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始まり

 夕陽が穏やかに照りつける丘の上、一本杉の下には二人の青年が立っていた。

『ラウル、俺たちはいよいよ明日、軍に入隊することになる』

『ああ。平和を築くために頑張ろうな、カイ』

哀愁漂う雰囲気の中、二人は夕陽を見つめた。

『……万一、戦場で俺が敵の手に落ちそうになった時にはその手で俺を殺してくれないか?』

『まだ兵士にもなっていないのに、何言っているんだよ。縁起でもない』

ラウルは眉間にしわを寄せた。

『万が一だよ』

カイはごまかすように笑って見せた。しかし、その瞳は哀しみに帯びていた。ラウルは仕方なしにうなずいた。

『……わかった。でも、逆の立場になった時にも同じようにしてくれよ』

『ああ』

二人は約束の証として十字架を熱し、互いの腕に焼け印を付けた。

 丘のふもとから一人の女性が歩いてきた。

『さあ二人とも、晩御飯の支度ができたわよ』

『はい、シスター』

二人はシスターの方へと駆けていった。そして、二人はシスターと腕を組むと、三人は寄り添うように仲良く丘を下って行った。

 修道院に着くと他の子供たちが出迎えてくれた。最後の夜ということもあって、いつもより豪勢な食事であった。

 食事が済むといつも通り皆で賛美歌を歌い、わいわい騒いだ。

 いつの間にか夜が更けていった。いつもと変わらない平和な夜であった。

 二人は夜中、みんなが寝ているうちに出て行くことにした。

『そろそろ行こうか?』

『……ああ』

二人は静かに身支度を済ませると、静かに扉を開けて出て行った。ふと、門の所に目をやるとシスターが立っていた。どんなに暗くてもどんなに遠くても二人にはそれがシスターだとわかった。

『必ず生きて戻ってきてくださいね。それと、これをお守り代わりに』

二人はシスターから首から掛けるロケットを受け取った。中には以前三人で撮った写真が入っていた。裏には、親愛なる子供たちへ、と刻まれていた。

『……今までありがとう』

二人はシスターに抱きつくと、堪えきれない涙を流した。シスターもまた涙を流しながら二人を強く抱きしめた。

 二人は長い間シスターにしがみ付いていた。

「もう、行かなきゃ」

カイはやっとの想いでシスターから離れた。そして、ラウルの肩を掴むと、優しく引き離した。

「行こう、ラウル」

「……ああ」

二人は涙を拭いながら、一度も振り返ることなくその場を後にした。

 月光の下、シスターはいつまでも祈りを捧げた。


 午後も一時が過ぎた頃、ラウルが目を覚ますと昼食の支度がされていた。

「おはようございます。もうすぐ昼食ができますから、少しお待ちいただけますか?」

ユウの声を聞くとラウルはゆっくりと起き上がった。

(夢か?)

ラウルは大きく伸びをしながら食卓へと向かった。食卓には多くの料理が並んでいた。

「これ、全部作ったのか?」

ラウルは目を丸くしながら尋ねた。

「はい。初めて食べて頂くので張りきっちゃいました」

ユウは微笑みながら答えると、紅茶を差し出した。そして、洗い物を済ますためにキッチンへと向かった。

「こんなにたくさん、一人では食べ切れない。もし、昼食がまだなら一緒に食べないか?」

ラウルはしばらく食卓を見回した後、ユウに食事を勧めた。

「はい」

ラウルの言葉が余程嬉しかったのか、ユウは赤ん坊のように純粋な顔をした。その微笑むユウを見て、ラウルは心穏やかになった。

 ユウの笑顔が自分の心の傷をどれ程癒してくれているか、ラウルは必然的に悟っていた。

 二人は黙って食を進めた。ラウルにとって戦時中でも一人での食事というものは少なかったが、敵襲がない状態での食事は久しぶりであり、幸福な一時であった。

「御口に合いましたか?」

食事を終えると、ユウは恐る恐る尋ねた。すると、ラウルは手を止めてユウを見た。

「ああ、おいしかった」

ラウルは穏やかに笑った。

「やっと、笑顔が見られましたね」

ユウは嬉しそうに言うとユウは食器をまとめてキッチンへと向かった。

 ラウルは一息つくと、ソファーに横たわり本を読むことにした。

 これを機に二人は、穏やかで温みのある日々を過ごして行った。食事は部屋で採るようになり、多くの日はユウと共に食べた。

 時折レンブランを部屋に招くと、一緒にご飯を食べた。そして、そんな生活が一月経った。

「そういえば、先日掃除をしていたらこれがベッドの下から出て来ました」

ユウは何やらポケットから取り出した。それは、いつの間にか無くなってしまい、ずっと探していた、徴兵の時にシスターからもらった写真入りのロケットであった。

「ありがとう」

ラウルはそれを受け取ると、中の写真を見た。そして、棚にあるもう一つ同じ、しかし、ひどくひしゃげたロケットを手に取ると悲しげな表情を浮かべた。ユウもその雰囲気を察してか、静かに立ち去ろうとした。

「……誰だか聞かないのか?」

ラウルは哀しげな声で尋ねた。ユウが振り返ると、ラウルは思いつめた顔をしてユウを見た。

 ラウルはなぜかユウに全てを話そうと思った。もちろん、話したところで多くの人を殺したこと、親友を殺したことの何ひとつ変わることもない。しかし、ただ聞いて欲しかった。全ての罪を洗い流せるかのような笑顔を持つ一人の女性に話すことで懺悔をしたかった。

「どなたなのですか?」

ユウもまたそれを受け入れた。何ひとつ変えることなどできないけれど、全てを聞きたいと思ったからである。そして、これこそが彼女の最大の目的であった。

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