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幸せなお母さんがどこかにいてくれるなら

 結衣と図書館であった数日後、仁は駅前で結衣を待っていた。昨日の夜、結衣から呼び出されたのだ。

はしゃいで仁が着ていく服を選ぼうとする母親をなだめるのに仁はうんざりした。デートなら嬉しいのだがおそらく違うことが仁にはわかっていた。

学生時代淡い期待を抱いては撃沈するを繰り返していた仁は、落ち着いていた。これが以前の時ならはしゃいだりもしたんだろうか。

それでも待ち合わせの15分前にくるあたり気合は入っている。


「お待たせ、遅れちゃった?」

結衣は時間通りに来た。

「いや多分時間通りだよ。」

結衣はジーンズに白いシャツに春物のピンクのカーディガンを羽織っていた


「似合ってるじゃん、少し大人っぽい。靴以外。」

「お、ありがとう。一応中の年相応の格好だよ。靴以外。さすがにヒールは履けない」


結衣はそう言って笑った。


「宮田は、年齢不詳ね。理系の院生見たい」

「理系の院生だったからね」


仁は灰色のパーカーにジーンズとスニーカーである。


「よし行こう。そこの喫茶店でいい?」

「うーん…ちょっと聞かれたくない話だし、個室がいいな。カラオケは?」

「いいよ、カラオケにしよう」


二人は一駅電車に乗ってカラオケボックスにやってきた。


狭い個室に入りひと段落ついたのち、仁は結衣に話を振った。

「相談したいことがあるっていてたけど…」

「うん、昨日色々考えたんだ…」

結衣の慎重なトーンにこの話は長くなると仁は直感した。共通の上司の文句を言う同僚女性研究員を何故か思い出しながら仁は結衣の話を黙って聞いた。


「私はなんで帰ってきたんだろうって。ほら、こんなことありえないじゃない。記憶を持ったまま小学生に戻るなんて。フィクションじゃないんだし。」

「だから、私は意味を考えたの…それで、何か私にしてほしこと、しなきゃいけないことがあるんじゃないかって思ったの」

「未来を変えなきゃって思ったのね」

「それで、一晩考えて、両親の離婚を止めることなんじゃないかって思ったの。」


帰ってきたことと両親の離婚に繋がりがる根拠はない。考えたように話しているがこれは結衣の願望である。結衣は止めたいのだ。仁はそう感じた。

同意を求めているであろう結衣の視線を感じた仁だが、返答に迷っていた。

そして結衣の考えを否定することはせずに、仁は話を掘り下げることにした。


「突っ込んだこと聞いていい?知らなかったり、不愉快だった答えなくてもいい。」

「もちろんいいよ。私が振った話だし」

「過去に戻ってくる前の酒井は、父親が嫌いだった?」


結衣は質問の内容に少し驚いた様子だったが、少しうつむいて仁の質問に答えた。


「嫌いだよ。あんな男。」

「浮気して!子供作って!家族を置いて出て行ったんだよ!父親だなんて思いたくもない」


少し語気を強める結衣。目には涙が浮かんでいた。

しかし、そこまで嫌いならなぜ離婚を止めるのだろうか。

「そっか…でも、そこまで嫌いなら、なんで離婚を止めようとするの?」


しばしの沈黙の後、結衣は話始めた。


「今の家族は…みんな幸せそうだから…」

「未来のお母さんはすごく苦労してた。私と弟がいれば幸せだって言ってくれてたけど、いつも一人の時は疲れた顔してた。」

「養育費はもらってたけど、それでも一人は大変だって。お酒飲んだ時に言ってた。」

「今ね、お母さんの格好綺麗なんだ。未来では、ボロボロだったのに…苦労させたくないの」


仁は質問の答えを聞いて自分の仮説が正しかったことを理解した。やはり結衣の願望なのだ。


「お母さんを助けたいのか…」

「そう…だね。なんか色々言ったけど、簡単な話だったよ。お母さんを助けたい」

「人に話すと考えってまとまるから。」

「うん。ありがとう。」


結衣は注文したドリンクを飲んで少し落ち着いた。


「よくわかったよ。それで手伝って欲しいことがあるっていうのが今日の相談?」

「うん、そういうこと。」


見ず知らずの家庭の崩壊を止めるのに、小学生が役に立つのだろうか。

仁は頭を回転させたが、よく分からなかった。


「さて何から話しをしようかなぁ…」


結衣は話す順番を考えているようなので、聞きたいことを聞いてみることにした。


「お父さんの浮気相手、詳細はわかる?」

仁は聞いた。相手が分からなければ対策の立て用がない。

「それはわかってる。お父さんは今度出張で大阪に行くの。調べたら学会だった。私も入ってた」

「そこで大学の後輩と出会ってそのままって感じらしい」


結衣は心底嫌そうな顔をして言った。父親の浮気事情など知りたくもないだろう、当然である。


「それだと何もできなくないか?さすがに大阪まで行くの無理だし」

「大阪まで行かなくてもいいの。本当はお母さんもついて行く予定だったんだけど、私が風邪引いて東京に残ったの。私が風邪さえ引かなければお母さんは大阪に行ける」


結衣は力強くそう言った。言っている内容はいいのだが、やはり自分が手伝う要素がどこにあるのかと仁は思った。

そんな仁の疑問を察して結衣は続けた。


「私が風邪をひいたのは、この後の送迎会が原因なの。ほら6年生の時にさ、担任の笠谷先生が異動になるからみんなで送迎会BBQしたじゃん。あれ。」

「あぁ、あったね。そんな行事。それなら仮病で休んじゃえよ。その方が確実だし。」


結衣は首を横に振った。

「お父さんは医者だから仮病通じないわ。それに騙せても大事をとってお母さんに残られたら意味ないし。」

「何故送迎会で風邪を?」

「…川に落ちたの」

「なるほど、じゃあBBQで風邪をひかないように立ち回ればいいんだな。」

「川に近づかなければ平気。もちろん自分でも気をつけるけど男子に投げ込まれたりするかもしれないし、そこはお願い」

要は監視である。少し難しいが、大阪行って浮気しないように見張ろうとかよりはマシである。

「どうかな、手伝って欲しい」


明らかにいいように使われていることは仁もわかっていた。

それでも涙を流しながら頼ってきたかつての想い人を見捨てたくなかった。


「わかった。努力する」

「ありがとう。出会いさえ挫けば後はなんとかなると思うから」

結衣はそう言った。しばらくの沈黙の後結衣は自身の心情を話し始めた。

「本当は生まれてくるはずの子供ができるのを阻んでいいのかなって思ってた。子供に罪はないから…でも、助けたい。」

「それにさ、こうして過去の春休みと違うことしても私たちの記憶は残ってるじゃん。きっとここは私たちがいた過去じゃなくて、違う世界とかなんじゃないかなって。」

「…また、言い訳してるね。」


過去じゃなくて異世界。その発想は仁になかった。

しかし、もしここが異世界だとしたら、それは自分達がいた「未来」の世界はこの世界をどう変えても変わらないことを意味している。

仁がそのことを言うかどうか悩んでいると結衣は言った。


「ここが異世界なら、離婚の阻止に成功しても元の世界の苦労していたお母さんは消えないかもしれない。そしていつか私は元の世界に戻ってしまうかもしれない」

「けど私が元の世界に帰って、たとえ変わっていなかったとしても、余計な苦労のない幸せなお母さんがどこかにいてくれるならそれでいい」

そう言って結衣は笑った。


仁はやっぱり結衣の笑顔は可愛いなと思い、さっき結衣のお願いを聞くか悩んだことがどうでもよくなった。


その後話し込んだためカラオケボックスを出ると2時間ほど経っていた。

ドリンクだけで粘る客である。

「ありがとう。ほんと、よろしくね」

「ああ、頑張るよ」

「うん、じゃあね」

結衣は仁とは別方向に歩いて行った。


家に帰った仁を待っていた母親からの尋問であった。

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