初めてのキス
なんとか終わったぁ。
げっ、もうこんな時間。
昨日の午後から机に向かい、途中夕食を挟みぶっ通しで宿題をやり続けた。ジンジャーエールも何杯飲んだか分からない。
氷を入れたグラスに付いていた滴も気づけば乾いていた。
外を見ると、すでに明るくなり始めている。
このまま寝るのもなんかもったいない。
俺は携帯型音楽プレーヤーを手に取り、外を散歩することにした。
当然、家の中は静かだ。
トイレの水を流す音が家に響き渡る。
多少の眠気はあったが、非日常的な感覚があり妙に気が昂っていた。
俺は夏休みだが、他の家族はいつもと変わらない日常。 それを邪魔しないように、ゆっくり玄関を開け夏休み初日の朝を外で感じる事にした。
見慣れた住宅街も、今は別世界の様。
たくさんの人がいるはずなのに、今は俺一人だけの様な気がする。
イヤホンを耳に付け、オリジナルのメドレーを再生させる。
大半は姉から借りたCDから録音したものばかり。
アップテンポな曲もあれば、片想いの恋愛ソングもある。意味は分からないが中には洋楽もあり、俺の成長期の身体を少しだけ背伸びさせてくれる。
日本語以外の言葉を聴いただけで、世界を感じて特に今は俺以外誰もいない。
今この場が海外のとある街かもしれない、という妄想を力強く後押ししてくれる。「おっ、おはよう」
「ソラ君、朝早いねぇ」
俺はとっさに片方のイヤホンを外し、挨拶を返す。
近所の大学生だ。日課なのだろう。慣れたような格好で一定のリズムで早朝の住宅街を駆け抜けて行った。
俺の妄想もあっさり終わり、一気に現実に戻ってしまった。
家からしばらく歩いたところでコンビニに着いた。
早朝のコンビニも何かいつも違い、妙にワクワクした。
常にお客さんがいるコンビニだが、今は誰もいない。
入店時に店員がちょっと警戒していたが、それもまた新鮮。
おっと、イヤホン付けっぱなしはそりゃ怪しいな。
家を出る前にトイレには行ったのだが、夏といえ早朝。 予想以上に肌寒く、早くも本日二度目のトイレへ。
トイレの中で店員の声が聞こえた。どうやら客が来たみたいだ。
意外にも皆早起きなんだなと同時に、財布を持ってきてないので何も買わない事での罪悪感が他の客が来た事で薄らいだ。
ほっとしながらトイレから出ると、目の前にミナがいた。
二人とも予想外の出来事に一瞬笑ったが、店員が警戒の色を強めたためにすぐに我慢した。
「どうしたの、ソラ」
「ミナこそ、どうした」
「ん、なんとなく目が覚めちゃってね」
「それで散歩がてら買い物、ソラは」
「俺は…」
「昨日からずっと宿題やってて、さっき終わったから散歩してた」
「コンビニへはなんとなく」
「ふーん、そっか」
「じゃあちょっと散歩付き合ってよ」
「い、いいよ」
「外で待ってる」
俺は店から出て、店内に目を向ける。
飲み物を選んでいるミナに見とれてしまっていた。
そして、こんな早朝に出会うという偶然に一人で勝手に盛り上がる。
そんな俺をコンビニのガラスが無慈悲にも反射して、俺は冷静になる。
朝から忙しいな、俺。
「おまたせ」
「あつっ」
ミナが温かいココアの缶を俺のほっぺにくっつける。
手で持てば適温だが、俺の柔いほっぺには刺激が強い。
「おごってやる」
「あ、ありがとう」
ここはミナの行為に素直に甘える。断れば、もう一度ココアを押し付けんばかりの勢いだからだ。
「ミナはコーヒー飲むんだ」
「甘いヤツだけどね」
ミナの手の中にある缶を見ながら聞いていた。
「飲んでみる」
「えっっ」
それってつまり……
「かわりにココア飲ませて」
そう言いながら、ミナは俺の持っていたココアと自分のコーヒーを交換していた。
「あたしもココアにすればよかった」
なんの躊躇もなく、俺が口をつけたココアを一口。
意を決して俺もコーヒーを一口飲んだ。
「にっがぁ」
「ソラにはまだ早かったか」 ミナが満足そうにニシシと笑い、ココアとコーヒーをまた交換する。
初めての間接キスはほろ苦いものだった。
その後、ココアを飲んだが。
コーヒーを飲んだ後だからか、ミナが一口飲んだせいなのか最初よりも甘く感じた。
そんなコーヒーを何事もなく飲み続けるミナの横顔を見て、同い年とは思えない色気を感じ慌てて目を逸らした。
なんか、夏休み初日の朝から濃いなぁ。
一人でコンビニに向かっていた時は長く感じた道のりが、ミナと一緒に戻ってくるときは早く感じたな。
「付き合ってもらって悪かったね」
「寝てないんでしょ」
「ゆっくり寝なよ」
ミナからそう言われて気が抜けたのか一気に眠気が。
「そうするよ」
「ココア、ありがとう」「じゃあね」
「うん、じゃあね」
ミナの背中を見送る。
辺りはすっかり明るくなり住宅街もいつもの雰囲気に戻り始めていた。