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戦禍

 四人がそれぞれの道を進み六年が過ぎた。少し大人び、精悍な顔つきになったラウルは以前まで元老の側近を勤めていた上官と共にヴァーミン砦を包囲していた。

 ラウルは捕まえた革命軍の兵士に砦の中の様子を聞き、突入できると判断した。

「わかった。全兵、突入の準備をしろ」

上官はラウルに誘導されるまま、兵士たちに命じた。そして、準備が完了すると、直ちに突入を命じた。

 ラウルは兵士たちを率先して、砦内へと入っていった。

 内部は崩壊しており、革命軍側はまともに戦える状態ではなかった。

「無駄に戦いたくはない。降伏しろ。すれば食糧を分け与える。しなければ二度と食糧を口にすることはないだろう」

ラウルが声を上げると、革命軍の兵士の多くは剣を捨てた。しかし、数人は未だ剣を持ち抵抗していた。

「抵抗はやめて降伏しろ」

「何が降伏だ。俺たちを奴隷にでもするつもりだろう」

「国のために働いてもらうことになるだろうが、奴隷のような扱いはしない」

ラウルは必死に説得したが、兵士たちは納得いかない表情で抵抗を続けた。

「では、なぜ戦争を始めた?」

兵士の一人は鬼のような形相で言い放った。ラウルは首をひねった。

「何を言っている? それは、革命軍が国王を……」

「違う。私は知っている。国王暗殺は革命軍の仕業ではなく、げん……」

兵士が言い切る前に剣が左胸に突き刺さった。後方から現れた上官は兵士を冷ややかに見下した。

「現在抵抗している者を処刑しろ」

「ま、待ってください」

ラウルは上官に駆け寄ると腕を掴んだ。

「ラウル、上官である私にたて突く気か?」

上官はラウルの腕を振り解くと、胸ぐらを掴んだ。

「しかし……」

「革命軍の戦意を奪うためだよ」

上官は得意気に笑うと、ラウルの肩を叩いた。すると、すでに抵抗していた兵士たちは斬り伏せられていた。ラウルはうつむくと、悔しさに唇をかみ締めた。

 国王軍の兵士たちが砦に入って数時間、革命軍は一切抵抗の意思を示さなくなった。そして、砦は難なく堕ちた。

 国王軍は直ちに捕虜となった砦内の人間食料を与えた。

「よくやったな、ラウル」

上官はラウルの肩を叩いた。

「早速だが、お前はこれから指揮官として、この部隊を率いてフォヤーズ村へ向かってくれ」

「上官は?」

ラウルが尋ねると、上官は胸を張った。

「ここを堕としたら昇進することが決まっている。戦場とはさらば、これからは城内でお仕事だ」

「それはおめでとうございます」

ラウルは必死に笑顔を作った。

「最後の最後で嫌な思いをさせてすまなかった。しかし、覚えておくべきだ。戦争には非常さと必要な犠牲というものがある」

ラウルは納得のいかない顔であった。それを察した上官も同様に表情を曇らせた。

「お前と戦えなくなるは心残りだが、無事を祈っているよ」

上官はラウルに握手を求めた。そして、ラウルは硬い握手を交わした。

「じゃあ、最後に他の者たちの様子を見てくるよ」

上官は再度ラウルの肩を叩くと、足早に去っていった。


 ラウルがヴァーミン砦を攻略して数週間が経つ頃、ゴラン高原では国王軍と革命軍が対峙していた。

「突撃」

 地響きをたてながら双方の兵士が剣を交えた。大勢の人間が命のやり取りをする中、一人だけ異彩を放つ男がいた。男は重々しい鎧を纏い剣一振りで数人をなぎ倒すほどの豪腕であった。この男の活躍でこの戦は難なく勝利を治めた。

「やったな、カイ」

レンブランが駆け寄ると、威風堂々とした、その男はゆっくりと振り返った。

「ああ」

カイは最前線で戦い、多くの功績を収めた。その戦果を認められ前線兵士にして指揮官となっていた。また、レンブランは策士として働きながらカイの補佐をしていた。

「次はフォヤーズ村の攻略だな。そして、その次はいよいよ奴等の本拠地シタデルだ」

レンブランは声を弾ませた。しかし、カイは遠目で空を見上げていた。

「早いところ終わらせて帰りたいな」

連戦でカイは心身共に疲れていた。レンブランはそれを悟ると、自分の気を静めた。

「そうだな。そういえば、フォヤーズ村でラウルが率いるμ班と合流することになった」

「そうか、それは何が何でも生き残らないといけないな」

カイは剣を収めると、ニッコリ笑った。

 カイとレンブラン率いるφ班は近くでテントを張り、しばらく戦の疲れを癒すことにした。

「……では、各自与えられた役割に移ってくれ。手の空いている時は休みだ。気を緩め過ぎぬよう、疲れを癒すように」

レンブランの指示によって、兵士達は水場を確保する班と食料を調達する班、周囲の見張りをする班に分けられた。

 一通り役割をこなすと、兵士達は僅かな休息を得た。そこには剣と剣が交わる音もなく、地鳴りのような唸り声、足音もなく、葉と葉が重なり合う音、鳥の鳴き声などが静かに響き渡った。

 そんな中、カイのテントでは、カイとレンブランの他に三名の兵士が招かれ、話をしていた。

「フォヤーズ村侵攻は三日後でいいか?」

レンブランがカイに提案すると、カイは深く考えた。

「……もう少し兵士達を休ましてやりたい」

カイは小声で答えた。

「気持ちはわかるが、勢いを断ち切りたくない。早めにしたほうがいいだろう」

「……そうだな。では、そうしよう。それより、例の件はどうなった」

カイが話を切り出すと、レンブランは難しそうな顔をした。

「内通者がいることは確かなのだが、なかなか尻尾を出してくれない。そこで、信頼のおける三人を監視官として兵士たちを見張らせる。不審な動きをする者がいたらすぐにわかるだろう。な、アクセル」

「はい」

監察官の代表を任されている者が答えた。

「わかった。では明日の朝、兵士達に侵攻の日取りを言うとしよう。監察官、大変だと思うが頑張ってくれ」

「はい」

監察官たちは声を揃えて答えると自分達のテントへと戻っていった。

 明朝、兵士たちは高原に集められた。

「二日後の深夜にフォヤーズ村に侵攻する。それまでは、ゆっくりしてくれ。武具の手入れ、体調管理などは自己責任で行うように」

カイによる説明が行われた。

 兵士たちは気を引き締め、顔を強張らした。

「寝るときには腹を締まえって言さ」

レンブランが横やりを入れると、兵士たちはドッと笑った。カイは忽ち呆れ顔を浮かべたが、かえってそれが兵士たちの笑いを誘った。束の間ではあるが、和やかな雰囲気が戻っていった。

「以上、解散」

カイがため息交じりに言うと、兵士たちは一斉に敬礼をした。

「はい」

兵士たちはしっかりと返事をすると、自分たちのテントへと戻っていった。

 限られた時間、水で身体を洗う者もいれば、大切な人に手紙を書く者、届いた手紙を読み直す者、各々自分たちの時間を過ごしていった。そして、瞬く間に日が暮れた。

 食事の後、監察官はカイのテントに呼ばれ、内通者に関する報告が行われた。

「……以上、五名が夜中に外出しましたが、特に不審な動きは見られませんでした」

アクセルによる報告が終わると、レンブランはため息をついた。

「しかし、今回革命軍の待ち伏せにあったことから内通者がいることは疑いようがない。明朝に準備をさせて昼までに出撃しよう。レンブラン、策は成っているか?」

カイはレンブランに尋ねた。監察官は突然の提案で驚き、目を見合わせた。

「ああ、大丈夫だ。急な話だが、それがいいだろう。監察官は今晩もその五名を中心に監察を続けてくれ」

「はい」

そう言うと、監察官達は自分たちのテントへと戻っていった。

「レンブラン、お前は監察官二名を監察してくれ。俺はアクセルを見張る」

「おいおい、あいつらは大丈夫だよ」

監察官はレンブランによって選ばれていたため、あからさまに不満な顔をした。

「念のためだよ」

カイはなだめるように優しく言った。

「……わかった」

レンブランが答えると、微笑みながらうなずいた。

「腹締まって寝ろよ」

レンブランがテントを出ようとすると、カイが笑いながら言った。レンブランは不意をつかれ、目を丸めた。

「わかっているよ」

レンブランは笑いながら答えた。

 兵士たちが寝静まり、監察官も自分達のテントへ戻った真夜中、カイはアクセルのテントへと向かっていた。

 カイがアクセルのテントを開けると、アクセルの飼っていた鳥が外へと飛び出していった。

「すまない。鳥を逃がしてしまったようだ」

カイは申し訳なさそうに言った。

「気にしないで下さい。どの道次の戦までには放そうと思っていましたから」

アクセルは鳥かごの扉を閉めた。

「なぜだ?」

「束縛されるのは人間だけで十分ですから」

カイはアクセルの言葉に重みを感じた。

「では、なぜ今まで飼っていたんだ?」

「……必要だったからですよ。まあ、どうぞ座ってください」

「ああ」

カイは椅子に腰掛けた。

「内通者の件ですか?」

「ああ。その件も踏まえて質問したいことがある」

カイの言葉を聞くと、アクセルは身構えた。

「なんですか? 今夜の様子なら他の監察官からの報告がまだですからなんとも言えませんよ」

「そうか。 ……ところで、お前の故郷はフォヤーズ村の近郊にある村だったな」

カイはアクセルの話にうなずくと、話を切り出した。

「ええ。しかし、記憶のないうちに母に連れられて城下町に移りましたので、故郷と呼べるかどうか」

アクセルはカイの前に腰を下ろした。

「その後、フォヤーズ村へ行ったことは?」

「ありません。 ……もしかして、私が疑われているのですか?」

アクセルは怪訝な顔で尋ねた。

「ああ。と、言うより疑われていると知っていれば不審なこともできないだろうと思ってな。もっとも、すでに内通を行なった可能性もあるが」

カイは悪げもなく堂々と話続けた。

「実に不快です。私はフォヤーズ村には行ったことがないですし、知り合い一人いません」

「では、革命軍に知り合いは?」

「いい加減にしてください。明日は大切な戦だ。心を乱すような真似をどうしてするのです?」

アクセルは静寂の中、声を張り上げた。カイは大きく息をついた。

「……悪かった。戦の前だからこそ聞いておきたかったんだ。お前に背を向けて戦うためにな。そう深く気に留めるな」

カイはそう言うと、立ち上がり、アクセルの肩をポンと叩いた。そして、テントを後にした。


 明朝、兵士たちは高原へと集められた。

「突然で申し訳ないが、今より二時間後にフォヤーズ村へ侵攻する」

カイによってフォヤーズ村侵攻の時間が変更されたことが伝えられると、兵士たちはどよめき、不満な表情を浮かべた。

「急過ぎやしませんか?」

一人の兵士が思わず不平を漏らした。

「当然の意見だな。今まで言わなかったが、ゴラン高原での戦を機に内通者の存在がはっきりしている。しかし、まだそれが誰かということまでは分かっていない。これは奇襲を奇襲とすべき作戦だ」

カイは加えて話した。兵士たちの間には、さらに多くのどよめきが起こったが、それ以上不満、不平の声はでなかった。

「レンブラン、作戦の説明をしてくれ」

カイは兵士たちが落ち着くのを見計らってレンブランに進行を促した。

「では、作戦を説明する。おそらく、革命軍は村侵入自体を防ぐため、ほとんどは南側にある入り口付近に集まる。そして、伏兵としてわずかに村の中に潜んでいるといった感じだろう。そこでまず、第一軍が突撃し、伏兵も含め、すべての兵士を村入り口におびき寄せる。後に、私を含む第二軍を補充、同時にカイ率いる十数名が西側から侵入。我々は革命軍の殲滅。カイたちは革命軍の旗を燃やし、我々国王軍の旗を付けてもらう。何か質問は?」

「旗を燃やし、付け替える意味は?」

一人の兵士が前に出た。

「フォヤーズ村の民の抵抗を無くすため、革命軍の戦意を損なわせるためだ」

レンブランが答えると、別のところから声が上がった。

「カイ様がいないと入り口付近の兵士達が不審に思うのでは?」

「兵士の一人にカイの鎧兜を着けてもらう。遠くからならカイではないと判りはしないだろう。他に質問は?」

質問も出なくなり静まり返った中、アクセルが一歩前に出て手を上げた。

「カイ様の鎧、私に着けさせてください」

 再びどよめきが起こった。

「危険だぞ。最も狙われる存在だからな」

レンブランが険しい顔つきで言うと、周りの兵士たちも相づちを打った。

「覚悟はできています」

レンブランはカイのほうを見て、指示を仰いだ。すると、カイは小さくうなずいた。

「分かった。 ……死ぬなよ」

カイはアクセルの目をまっすぐ見て答えた。

いよいよ戦が目前まで迫ってきて、兵士たちは心奮え、身体も震えていた。

「二時間後、再びここに集まれ。以上、解散」

レンブランが声を張り上げると、兵士たちは手を高々と上げた。そして、各々の足取りで自分たちのテントへと戻っていった。

 仕度を終えると、アクセルはカイのテントへと向かった。

「アクセルです。鎧を預かりにきました」

アクセルはテントの前で返答を待った。

「入ってくれ」

「はい」

カイの言葉を聞いて、アクセルは中へと入っていった。

「その前にまず、内通者についての報告をしてくれ」

カイが尋ねると、アクセルは首を横に振った。

「その必要ありません。そうでしょう」

アクセルは真っ直ぐカイの目を見た。

「なぜ急に話をする気になったんだ」

カイは警戒しながら尋ねた。

「あなたは私が内通者であることを確信しているようです。これ以上隠していても意味がない」

「……そうか。では、なぜ内通なんて真似をした? そして、なぜ今回の作戦で最も危険なこの役を引き受けた?」

カイが尋ねると、アクセルは顔を上げた。

「戦争を終結させるためです。出来ることならば革命軍の勝利で終わらせたかった。ですが、どうやら無理のようです。ならば私の手で今回の戦の終結に一躍買いたいと思いました」

「どうして革命軍側に肩入れする?」

カイが重ねて尋ねると、アクセルはうつむいた。

「……それは今回の侵攻が成功したらお話します」

アクセルが答えると、カイはため息をついた。

「今回の奇襲は洩れているのか」

隣にいたレンブランが尋ねると、アクセルは首を横に振った。

「いえ、情報は鳥を使って行いますが、前回の内通より鳥が戻ってきていません。ですから伝えられませんでした。 ……カイ様、いつから私に目を付けておられたのですか?」

アクセルは怪訝な顔をしてカイに尋ねた。

「確信を持ったのは高原の戦だ。作戦が洩れるのは、決まって鳥の鳴き声がしなくなった次の戦だった。それに、怪我もしていないのに脚に布を巻いている鳥が飛び回っていれば怪しく思うさ」

カイは穏やかに語った。

「……ばれないように夜中に逃がすようにしていたのによく分かりましたね」

「レンブランにも内緒で、一人の兵士に鳥を見張らせていたからな」

レンブランは驚いた顔でカイを見た。

「まず、味方からってやつだよ」

カイは勝ち誇った顔をした。

「すっきりしました。この命、戦争終結のために命を捧げましょう」

そう言うと、アクセルはカイの鎧兜を着け始めた。

 約束の時間、兵士たちは既に集合していた。そこにカイの姿が見えると一気に士気が高まった。

「作戦は先ほど話した通りだ。皆、必ず生き残るように。特に第一軍、いいな」

「はい」

第一軍は声を揃えて答えた。

「では、これよりフォヤーズ村侵攻作戦を開始する。全軍、出撃」

「オー」

全兵士が声をあげると、すぐさま隊列を組み、静けさ漂う高原を行進し始めた。


 フォヤーズ村への侵攻も中盤に差し掛かると、カイ率いる十数名は西からの進撃のため別行動をとることとなった。

「レンブラン、後を頼むぞ」

カイはレンブランの肩を叩いた。

「ああ。そちらの作戦開始の合図は狼煙で知らせる」

「わかった。 ……アクセル、頼んだぞ」

アクセルは深くうなずいた。

 カイは仲間を引き連れ、村の西側へと向かった。

 しばらく歩くと、フォヤーズ村の入り口が見え始めた。革命軍の見張りも国王軍の侵攻に気づき、鐘令で指揮官に伝えた。

 鐘の音を聞くと、すぐさま大慌てで革命軍の兵士たちが入り口に集まり始めた。

「突撃準備開始」

レンブランは直ちに指示を出した。兵士たちは隊列を組み直し、突撃に備えた。

「第一軍、突撃」

準備が整い次第、レンブランは続けて指示を出した。

 奇襲で動揺している革命軍に地響きをたて、兵士達が押し寄せた。革命軍も剣を抜き、戦いに備えた。

 双方の剣が交わり、火花を散らした。革命軍の指揮官は、後方にカイとレンブランの姿を確認すると、奇襲で押され気味の形成を逆転するべく、全兵士を入り口に集めるよう近くにいた兵士に指示を出した。そして、一刻ほどすると装備を整えた革命軍の兵士が現れた。

「レンブラン様、まだですか?」

国王軍が次第に押され始めると、アクセルは焦りを浮かべた。

「まだだ」

レンブランは険しい目つきで戦況把握に努めた。

 第一軍はすでに革命軍に囲まれていた。第二軍はレンブランの方を見て指示を待った。レンブランは指揮官を見ていた。

 革命軍の指揮官が剣を抜き、戦いに加わった。

「第二軍、突撃」

レンブランはその様子を確認すると大声で指示を出た。そして、同時にカイへの合図である狼煙をあげた。

 第二軍は地鳴りのような音を立て、各々の剣を抜いた。

 人数的にも実力からしても戦線不利と判断した革命軍の指揮官は、カイとレンブランの首を優先して狙うように指示を出した。


 狼煙が上がるのを見て、カイたちは西側からのフォヤーズ村侵入を開始した。革命軍の姿はほとんど見えず、万事作戦通りに事が進むかと思われた。

 革命軍の旗が立ててある見張り台の下に黒い鎧を纏った大柄の兵士がいるのが見えた。カイはその者がかなりの手だれであることを直感した。

 カイと同伴していた兵士のうち三名が、黒兵士に斬りかかった。

「止せ」

カイが慌てて静止したが間に合わず、一瞬のうちに三人とも黒兵士に斬り捨てられた。すぐさま、他の兵士たちが斬りかかろうとしたが、カイが剣を横に伸ばし静止した。

「あいつは命に代えても我々で食い止めますので、カイ様は旗を目指してください」

一人の兵士は覚悟をして提案した。

「お前たちでは命に代えても食い止めることはできないだろう。俺がやる。お前たちは旗を目指せ」

カイは大きく首を振った。そして、ゆっくりと剣を抜いた。

「しかし、万一でもカイ様が死ぬわけにはゆきません」

「これは命令だ。従え」

カイの言葉からは覚悟が感じられた。

 兵士たちは言葉を無くした。確かにこの中であの黒兵士と戦って生き残れるのはカイだけだが、命令とはいえそんな危険な目に合わせてよいのか分からなかった。

「行け」

考え込む兵士たちを尻目に、カイは強い口調で言い放った。そして、カイは黒兵士に斬りかかった。兵士たちはカイを信じ、従うことにした。

 カイの振り下ろした剣を避けると、黒兵士はカイの背後へと回り剣でなぎ払った。それを鞘で受け止めたカイは、バランスを崩しながらも第二手を加えた。しかし、黒兵士は柄でその剣をとめ、一時距離を置いた。

 息もつかせぬ攻防に兵士たちの足は竦んでいた。

「早く行け」

カイの指示を受け、兵士たちは一斉に見張り台を駆け上った。同時にレベルの高い攻防が再び行われた。

 見張り台には革命軍の兵士が控えていた。

「何としても阻止しろ」

「駆け上がれ。旗を付け替えるんだ」

双方の声が飛び交うと、瞬く間に剣が交じり合った。

 国王軍の兵士たちは何とか敵を斬り崩し、旗を目指した。そして、旗のある場所へと辿り着くと革命軍の旗を燃やし、国王軍の旗をつけた。

「カイ様、完了しました」

一人の兵士が見張り台から身を乗り出すと、家の物陰からカイの方を見ている人間がいることに気づいた。カイが狙われているものだと思い、兵士たちは急いで見張り台から駆け下りていった。


 入り口での攻防は国王軍の勝利がほぼ確実なものになっていた。その上、革命軍の旗が燃やされるのを目の当たりにした革命軍は士気を削がれ、間もなく指揮官は降伏を宣言した。

 レンブランはすぐさま数十人の兵士をカイの元へと向かわせた。そして、他の者には戦後処理を指示した。

 カイと黒騎士は一歩も譲らぬ攻防を繰り返していた。カイは何度か急所への斬り込みんだが、厚い鎧に妨げられ、致命傷を与えられないでいた。そして、渾身の一撃を額に当て、ようやくヒビを入れることに成功した。しかし、その瞬間剣を弾かれ足を払われた。

 黒騎士はカイの額に剣を当て、少し止まった。一瞬躊躇しているようにも見えた。

「すまない、カイ」

黒騎士は小声でつぶやくと、強く決心したかのように剣を振り降ろした。その瞬間、一発の銃声が村中に響き渡った。銃弾は黒騎士の額に入ったヒビを打ち割り、頭部を貫いた。

 兜が割れると、黒騎士はひざをついて倒れた。

 表れた素顔を見て、カイは言葉を失った。兜の下から表れた顔は、共に修練を積み、共に苦痛を耐え抜いたクリスであった。

 カイは倒れるクリスを抱え込むと、歯を食いしばり、涙をこぼした。

「大丈夫か、カイ」

銃弾を放ったのはラウルであった。

 駆け寄ったラウルはカイが抱え込んだ男の顔を覗き込んだ。そして、言葉を失った。

「お兄ちゃん」

絶句する二人のもとに家の陰から泣きながら走り寄る少女の姿があった。少女はカイの手を払い、小さな体でクリスを抱え込むと、涙溢れるその目で、ラウルを睨み付けた。

 戸惑うラウルのもとに一人の女性が歩み寄った。

 後方から一人の女性が歩いてきた。

「我が子クリスが無礼を働いたこと、深く詫びます。娘にもよく言い聞かせておきますので、この場はお引きいただけませんか?」

クリスの母は深々と頭を下げた。

 ラウルとカイは互いに目を見合わせたまま、しばらく黙りこくった。

「わかりました」

ラウルは答えると、カイの肩を叩いた。そして、二人は黙ったままその場を立ち去ることにした。

「厚かましいお願いかもしれませんが、クリスの埋葬は私たちにさせてください」

クリスの母は涙ぐみ震える声で願い出た。

「……お願いします」

ラウルは振り返ることなく頭を下げた。

 入り口の方へとしばらく歩くと、ラウルたちはレンブランたちと合流した。

「ラウル? 早い到着だったな。東から入ってきたのか?」

「ああ」

ラウルはうつむきながら答えた。

「カイ、やったな。我々の勝利だ」

笑顔で駆け寄るレンブランだが、ラウルたちの表情を見て困惑した。

 レンブランは率いていた兵士たちに寝床の準備をするよう命じ、ラウルたちの元へ歩み寄った。

「どうかしたのか?」

ラウルは大きく深呼吸をすると、レンブランに事のあらましを説明した。

「……」

レンブランもまた、友の死に言葉を失った。

「レンブラン様、兵士たちの寝床の準備が調いました。ラウル様とカイ様、レンブラン様は宿に寝床を手配しましたので、そちらをお使いください」

兵士の一人が報告に来ると、ラウルとカイは小さくうなずいた。

「わかった。兵士たちには今日は各々の場所で休むよう伝えてくれ。お前も休んでくれ」

レンブランはうつむきながら兵士に伝えた。

 空気を読み、さっそうと立ち去ろうとする兵士をカイは呼び止めた。

「夜、アクセルに宿へ来るよう伝えてくれ」

「はい。わかりました」

兵士は返事をすると、足早に立ち去った。

 三人はとりあえず宿へと向かうことにした


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