鳴き始めた蝉
「夏休みの注意ですが………」
「であるからして………」
「夜遅くの外出は…………」
「髪は染めてもいいけど、将来禿げま…………」
今日の担任はいつにも増してテンション高いな。
あ〜。外から聴こえるセミの鳴き声と相まって、お互いを呼び合ってるみたいだ。
早く終わらないかな。
「それじゃあ、始業式も皆が揃うように」
「解散っっ」
解散って、なんか古いな。
色んな意味での開放感からか、教室がどっと盛り上がる。
さっそく遊びにいく約束をしている者、先生の忠告をすぐに無視するように髪を染める話をしている女子、休みに補習があるからか余計に沈んでいる男子。
皆、思い思いの夏を始めるようだ。
「ソラ、休みの予定は決まってるのか」
カズが話し掛けてくる。どうやら今日は部活もないようだ。
「う〜ん、決まってるっていえば決まってるし、決まってないといえば決まってない」
「どっちだよ、そりゃあ」
「決まってないなら野球部の試合観に来ないか」
「試合かぁ」
「そうだ、ユリカも来てよ、試合」
「えっ、し、試合」
急に話を振られて慌てるユリカ。
「勉強のお礼も兼ねたいから試しに来てみてよ」 「感動させてあげるから」
凄い自信だな、カズ。
「う、うん」
「それじゃあ観に行ってみる」
「お、ありがとう」
「可愛い女の子が来てくれたら、部の連中も張りきるから助かるよ」
「か、かわいいって」
ユリカは前半の台詞しか聞こえてないな。夏なのに、そんな照れて大丈夫か。
「それじゃあね、カズ君」
「水泳の罰ゲームの、事なんだけど」
「お、罰ゲーム、決まったの」
なぜかカズがワクワクしてる。あんまり負けた事がないからかな。楽しそうだ。
「うん」
「七月末にある近くの神社の夏祭り、一緒に行って、欲しいなと思ったり、思わなかったり」
「いいね、夏祭り」
「よし、行こうぜ」
カズも最後まで話聞いてないな。
「でも、罰ゲームがそれで良いのか」
「うん、これで良いの」「いや、これが良いの」「そうか、それなら喜んで」
「あと、ちょっと待って」
おもむろにカズが紙とペンを取り出す。
「これ、うちの電話番号」
「とりあえず、試合は来週の土曜にあるから前の日にでも電話ちょうだい」
「あ、ありがとう」
「そしたら、一応あたしの番号も教えとくね」
無事に番号交換を済ませ、なんか流れで二人は一緒に帰って行った。
カズはまだまだ異性とどうこうっていう感じではないけど、水泳の一件以来、ユリカを特別視するようになっている。悔しいのもあるとは思う。
でも、カズは努力する大変さを知っているから、ユリカの凄さを肌で知って見方を変えたのだろう。
なんだかんだ良い感じだな、あの二人は。そして、取り残された俺。
いい加減、帰るか。
教室を出ようとしたら、ミナと出くわした。
「あり、ミナどこ行ってたの」
「ちょっと職員室にね」
「ソラ、待って」
「一緒に帰ろう」
「ああ、良いよ」
校舎の廊下から外を眺めながらミナを待つ。
この景色ともしばらくお別れか。
二年の教室がある二階は既にひと気が無く、いつもとは違った雰囲気がある。
相変わらずセミの声は聞こえるが、人間代表の担任がいなくなったので心地よいBGMに変わっている。
「お待たせ」
「さあ、行こう」
「おう」
「ソラぁ」
「ん、どした」
「デートの件、忘れてないよね」
「も、もちろん」
「八月の頭に行かないか、で、デート」
まだこの単語に慣れない。
「いつでも良いよ」
「行き先は決まってるんだけど、ちょっと準備があってね」
「なに、準備って」
「期待していいの」
口が滑ったか。なんか思った以上に目が輝いている。
「ま、まあ期待してて」
なんで俺は気持ちとは反対の事を……
まあ、いいか。
おかげで覚悟は決まった。
「それと、デートの件とは別になんだけど」
「夏祭り、行かないか」
「どしたどした」
「今日のソラはいつになく積極的だねぇ」
「いや、俺も行きたくなってな」
「仕方ない」
「付き合ってあげるよ」
「あ、ありがとう」
「あ、たまに家に行くかも」
「それじゃあね」
そう言って俺はミナと別れた。
よし、とりあえず今日中に宿題は終わらせるか。
ジンジャーエールを飲んで気合いを入れた俺は机に向かった。
ん、俺達って付き合ってないんだよな。
なんかデート、デートって。
顔が熱くなるのを感じる。ユリカの心配をしている場合ではないな。
もう一杯ジンジャーエール飲んで仕切りなおそう。