25歳、研修医です。
泣いている結衣を落ち着かせようと仁は結衣を連れて図書館近くの公園に来ていた。
公園のベンチで自販機で仁が買った缶のお茶を飲み結衣はやっと落ち着いた。
「ごめんね」
「いや、大丈夫」
帰りたい。結衣はさっきそう言った。これからされるであろう質問の答えを考えながら先ほどの言葉を反芻した。
「目が覚めて、小学生だった時はすごく焦った。それに怖かった。私は2007年から来たの」
落ち着いた結衣は語り始めた。2007年3月に国立大学の医学部を卒業した結衣は研修医をしていた。
夜勤の最中に容態が急変した患者の緊急手術の助手をしたこと。それが終わり仮眠を取って起きたら小学生に戻っていたことなどを話した。
「同窓会の時に医学部って言ってたの思い出したよ。」
「渋谷でやったやつ?懐かしいね。もう4,5年くらい前じゃない?」
「俺にとっては10年以上前だよ」
結衣は驚いた様子でこちらを向いて言った。
「宮田、何年から来たの!?」
そういえば言っていなかったことを思い出した。
「あぁ、2017年だよ。誕生日の前だったから今34歳。」
「34歳!おじさんじゃない。友達の不倫相手と同い年だわ。」
ケラケラ笑いながらそんなことを結衣は言った。
同い年だろと思ったが言うのはやめた。せっかく少し元気になったのだ、怒らせたくない。
「少し白髪の生えたおじさんだったよ。」
そんな話をしながら未来における自分の現状を結衣に話した。
「大手に行っても楽じゃないのね。」
結衣は仁の話を聞きながら頷いていた。
その後沈黙の時間が流れた。結衣は踏み込んだ話をするのが怖かったのだ。
仁はかつて好きだった少女相手に緊張していたが、小学生相手に緊張している自分に気づいて漫画の主人公を笑えないなと思った。
「未来に帰りたい?」
結衣は少し悩んでいる様子だったが、
「帰りたいよ。今更小学生に戻って何するの?」
そう答えた。仁はっきりと意見を言うか迷ったが、正直に先ほどから考えていたことを話すことに決めた。
見栄を張っても仕方ないのだから。
「俺はもう帰れないと思ってる。」
仁がそう答えると、結衣は少し俯いて言った。
「そっか…はっきり言われるとちょっと辛い。」
「帰れるって言って期待させたくない。何が起こったかは調べるけど、おそらく全部はわからない、まして同じことが起こせるとは思ってない。」
「研究者なんだね、宮田は。」
「優しい言葉がかけられなくてごめん。未婚のおっさんなんてこんなもんだよ。」
仁は結衣に断ってタバコを吸おうと思って胸に手を当てたが、小学生なのでタバコを持っていないことに気づいた。
「タバコ吸ってるの?やめた方がいいよ、健康に良くない。」
「よくわかったね。でも持ってないよ。」
「彼氏が吸ってるから。やめろって言っても聞かないんだよ。あ、もちろん2007年の話よ。」
「そっか。今ならやめるいい機会だな。」
仁は話をしてい2017年の数年前にSNSで再開した結衣が結婚していたことを知ったのを思い出した。
SNSで友達になった彼女の苗字が変わっていたからだ。
確か旦那も医者だった。
「本当に帰れない?」
結衣はすがるように仁に聞いた。
「あぁ、難しいと思う」
「そうだよね。うん、何度も聞いてごめんね」
やはり医者の卵であった結衣は聡明だなと仁は思った。
この状況で打てる手は本当に少ない。調べるだけでも時間がかかるのだ。
しばらくの沈黙が流れた後、ベンチから立ち上がり結衣は仁も方を向いた。
「ありがとう。話聞いてくれて楽になったよ。」
「そっか。それなら良かった。」
「今日は帰るね。もう夕方だから。門限が早いんだ。」
「小学生も楽じゃねぇな」
「もうすぐ中学生よ」
二人は笑った。
「バイバイ。あとその自転車はどうかと思うよ。」
そう言って結衣は帰って行った。
「俺もそう思うよ。」
仁は答えた。家に帰った仁は、結衣と話しているところを買い物帰りに見た母親に後質問ぜめにあうのであった。