英雄
これは十三世紀のある大陸の話。火薬がまだほとんど用いられていない時代、欧米のとある国で革命を企む者によって国王が暗殺される事件が勃発した。これを機に王国は国王軍を形成し満十八歳以上の男子に徴兵の義務を課した。そして、革命軍との全面戦争へと発展していった。しかし十年後、この戦争は国王軍から生まれた一人の英雄の出現によって終幕を迎える。
戦争が終結して、城下町はすでに三日間も宴が行われていた。今日は英雄ラウルの帰還ということもあり、町の人はいっそう派手に賑わっていた。
日が沈む頃、一人の門兵が慌てて城下町の中へ駆けて来た。
「ラウル様たちが帰って来られたぞ」
それを聞くなり町の人たちは一斉に声を上げた。
「息子が帰ってきた」
町の人はラウルの帰還と息子の生還を喜びながら城下町の入り口へと駆けていった。
国王軍の兵士たちが次々に城下町への門をくぐると、鼓膜が破れんばかりの大歓声が上がった。
「おお、息子よ。顔を見せておくれ」
「ただいま」
兵士たちは各々の家族と抱き合い、その生還を祝った。そして、ラウルがその姿を見せたときその盛り上がりは最骨頂を迎えた。
「ラウル様!」
「我らが英雄ラウル様!」
「ラウル! ラウル! ラウル!」
ラウルは兵士としては華奢なほうであったが、人一倍威圧感を放っていた。ラウルが顔を向ける度に、その方の町の人は一瞬ビクついたが、城内にラウルが入り、姿が見えなくなるまで、ラウルの帰還を喜んだ。
ラウルは一度もその歓声に応えることなく、振り返ることさえしないで城内へと入っていった。
「ラウルは大変疲れているんだ。だから今は休ましてやって欲しい。では、宴を続けてくれ」
ラウルの無作法を詫びるように一人の兵士が間を取り持った。そして、再びラウルの元へと駆けていった。
「おい、ラウル。一言くらいあったっていいんじゃないか?」
ラウルはため息混じりに首を横へ振った。
「レンブラン、何と言えばいい? 俺はただの人殺しだ」
レンブランから視線を外すと、ラウルは城内の角にいる人影を見つめた。
そこにはひっそりと一人のシスターが立っていた。
「知り合いか?」
「……ああ」
レンブランが問いかけると、ラウルは小さくうなずいた。
「俺とカイを育ててくれた人だ」
ラウルはシスターに深々と一礼した。シスターは手を合わせ、涙を浮かべながら優しく微笑んでいた。おかえりなさいという声が聞こえた気がして、ラウルは思わず涙を溢した。
(シスター、俺はカイを……)
ラウルは歯をかみ締めると、足早に城の奥へと入っていった。
城内は城下町とは打って変わり、人も少なく閑散としていた。
「俺たちの部屋が変わっているらしいぞ。戦果を称えて大きな部屋になっているらしい」
「そうか」
終始暗い面持ちのラウルを見て、レンブランまでも気を沈ませた。
「いつまでも暗い顔をするな。お前がどのように思おうと、この国にとってお前は戦争を終わらせた英雄だ」
レンブランはラウルの肩を叩いた。しかし、ラウルは表情を変えることはなかった。
「じゃあ、俺は自分の部屋に行くよ」
レンブランは息をつくと、手を上げて去っていった。
しばらく歩くと、見知らぬ女性が立っていた。年齢は十代だろうか、まだ幼さ残る彼女は、ラウルを見るなり優しく微笑んだ。
「ラウル様でいらっしゃいますね。私はこの度ラウル様のメイドとしてお仕えすることになりましたユウと申します。掃除や食事など身の回りの世話をさせていただきます。とりあえず、新しい部屋にご案内させていただきます」
ユウは深々と頭を下げた。そして、ラウルを先導して歩き始めた。
「……ちょっと待ってくれないか。俺には称えられる栄誉なんてない。メイドなど必要ないし、部屋も前のままでいい」
ラウルは躊躇いながら言うと、勝手に前の部屋へと歩き出した。
「お待ち下さい。前のお部屋はすでに他の方が入られております」
「そんなことは知らない。その者には退いてもらう」
ユウはラウルを必死に静止したが、ラウルは聞く耳を持たず、足早に前の部屋へと向かっていった。
「そんなことしたらその人の部屋が無くなっちゃいますよ」
「俺の新しい部屋に行けばいいさ」
ラウルは前の部屋に着くと、勢いよく扉を開けた。
「よ、よお。どうした? 良い部屋だな。気に入ったよ」
部屋に入ると、そこにはソファーでくつろぐレンブランの姿があった。
「……あ、いや」
ラウルはただ言葉を無くし、部屋の前で茫然と立ち尽くした。その様子を見て、ユウはクスクス笑った。
「さあ、新しいお部屋に行きましょう」
ユウは勝ち誇った表情で言うと、ラウルの腕を引っ張って新しい部屋へと連れて行った。
新しい部屋は大きくなっているだけでなく、寝室はもちろん、バスルームからキッチンまでついており、また、あらゆる物が新しく質の良いものに変わっていた。
「部屋の件は認めるにしてもメイドは本当に必要ない」
ラウルが言うのを聞くと、ユウは眉をピクリと動かした。
「今度は私の仕事をお奪いになられるのですか?」
ユウが冗談混じりに返すと、ラウルは困った顔をして頭を掻いた。
「今日はもう寝る」
ラウルは諦め、寝室の方へと歩いて行った。
「思ったより優しい方なのですね」
ユウは小声で呟くと、寂しい目つきでラウルの背中を見つめた。
「明日は十時から元老の方たちのお話があるそうなので、八時に起こしに参ります」
ユウは頭を下げると、静かに部屋を後にした。
元老とはこの国の地主によって構成されている者たちであり、国王への政策を打診する役割を持つ者たちである。国王亡き後、事実上この国を統制しており、徴兵制度を課した上に本人やその親族の多くは徴兵を免れたこともあり、兵士たちからは大変な不快感を持たれている。
翌朝、時間通り八時にユウは部屋を訪ねた。すると、ラウルはすでに起きており着替えを済ませていた。
「あら、お目覚めでしたか? すぐに朝食を作りますね」
ユウはそう言うと慌てて食事の準備をし始めた。
「食堂で食べるから必要ない」
ラウルは冷たく言い放つと部屋を出て行った。ユウはふくれ顔を浮かべ、渋々部屋の掃除に取り掛かった。
ラウルが食堂に着くとそこにはレンブランの姿があった。
「おはよう」
「ラウル、部屋にキッチンがあるんじゃないのか? てっきりあのメイドが作ってくれるものだと思っていたが……」
レンブランは驚きを浮かべた。
「こっちの方が性に合っているからな」
ラウルは軽く微笑みながら答えた。そして、朝食を取るとレンブランの正面に座った。
「あのメイドも可哀想に。せっかくラウルの好きな物を調べたのに食べてもらえないんだから」
ラウルはたちまち首を傾げた。
「どういうことだ?」
ラウルは食事を口に運びながら、レンブランに聞き直した。
「昨日の夜に聞きに来たんだよ。聞かれたのは俺だけじゃないようだぞ」
ラウルは一瞬決まりが悪い表情を浮かべた。
「次からは自分の部屋で食べろよ。昨日も言ったが、ラウルはこの戦争を治めた英雄なのだから、一般兵と同じ扱いというわけにはいかないだろう」
ラウルはスプーンで食器を鳴らすと、少し寂しそうな顔をした。
朝食を終えると、レンブランは席を立った。
「たまには一緒に食べよう。ユウに、あのメイドに言っておくから」
ラウルが顔を窺いながら言うと、レンブランは笑顔でうなずいた。
「ああ。 ……さて、俺は戻って支度するよ。俺も元老の連中に呼ばれているんだ」
レンブランは食器を片付けると、食堂を出て行った。
ラウルも食事を終えると部屋へと戻った。部屋の扉を開けると、昨晩脱ぎ散らかした衣服は洗濯されており、広い部屋のほとんどが掃除されていた。
「あ、おかえりなさいませ」
ユウの笑顔に出迎えられると、ラウルは照れくさそうに頬を掻いた。
「紅茶が飲みたい」
無愛想に言うと、ラウルはソファーに座り本を読み始めた。
「はい」
ユウは笑顔で答えると、すぐに支度をし始めた。しばらくして出された紅茶はラウルの好きな銘柄の物であった。
「ありがとう」
ラウルの言葉を聞くと、ユウは笑みを浮かべ再び掃除に取り掛かった。
しばらくすると、ユウがラウルに声をかけた。
「もうすぐ十時ですので集会場へお行きください」
ラウルは本を閉じると、一気に残りの紅茶を飲みほした。
「ああ」
ラウルは相変わらず無愛想に一言とだけ言って出て行った。しかし、そこには優しさが感じられ、ユウは複雑な顔をした。
(お兄ちゃん、この人……)
ユウは頭を下げる振りをして、静かにうつむいた。
部屋を出てしばらくすると、レンブランが待っていた。
「さて、行こうか」
「ああ」
レンブランが言うと、ラウルは力強くうなずいた。そして、二人で集会場へと向かって行った。
二人が集会場の入り口まで着くと、ラウルは重々しい扉を叩いた。
「入りなさい」
中から声がするのを聞いて、二人は扉を開いた。すると、そこには7人の元老が大きな円卓を囲んで座っており、その横には側近が数名立っていた。
「何用ですか?」
ラウルが無愛想に尋ねると、何人かの元老はあからさまにため息をついた。
「まあ、座りなさい」
中央に座っている人物は優しい口調で話しかけた。彼の名はジェスといい、元老の長である。過去に戦場へとその身を投じたこともあり、ラウルたち兵士の気持ちも理解してくれる、元老の中で最もまともな人物である。
二人は彼の正面に設けられている席に座った。すると再びジェスが口を開いた。
「率直に言おう。この度の功績と市民の信頼を考慮した結果、ラウルには新しい国王、レンブランにはその補佐官としてこの国のために尽くして頂きたい」
レンブランはあまりに突然のことであっけにとられていた。しかし、ラウルはある程度想像していたのか、険しい目つきのままだった。
「お断りします。功績といっても大量殺戮。それに信頼なら貴方にも十分ある。今回の件で人を殺していないだけ、貴方の方が国王に相応しい」
ラウルは冷やかな顔つきで返答した。そして、席を立ち上がると、出口へと歩き始めた。
「お前が気を病んでいるのは大量殺戮ではなく親友殺しだろ」
後ろから二人をあざけ笑うような声がした。それを聞くなりラウルとレンブランは、殺気を放ちながら振り返った。
「止めないか、アーヴァン」
ジェスはすぐさま静止した。アーヴァンとはジェスの一人息子であり元老の一人でもある。
アーヴァンは薄ら笑みを浮かべ続けた。
「言わせてください、父上。こいつは親友であるカイを自らの手で殺めたことを悔いているのです。確かに親友をも殺す非情な罪悪人より父上のほうが国王に向いているでしょう。そして、いずれは私が……」
「貴様」
レンブランは剣を抜こうと柄に手をかけた。しかし、ラウルはその手を止めた。
「止めろ、レンブラン」
ラウルが歯を喰い縛りながら言うと、レンブランはラウルの気持ちを察し、手を降ろした。
「それが利口だ。もし私に斬りかかっていたら側近の二人に返り討ちにあっていただろう。この二人は王国の武道界一、二を争う手だれだからな」
アーヴァンは再び薄ら笑みを浮かべながら口を開いた。
「我々を甘くみるなよ。我々は寸止めの武道ではなく戦場での殺し合いを生き抜いたんだ。その気になればその者たち如き一瞬で斬り捨てよう」
レンブランは睨み付けるように言った。すると、集会場内は重い空気が張り詰めた。
「止めろと言っているだろう、レンブラン。行くぞ」
ラウルは怒鳴り声を上げると、レンブランを引っ張るようにその場を後にした。
「馬鹿者」
ジェスはアーヴァンの頬を叩くと、慌ててラウルたちの後を追った。アーヴァンはその背中を睨み付けると、元老の一人に目を遣った。
「待ってくれ、ラウル」
その声を聞くと、ラウルたちは立ち止まって振り向いた。
「国の代表が腐敗していれば誰が国王になったところで何も良くなりはしない。国王を決める前にやることがあるのではないですか?」
ラウルは落胆しながらジェスを見ると、再び歩き出した。ジェスは重い言葉と人を威圧するラウルの雰囲気を目の前にして何も言えなかった。同じ戦時下を生き抜いたレンブランでさえ、その身を振るわせた。
ラウルは部屋の扉を勢いよく開いた。
「おかえりなさいませ」
ユウはラウルを笑顔で出迎えた。しかし、ラウルの放つ重々しい空気にユウは一瞬言葉を失った。
「昼食の前に少しお休みになられますか?」
戸惑いを浮かべたユウだが、再び笑顔で尋ねた。ラウルはユウの笑顔を見て、少し気を落ち着かせた。
「ああ、目が覚めたらご飯を頂きたいから、部屋に居てくれ。自分の部屋のようにくつろいでいてくれていいから」
ラウルは精一杯優しい口調で言うと、ラウルは寝室へと足を運んだ。
「はい」
ユウは満面の笑みで答えた。




