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灰色の空  作者: 灰色の猫
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悪者はいない


 夏休みが始まって一週間。



 デートの準備も順調で、今日は約束していたカズの試合の応援だ。



 手ぶらで行って腹空かせても嫌だから、軽く握り飯だけでも持っていくか。


 凍らせたジュースを一緒に入れておけば大丈夫だろ。




 よし、っと。バスの時間に遅れてしまう。



 今日の試合は隣町の施設が整った球場みたいだから楽しみだな。アイス売りのおばちゃん居ないかな。




 あぶねぇ、ギリギリ。


 にしてもいつも人少ないな、このバスも。


 おかげで遠慮なく座れるんだけど。





 おっ、珍しく停まった。


「あっ」

「ソラ君、おはよう」


「おっ、おはよう」

「そっか誘われてたもんね」

 ユリカが乗車してきてガラガラなのに俺の隣に座る。

 ま、離れて座られてもそれはそれでショックだから良いんだけど。



 にしても、制服以外のユリカは初めて見るな。

 上は白のシャツに下は赤っぽいロングスカート、そして麦わら帽子。


 何か新鮮だ。




「よかった」

「一人だと心細くて」


「まあね」

「誘ったカズは試合で球場の中だからな」


「ソラ君はカズ君の試合観たことあるの」


「何度かあるよ」

「あいつは一年からレギュラーだったから観れる機会も多かったし」



「やっぱり凄いんだ、カズ君」

 ユリカは自分が褒められているかの様に照れている。


「そんなカズに水泳で勝ったユリカちゃんも凄いよ」


「も〜」

「あれは忘れてよ」



「それは無理だよ」



「それと、ソラ君もわたしの事呼び捨てでいいよ〜」


「それじゃあ、そうさせてもらう」

「なんか、ちゃん付けって恥ずかしくてね」

「俺の事もソラで良いよ」


「それは、ミナに悪いよ〜」

「えっ、なんでミナに悪いの」


「えっ、なんとなく」


「まあ、無理強いはしないよ」


「それより」

「ユリカに二つ頼み事があるんだけど良いかな」

「な〜に」

「ソラ君にはかなりお世話になってるからなんでも言ってよ」



「一つは……」「泳ぎを教えて欲しいんだ」

「学校か町のプールで」

「あっ、もちろんユリカはプールサイドで指導してくれれば良いよ」

「水着にならなくてもいいから」




「う〜ん」

「わかった、でも泳ぎたくなるかもしれないから水着は持っていくよ」



「ありがと」

「助かるよ」

「あともうちょいなんだけど、独学だとなかなか」


「まあ、理由は聞かないでおくね」

「ソラ君が人に頼るの珍しいから、きっと大事な事のためなんだね」


「う、うん」

「そうしてくれると助かる」


「あと一つは……なんだけど」



「それは残念ながら協力できないな〜」

「ピッタリかどうかが重要じゃないよ」

「それにわたし達、まだ育つかもしれないし」



「そうか」

「そうだよな、ありがとっ」


「どういたしまして〜」


「良いなぁ、わたしも憧れるなぁ」



『次は〜、……球場前です』

『お降りの方は……』


「あ、わたしに押させて」

「夢だったんだ、これ押すの」



 そ、そうだったんだ。夢が叶って良かったよ。





「あ〜、暑いっ」


「ほんとうにあっついね」


 バスから降りた瞬間、ムワッとした蒸気で一気に汗腺が開く。


 球場の中から球児の掛け声が聞こえてきて気温以上の熱気が伝わってくる。



 ユリカはスカートをバタバタさせて暑さをしのごうとしているが。


 そういうのは男子の前でしちゃダメだよ。


「ユリカ、それはちょっと目のやり場に困る」


「えっ、あっごめん」

「うち、パパ以外家に女 が四人もいるからつい家の感覚で」


「もしかして長女」


「ううん、離れた姉と小六の妹がいる」


「次女なんだ、なんか意外」

「うん、よく言われる」


 お父さんも大変だろうな、味方がいなくて。




「おっ、いたいたっ」

「お〜い」


「あっ、カズが呼んでる」

「行こうか」


「う、うん」



 なんかユリカの足どりが重いな。

 まさか私服姿が恥ずかしいのか。さっきはあんな事しといて。恐るべし、カズパワー。



「おっす、カズ」

「お、二人一緒だったんだ」

「今から試合前の練習だから客席で観ててよ」


「ユリカ、私服だと雰囲気違うなぁ」

「女の格好なんてよく分からないけど、似合ってるんじゃないか」



「そ、そうかな」

「ありがとう」



 カズ、お前は本当に男前だなぁ。


「じゃっ、応援よろしくなっ」


「おう」

「が、頑張ってね」



 カズが野球部の群れに加わっていく。


 なにやら他の部員が騒いでカズが小突かれている。


 間違いなく、ユリカだろうな。



「さあ、行こうか」

「うん」



「あ、ちょっと待ってて」

「どうしたの、ソラ君」


「あれ、買ってくる」


「あ、いいね」





 真夏の球場の客席で食べるアイスも良いもんだ。


「あ、頭痛い」


「ユリカがっつき過ぎだよ」


「え〜、だって」

「それよりおごってもらってごめんね」

「いいよ、気にしないで」



 本当は、あいつに買ってやりたかったけど。とうぶん機会はないな。



「おっ、これからノックか」

「お〜い」


「ユリカもカズに手振っときなよ」

「う、うん」


「カズ君、頑張って〜」


 カズが気づいて手を振り返してくれた。

 その瞬間、周りの部員から怒号が飛び交い、監督の強烈な打球がカズを襲う。



 上級生からはあの女子紹介しろなどと言われ、監督からはマネージャーなんてどうだとカズが攻められている。

 試合前なのに、カズのユニフォームだけ汚れてしまった。



「あ、余計な事しちゃったね」

「う、うん」




 俺達は小さくなりながら、垂れそうなアイスをちびちび舐めていた。



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