オッサンは街に入る
目の前に壁がある。
帰還スクロールを使用したオッサンは壁に囲まれた街の前に居た。
街に入るための門の前には長蛇の列。ゲーム時代には無かった光景だ。
少しだけオッサンは不安になる。
自分のステータスや所有しているアイテムなんかは間違いなくゲームのものだが、ゲームの世界とは別の(・・・)世界に居るのではないか?と。
今のオッサンには考察するための情報が全く無いので一度考察を打ち切る。先延ばしは大得意なのだ。
オッサンは長蛇の列の最後尾に並ぶ。日本人なのだ。並ぶのは苦にならない。
オッサンは他の並んでいる人達をチラチラと盗み見る。
話しかける勇気はないし、会話をする度胸も話術も持ち合わせていない。伊達に派遣先で一人で昼食を黙々と食べていないのだ。
しかし、オッサンには昔から盗み聞きという人聞きの悪い特技があった。
話しかけれないなら聞き側に回ればいいじゃない。そんな発想だ。オッサンに罪の意識なんて無いのだ。
「塩の相場が~」
「あそこのネーチャンが~」
「今回の依頼が~」
列を待つ間に人々は様々な会話を行う。それは情報交換であったり、ただの雑談であったり、特に猥談にはしっかりと聞き耳を立てておいた。
そして皮の鎧を着こみ、腰に西洋風の直剣を挿した男達の会話は非常に興味深かった。
彼らは冒険者と呼ばれる者達らしい。
彼らの話しか情報は無いのだが、
・依頼という仕事をギルドで受けて報酬を貰う。
・今回の依頼は薬草の採取だったのだが、ゴブリンが出てきてひどい目にあった。
・一応、討伐証明の右耳は剥ぎとって来たが、ゴブリンは安いらしい。
・早くEランクに上がりたい。
・受付のパピコちゃんが可愛い
役に立つのか立たないのかは微妙なところだが、ゲームには無かった冒険者という職業。まるでネット小説でよくある展開じゃないか!とオッサンは人知れずテンションが上った。
いや、オッサンの鼻息が荒くなりフゴフゴ言っているのを前に並んでいる男が気味悪がっていた。
待つこと体感で2時間。前の男が終わり、オッサンの番が回ってきた。
と、その時……
「おい、オッサン!先に行かせてもらうぜ」
ボロボロの革鎧を着込んだ世紀末救世主伝説に出てきそうな大男が割り込んできた。背中には大きな斧を背負っている。
割り込みが日常茶飯事な四千年の国と違い、規則正しい集団生活を幼き頃から叩きこまれてきた日本人であるオッサン。
これは一言物申してやらねばと、オッサンは口を開いた。
「……ど、どうぞ……」
オッサンは権力に弱く、金に弱く、暴力にも弱かった。
その後、無事に入場税を支払い街に入れた。