変えなきゃいけない距離
水泳の特訓を終え、一回家に帰ってきた俺。
「あ、もう無かったんだっけ」
冷蔵庫にジンジャーエールの姿を確認できず、ちょっと落ち込む。
仕方がない、帰りに買ってこよう。
喉が落ち着かないまま、俺はユリカとの待ち合わせ場所に向かった。
午後は元々街に出掛けようと思っていたので、ユリカにはそれに付き合ってもらう事にした。
最寄りの駅で待ち合わせ。俺の町は人口が少ないせいか無人駅。
たまに売店のおばちゃんがいるが、今日はもういないみたいだ。
「やっぱり早いね」
駅で独り待っていた俺に、ユリカが声を掛けてきた。
「ユリカもじゅうぶんに早いよ」
電車の時間まで、まだ少しある。今回はユリカといえど、さすがにどうにもならない。
ユリカは時間がないにもかかわらず着替えてきたようだ。
午前中とは違い、薄いブルーの襟つきのシャツに紺色の七分のパンツ。
そして白のスニーカー。やっぱり女子って服はたくさん持ってるのかな。
黒のポロシャツにジーパン。
ポロシャツの色が変わるだけで、だいたいこんな感じだ。
少しは勉強しようかな。
「そういえば、街にはどんな用で行くの」
ユリカが当然の疑問をぶつけていた。
「そういえば、言ってなかったな」
「プレゼントを買いにいこうと思って」
「あ〜」
「前に言ってたやつね」
「前に言ってたのは止めにして、実は――を買おうと思ってる」
「それもいいね〜」
「実は付き合ってもらったのは話を聞いてほしいからなんだ」
「ミナちゃんの事かな」
ユリカが元々大きい目をさらに大きくして興味津々だ。
「なんで分かるの」
「そりゃ分かるよ〜」
「周りから見てたらね〜」
恥ずかしくなり、顔が熱くなる。
「まあ、そういう事なんだけど」
俺はいつからかミナを意識し出したこと。
中学に入ってから、それが恋だと教えてもらったこと。
でも、告白して今までの距離感が崩れるのが怖いこと。
そして、ミナは俺の事をどう思っているのか気になって仕方がないこと。
なんでこんな事を、最近仲良くなったばっかりの、しかも女子に話しているのかは自分でも分からなかった。
ただ話して楽になりたかったのか、それともあわよくばミナの友達からミナの気持ちを聞こうと思ったのかは分からない。
ただ、ジンジャーエールが飲めなかった渇いたこの喉は気付いたら全てを話していた。
とりあえず、黙って話を聞いてくれたユリカには感謝しかない。
恥ずかしくて、顔を見れないが。
「ソラ君ってやっぱりカズ君に似てるね」
「俺が、カズに」
思いがけない言葉に俺はびっくりする。
あんないいやつと俺が似ているかな。
「カズ君は自分の好きな事にまっすぐな人で」
「ソラ君は好きな人のためにまっすぐな人で」
違う、そんなんじゃない。俺は。
自分が傷つくのが怖いだけだ。
ミナのいない世界が怖いだけだ。
いつも、あいつに甘えていた。
いつも傍にいるものだと甘えていた。
「少なくとも、好きな人の事でそこまで悩めるのはソラ君がまっすぐな証拠だと思うよ」
「解決にはならないと思うけど、わたしの話をするね」
「ソラ君も知っての通り、わたしはカズ君が好き」
「カズ君はやっぱりモテるせいか、上級生からも告白されたりしていてね」
そんな話は初めて聞いたな。すげぇな、カズ。
「誰か特定の人がいるんじゃないか、女子の間ではそんな噂が広まっていてね」
「最初はわたしも興味本意でカズ君の事を追っかけて見ていてね」
「見てたらなんとなく分かった」
「たぶん、野球が好き過ぎるから女子には興味がないんだね」
「それから、わたしも野球中継観たり」
「たまに野球部の練習を覗いたり」
「自主練してるカズ君を見かけたり」
「そんなまっすぐなカズ君に惹かれていった」
「だから、この前試合に誘ってくれた時も嬉しかった」
「でもね」
「わたしはいつかはこの気持ちを伝えるんだ」
「わたしなんかじゃあ、野球には勝てないかもしれない」
「でも中学の間には絶対告白する」
「高校も一緒になれるかどうか分からないからね」
「後悔はしたくないから」
「だから、ソラ君がどうするのかはソラ君が決めなきゃいけないと思う」
「なんかごめんね」
「わたしなんかが偉そうに」
「でも、わたしは好きな人をもっと知りたいから告白するんだ」
「だめでも良いから、カズ君をもっともっと知りたいんだ」
「知りたい、か」
ありがとう、ユリカ。その一言で俺の気持ちも固まったよ。
「どうしたの、ソラ君」 「大丈夫っっ」
ユリカが急に慌てている。どうしたんだ。
口にいきなりしょっぱい水が入り込む。
「あれ、なんで……」
「なんで泣いてんだろ、俺」
ユリカが慌ててハンカチを差し出す。
男の涙を初めて見たのか動揺している。
ユリカには悪いが、その様子がおかしくて俺は泣きながら笑っていた。
「もう、人が心配してるのに」
さすがに笑いすぎたのか、ユリカが頬を膨らませている。
「ごめん、ごめん」
「というか、ありがとう」
「ユリカのおかげで決意したよ」
「おっ、という事は」
「俺は夏の間に告白するよ」
「俺もミナの事をもっと知りたいんだ」
「その意気だ、頑張れソラ君っ」
小さい拳でガッツポーズをしてくれたユリカ。
空気を読んだ電車がタイミング良くホームに停まる。
「じゃあ行こうか」
「うんっ」
俺達はセミの鳴き声を背に電車へと乗り込んでいった。
いつも見ているはずの町の景色が今日はどこか違って見えていた。
今度はミナと一緒に見たいな。
同じように誰かを想っているから気が合うのでしょう。
次回、ミナがやっと登場します。
お楽しみに