最終話 兵庫編ボス【目競】登場。決戦は武家屋敷
みんなは豊岡駅で下車したのち、タクシー利用で玄武洞公園を訪れた。
「ここ来たの、ワタシ四年振りくらいやけど相変わらずええ眺めや」
「あたし紅葉の時にまた来たーい」
「自然の神秘を感じるわね」
「リアル玄武洞もなかなかの迫力や♪」
「今回の件がなくても、強いモンスターがいそうな雰囲気が漂ってるよな」
「玄さんに会えるのは嬉しいけど、敵には遭いたくないよ」
いくつかある洞窟を楽しそうに眺めながら、公園内を歩いていると、
「いっぱい来たな。みんな強そうだ」
前方から近寄ってくるこの地ならではの敵キャラ達の姿が。
「ボスの巣食う近場の敵に相応しいですね」
「お小遣い、めっちゃ増えそうや」
和香子と絵莉葉は楽しそうに微笑む。
「あの鬼みたいなのすごく怖いよぅぅぅ~」
風実は絵莉葉にしがみ付いた。
「風実、よく見るとそんなに怖くはないよ。私は戦いたくはないから。聡平くん達で、なんとかしてね」
夢乃はちゃっかり聡平の背後に逃げる。
「あの鬼みたいなの、ボスっぽいけど違うのか?」
「兵庫編のボスは妖怪【目競】やで。神戸の福原に伝わる妖怪やけど城崎温泉に旅行中ってことになっとるんよ。黒い鬼みたいなんは但馬に伝わる妖怪『家鳴』で体力89あるけど見た目ほど強くないで。右から順に家鳴、但馬牛兵、松葉ガニ三郎、玄武岩吉、但馬河童、コウノトリ夫や」
「家鳴さん、大昔の妖怪絵巻風なおどろおどろしいデザインをされてますね。あのコウノトリさんは、やさぐれたお顔していますね。わたしは頑固そうなお顔の玄武岩吉さんと戦うわ。ちょっと試したいこともあるし」
和香子はさっそく立ち向かっていく。
「あたしは家鳴が怖いから戦わなーい」
風実は夢乃の背後に隠れた。
「河童が一番弱そうや。聡平お兄さん、最強っぽい家鳴頼むわ」
「分かった」
聡平と絵莉葉も戦闘開始。
「やはり仰ぐと風化されて変色するのね」
和香子は竹うちわで楽しそうに玄武岩吉を仰ぐ。黒かったのが赤っぽくなった。
「きゃっ、ごめんなさい。怒っちゃったみたいね」
そのあと突進して来たが辛うじてかわしてメガホンで攻撃するとあっさり消滅した。
「角攻撃も余裕でよけられたし、思ったより弱かったよ」
絵莉葉は但馬牛兵に手裏剣を三枚投げつけて消滅させた。
「絵莉葉様、後ろ危ないで」
摩耶から警告。
「きゃんっ。もう、このエロ河童ちゃん。尻子玉抜こうとしたんか?」
絵莉葉はショーツをずるりと脱ぎ下ろされたが、河童をあっさり掴んで地面に叩きつける。これにて河童も消滅した。
「うわっ、地面揺らして来やがった。うぉっと」
聡平は家鳴の足踏みで生じた現象で転倒し、尻餅をついてしまうもすぐに立ち上がって攻撃の手をやめず、見事勝利。
「きゃぁぁぁっ、あの、助けて下さい」
和香子は背丈三メートル以上はあるだろう松葉ガニ三郎に片方の鋏で持ち上げられてしまう。
「このカニちゃん、やけに嬉しそうやね」
絵莉葉はバットとカッター、
「エロガニだな」
聡平は竹刀で立ち向かっていく。
「聡平お兄ちゃん、家鳴さん倒してくれてありがとう」
風実もいよいよ参戦。
「きゃぁっ、コウノトリが襲って来たぁぁぁ。聡平くん助けてぇーっ!」
その間に夢乃の方へ羽ばたいて襲いかかろうとするコウノトリ夫。
「絵莉葉ちゃん、風実ちゃん、松葉ガニ三郎頼んだ」
「了解や」
「任せて」
「こら、待て」
間一髪のところで追いついた聡平は、竹刀を思いっ切りすばやく振って羽にダメージを与える。
会心の一撃が決まったか、あっさり消滅。こうのとり伝説たまご饅頭を残していった。
「ありがとう聡平くん」
夢乃は嬉し涙をぽろりと流す。
「松葉ガニ三郎も退治したよ。服切り刻まれたけど楽勝やった」
「泡攻撃も食らっちゃったけど、そんなにダメージ受けなかったよ」
絵莉葉と風実は嬉しそうに伝えてくる。
「胸、めちゃくちゃ揉まれちゃいました」
和香子はしょんぼりした気分だ。
ともあれようやく全滅。
「城崎温泉で売ってるリアルなやつよりも美味いな」
聡平は家鳴が残していった、城崎銘菓だんじり太鼓を食して体力を全快させた。
「聡平様達、お見事やったで」
見守っていた摩耶はパチパチ握手する。
「千円札五枚も増えてるし、また戦いたいわ~。もっと来んかなぁ」
絵莉葉は周囲をきょろきょろ見渡す。
「妖怪は怖ぁい。早く玄武洞から出よう」
風実は苦虫を噛み潰したような顔で、びくびくしながら来た道を急ぎ足で引き返していく。
「きゃあっ、びしょびしょになっちゃった」
するとどこからともなく現れた、体長二メートルくらいの新たな敵キャラに顔を攻撃されてしまった。
「これ、あたしが倒したーい」
風実はうっとりした表情でそいつを見つめる。
妖怪ではなく、オオサンショウウオがモンスター化したものだったのだ。
「コウノトリ、玄武岩、オオサンショウウオは豊岡市の三大シンボルですもんね。わたしオオサンショウウオさん好きですよ」
和香子はちゃっかりデジカメに収めた。
「リアルの以上に気味悪いよ」
夢乃は少し顔をしかめる。
「但馬オオサンショウウオの体力は77。尻尾振り回し攻撃は強烈やで」
「気をつけて倒さないとな」
聡平がバットで攻撃しようとすると、
「聡平様、こいつに打撃攻撃すると混乱状態にさせる粘液出してくるからあかんよーっ!」
摩耶は大声で警告。
「そうなのか。危ねっ。そんなトラップがあるとはさすがボス近場の雑魚だな」
聡平は慌てて但馬オオサンショウウオから距離を置いた。
「飛び道具の方が良さそうだね」
風実は但馬オオサンショウウオに手裏剣を投げつける。
直撃はしたがまだ倒せず。
「あとはワタシがやったるわ~」
絵莉葉が十本ほどで束ねられたGペンを投げつけて、見事消滅。
☆
みんなはいよいよ城崎温泉へ。
駅前の食堂でお昼ご飯を食べたあと、すぐ近くにあるゲーム内のでは体力全快&毒などの状態異常治癒効果もあるという、さとの湯の足湯でリフレッシュ。
その後、温泉街に向かい、人気の少ない所を散策していく。ほどなくご当地敵キャラに遭遇した。
「やはり麦わら細工がモンスターになってましたか」
和香子は姿を見て和んでしまう。
宝石箱型、ボンボン入れ型などの物体が浮遊したり跳ねたりしながら近づいて来た。
「麦わら細工衛門。体力は37から65。城崎温泉最弱の雑魚敵やで」
「確かに弱そうだけど、素早過ぎる。なかなか当たらんぞ」
聡平が竹刀、
「小さいから当たりにくぅい」
風実がヨーヨーで叩き、
「いたたたっ、箱型のやつ、二つに分かれて顔挟みやがったで」
絵莉葉がバットで叩いてあっさり退治。
「ひゃぁんっ! きゃあああああっ!」
その矢先に夢乃が何かに全身を絡み付かれてしまった。
「キノサキノヤナギだ。こいつは身動き封じてくるから厄介やで。体力は86。弱点は他の植物型の敵同様炎や」
「見た目通りね。マッチで。きゃっ、きゃぁっ!」
和香子も全身に絡み付かれてしまう。
高さ四メートルくらいある、柳の木のモンスターだった。
「あーん、私のパンツに枝と葉っぱ入れないでぇ~」
「ぃやぁん、この柳さん、ぬるっとした樹液まで出して来たわ。いたくすぐった気持ちいいです」
数十本ある枝や、葉を自由自在に動かすことが出来ていた。
「こうなったら炎使えないな。俺に任せて」
聡平は巻き付き攻撃に注意しつつ、キノサキノヤナギの幹を竹刀でぶっ叩く。
「一撃じゃ無理か。うぉわっ!」
攻撃し返され、葉っぱでバチンッと頬を引っ叩かれた。スパッと切れて血が少し出てくる。
「聡平くぅん、早く回復して」
「これくらいノーダメージと同じだよ」
聡平は怯まず竹刀でもう一撃。
まだ倒せず。
「くらえーっ!」
風実はヨーヨー攻撃を食らわせた。
「一八禁同人誌みたいなことしやがったエロ柳、これでどうやっ!」
絵莉葉のバット攻撃でもまだ倒せず。
「しぶといな」
聡平が竹刀でもう一発叩いてようやく退治出来た。
「みんな、ありがとう」
「ありがとう、ございます」
解放された夢乃と和香子はかなり疲れ切っていた。
「なかなか倒せんかったんは、夢乃様と和香子様の体力を吸い取って自身の体力回復させとったからやで」
摩耶は得意げに解説する。
「和香子お姉ちゃん、夢乃お姉ちゃん、これで回復させてね」
風実は子午せんを一本ずつ与えて全快させた。
「ここの敵、本当に手強いな」
あまりダメージのない聡平は有馬サイダーで全快させることが出来た。
「きゃあああああああっ! 巨大なイモリがぁぁぁぁぁ~。助けてぇぇぇ~」
夢乃の悲鳴。
体長一メートルを超えるだろうイモリ型モンスターにお尻にしがみ付かれていた。
「任せて夢乃ちゃん、このイモリ動きのろそうだな」
聡平は竹刀を構えて自信満々で立ち向かっていく。
「ぐはぁっ!」
尻尾の振り回し攻撃を食らい、数メートル跳ね飛ばされてしまった。聡平は地面に背中を強く叩き付けられる。
「聡平くん、大丈夫ぅぅぅ?」
しがみ付かれたままの夢乃は顔を青ざめさせカタカタ震えながらも心配してあげた。
「まあ、なんとか。いててて。背骨折れたかも」
聡平は背中を押さえ付けながらゆっくりと立ち上がる。
「聡平様、背中の傷が脊椎カリエスになれば致命傷になりかねんけど、そんなことはあるまいから安心してや。こいつは城崎にてイモリ、体力は78。切っても即再生しちゃう尻尾の振り回し攻撃は但馬オオサンショウウオの二倍くらい強烈で、毒攻撃もしてくるで。弱点は石や」
「国語の教科書にも出てた、志賀直哉さんのあの作品に出て来たやつね」
和香子は側に落ちていた小石を拾い上げると、城崎にてイモリの背中目掛けて投げつけた。
「あらら、作品通りあっさり倒せちゃったわ。小鞠ほどの大きさもなかったと思うけど」
一発で消滅。和香子は拍子抜けてして思わず笑ってしまう。
「ありがとう和香子ちゃん。でも、イモリさんかわいそう」
夢乃は憐れみも抱いてしまう。
「石当てたら本当に楽に倒せるね」
「雑魚過ぎや。もっと出て来んかな?」
近くに現れたもう二体、風実と絵莉葉も小石一発で消滅させた。
「……ゲーム製作者の考えた設定なんだろうけど、なんか納得いかんな。うをわぁっ、おっ、おい、やめろっ!」
その様子を黒豆餅を食しながら苦い表情で眺めていた聡平は、いきなり背後から襲われる。
「聡平くぅん!」
夢乃は深刻そうな面持ちで叫んだ。
「おう、聡平お兄さん緊縛プレーされてるぅ。これは萌えるっ!」
絵莉葉は嬉しそうに携帯のカメラに収めた。
「えっ、絵莉葉ちゃん、撮るなよ」
聡平を襲ったのはそば型モンスターだった。
巨大な麺皿から伸びて来たそば麺で全身絡み付かれたのだ。
「出石そば次郎、体力は82。絡み付き攻撃が得意やねん」
「聡平お兄ちゃん、今助けるよ」
風実は遠くから手裏剣で麺皿部分を攻撃。
見事命中。
「これは接近し過ぎたらやばいね。キノサキノヤナギで学んだよ」
絵莉葉も手裏剣で麺皿部分を攻撃した。
「聡平さん、お任せ下さい」
和香子はマッチ火を聡平に当たらないように投げつける。
これにて消滅。出石そばの生麺を残していった。
「めっちゃ体力吸い取られてしまった」
聡平も解放される。彼は人形焼と黒大豆おかきを食して全快させた。
直後に、
「きゃぁんっ、雉に襲われちゃいましたぁ」
「聡平くん、絵莉葉、風実、助けてぇーっ!」
和香子と夢乃の悲鳴。ケェェェン、ケェェェンと鳴き声を上げつつ羽を激しくバタつかせる雉型モンスターに追いかけられていた。
「但馬雉、体力は79。但馬の敵では弱い方やで」
摩耶はそいつに完全スルーされていた。
「でかいな」
聡平はその敵の姿に驚く。体長二メートルくらいはあったのだ。けれども怯まず竹刀を構えて立ち向かっていく。
「お肉美味しそう」
風実も手裏剣を構えて楽しそうに立ち向かっていった。
「ワタシも戦うよ。あっ、ちっ、ちっ。上から汁が垂れて来たよ」
髪の毛からお顔にかけてぶっかけられた絵莉葉はとっさに木の上を見る。
そこにいたのは、松葉ガニや白菜、椎茸、春菊などが入った土鍋型のモンスターだった。
体長は一メートルほど。枝の上に留まっていた。
「カニすきくん、体力は80。鍋を高速回転させて熱々な出汁や具の散布攻撃してくるから接近戦は危険やで」
「木の上からぶっかけ攻撃してくるなんて卑怯過ぎやっ!」
絵莉葉はすばやく手裏剣を投げつけた。
命中して、カニすきくんは木の上から落っこちる。
「さっきの仕返しや」
絵莉葉は今度は黒インクを投げつけ、休まずマッチ火を投げつけて消滅させた。
ぶっかけられた出汁の汚れも同時に消滅する。
「絵莉葉お姉ちゃん、パワーアップしたね」
「一人で圧勝してたな」
但馬雉を協力して倒した風実と聡平は感心する。
「但馬の敵もけっこう楽に倒せるようになったよ。これはボス戦自信沸いて来たわ~」
絵莉葉が余裕そうな笑顔で呟いた直後。
「おまえら、おいらの存在に気付けないなんて灯台下暗しだな。おいら、おまえらが玄武洞で家鳴達と戦ってた時からすぐ近くで見てたんだぜ」
こんな声と共に、木の裏側から白い布のような物体が現れた。
長さは十メートルくらいはあった。
正体は一反木綿だった。
「捕獲成功♪ おいらの仲間を退治した仕返しだ」
「みんなぁぁぁ、たーすーけーてー」
「離して! 痛いねん」
「あの、やめて下さい。離して下さい」
夢乃と摩耶と和香子は、あっという間に強く巻き付けられてしまった。
「おい、一反木綿、よくも夢乃ちゃんと摩耶ちゃんと真殿さんを」
「夢乃お姉ちゃんと摩耶お姉ちゃんと和香子お姉ちゃんを返せーっ!」
「ワタシ達と戦って欲しいよ」
聡平達は急いで駆け寄って行くも、
「返して欲しかったら、ここの武家屋敷まで来いよ。ボスの目競といっしょに楽しみに待ってるぞよ」
一反木綿はそう伝え、地図が描かれた紙を落として夢乃達を巻きつけたまま空高く舞い上がってしまった。
「離して下さい。怖いです。わたし、高い所苦手なんです」
「みんなーっ、絶対助けに来てねーっ!」
「あなた、鹿児島編の敵キャラじゃない。兵庫編に現れるなんて反則やで」
和香子と夢乃と摩耶は懸命に叫ぶ。
「本来主人公一人で攻略すべき兵庫編を、こんな大人数で攻めてくるおまえらの方がよっぽど反則であろう」
一反木綿はこう主張して、さらに高く舞い上がりスピードを上げた。
「生野の口銀谷地区かよ。ここからけっこう遠いぞ」
「生野駅からは近い場所やね。ワタシますます闘志が湧いて来たよ」
「お姫様の救出劇みたいになるね。急ごう!」
聡平、絵莉葉、風実はJR城崎温泉駅へ向かって走っていく。
途中、家鳴三体に行く手を阻むように遭遇してしまった。
「こんなやつらに時間食ってるわけにはいかない。ぅおっと」
「きゃんっ、揺らして来やがった」
「ひゃんっ、地震だぁ」
足踏み攻撃による地震で、三人ともバランスを崩して尻餅をついてしまう。
「三体いる分強く揺れてるな。立ち上がれん」
聡平は座ったままでマッチ火を投げつけ一体を消滅させる。
「座ったままでも飛び道具攻撃なら余裕で出来るわ。風実も水鉄砲で一蹴しちゃえ」
絵莉葉は手裏剣とマッチ火を投げつけ消滅させた。
「うっ、うん」
風実は怯えつつも狙いを定めて残る一体に発射。
三発で倒すことが出来た。
その直後、
「うをあっ!」
「ひゃっ、地面が盛り上がっとる、きゃんっ」
「きゃあああっ!」
三人は下から突き上げられる形で弾き飛ばされ、けっこうダメージを受けてしまう。
なんと地面から家鳴がもう一体現れたのだ。
「こんな登場の仕方までするとはな」
聡平のマッチ火、
「家鳴ちゃん、道路破壊したらあかんで」
絵莉葉の手裏剣、
「あたし達急いでるのにっ!」
風実のヨーヨー攻撃三連発であっさり消滅させた。
壊されたアスファルトも元に戻る。
それからすぐに、麦わら細工型モンスターが七種類襲い掛かってくる。
「おう、簡単に当たったぞ」
「一発で消えるとは思わんかったわ」
「すごく弱く感じるね。あたし達またレベルが上がったんだね」
聡平の竹刀、絵莉葉のカッター、風実の泡立て器攻撃で、空振りすることなく全種一撃で倒すことが出来た。
息つく間もなく、
「今度は旧城崎町花、アヤメのモンスターか」
「動いとうから間違いなくモンスターやろうね」
「六甲山にいたツリフネソウのモンスターよりずっと手強そうだね」
高さ五〇センチくらい。多数集まって絨毯のようになっていた紫の花を咲かすアヤメ型モンスターが聡平達の足元に絡みついてくる。
「くっそ、粘着力高過ぎだ。異様に疲れて来たし、体力吸い取られてるみたいだな」
聡平は竹刀で叩いて引き離そうとする。
「弱点は火やろうけど、それ使ったらワタシ達までダメージ食らいそうや。こうなったら」
絵莉葉は黒インクをアヤメ型モンスターにぶっかける。
「おう、効いとうみたいや」
するとしおらせることが出来た。
「これもきっと効くね」
風実が生クリームをぶっかけると、さらに弱らせることが出来た。
「絵莉葉ちゃんも風実ちゃんも見事だな。気分悪っ。毒に侵されたみたいだ。やばいなぁ。俺、毒消しの薬草持ってないぞ」
聡平は顔を少々青ざめさせ、息苦しそうに呟いた。
「ワタシも持ってへんよ」
絵莉葉は深刻そうな面持ちで伝える。
「回復役の夢乃ちゃんと、摩耶ちゃんがさらわれたのはかなりの痛手だな」
聡平はさらに状態が悪化したようで、その場に座り込んでしまった。
「大丈夫だよ聡平お兄ちゃん、あたし、さとの湯の足湯のお湯汲んどいたから。毒持ってる敵もいると思って」
風実は水筒に詰められたそれをリュックから取り出し、聡平の眼前にかざした。
「風実ちゃん、準備良いな」
聡平はありがたく受け取って中の液体を足にぶっかけると、瞬時に毒状態から完治。同時に体力も全快する。
この三人が再び走り出してからすぐに、また行く手を阻まれてしまう。
体長二メートル以上はある、ツキノワグマ型モンスター三頭だった。
「この地域に出る熊だと、但馬グマなんだろうな。丹波のより体格もいいし。うわっ、あぶねっ。ぐあっ、いってぇぇぇ!」
鋭い爪を繰り出された。聡平はかわし切れず、頬がスバッと切れてしまう。
「接近すると危ないよね」
「但馬グマ、ワタシ達急いどるねん」
風実と絵莉葉は手裏剣で攻撃を加える。
一撃では倒せなかった。
「一頭は何とか倒せたけど、強過ぎだな」
聡平はマッチ火と竹刀で頬を切り付けた一体に対抗し勝利を収めるも、足や腕にもけっこうダメージを食らってしまった。すぐに鹿肉ハムなどを食して体力を全快させる。
「ほんまに丹波グマよりも強いわ~」
絵莉葉は残った二頭に黒インクを投げつけ、目つぶし攻撃を食らわす。
クゥゥゥオ!
クァァァッ!
「絵莉葉お姉ちゃん、けっこう効いてるみたいだよ」
「おう、上手くいったか!」
すばやく風実と絵莉葉は手裏剣、
「絵莉葉ちゃん、ナイスだ。熊怯んでるぞ」
聡平はマッチ火攻撃を、休まず何発か食らわし全滅させた。
「玄さんがんこサブレと、かんなべとち餅落してくれるなんてちょうどよかったわ~」
「太っ腹な熊ちゃんだったね」
「移動しながら体力全快させとくか」
これ以降は敵に会わずにJR城崎温泉駅へ辿り着くことが出来た。
「生野に乗り換えなしで行ける特急、たった今行ったばかりか。熊にさえ遭ってなけりゃ間に合っただろうになぁ。次の列車だと生野に着くのが一時間以上も遅れてしまう。タクシー使った方が速そうだ」
聡平は携帯で現在時刻と、路線情報も併せて確認した。
すでに出発予定時刻を三分ほど過ぎていた。
しかし、ほどなくその列車がやって来たのだ。
「予定より遅れたみたいだな。ちょうどよかった」
「運が味方したね」
「これはボス戦も幸先良さそうや」
聡平達が特急はまかぜに乗り込み、しばらく経った頃、
「いい加減離して。めっちゃ痛いねん」
「締め付け弱めて、っていうか、離して下さい」
「私、おしっこしたくなっちゃった」
和香子と摩耶と夢乃はすでに、生野の武家屋敷内の和室隅でかずらで全身を拘束されていた。
「縛られた女子を眺めながら飲む丹波の黒豆茶はじつに美味いのう」
「そうですね、目競」
目競と一反木綿は彼女達のすぐ側で茶を啜っていた。
「きゃっ! パンツ捲って来たよ」
「いやらしいわ」
「なんともエッチなかずらさんですね。強過ぎです」
縛られた三人は必死で振り解こうとするも、なすすべなし。
「こいつは徳島編祖谷のかずら衛門じゃからのう。キノサキノヤナギよりも五倍は強いぞよ。ホホホ、いい肉がとれそうじゃのう」
目競を形作る無数に集まった髑髏が皆、にやりと微笑んでいた。
「カニ鍋といっしょに煮込むとより美味しくなりそうですね」
一反木綿も微笑む。
「私達、食べられちゃうの? 私、脂肪と贅肉だらけだからすごく不味いよ」
「わたしも同じく不味いです。ムダ毛も多いですよ。食べないで下さい」
夢乃と和香子の顔が青ざめる。
「夢乃様、和香子様。こいつら冗談で言っとるんやと思うで」
摩耶は笑っていたが、やはり恐怖心を感じていた。
「さてと、そろそろ調理を始めようかのう」
「目競、出刃包丁持って来ましたぜ。まずは一番美味そうな太ももから裂いていきましょうや」
一反木綿は自身に巻き付けて運んで来た。
「いやぁぁぁ~、やめてぇぇぇーっ!」
夢乃は恐怖心で目から涙からこぼれ出た。
「本当に、やる気なのですか?」
和香子の表情も引き攣る。
そんな時、
「みんなーっ、助けに来たよ」
「お待たせ。ボスバトル、張り切るよ。おう、妖怪目競ちゃん、想像図にそっくりや。ワタシ、本音言えば姫路城の妖怪、長壁姫が兵庫編のボスであって欲しかってんけど」
「みんな無事か?」
聡平達、到着。
「聡平くん、風実、絵莉葉。来てくれてよかったぁぁぁ」
「聡平さん、風実さん、絵莉葉さん、わたし達が犠牲になるまでに間に合うと信じていましたよ」
夢乃と和香子は嬉し涙をぽろりと流す。
「聡平様、風実様、絵莉葉様。健闘を祈るだに」
摩耶はホッとした笑顔で伝えた。
「ホホホ、よく来たな」
「おまえらに勝てるかな?」
「みんなを早く解放してやれ」
聡平は険しい表情で訴える。
「わしらに勝てたら解放してやろう。わしが出る幕もないと思うがのう」
目競がそう言うや、後ろの襖が開かれた。
「おまえら、おれっちが片付けてやるぜ」
そして別の敵キャラが登場する。
「おう、あなたは昨日の男の娘! 今日は服装もかわいいわ~♪」
絵莉葉は満面の笑みを浮かべた。
「根暗っぽい姉ちゃん、昨日はよくもやってくれたな。仕返しだぁーっ!」
花柄チュニックに水玉ミニスカートを穿いた男の娘姿の芝右衛門狸はそう言うや、絵莉葉に飛びかかり、両おっぱいを服越しに鷲掴みしてくる。
「こっ、こら。おっぱい揉まないで。力抜けちゃうから」
予想以上のすばやい動きだったため、絵莉葉はちょっぴり動揺してしまった。
「それそれそれーっ」
「あぁっん、もうやめて欲しいわ~」
優しく揉まれるごとに、絵莉葉のお顔はだんだん赤みを増していく。
「おいっ、やめろっ!」
聡平は芝右衛門狸の後ろ首襟を掴んで引き離そうとした。
「動き遅過ぎ♪」
しかし余裕でかわされた。
「きゃんっ!」
弾みで聡平の右手が絵莉葉の胸に服越しだがしっかり触れてしまう。
「ごっ、ごめん絵莉葉ちゃん」
聡平は反射的に右手を引っ込めた。
「いや、べつにええよ」
絵莉葉は照れ笑いする。
「みんな頑張れーっ!」
「うち、期待しとるで」
「聡平さん達なら絶対勝てると信じてますよ」
夢乃と摩耶と和香子はきつく縛られて苦しそうにしつつも、温かいエールを送ってくれた。
「お姉ちゃんみたいなお兄ちゃん、くらえっ! フラーッシュッ!」
風実はポケットからデジカメを取り出し、芝右衛門狸の写真を撮った。
「ぎゃっ、目がくらんだ。卑怯だぞおまえ」
怯む芝右衛門狸。
「卑怯じゃないもん」
風実は続いて水鉄砲を取出し、芝右衛門狸の顔面目掛けて連射。
「うひゃぁぁぁっ!」
けっこう効いたようだ。
「芝右衛門狸、動き鈍ったな」
聡平はすかさず竹刀で芝右衛門狸の腹をぶっ叩く。
「いってぇぇぇ。こうなったら……」
芝右衛門狸は本来の姿に戻るや、口から糸を吐き出した。
「ん? うわっ!」
聡平は体中を巻きつけられてしまった。
「どうよ、奥義、芝右衛門狸の糸車♪」
芝右衛門狸は得意げに笑う。
「身動きとれねえ。うわっ」
聡平、体を揺さぶってみたらバランスを崩して地面に転がってしまった。
「聡平お兄さん、ワタシがほどくよ」
「あたしも手伝うぅ」
絵莉葉と風実は聡平の側へ駆け寄っていくが、
「おまえら油断し過ぎ。それぇっ!」
「うわっ、引っかかっちゃった!」
「しもた。油断したわ~」
芝右衛門狸に聡平と同じようにされてしまった。二人とももう一歩動こうとしたらバランスを崩し、地面に転がってしまう。
「これで攻撃し放題だな」
一反木綿、にやりと笑う。
「おれっち、絵莉葉っていう腐女子っぽい子、ボコボコに痛めつけたい。おれっちに猥褻なことした仕返ししてやるぅっ!」
芝右衛門狸は男の娘姿に戻り、にやにや笑いながら絵莉葉の方へ近づいていく。
「くっそ、糸さえほどければ」
「ワタシ達、大ピンチになっちゃったよ」
「ほどけないよぅーっ」
聡平、絵莉葉、風実。自分で糸をほどこうとするがほどけず。
「聡平くぅん、風実ぃ、絵莉葉ぁ。助けてあげられなくてごめんねー」
「うち、何も出来ないのが甚だ悔しいわ~」
「わたしも同じく」
夢乃と摩耶と和香子は心配そうに見守る。
「姉ちゃんのお尻なわとびの鞭で十発くらい叩こうかな?」
芝右衛門狸はにやにやしながら絵莉葉の側でしゃがみ込む。
「あーん、屈辱やぁ」
絵莉葉は頬を火照らせ照れ笑いする。
「そう言いながらやけに嬉しそうにしてるじゃないか。ひょっとして姉ちゃん、マゾ?」
「いやぁ、嬉しくはないって」
「ほんまかよ? さてと、まず手始めに姉ちゃんのパンツの柄を拝見……あっ、しまった。こんなに縛り付けたらスカート捲れないじゃないか」
芝右衛門狸はそのことにたった今気付いたようだ。
「芝右衛門狸ちゃんったら、ドジッ娘やね」
絵莉葉はくすっと笑った。
「こうなったら、スカートの周りだけ糸外してやるぅっ!」
芝右衛門狸はむきになってスカートポケットから鎌を取り出した。
「きさまの生尻とくと拝見してから、次はそっちのお兄さんの生尻を」
「おーい、俺の尻見たって何も得しないぞ」
聡平は呆れた表情で主張した。
「ワタシも聡平お兄さんの生尻見たい! 芝右衛門狸ちゃん、ワタシにも見せてね」
「いいぜ。まずおれっちが拝見してからね」
「よっしゃぁ!」
「二人とも、何打ち合わせしてんだよ」
聡平はいらっとした表情を浮かべていた。
「あたしは聡平お兄ちゃんのお尻、昨日見たばっかりだよ。いっしょにお風呂入ったもん」
風実はにこにこ顔で伝える。
「風実ちゃん、そんなこと伝えなくていいから」
聡平は穴があったら入りたい気分だった。
「羨ましい! どんな感じだった?」
芝右衛門狸は興奮気味に質問する。
「パパのお尻よりは小さかった」
風実はにこにこ顔のまま答えた。
「そっか。まだ成長途中だもんな」
「ワタシが最後に聡平お兄さんの生尻見たのは、もう五年以上は前になるかな?」
絵莉葉はにやついた表情で呟く。
「おまえら、いい加減にしてくれ」
聡平、ますます居た堪れない気分に陥る。
「猥褻姉ちゃんも見たことあるのかよ。ますます許せなくなったぜ。こちらの風実っていう女の子はかわいいから、足の裏こちょこちょ攻撃で許してあげるよ」
芝右衛門狸はそう伝えてパチッとウィンクした。
「ええーっ、それは嫌だなぁ」
風実は苦笑い。
「絵莉葉ってやつ、大人しくしてろっ! 動くと肌までブシュッて切れちゃうよ。この鎌はめっちゃ切れ味良いからね」
芝右衛門狸は絵莉葉のスカートに接している糸の結び目部分をスパッ、スパッ、スパッと三箇所切る。
「これでスカートずらせる」
芝右衛門狸がにやついた表情でそう呟くや、
「スカートずらせるだけやないよ、芝右衛門狸ちゃん」
絵莉葉はガバッと立ち上がった。
「あれ? 今ので全部ほどけちゃった?」
唖然とする芝右衛門狸。
「そうみたいや。芝右衛門狸ちゃん、やっぱドジッ娘ね」
絵莉葉はにっこり微笑む。
「絵莉葉お姉ちゃん、自由になれたね」
「芝右衛門狸、自滅したな」
聡平と風実は安堵の表情を浮かべた。
「こうなったら、実力で」
芝右衛門狸はまた本来の姿に戻り、絵莉葉に果敢に立ち向かっていく。手をグーにして絵莉葉のお腹にパンチを食らわそうとしたが、
「ワタシ、昨晩よりはレベル上がってるからそう上手くはいかんよ」
絵莉葉は余裕で芝右衛門狸の体にガバッと抱きついた。
「あれ? なんでそんなに動きいいの?」
「さっきのは演技や。よっと」
「わーん、おーろーしーてー」
そして両手で抱き上げたのち片手で肩に担ぎ上げ、そのまま風実のもとへ。
「風実、じっとしててね」
「うん」
もう片方の手で地面に落ちた鎌を拾い、風実の体に接している糸の結び目を何箇所か切る。
これで風実の体は自由になった。
絵莉葉は同じ要領で聡平の体に絡み付いている糸も、
「この格好のままの聡平お兄さんもなんか萌えるから、そのままに」
「こらこら絵莉葉ちゃん。早く切れって」
「絵莉葉、聡平くんで遊んじゃダメだよ」
「絵莉葉お姉ちゃん、いじわるしないで早く切ってあげて」
「冗談、冗談。ごめんね聡平お兄さん」
一回躊躇ったがすぐに切って、自由にしてあげた。
「絵莉葉ちゃん、ありがとな」
「どういたしまして」
「さてと、こいつをなんとかしないとな」
聡平は竹刀を持って、芝右衛門狸の側へにじり寄る。
「やめて下さい。おれっち、反省します」
うるうるした瞳で言われるが、
「許さない」
聡平は容赦なくぽっこりふくれた腹を竹刀で四発ぶっ叩き、消滅させた。
「やったね聡平くん」
夢乃は嬉しそうに微笑んだ。
「やりよるのう」
目競はちょっぴり感心しているようだ。
芝右衛門狸が消えた後には、柄の違う水玉ショーツが二枚残されていた。
「夢乃お姉ちゃん、これ、昨日盗まれたやつでしょ?」
「うん、それだよ。戻って来て良かった♪」
「よかったね夢乃お姉さん。なんか、よだれでべっとりしとるよ」
絵莉葉は手で掴もうとしたが、思わず引っ込めた。
「じゃあ、もういらなーい。捨てといて」
夢乃は嬉しそうな笑顔から悲しげな表情へと変わった。
「変態狸だな」
聡平は呆れ笑いする。
「あいつはゲームの中でも人間の女によくエロいイタズラしてるぞよ。妖怪のくせに妖怪の女には全く興味ないそうだ。さて、おまえら、次はおいらと勝負だっ!」
一反木綿は聡平達に立ち向かって来た。
「一反木綿なんて所詮布やろ?」
「うわっ、しまった」
絵莉葉はカッターで一反木綿をズバッと切り付けた。一反木綿の体に切れ目が入る。
「べとべとびちょびちょにしたら弱りそうだね」
風実は生クリームと水鉄砲を命中させた。
「ぬぉぉぉっ」
一反木綿、ぐっちょり濡れて弱る。
「俺が戦うまでもなく勝てそうだな」
そんな無様な姿を見て聡平はにこっと笑った。
「こいつ、思ったより弱いわ」
「絵莉葉お姉ちゃん、いっしょにとどめ刺そう」
絵莉葉は黒インク、風実はヨーヨーを一反木綿に向けた。
「こうなったら」
一反木綿は目をきらっと輝かせる。
するとなんと、
「えっ! 嘘?」
「ありゃ?」
深刻な事態へ。
風実と絵莉葉は、あっという間に石化されてしまったのだ。
「あっ、風実ぃっ! 絵莉葉ぁ!」
「風実さん、絵莉葉さん!」
夢乃と和香子、予想外の光景に思わず叫んだ。
「魔法は、使えないはずじゃ」
唖然とする聡平に、
「これは妖力じゃからな」
目競は得意げに言う。
「絵莉葉と風実が、石になっちゃったぁぁぁ~」
夢乃は嘆きの声を漏らし、悲し涙をこぼす。
「心配しないで夢乃様。石化を解く粉を使えば、つまり一反木綿を倒せば、手に入って元に戻せるで」
「本当?」
「はい。一反木綿、兵庫編の敵では使って来ぉへん妖力使うなんてますます卑怯やで」
「卑怯なのはおまえらの方もだろう」
一反木綿はフフフッと笑って得意げに反論する。
「なんだ。急に体に異様な疲労感が」
聡平はハァハァ息を切らす。
「おいらの妖力できみの体力吸い取っちゃった♪」
一反木綿は完全復活してしまった。
「そんな技まで使えるのかよ」
聡平はこうのとり伝説たまご饅頭を食して、体力を八割方回復させた。
「おいらじゃ男には石化攻撃は効かんっていう謎設定は納得いかんがのう」
一反木綿は少しやさぐれた表情で言う。
「ほほほ、わしとこいつ、きみ一人で倒すしかないぞよ。まあ無理じゃろうけど」
目競は勝ち誇ったように全ての髑髏をにこにこ微笑ます。
「本気で行くぞっ!」
聡平は怒りに満ちた表情を浮かべ、竹刀を目競の最も大きな髑髏目掛けてすばやく思いっ切り振りかざす。
「いっ、痛いぞよ」
見事直撃し、目競は甘い声を漏らした。
「聡平様、ええ振りやね。乗り気なようで嬉しいわ~」
「みんなを救うために、本気になってくれてるね」
「聡平さん、主人公らしい活躍振りですね」
摩耶と夢乃と和香子は賞賛する。
「ここからは相撲勝負じゃ」
目競は無数の髑髏を分裂させ、聡平の体にまとわり付いた。さらに彼のジーンズの裾に齧り付く。
「しまった! 早く振り解かないと」
聡平は焦りの表情を浮かべる。
「やったぁっ! いい形だ目競」
一反木綿は布で出来た両腕でガッツポーズした。
「それっ!」
目競は聡平に寄りかかって体勢を崩させ、馬乗りになった。
「うっ、動けねえ。重いっ!」
「もう降参か? かなりレベルを上げて来てはいるようだが、清盛の足元にも全然及ばんのう。まだわしの髑髏、三分の一も積み重ねておらんぞよ♪」
「ぐあぁっ!」
聡平は必死に振り解こうとするが、どうにもならず。
「ただいまの決まり手は、寄り倒しだな」
一反木綿はにこにこ顔で呟いた。
「聡平くーん、頑張ってー」
「聡平様、早くやっつけちゃって下さい。長引くとまずいで」
夢乃と摩耶からそう言われるも、
「そうは、言ってもな……」
聡平は何も活路を見い出せなかった。
「見ろっ、芸術品じゃろう?」
目競は積み重ねた髑髏をピラミッド型に変形させ、さらに強く圧し掛かってくる。
「いってててぇーっ!」
ますます苦しがる聡平。
「そろそろ参ったって言った方がいいんじゃないかい? きみの体、一反木綿みたいにぺっちゃんこになっちゃうぞよ♪」
目競は全ての髑髏を嘲笑わせる。
「まだ降参はしない。振り解いてやるっ!」
「聡平様ぁ、もう降参して下さい。体力が0になっちゃうで」
「聡平さん、もう無理はしないで。これはゲームなんだから」
「そういうわけにはいかない。俺は、主人公、だから」
聡平は非常に苦しそうな表情で伝える。
「わしはまだまだ何倍も重く出来るのじゃよ」
目競は全ての髑髏をにっこり笑わせた。余裕の表情だ。
「関係ない。俺は、全力を、尽くす、だけだ」
「ほほほ、起き上がれるものなら起き上がってみろ」
「ぐぁっ、ダメだ。こいつ強過ぎる。くっそ。もう少し、レベルを、上げて、いれば……」
聡平の意識は徐々に薄れゆく。
「聡平くぅん、しっかりしてーっ」
「申し訳ないです聡平さん、わたし達は無力でした」
「聡平様、今のレベルでは勝ち目百パーないで。降参して、もっとレベルを上げて再チャレンジしましょう」
夢乃、和香子、摩耶の三人は涙をぽろりと流しながら伝えた。
「いや、それは……」
聡平は朦朧とした意識の中で懸命に呟く。目競を自分の体からなんとか引き離そうと懸命に力を込めて続けてみるも、目競はびくともせず。
「わしの勝利ってことでオーケイじゃな?」
目競は満面の笑みで勝利宣言。
「主人公もまだまだレベルが足りんな」
一反木綿も嘲笑う。
その直後だった。
驚くべきことが起きた。
「あれ? ワタシ、どうなってたんや?」
「あたし、動けるようになってる」
絵莉葉と風実が石化から元の状態へ回復したのだ。
「絵莉葉、風実。よかったぁ!」
「二人とも、戻ってくれてよかったです」
「おう、奇跡や。あっ、あれ?」
さらに夢乃、和香子、摩耶も絡み付いたかずらが解かれ自由の身になった。
「なっ、何ゆえ?」
「そんな、バカな。なぜじゃ?」
一反木綿と目競もあっと驚く。
「目競、軽くなったな」
「んぎゃっ! しまった。つい力抜いてしもうた」
聡平は目競を突き飛ばし、すっくと立ち上がった。
「聡平様も完全復活やね」
「聡平くん、よかったぁぁぁっ!」
夢乃は歓喜の叫びを上げ嬉し涙を流した。
「どういうわけか、体力も全快したみたいだ」
聡平は元気溌剌とした声で伝えた。
「なぜじゃ?」
目競が呆気に取られた様子で呟いた。
その矢先、
「こりゃぁっ! 一反木綿、目競!」
老婆の怒鳴り声がこだました。
「この声は、砂かけ婆様?」
「おい、砂かけ婆。なっ、なぜここに?」
一反木綿と目競はびくりと反応した。
「ゲームの外に飛び出して何やってんだい?」
声の主はついにみんなの目の前に姿を現す。
「おう、なんかイメージのより若くて美人や。声はしっかり老婆やけど」
「本当に砂かけ婆なの? 顔が全然怖くない」
「歴史上の有名な人物のように、美化されたデザインをされてますよね」
絵莉葉と風実と和香子は不思議そうにじっと見つめる。
小柄で長い白髪、和服姿なのは一般的なイメージ通りだったが、ぱっちりした瞳で小皺はほとんど目立っておらず、穏やかそうな雰囲気を醸し出していた。
「砂かけ婆は姿形は不明やから、どんな風にデザインしてもいいだろうという製作者の考えでこんな萌え系のデザインになったみたいや」
「それは初耳だな。お主ら、おらの妖力で石化を解除して、かずら衛門も瞬殺しておいたぞ。あと聡平とかいう男の体力も回復させておいた」
砂かけ婆はハキハキした声で得意げに伝える。
「そんな能力が使えるとは、相当強い敵なのでしょうね」
和香子は感服したようだ。
「奈良のご当地妖怪砂かけ婆は、奈良編の雑魚敵で体力は1200以上あるで」
「雑魚で1200越えって……兵庫の次に進むべきステージが、奈良じゃないってことは確かだな」
「ありゃ? 痺れて動けない」
「おいらもだ」
「おらが痺れの妖力をかけておいた。お主ら、今のうちに倒しておけ」
砂かけ婆はほんわかした表情で勧めてくる。
「それじゃ、遠慮なく。目競、覚悟しろっ!」
「ぐぇぇぇっ!」
聡平は目競を竹刀で何度も攻撃しまくる。
「一反木綿、ワタシを石化したお返しよ」
「一反木綿のおじちゃん、覚悟してね」
絵莉葉は黒インク、風実は水鉄砲と生クリームを用いて攻撃する。
「うぎゃっ!」
インクと生クリーム塗れでふやけて一部破けてしまった一反木綿に、
「ボスの目競さんは、主人公の聡平さんが一人で倒した方が良さそうですね。わたしが一反木綿さんにとどめを刺すわ」
和香子は容赦なくマッチ火を投げつけた。
「ぐげぇぇぇ。あっ、ちっ、ちぃっ」
一反木綿、苦しそうに跳ね回る。
「なんか、かわいそうになって来た」
心優しい夢乃は同情してあげた。
「もう、やめてくれ。おいら、ゲームの中に戻るから」
「わしもじゃ。降参じゃ、降参。わしを痛めつけるのはやめて、お願いじゃぁ」
一反木綿と目競は怯えた様子で懇願してくる。
「ワタシ、もう満足したからええよ」
「あたしも許してあげるよ」
「わたしも、許しますよ」
「皆様心優し過ぎるで」
「俺は許したくないけど、これで俺達の勝ちってことでいいな?」
聡平が確認を取ると、
「うむ、わしらの負けじゃ」
「おいら達の負けでいいよ」
目競と一反木綿はあっさり負けを認めた。
「聡平様、最後は主人公らしく締めましたね」
摩耶は満面の笑みを浮かべる。
「聡平くん、ありがとう。格好よかったよ」
「聡平さん、処女喪失の危機にあったわたし達を救って下さり、誠にありがとうございました」
夢乃と和香子は、聡平の手をぎゅっと握り締めて来た。
「いや、べつに当たり前のことをしただけだから。礼なら絵莉葉ちゃんと風実ちゃんと砂かけ婆の方に言って」
聡平はかなり照れてしまう。マシュマロのようにふわふわ柔らかい感触が、聡平の両手のひらにじかに伝わって来たのだ。
「聡平お兄さん照れてる照れてる。ともあれワタシ達の勝ち決定やね」
「これでリアルな兵庫編クリアだね」
絵莉葉と風実は満面の笑みを浮かべる。
「お主ら、一反木綿と目競が多大なご迷惑をおかけして本当にすまんのう。二度とリアル世界に飛び出て悪さしないよう、しっかり懲らしめときますので。一反木綿、目競、みんなに謝りな」
「いっ、て、て、てぇ。ごめん」
「すまんのう」
砂かけ婆はみんなに向かって深々と頭を下げて謝罪。一反木綿と目競も無理やり下げさせられていた。
「いえいえ。うち全然気にしてないので」
摩耶は苦笑いを浮かべる。目競のことを少しかわいそうに思ったようだ。
「聡平というお方、おら達、ゲーム内に帰るから、今から出すテレビにゲーム機を繋いで例のゲームを起動させてくれんかのう」
砂かけ婆はそう言って畳に砂をばら撒くと、四八インチ液晶テレビが現れた。
「おう、魔法やっ!」
「砂かけのお婆ちゃん、すごーい」
絵莉葉と風実はパチパチ拍手する。
「絵莉葉という子、魔法ではなく妖力なのじゃよ」
砂かけ婆はホホホッと笑った。
「あの、俺の部屋のテレビじゃないと、飛び込めないと思いますけど」
「そこはおらの妖力で何とかする。目競をゲーム内に戻せば、残る雑魚敵達も皆二、三日中には現実界から完全消滅して、ゲーム内に戻るようになっておるぞ」
「そうなんですか。じゃあ繋げますね」
聡平は準備が整うと摩耶が飛び出て来た続きからのデータを選択。摩耶のいない洋菓子店内部の画面が映る。
「ほら一反木綿、目競、帰るよ」
「嫌じゃぁぁぁ」
「痛いよ砂かけ婆様、頬引っ張るなって」
目競と一反木綿は砂かけ婆に無理やり引き摺られていく。
「お主達、もっともっとレベルを上げて、ゲーム上でいつかおらに挑んで来い。奈良編で待っておるぞよ」
砂かけ婆はこう言い残し、目競と一反木綿を掴んだまま画面に入り込んでいく。
「リアル城崎温泉もなかなか居心地よかったぞよ。ゲームの中に帰りたくないぞよぅ」
目競は名残惜しそうに捨て台詞を吐いた。
テレビもその約一秒後に消滅した。畳に付いた黒インクなどの汚れもきれいに消える。
「敵キャラはまだおるってことやね。帰りも倒しながら進んで行こう!」
「賛成! あたしもまだまだ戦いたぁーいっ!」
「わたしも同じく」
「俺も、もう少し戦い楽しみたい」
「みんなぁ、タクシーここに呼んでなるべく外出歩かないようにして帰ろう」
「ご安心下さい夢乃様。皆様の今の力なら兵庫編の雑魚敵はどれも楽勝出来るやろうから。あのう、じつは、敵キャラ、うちがわざと飛び出させてん。皆様にリアルRPGを体験してもらおうと思って。兵庫編の敵なら、ごく普通のリアル世界の高校生以下の子でも何とか出来るやろうと見込んでてん。それにうち、リアル兵庫県も探検したかったし」
摩耶はえへっと笑って唐突に打ち明けた。
「えっ! 本当なの? 摩耶ちゃん」
「そうだったのですかっ!」
「摩耶お姉ちゃんが仕掛けたんだね」
「摩耶ちゃんもなかなかのエンターテイナーやね」
「おいおい、俺のせいじゃなかったわけか」
他のみんなは当然のように面食らったようだ。
「一昨日の夜に伝えた時は、じつはまだ敵キャラ飛び出してなかったんよ。聡平様がぐっすり眠っておられた真夜中にこっそり飛び出させてん」
摩耶はさらにこんな秘密も打ち明け、てへっと笑う。
「電源切ってたのに、出れたのか?」
聡平は驚き顔。
「テレビの電源切られてても、ゲーム機が繋がれてあのゲームが中に入ったままやったからね」
「そうか」
「それもまた不思議な仕組みですね」
「摩耶お姉ちゃんは、敵キャラとお友達なの?」
「一部はそうやで」
「摩耶ちゃん、また新しい敵、どんどん飛び出させてや。今度はのちの敵からの援助なくワタシ達だけの力でボス倒したいわ~」
「絵莉葉、私はもう戦いには絶対参加しないよ」
「夢乃お姉さんは今回もほとんど戦ってへんかったやん」
「痛い思いしたくなかったんだもん。結果的に何度もしちゃったけど。私、おトイレ行ってくる」
先ほどから尿意を感じていた夢乃は、玄関横のトイレに駆け込んだ。
「……えっ! 和式の、ぼっとん!?」
※
結局みんなは帰り、生野の鉱物、姫路の長壁姫、御座候、書写千年杉型モンスターなど行く時と違うコースを通って新しい敵キャラとも出遭い、楽しく戦闘をしながらそれぞれのおウチを目指して進んでいった。
☆
みんなが帰宅したのは午後八時半頃。
「リアル兵庫の土産、ようさん買えてよかったわ~。ほな聡平様、おやすみー。また出してや」
「おやすみ摩耶ちゃん」
聡平は玄関を抜けると、母に見つからないよう注意して摩耶を自室に連れて行き、あのゲームを起動させて摩耶をゲーム内に戻してあげた。
同じ頃、衣笠宅では夕食の団欒中。
「兵庫県内で多発してる怪奇現象、みんなは遭遇しなかった? 夕方の県内ニュースで特集やってたわよ。今日の夕方からはだいぶ報告が減ってるみたいだけど」
母のこんな質問に、
「そんなのがあったの?」
「ワタシ全然知らへんよ」
「あたしもーっ」
三姉妹は一応知らないふりをしておいた。
「そっか。母さんも遭遇してないけど、空飛ぶ鯛を見たとか、凶暴な巨大イノシシを撃ったら姿が消滅したとか、羽根飾りをつけたタカラジェンヌが本当に空を飛んでいる姿を見たとか、六甲山牧場の羊や牛が壁をすり抜けたって目撃情報もあったみたいよ」
※
翌日の敬老の日、聡平と三姉妹は旅の疲れを癒すため、一日中家でゴロゴロしてしっかり休養を取った。
和香子はその日、午前中は神戸市内のゲーム販売店であのゲームを探し回ったが見つからず、午後から母といっしょに大阪日本橋まで遠征して、
「やっと見つけたぁっ! 家帰ったらやりまくるよっ!」
「そんなにはしゃぎ回る和香子、久し振りに見たわ」
日も暮れて来た頃に一本だけ投売りされていたのをやっと見つけて購入したのだった。