変えられない距離
今日はユリカと、この前約束した水泳の特訓の日。
町のプールで待ち合わせなんだが、早く来すぎてしまった。
どうしよ。
女の子と待ち合わせなんて……
そういえば、ミナとどっか行くときもあいつが俺の家まで迎えに来てしまうから、待ち合わせなんて初めてだな。
まだプールも開いてないし、さすがに約束の三十分前に来たのはやり過ぎたか。
「ごめ〜ん」
「お待たせ〜〜」
ユリカが長い髪を左右に揺らしながら走ってくる。
えっ、人の事は言えないけど早くないか。
「ソラ君、、早いね」
「わたしの、方が、先に着くと、思ってたのに」
息も絶え絶えに、ユリカが驚きを隠せないでいる。
「いや、女の子待たせちゃいけないと思って早く家を出たんだ」
「おっ、紳士だね」
「でも、女子みんなに優しくしてもだめだよ」
「ソラ君も特定の人がいるなら、あんまり他の女子には優しくしたらだめだよ」
にやりと笑いながら、ユリカが女とはなんたるかを話そうとしてくる。
なんか、最近キャラ変わったかな。
それとも、素になってきているのか。
「というか、まだプール開いてないんだよね」
長くなりそうなので、話題を変える俺。
「あ〜、大丈夫大丈夫」「ここはわたしに任せて」
なんか今日のユリカは頼もしいな。
「おっちゃ〜ん、開けて〜」
ユリカの初めて聞く勇ましい声に反応して、一人の中年の男性が出てくる。
「お〜、誰かと思ったらユリカちゃんか」
男性は俺の方をちらりと見て「なんだ、デートか」「こりゃ明日は雪かな」と言って高笑いをしている。
「ち、違う」
「泳ぎを教えてあげるのっ」
ユリカが若干照れながら、ありのままの真実を伝えている。
「そうか、そうか」
「そういう事にしておこう」
男性は聞く耳を持っていない様だ。
それでも施設を開けてくれるのか笑いながら準備をしている。
「なんなら、貸し切りにしてやろうか」 男性が悪い顔をしながら提案をしてくる。
俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「も〜〜」
「違うんだってば〜〜」
「分かった、悪かったよ」
男性はやっと飽きたのか、いそいそと部屋に戻っていた。
「なんか、悪かったな」
「ソラ君は悪くないよ」「あのおっちゃんが悪いだけ〜」
「そっか」
「それじゃあ着替えてくるよ」
そう言って、二人は別々の更衣室に。ん、ユリカも着替えるのか。なんだか申し訳ないな。
誰もいない更衣室はなんか新鮮だ。いつもなら、別に誰も興味を持ってる訳でもないのに。自分のを隠しながら着替えてしまう。
今日は誰もいないのを良いことに、風呂に入る前の様に雑にパンツを脱ぎ、何故か一呼吸置く。
一瞬、全裸の俺がそこにいた。なにをしてるんだと慌てて水着を履く。
自分の荷物をロッカーにしまいプールに出た。
誰もいないプールというのはなかなか不気味というか幻想的というか。
「よし、頑張るぞ〜」
後ろからユリカの声が聞こえてきた。
ほんと、教室にいる時とは違ってテンションが高い。水泳柄みになるとテンション上がるのかな。
「さあ、ソラ君」
「しっかり身体をほぐさないと」
ユリカ自ら音頭をとり、準備運動に入る。
それにしても、カズの前だとあんなに恥ずかしそうにしてた水着姿も俺の前では堂々としている。
男として見られていないのかな、ちょっとショックだ……
その後、元気の良いユリカに引っ張られながら泳ぎの練習が始まる。
指導の経験があるのか、教え方が上手い。
大した時間も掛からずに、それなりに形にはなった。
「いや〜、ユリカのおかげでなんとか形になってきたよ」
「そんなことないよ」
「ソラ君が一人でも練習してたおかげだよ」
「というわけで、ソラ君はちょっと休んでて」
「今度はわたしが泳ぐ番っ」 そう言ってユリカは水に飛び込んでいった。
多少なりとも泳げる様になったから分かる。
すんげ〜速い。
あれくらい泳げる様になるまでどのくらい努力したんだろうか。
いやはや、俺の周りには努力家が多い。
なんか自分が小さく見えてきたな。
俺にはなにを頑張れるだろうか。
いや、なにを頑張りたいだろうか。
今泳げる様に練習しているのはあいつと海に行きたいから。
……あいつと海に行ってどうしたいんだろ。
二人で、出掛けるのは今までも何度もあった。
でも、今回のお出かけは今までと違う。デートなんだ。
正直、怖い。
今のこの距離が変わるのが……
でも、この距離が変わらないのも怖い。
ずっと、このまま……
高校に入っても、その後も……
俺が告白したら、ミナはどんな顔をするだろうか。
喜ぶのだろうか。
迷惑に思うのだろうか。
「ソラ君っ」
「どうしたの、難しい顔して」
「えっ、あっ」
「ちょっとね、考え事してて」
「ユリカ、悪いんだけどこの後もちょっと付き合えるかな」
「良いけど、水着とかあるから一回家に帰りたいな」
「そっか」
「その後で良いなら、お願いしたい」
「わかった」
「じゃあ、最後にもう一回泳いでくるね」
ほんと好きだな、泳ぐの。そう思ってユリカの背中を追うとしたら既に水の中だった。
あのぐらいの勢いが欲しいな、俺も。
にしても、今日は暑いな。
照りつける暑さで、俺の髪は早くも乾き始めていた。