あんな子、いたっけ?
桜の花が満開を迎え人々がどこと浮き足立つそんな季節、春。仁は中学校の校門の前に立っていた。
「二度目の中学生かぁ」
ブカブカの制服を着てクラス分けのボードを見ながら仁はつぶやいた。
「C組か…前と同じだな」
A-Dの4クラスの中で前回と同じCクラスに自分がいることを確認し、教室に入って自分の席に着く。
仁としてはよく知っている人物ばっかりだったが、クラスメイト同士は初対面の人間も多く初々しい挨拶を交わしていた。
同じクラスには仲の良かった相本圭太と藤原治もいた。
「おぅ。宮田。よろしくな」
「相本、おはよう。また同じクラスだな。」
「酒井さんがいなくて残念だな」
「治、やめろやめろ。悲しくなるから」
「あれ、ムキにならないのか。大人ですね、宮田さん」
結衣は隣のBクラスだった。前の時はなんとか隣のクラスに用事を作りたいと思っていたものだった。
あの頃を思い出すと恥ずかしくて死にたくなる仁であった。
「あー席につけぇ…担任の上原だ。一年間よろしく」
担任の上原は29歳。専門は英語だ。
「未来の俺より年下なんだな…」
仁は自分より年下の先生に悲しみを覚えた。
「中学校は小学校とはだいぶ違う。戸惑うことも多いだろうが貴重な3年間学校生活を楽しんでほしい」
上原は生徒たちにそう言った。仁はこの3年間どうやって過ごすものか考えていた。
だいたい、二度目なのだ。授業など放っておいて自分の思案に時間を使った方がいい気がしてならないが、図書館での出来事のように目立つのも気が引けた。
そんなことを考えていると入学式が始まるので体育館に移動することになった。
男女別出席番号順で二列に並んで移動する。仁にとっては懐かしい作業だった。
「制服似合ってるじゃん」
移動の途中で出会った結衣が半笑いで言った。明らかに似合ってないのは仁もわかっていた。
背が伸びることを考えて大きめのサイズにしていることが原因である。
「長いスカートがよく似合ってるよ」
仁は結衣にそう返した。中学生の制服のスカートは膝より下でロングスカートというわけでもない非常に中途半端な長さだ。21世紀の20代女性はあまりはかない。
結衣は返されたことが意外だったのか、不敵な笑顔を仁の方に向けていた。
その会話を横に並んでいる女子生徒が何やら面白そうな顔をして見ていることに気づいて仁は聞いた。
「どうかした?」
「宮田くんって、スカート似合ってるとか言うタイプなんだー意外。」
そう言ったのはクラスメイトの宮藤沙也加だ。沙也加はショートカット、スポーツができる少女で男子からは人気があった。
巨乳だったからだ。小学生の時は特に親しいわけでもなくクラスも違ったが委員会が一緒だったから知っていた。
「似合ってない制服にケチつけられた仕返しだよ。もう少しフィットしててほしいんだけど、背も伸びるししょうがない」
「ファッションに興味があるのも意外。年中半ズボンじゃなかった?」
「あれは意地というか記録作りというか。寒いのによくやったと思うよ」
沙也加は意外そうな顔を仁に向けた。ここで沙也加の服装も褒めればいいのだろうがやめた。
それができないから未婚なんだなぁと仁はつくづく思った。
入学式は途中で寝た。大人になったら校長先生の話も面白いのかなぁと仁は思っていたが、大人になってもつまらなかった。
入学式が終わり教室で自己紹介が始まった。趣味ってなんだろう。酒?それは言えないしなぁ。
人の自己紹介を聞きながら、ふと違和感に気づいた。
自分の知らない女子生徒がいたからだ。
あいつは誰だ。あんなやついたか?いや、いない。あんな綺麗な女子生徒覚えてない。
人形のような整った顔立ち、長い黒髪で、スタイルも良く凛々しい佇まい。
誰もが別格である雰囲気を彼女から感じていた。
「小林若葉です。西大路小学校から来ました。宜しくお願いします。」
しかも仁と同じ小学校だという。あんな奴はいない。思わず隣の沙也加に聞いた。
「あんな子、いたっけ?」
「え、覚えてないのー?小林さんだよ。お父さんが議員さんでよくテレビに出てるって有名だったじゃん。」
「あーそうだった。」
学年一の有名人と言ってもいいほどの若葉を知らないことに、沙也加は不思議そうな顔をしていた。
仁には記憶がない。ただ小林という女子生徒には覚えがあったが目の前に立っている女子生徒ではなかった。
「人が変わっている…どういうことだ…」
仁は考え込むあまり自分の番になっても立つのを忘れて、先生に怒られた。