女神
セミ達に負けない選手達の掛け声を合図に試合は始まった。
カズ達は最初守備か。 やっぱりショート守るんだな。
「ね、ソラ君」
「カズ君のいるとこって守備の要なんでしょ」
「そうだよ」
「おっ、勉強してきたの」
「うん、ただ応援するのもあれかなと思って」
この子はただ好きなだけじゃないんだな。好きな人が好きな事を理解しようとしてる。
俺も負けられないな。
「あっ、打たれちゃった」
「っと、難なく捌くな、カズの奴」
「いや〜、やっぱり格好いい」
「カメラ持ってくれば良かった〜」
ユリカが予想以上にはしゃいでいる。多分、これがユリカの素なんだろうな。
「あっ、また」
「や〜、凄いよ、ソラ君」
「ちゃんと見てる、ソラ君」
「う、うん」
「見てるよ」
教室とじゃあ全然違うな。
その後は三振で終わり攻守交代となった。
カズの打席は二番か。
先頭打者は、あいつは佐藤か。そういえばあいつも野球部だったな。
「あっ、佐藤君だ」
「わたし苦手だな、佐藤君」
だよな。この前の水泳の時も佐藤の奴、えらい張り切って女子に引かれてたし。
「おっ、佐藤が打った」
「おっ、佐藤が走った」
「佐藤が間に合った」
あいつ脚速かったんだな。
次はカズだ。どうするんだ、カズは……
「バントかっ」
「しっかり送るんだな」
「え〜、カズ君アウトになっちゃった」
さすがにユリカは納得いってないな。
ま、監督の指示だし、初球であっさり決めるあたりはさすがだな。
次の三番打者は三振に倒れ、続く四番。
四番は三年生だけあってスイングの音が違うな。
「おっっ」
「すご〜い」
初球からいって軽々、外野を越えたよ。
佐藤が生還して、打者は三塁まで。
しっかり送っといて良かったな。
続く打者は惜しくも外野フライ。
うちの学校が先制して攻守交代。
その後は両チームともランナーを出すが得点には結びつかず。
ユリカもだんだん分かってきたのか、試合を食い入る様に観ている。
試合も終盤にきて、佐藤がエラーをしてランナーが出た。
一打同点のピンチ。
迎えるバッターは向こうの四番。同じ中学生とは思えない身体をしている。
「あっ」
甘く入った球を逃すまいとして、渾身の一振り。
危うくホームランかと思いきや、なんとか手前に落ちてくれた。
それでもランナーは余裕のホームイン。打者も楽々三塁まで。
どうする。嫌な雰囲気が漂う。
観てる俺ですら、暑さとは違う汗をかいている。
『ピッチャー交代』
審判が宣言している。
「カズ君が投げるの」
ユリカは声にだして確認する
「カズ君ってピッチャーだったんだ」
「俺も初めてみるよ、あいつの投げるとこ」
投げていたピッチャーはそのままカズのいたショートの守備位置に向かう。
投手交代時の投球練習が始まる。
果たして、どんな投球を見せるのか。
「はえぇな」
「さっきの人よりスピード速くない」
ユリカが俺に確認する。
「うん、速いね」
「やっぱり格好いい」
あ〜、ユリカの目が。目がぁっ。
でも、コントロールが安定しないな。
キャッチャーがよく動いてる。
さあ、どうなるか。
なるほど、ある程度スピードを落としてストライクを取りにいってるな。
たまにボールでも良いからおもいっきり投げて、スピードに緩急をつけている。
タイミングの取れないバッターを成す術なく三振に終わった。
なんとかピンチを切り抜け、最終回。
ユリカが部員以上に喜んでいる。
バンバン背中を叩かれて痛い。
この流れに乗ったのか、二番目の打者の佐藤が相手のエラーで出塁。
ギリギリだったがなんとか盗塁も決めた。
バッターはカズ。
もうユリカの声援にも、目をやらないほど集中している。
二球目もストライクを取られ後がない。
次は外して様子をみるのがセオリーだが、どうか。
っと、危ないっ。なんとかファールで難を乗り切る。
相手ピッチャーもじゅうぶんに間合いを取る。
俺もユリカも無言になっている。
素早い投球動作から放たれた次の瞬間……
「おぉっ」
「きゃっ」
ボールはライトとセンターの間に落ち、二塁ランナーの佐藤は楽に来れるかと思いきや
「げっっ」
ライトの肩が良すぎる。
もしかして鈴木さんか、と思うくらいの強肩である。
中継なしでワンバウンドでボールはキャッチャーの手元に。
佐藤は慌ててスライディングをする。
タイミングは微妙。
果たして、間に合ったのか……
『セーフ、ゼーフッ』
審判の今日一番の声が球場に響く。
「よしっ」
「やったぁ」
俺もたまらずガッツポーズ。
ユリカも、祈っていたのか両手を合わせたままほっとしている。
『ゲームセッッ』
劇的な勝利にもかかわらず、カズ達は喜びを表に出さず、相手チームを労いグラウンドの整備に取り掛かる。これがマナーなのだろう。
「おめでとう、カズ」
「カズ君、おめでとう」 「凄かったね」
「おお、危なかったよ」 「でも、相手チーム優勝候補だったから勝てて良かったよ」
「これから、俺達昼飯なんだけど、一緒にどう」
「カズ達が良ければご一緒に」
どうやら問答無用で参加の様だ。
他の部員がユリカの参加を切に願っている。
そんな目をしている。
球場の周りに緑の多い場所がある。そこにブルーシートを広げ俺らは昼食を取ることに。
「にしても、よくあの場面で打てたな、カズ」
「今日はたまたまだよ」
「さっき投げてたピッチャーも二年だから、来年も怖い存在になるよ」
「カズ君、よ、良かったらどうぞ」
明らかに、一人では食べきれない量のおかずを準備していたユリカはカズに勧めた。
「良かったらソラ君も」
「あ、あの皆さんも良かったら」
その言葉を待っていたかの様に部員からは歓喜の声が挙がる。
試合に勝った時よりも嬉しそうだ。
「悪いな、ユリカ」
「今日、勝てたのはユリカのおかげだな」
そう言いながら、カズはユリカの唐揚げをひょいとつまむ。
「じゃあ、遠慮なく」
俺もおかずがなかったので卵焼きをもらうことにした。
「ユリカっ、これって」
「えっ、ソラ君家って砂糖派だった」
「いや、ちょうどいい塩加減だよ」
俺は親指をぐっと立てる。
「良かったぁ、やっぱり卵焼きは塩だよね」
そんなこと言っていると他の部員がなだれ込んできてあっという間に弁当箱が空になった。
昼食も終え、野球部は次の試合の準備をする。
先ほどの試合で勝ったから今日はもう一試合組まれたみたいだ。
俺とユリカは他に用があったためにカズに別れを告げて帰る事にする。
明らかに他の部員はテンションが落ちているが仕方がない。諦めてくれ。
「今日はありがとな、ソラ、ユリカ」
「次も頑張ってな」
「また応援に来るね」
そのユリカの一言で野球部のテンションが持ち直したのは言うまでもない。
「いや〜、凄かったね」
まだ興奮しているのか帰りのバスでも、嬉しそうに振り返る。
「凄かったな」
「また来ようね」
「ああ、野球部のためにも来なくちゃな」
俺はカズの努力を知っていたつもりだった。
でも、今日の試合で再確認した。
俺はあんな風に頑張っているだろうか。頑張れるだろうか。
観客側にいる事を少し恥ずかしく思いながらバスに揺られていた。