない罪を犯しました以上、リサはもはや、眷族ではありません。私の孫でもありません」
村長がそうはっきりと断言した以上、俺は何も言う事が出来なかった。
眷族は主のために存在する。
主が常に一番の存在。
親、兄弟、恋人、全てにおいてだ。
その主がもたらした奇跡をも、当然疑う事もなく、命を掛けて眷族たちは守る。それを至福の幸せだと感じてーー。
それが、〈眷族〉と呼ばれる者だった。
だが、リサは主であるスザクよりも、己が愛するカノンを優先した。
その時点で、リサは眷族ではなくなった。
ましてや、眷族たちが命を掛けて守ってきたものを持ち出したのだ。それは、眷族たちの気持ちを踏みにじるものに他ならない、行為だと俺は思う。そんな行為を行った者を、上に立つ者が、例え血を分け愛した者だとしても、許すことは出来ないだろう。
村長の話を聞いて、俺は自分が軽率な事を訊いてしまった事を悟った。
「……すまない。俺は訊いてはいけないことを訊いてしまった」
俺は村長に謝罪し、軽く頭を下げた。
「いえ……護りて様が気になさる事ではありません。あの子が馬鹿だっただけです。護りて様……貴方は、心が綺麗な方ですね。貴方が護りて様で、本当に良かった……。それでは、参りましょうか」
そう言うと、村長は森に向かって歩き始めた。
後ろを付いて歩きながら、俺はふと考える。
さっきから、何回か、俺のことを〈護りて〉って呼んでるが……
「護りてって、一体?」
小さな声で呟く俺に、足下を歩いているルセが答えた。
「五聖獣様と共に世界を護る者。
我々は尊敬と敬愛を込めて、〈護りて〉と呼んでいます」
でも、僕はアキラ様って呼んでますがね。キラキラした黒い目でそう告げるルセに、俺は照れてしまう。こういうのは苦手だ。
ほのぼのとした俺とルセのやり取りを、村長は聞きながら微笑みを浮かべ前を歩く。
森は村と隣接している。
村の奥に、雄大な森が広がっていた。
「ここから先は、眷族とスザク様がお認めになった方しか入れません」
そう俺に向かって村長は告げると、森の中に足を踏み入れた。
ーースザク様がお認めになった方。
そのセリフの意味の重さを感じながら、俺は頷くと一歩を踏み出した。
大変お待たせしましたm(__)m
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