第一話 ＲＰＧ画面内の洋菓子風少女が現実世界に飛び出したんやって！？
「聡平、晩ご飯よぉー。冷めんうちにはよ下りてきぃやー」
「分かった母さん。あと二分くらいしたら行くって」
九月半ばのある金曜日。午後六時半頃、二階自室にいた押部聡平は母から大声で催促され、ちょっぴり迷惑した。高校一年生の彼は今、テレビゲームに熱中していたのだ。
ジャンルは従来のとはいろいろ違ったＲＰＧ。敵キャラとの戦闘中だっただけに手が離せなかった。聡平はすみやかに残り二体のティラミス型モンスターを竹刀攻撃で全滅させ、男性主人公を町中のおしゃれな洋菓子店へ移動させた。ここは旅日記に記せるセーブポイントにもなっていて聡平はセーブ確認後、付けっぱなしで部屋から出て一階ダイニングへ向かった。
「聡平、学校休みやったからって一日中ずーっとゲームしてたんじゃないやろうね？」
母はにこにこ顔で尋ねたのち眉を微かに上げる。今日は大雨・洪水警報が出されていたのだ。雨はもう小降りになったものの、時折ゴロゴロ雷鳴が聞こえてくる。
「夕方まではちゃんと勉強してたって。自習課題いっぱい出てたし」
「ほんまかな？ 聡平、ゲームにのめり込み過ぎて、現実との区別が付かなくなっちゃわないように気ぃつけや」
「母さん、その注意、俺が幼稚園の頃からもう何百回目だよ」
聡平が鬱陶しそうに呟いて、イスに座ろうとしたら、
ドオォォォォォォーンッ、ゴロゴロゴロッ！
耳をつんざくような激しい雷鳴。家もかすかに揺れた。
「あらびっくり。近くに落ちたんやね」
「だいぶ収まって来たと思ったのに不意打ちだったな。停電はしなくて良かったよ」
早くゲームを再開したい聡平は、夕食を十分足らずで済ませてまっすぐ自室へ戻り、
「おう、安福摩耶ちゃんここで登場か。やっと見つけれた」
コントローラを操作して主人公を店内二階奥にいた、ココア色メイド服姿でほんのり栗色髪ふんわりボブな女の子の側へ移動させ、会話対応ボタンを押す。説明書に隠れキャラとして紹介されていたこの子に聡平は一目惚れしたのだ。主人公の幼馴染らしい。
「いらっしゃいませ聡平様。うちのママから話聞いとるよ。四十七都道府県を巡る旅、頑張ってや。うち、めっちゃ応援しとるで」
摩耶は微笑み顔でエールを送ってくれた。
「おっとりした関西弁だ。キャラボイスもかわいいな。俺の名前で呼んでくれたのも最高だ。仲間になってくれないみたいなのは残念だけど。もう一度話しかけてみよう」
思わずにやけてしまった聡平は、再度同じボタンを押した。
「聡平様、前途多難な旅になるやろうから、せめてもの餞別に、これ、差し上げるわ～。川西産のいちじくたっぷり使っとるで。生菓子やから本日中に召し上がってや。二個入りやで」
摩耶は頬をほんのり赤らめて少し照れくさそうに、おしゃれなケーキ箱に入れられた何かをプレゼントしてくれる。
「おう、違う台詞だ。手が込んでるな」
聡平はますますにやけてしまう。
ゲーム画面下側に、聡平は『いちじくショートケーキ』を手に入れた。と三秒ほど表示された。
もう一回話しかけたら何って返ってくるのかな？
聡平はわくわく気分で再度ボタンを押してみる。
その結果、
「うぉわぁっ！」
彼はびっくり仰天して思わず仰け反った。
なんと、摩耶がゲーム画面から飛び出して来たかのように見えたのだ。
「どうも、はじめまして。プレーヤー様」
ほんわかした表情、おっとりした口調で挨拶してくる。
「この３Ｄ、やけにリアル過ぎないか？」
聡平は恐る恐るこの子の胸をメイド服越しに触ってみた。
「もう、プレーヤー様のエッチ♪」
摩耶に照れ笑いされ、手の甲をペチッと叩かれてしまった。
「本物の人間だぁっ！」
聡平は目を大きく見開いた。
「うち、さっき現実世界で起きた雷の衝撃で、自分がプレーされていたゲームの中から、現実世界へ飛び出ることが出来るようになったみたいやねん」
摩耶はてへっと笑う。
「そっ、そうなんだ……確かに、摩耶ちゃんが、画面から消えてるね」
聡平は洋菓子店内の表示画面を凝視する。
「プレーヤー様、面食らっとるようやね♪」
摩耶にくすっと笑われてしまった。
「これは、現実なのか？」
聡平は右手をゆっくりと自分のほっぺたへ動かし、ぎゅぅっと強くつねってみる。
「いってぇっ！」
痛かった。
現実、だったようだ。
「嘘だろ？」
まだ聡平は、この状況を信じられなかった。
「プレーヤー様、現実に決まっとるやん」
摩耶はくすくす微笑む。
「摩耶ちゃん、俺、これが現実だってことを百パー信じたいから、摩耶ちゃんの体、もう一回触ってもいいか？」
「いいけど。胸は変な気持ちになっちゃうから嫌やで」
「分かった。頭にするよ」
聡平が恐る恐る、摩耶の砂糖菓子のような髪に手を触れようとしたら、
「どうしたの聡平？ さっきから騒ぎ声出して」
ガチャリと部屋の扉が開かれた。
「あっ、かっ、母さん！ なんか、テレビゲームの画面から、女の子が、飛び出して、来たんだ。ほらここにっ……あっ、あれ？」
「誰もおらへんやないの」
母にきょとんとした表情で突っ込まれる。
「いや、さっきいたんだけど、おっかしいなぁ」
聡平は訝しげな表情を浮かべた。
「聡平ったら、テレビゲームの画面から女の子が飛び出してくるわけないやろ。物理学の原理を考えてみぃ。とうとうマンガやアニメやゲームの世界と現実の世界との区別が付かなくなってもうたんやね。聡平、今日はそろそろゲームやめやー」
母は呆れ顔でため息混じりにそう告げて、部屋から出て行った。
「やっぱ、気のせい、だよなぁ？」
聡平はゲーム画面に摩耶が映っていることを確認して、ハハハッと笑う。
「プレーヤー、聡平様のお母様、なかなかの美人やね」
「うおぁっ！」
ほどなくまた摩耶がゲーム画面から飛び出して来て、聡平は反射的に仰け反った。
「聡平様、こんなに驚くとは思わんかったで」
「驚くに決まってるだろ」
「ふふふ、その反応、さすが現実世界の住人様なだけはあるわ。自分の名前、ゲーム内の主人公と同じなんやね」
「そりゃあ最初名前付ける時、俺と同じ名前にしたし」
「容姿はゲーム内の聡平様の方が格好いいけど」
「それは余計だ」
「ところでここの住所、どこの都道府県なん？」
「兵庫県だけど。ちなみに県庁の神戸市」
「そうなんやっ！ うち、リアル兵庫県に飛び出したんかぁ。市まで同じやし運命を感じるわー。聡平様、ほなまたね」
摩耶が爽やかな笑顔でそう告げて、テレビへ頭から飛び込んだのと同時に、ゲーム画面上に表示された。
「絶対、夢だろ。あんな非現実的なこと、起こるはずがない」
やはり状況を受け入れられない聡平が、ゲーム画面に映る摩耶をじーっと凝視しつつ画面に手を触れていると、
「おーい、聡平お兄さん。雷収まって雨も上がったから遊びに来てあげたよ」
背後から別の女の子の声が。
「うぉわっ！」
聡平は驚いてとっさに後ろを振り向く。
「聡平お兄さん、驚き過ぎや♪」
そこにいた丸顔丸眼鏡ボサッとしたウルフカットの女の子にくすっと笑われてしまった。
「なんだ、絵莉葉ちゃんか。いつからそこにいたの？」
「つい五秒ほど前からなんよ」
「そっ、そうか」
それなら摩耶ちゃんの姿は見られてないな。
聡平はさっきの出来事を伝えようかな、と一瞬思った。
この子はお隣に住む衣笠家三姉妹の次女だ。ちなみに中学二年生。
「聡平お兄さん、ワタシの描いた新作マンガ、読ませてあげる♪」
「絵莉葉ちゃん、またしょうもないマンガ描いたのか」
「今度のは絶対面白いってっ！ 同じ部活の子にも最終候補まであと一歩ってとこまでは確実に行けるって絶賛されたんよ。試しに読んでみぃって。かわいい女の子のエッチな描写も満載なんよ」
「だからこそ読む気がしないんだって」
「もう、ほんまは読みたいくせに。聡平お兄さんワタシと同じくかわいい女の子ようけ出てくるマンガやアニメやゲーム大好きやん」
「確かに好きだけど、露骨なエロ描写は嫌いだな」
マンガ原稿の束を目の前にかざされ、聡平が困っていると、
「やっほー聡平お兄ちゃん♪ クッキー焼いて来たよ」
いちごのチャーム付きヘアゴムでお団子結びにした髪が可愛らしい三女、小学四年生の風実。
「絵莉葉、聡平くんにエッチ過ぎるマンガは見せちゃダメだよ」
さらに長女で聡平の同級生、おっとりのんびりとした雰囲気でナチュラルストレートヘアの夢乃もこのお部屋に入って来て、困惑顔で注意してくれた。
「エッチ過ぎることはないと思うよ。乳首は描いとらんから」
絵莉葉は爽やかな笑顔でこう主張しながら、マンガ原稿を自分のショルダーバッグに仕舞った。
みんな垢抜けなく可愛らしいこの三姉妹は、昔から押部宅に度々出入りしてくる。ようするに、仲の良い幼馴染同士の関係なのだ。
「聡平お兄ちゃん、今日のはお茶っ葉入りだよ」
「そうか。味濃くて美味そうだ」
聡平は動物型などにくり貫かれた手作りクッキーを美味しく味わいつつも、
摩耶ちゃん、また飛び出してくるのかな？
そのことが非常に気になってコントローラを握ったまま考え込んでしまう。
「聡平くん、この先の行き方が分からないの？」
「うん、まあ、ちょっと悩んでて」
「聡平お兄さん、ワタシの新作マンガ読んだらきっと閃くよ」
「それはないって」
「聡平お兄ちゃん、また新しいゲーム買ったんだね」
風実はパッケージを手に取って興味深そうに観察する。
「どういうゲームなんだろう？」
「もろに和風っぽいね。茶和堂って聞いたことない制作会社名やけどこれも和風や」
夢乃と絵莉葉も興味津々だ。
タイトルは『日本ご当地敵キャラ退治珍道中』。黒の行書体で書かれていた。
パッケージイラストはシンプルで、日本地図のみ。
ちなみにＣＥＲＯは十二歳以上対象のＢだ。
「昨日、学校帰りにたまたま見つけて買ったんだ。まだゲーム始めたばかりだから良く分からない部分も多いけど、従来のＲＰＧの設定とはけっこう違ってるみたい。普通ＲＰＧって俺らの考えた世界地図な架空の世界を舞台にするものだけど、このゲームは実在の現代日本が舞台で町の名前や山とか川とか駅とか神社、お寺の名前なんかも実在のと同じだよ。敵キャラもご当地に関連したものが登場してて俺今スタート地点の神戸市内を旅してるんだけど、洋菓子とかサンバの踊り子とかイノシシとかがモンスター化されてたよ。全国で数万種類もいるらしい。手に入る回復アイテムも神戸プリンとかゴーフルとか炭酸煎餅とか、ご当地ならではのものになってる。長距離移動するための乗り物も現実世界と同様、鉄道、バス、飛行機、船、タクシー。従来のみたいな飛行艇とか架空の乗り物は一切登場しないらしい」
「斬新や。神戸が出るＲＰＧなんてワタシ初めて見たよ。これ、人気あるん？」
「いや、先月出たゲームで断トツで売れなかったみたい。発売から一週間足らずでワゴンセール行きになってたってツイッターに書かれてた。これも元値五千円くらいのが投げ売り九八〇円だったし。俺は地理が好きだから面白いって感じたよ。主人公が神戸に住むアニメやマンガがゲームが好きな男子高校生で、勉強しぃやと普段から口うるさく言う母さんから解放されるために、夏休みを利用して日本縦断の旅に出ることになったってのも共感持てたし。あと主人公以外の勇者仲間がみんな女の子らしいってことも魅力だった。俺はもっと評価されるべき出来だと思ってるよ」
「一部のマニア向けってわけなんかぁ。でもめっちゃ面白そうやん。ワタシにもちょっとやらせて」
「いいけど」
「サーンキュ。おう、この洋菓子みたいな女の子ばりかわいいっ！ ほっぺたなめたら甘いケーキの味がしそう。ワタシの好みやー。フィギュア化したら人気出てこのゲーム爆売れするんちゃう」
絵莉葉がコントローラを聡平から受け取って操作しようとしたら、
「聡平様、素敵なパーティ持っとるねぇ。リアル神戸美人さん揃いやん」
摩耶がそう呟きながら画面から飛び出して来た。
「えっ！！」
びっくり仰天した夢乃。
「おう、専用眼鏡はかけてないのにめっちゃ飛び出して見えるやんっ！」
「超立体的な３Ｄだねっ。触れそう」
絵莉葉と風実は大興奮し、
「……って、本物の人間なん？」
「本物みたいだよ、このお姉ちゃん。ケーキの匂いもするもん」
摩耶の体に触れてみて体臭も嗅いだ。
「うち、先ほどの雷の衝撃で、このゲーム画面から飛び出れるようになったんよ。安福摩耶と申します。ゲーム内神戸市で明治時代から続いとる洋菓子店【安福館】の看板娘で十四歳、中学二年生や」
摩耶は微笑み顔で嬉しそうに自己紹介した。
「確かに、さっき画面におった女の子にそっくりやね」
絵莉葉は目を大きく見開く。
「ゲームから出てくるなんてお姉ちゃん魔法使いみたーい」
風実は大喜びしているようだ。
「じつはさっきも、この子が飛び出して来てたんだ。俺は絶対幻覚だと思ってたけど」
聡平は半信半疑な気分で打ち明ける。
「うち、聡平様に胸触られたんよ」
摩耶はクッキーをちゃっかり味わいつつ頬をポッと赤らめた。
「それは、触れるのかなって思ってつい……」
聡平は俯き加減で慌て気味に弁明する。
「ゲーム画面内の女の子が突然飛び出て来たら、触りたくもなっちゃうよね。雷の力でキャラが実際に飛び出してくるなんて、奇跡過ぎるよ。摩耶ちゃん、ワタシとお友達になって欲しいなぁ」
「摩耶お姉ちゃん、あたしともお友達になってー」
絵莉葉と風実は握手を求める。
「はい、喜んで♪ うち、現実世界の女の子と仲良くなれて嬉しいで」
摩耶は快く応じてあげた。
「このクッキーは、あたしの手作りなの」
「そうなんや。お料理好きなん？」
「うん！ 大好き♪ 五年生になったら料理部入れるから入るつもりなの」
「風実はワタシ達姉妹の中で一番よくお料理するんよ」
「風実様は料理人属性持ってるんやね」
この三人で会話を楽しそうに弾ませている時、
「和香子ちゃん、聡平くんちでスーパーミラクルなことが起きたよ。すぐに見に来て」
夢乃はやや興奮気味に携帯でわりと近所に住む幼友達に連絡していた。
「ＢＧＭも雅楽っぽくていいねえ。主人公今レベル４なんか。ＨＰのとこが体力って表示されとるんも和風やね。体力は満タンで６２。ＭＰ、日本語表記なら魔力は表示すらされとらんね。まだ覚えてないんかな？ 所持金七六九四円。通貨単位はリアル日本と同じく円なんか。現在の天気まで表示出来るんやね」
絵莉葉は改めてコントローラを手に取り、操作をし始める。対応ボタンでステータスを確認すると深く感心した。
「主人公のみならず、このゲームに登場するどの敵味方キャラも魔法は一切使えんで。このゲームには魔力の数値は存在せんし、主人公がアイテム探しのために見ず知らずの人の家に勝手に上がり込むなんてことも出来へんし、宝箱も出て来んし、本物の剣や銃、その他殺傷能力のある武器を持つことも銃刀法違反になるから出来へん、現実世界にかなり近いファンタジーＲＰＧなんよ」
摩耶は得意げにこのゲームの豆知識を伝えてくれた。
「ますます斬新や。摩耶ちゃんこのゲームのこと詳しいね」
「そりゃぁうち、ゲーム内キャラやから。このゲームのシステムは全て把握しとるで。うちは攻略本代わりにもなるで。兵庫県をスタートして、旅をしながら仲間を増やして各都道府県に少なくとも一体はおるボスを全て倒せばゲームクリアや。特定のラスボスはおらんくて、どこから攻略していってもオーケイや。つまり兵庫をラストに攻めるんもありやで。せやけど敵の強さは全然違うよ。敵最弱県兵庫のボスより、中の下の県の雑魚の方が遥かに強いで。兵庫県の次どこ行ったら倒しやすいかは、ヒミツ」
「その方が楽しめる。旅始めたばっかりの主人公が、いきなり最強クラスの敵が巣食うとこに行くことも出来るってわけだな」
聡平はこのゲームに対する期待感がますます高まった。
「間違いなくその地域の最弱雑魚にも瞬殺されちゃうけどね。交通費さえあれば日本中どこでも自由に移動出来るで」
「背後の六甲山といい、そごうといい、大丸といい、花時計付近といい、このゲーム、リアル神戸市内が忠実に再現されてるやん」
「本当だぁ。グー○ルマップのストリートビューみたーい。絵莉葉お姉ちゃん、あとであたしにもやらせてね」
「ファンタジーっぽさを全然感じないよ。ここまで日本の町並みがリアルに再現されてるＲＰＧって、他にないよね？」
三姉妹も嵌りつつあるようだ。ゲーム画面に釘付けになっていた。
「このゲームのファンタジー要素といえば、敵キャラの存在と、敵キャラを倒したらお金やアイテムが貰えることと、食べ物や薬で病気や怪我が瞬時に治っちゃうことくらいやで」
「ア○メイトも再現されとるっ！ 店名はアニメットになっとるけど。ここで買い物も出来るんか」
「あの、絵莉葉ちゃん、それ、俺のデータだから。あまり勝手に動かさないで。神戸市内から他の町へ泊りがけで行ける旅費ようやく溜まって来たとこだし」
「まあええやんか」
「このゲームはただひたすら旅を進めていくだけやなく、のんびりショッピングやレジャー、観光を楽しむ遊び方もあるんよ。夏休み中にクリアさせる必要はないからね。むしろ夏休み中にクリアさせると主人公の学校生活編や、クリスマスとかの年中行事が楽しめんなるで。がっかりすること言っちゃうかもしれんけど、リアルな日本の町並みが忠実に再現されてるいうても、町の中心地や観光名所、地形くらいで、住宅地とかは製作者の想像でモデリングされとるで。あとやばい施設もゲーム内ではカットされとるよ」
「俺はそれでもじゅうぶん過ぎる再現度だと思う。むしろ住宅地まで忠実に再現したらプライバシー的にダメだろ」
「ワタシんちまでは出て来んわけか。確かに出て来たら怖いよね」
引き続き絵莉葉がこのゲームを操作し、他のみんなが側で眺めていると、
「こんばんはー。聡平さんちでスーパーミラクルなことが起きたと聞いて。あら、初めて見る女の子も。絵莉葉さんのお友達ですか？」
和香子、フルネーム真殿和香子が訪れて来た。四角い眼鏡をかけ、濡れ羽色な髪を水玉シュシュで二つ結びにしている子だ。
「和香子お姉ちゃん、いらっしゃーい」
「和香子お姉さん、お久し振りっ！ 聡平お兄さん、めっちゃ面白いゲーム買ったんよ」
絵莉葉は例のゲームソフトのケースを和香子に手渡す。
「日本ご当地敵キャラ退治珍道中。ＲＰＧですか？」
和香子は興味深そうに問いかけた。
「うん、タイトル通り、日本全国四十七都道府県を旅するＲＰＧなんだ。俺はすごく嵌った。真殿さんも地理好きみたいだし絶対嵌ると思う」
「確かに面白そう。ん？ 画面に今映ってるの、もろに神戸じゃないですか」
「日本の町並みがかなりリアルに再現されてるみたいだよ」
夢乃が伝える。
「へぇ。それは斬新ですね」
「新たなパーティ和香子様、はじめまして。うち、このゲーム内で洋菓子屋さん、安福館の看板娘な安福摩耶って言います」
摩耶は爽やかな笑顔で自己紹介した。
「あっ、どうも。ゲーム内？ あっ、そういう設定のキャラを選んでプレーされているということですね」
和香子はぽかんとなったが、すぐに笑みを浮かべてこう推測した。
「ちゃうで。うち自身がゲーム内のキャラやねん」
「えっ！？」
「証拠見せたるで」
摩耶はさっそくゲーム画面に飛び込んでみせた。
「あららっ」
画面上に映った摩耶の姿を見て唖然とする和香子。
「和香子お姉ちゃんも、やっぱり驚いたね」
「和香子お姉さんの反応、面白いわ～」
そんな彼女を見て風実と絵莉葉はにこにこ笑っていた。
「うち、数十分前にこっちで起きたもの凄い落雷のあと、こんなことが出来るようになったんよ」
摩耶はどや顔でこう伝えながら画面から飛び出してくる。
「あなたは、生身の人間なのでしょうか？ 最新鋭の３ＤＣＧではありませんか？」
「生身の人間やで」
「信じられない。お体、触らせてもらっても、よろしいでしょうか？」
「うん、和香子様は同性やから、好きなだけ触っていいで」
「……では、失礼、しますね」
和香子は恐る恐る摩耶の髪の毛や背中、ほっぺた、手のひら、足に触れてみた。
「んっ、和香子様、くすぐったいわ～」
摩耶はぴくんっと反応する。頬も少し赤らんだ。
「……しっかりと感触があるし、香りもするわ。どうみても、生身の人間だ。現実の、出来事なのかしら？」
和香子は頑なな表情で呟く。
「俺も最初かなり驚いたけど、これ、現実なんだ」
「私も最初目を疑ったけど、しっかり現実なんだよ」
聡平と夢乃は楽しげに伝えた。
「確かに、そのようですね。落雷でこんなことって、まず起こりえないよ。摩訶不思議♪ まさにスーパーミラクルね」
和香子は疑いの余地はないなと感じたようで、頑なな表情が綻んだ。
「和香子様は、とても賢そうやね」
摩耶に間近でお顔を見つめられ褒められると、
「いやぁ、わたし、それほど賢くもないですよ」
和香子はちょっぴり照れくさがった。
「和香子ちゃんは見た目どおりとっても賢い子だよ。私達が通ってる神戸甲崎高校は毎年東大京大合格者が出てる神戸市内でも上位の進学校なんだけど、そこでもテストはいつも学年トップに近い成績なの。私も小学校時代から勉強面でよくお世話になってるよ」
夢乃は嬉しそうに伝えた。
「やはり賢者でしたかっ！ うちの予感、的中やっ！」
摩耶は興奮気味に反応する。
「いえいえ、そうでもないです」
和香子はますます照れくさがってしまったようだ。
「和香子お姉さん謙遜し過ぎ。おう、敵現れたし。町ん中でもおるんか」
絵莉葉は引き続きプレーを楽しむ。
「マカロンだぁ！ ド○クエのスライムみたいだね」
「かわいい♪ 私、ペットにしたいな」
「モンスターもユニークですね。洋菓子文化が根付く神戸らしいわ」
画面上に『マカロンこまち』と命名されたピンク色円盤型の敵キャラが四体表示されていた。眼が二つ、眉と口が付いていること以外、本物のマカロンそっくりだった。
「色違いが他に数種類おるけど、強さはどれも同じやで」
「おう、こんな攻撃もして来たか」
絵莉葉は感心気味に呟く。
今しがた、マカロンこまちのうち一体が主人公の顔面目掛けてバタークリームをぶっかけたのだ。主人公に２のダメージ、さらに視力一時低下。打撃攻撃のミス率アップである。
「絵莉葉様、マカロンこまちはこのゲーム最弱の敵で体力はたったの６やで」
「やっぱ見た目通り最弱なんか」
「絵莉葉お姉ちゃん、そろそろあたしにやらせてー」
「わたしもプレーしたいですっ！」
「私もー。大丸でお買い物したい」
「うちも、ちょっとやりたいな」
「あの、みんな、俺のデータだから買い物で無駄遣いしないでね」
このあと聡平以外のみんなで、このゲームを交代しながらしばし楽しんで午後八時半ちょっと過ぎ。
「このゲーム、わたしもすごく気に入っちゃいました。お店で見かけたら絶対買いますよ。こんな地理の勉強にもなる良作ゲームが全然売れてないなんて宝の持ち腐れだと思うわ。では、さようなら」
和香子は一人で、
「摩耶ちゃん、ワタシんちにちょっとだけ遊びに来ない？」
「行きます、行きます。現実世界の女の子のおウチも気になるから」
三姉妹は摩耶を連れ、自宅へ帰っていった。
またお金貯め直しかぁ。もう神戸市内は飽きて来たんだけどなぁ。もう日が暮れかけてるし、安いビジネスホテル代くらいは稼がないと。スタート地点の自宅に戻ることになってしまう。
ようやくまたプレー出来ることになった聡平は、ゲーム画面を確認してちょっぴり呆れた。
他のみんなにアニメグッズやお菓子、本、文房具などで無駄遣いされて、最後に遊んだ夢乃にその状態で旅日記も付けられてしまったのだ。
装備まで変えられてるし。防具カチューシャ、武器マラカスに卵焼き器って。確かにこれで叩かれたら痛いだろうけどさぁ……いらないアイテム、売りに行くか。
聡平は主人公の装備を元の状態に戻した後、質屋さんに移動させた。
『申し訳ないけど、十八歳未満の方からは買取り出来んねん』
六〇歳くらいの白髪小太りの男性店員さんからきっぱりと申される。
「おいおい、そこまでリアリティさを出すなよ。ひょっとして……」
続いて古本屋さんに移動させた。
『本日は、ご本人確認のための身分証明書と、買取り承諾書はお持ちでしょうか？』
爽やかお兄さんタイプの店員さんから問われると、はい、いいえの選択画面が表示されることなく、
『買取り承諾書の方は持ってません』
主人公から決まり悪そうなキャラボイスで伝えられた。
『十八歳未満のお客様の買取には、ご本人確認のための身分証明書に加えて、保護者様の直筆サインと捺印入りの買取り承諾書も必要なんっすよ。あと、買取りのさい、保護者様にお電話確認を取らせてもらうようになっております。こちらの方、お渡ししておきますね。またお越し下さいませー』
店員さんから営業スマイルでこんな反応をされ、
「……やっぱり。自由にアイテム売ることが出来ないじゃないか。現実同様、一八歳未満から買取りしてもらうためのハードルは高いな」
聡平は呆れ気味に笑ってしまう。主人公の所有アイテムに買取り承諾書が追加された。
「捨てるを選ぶのは、勿体無い気がするけど、まあいいか」
聡平は主人公を町中の歩道で立ち止まらせた後、三姉妹と和香子に購入されたアイテムのいくつかについて、捨てるを選択した。
そのあと主人公を歩かせ始めてほどなく、
『こらこらきみぃっ、道端にポイ捨てしちゃあかんやろっ！ 捨てる時は所定のごみ箱に捨てんかいや』
強面がっちり体型のお巡りさんが駆け寄って来て、主人公は説教されてしまった。
「これもまたリアリティあるなぁ」
聡平はまたしても笑ってしまう。
『すみません』
主人公は深く反省しているかのような弱弱しいキャラボイスで謝罪し、拾うしぐさを見せた。
「ひょっとして……」
聡平は主人公の所有アイテムを確認。
「やっぱり、元に戻ってるし」
先ほど捨てたアイテムは全て、再びそこに含まれた。
その表示を消し、
「捨てるにも場所選ばないといけないとはな」
聡平が苦笑いしながらこう呟いた直後に、
「聡平、はよ風呂入りやぁー」
「分かった、分かった」
母に廊下から叫ばれ、聡平は今の画面の状態にしたまま部屋から出て行った。
あのゲーム、余計なリアリティも多いけど本当に買ってよかった。歴代最強の地雷ゲーってレビューしてたやつもいたけど、俺にとっては人生史上最高の神ゲーだよ。摩耶ちゃんが飛び出て来なくても。天気もリアル同様、刻々変わるのも斬新だよなぁ。
満足げな気分で階段を下りていたのと同じ頃、衣笠宅。
「おう、すごい！ アイテムの品添えがお店みたいや」
絵莉葉と風実の相部屋へ足を踏み入れた摩耶は、こんな第一印象を持った。
約十帖のフローリングなお部屋がほぼ半々で分けられていて、絵莉葉側の本棚には合わせて四百冊は越える少年・青年コミックスやラノベ、アニメ・マンガ・声優系雑誌に加え、一八歳未満は読んではいけない同人誌まで。
ＤＶＤ／ブルーレイプレーヤーと二〇インチ薄型テレビ、ノートパソコンまであるがこれは三姉妹の共用らしい。
本棚の上と、本棚のすぐ横扉寄りにある衣装ケースの上にはアニメキャラのガチャポンやフィギュア、ぬいぐるみが合わせて二十数体飾られてあり、さらに壁にも人気声優やアニメのポスターが何枚か貼られてある。美少女萌え系のみならず、男性キャラがメインのアニメでもお気に入りなのが多いのは女の子らしいところだ。
「摩耶ちゃん、引いちゃった？」
絵莉葉は苦笑いで尋ねる。初対面の子にこの部屋を見られるのは少し恥ずかしく感じているようだ。
「いえいえ、むしろ好感が持てたで。うちのお部屋も絵莉葉様と似たような様相やから。うちもアニメやマンガやラノベが大好きやねん」
摩耶はにっこり笑ってきっぱりと伝える。
「そうなん！ 嬉しいわ～♪」
絵莉葉は仲間意識が強く芽生えたようだ。
「うちが今嵌っとるんは、桜Ｔ○ｉｃｋ、ご注文はう○ぎですか？ き○いろモザイク、のんのん○より、ヤ○ノススメやで」
「現実世界のとタイトル同じなんやね」
「エンタメ関連はリアルと全く同じやで。けど著作権的にプレー画面にはそういうのは会話文含め一切表示されへんのよ」
「そうなんか。どうりでメイト店内のポスターや商品がぼかされとったわけかぁ」
「ゲーム内から見たらはっきり見えるけどね。風実様の領域は、男の子っぽさが強く感じられるね。お料理好きなんは女の子らしいけど」
風実の学習机の上は雑多としており教科書やプリント類、ノートは散らかっている。床に置かれた収納ボックスにはたくさんのゲームやミニ四駆など男の子向けのおもちゃ、本棚には幼稚園児から小学生向けの漫画誌やコミックス、恐竜などの図鑑が合わせて百数十冊並べられてあった。可愛らしいうさぎのぬいぐるみなど女の子向けのアイテムもあったが少数だ。
「あたし、女の子向けのおもちゃや漫画やアニメはそれほど嵌らなかったよ」
風実は生き生きとした表情で伝える。
「ワタシもそんな感じやったから、風実も影響されちゃったみたいや。夢乃お姉さんのお部屋はめっちゃ女の子らしいよ。摩耶ちゃん、ワタシの描いたマンガ読ませてあげる」
絵莉葉は自作マンガ原稿を手渡す。
「絵莉葉様、漫画も描けるんやね。凄いわ～。絵もめっちゃ上手や。うちはイラストはよく描くけど漫画はちゃんと仕上げれたことはないで。ほな、読ませてもらうわ」
聡平に見せようとしたあのマンガだ。摩耶は全三十一ページ熱心に読んであげた。
「摩耶ちゃん、どうやった？」
絵莉葉はちょっぴり照れくさそうに感想を尋ねる。
「エッチな描写が多くてうちの方が恥ずかしなったけど、面白かった。感動したで。絵莉葉様の描く男の子キャラって、丸顔で細くてかわいい系が多いね」
「ワタシ、顎が尖ってて筋肉ムキムキな男キャラはあまり好きじゃないんよ」
「そっか。絵莉葉様は、年下の男の子が好きみたいやね」
「うん、小四から小六くらいの男の子が特に好きや。第二次性徴が始まろうとするこの年頃の男の子はかわいいよ」
「うちもその辺の年頃のひょろい系の男の子が好みやねん。でもひょろくてもジャ○ーズ系のイケメンはダメ」
「気が合うね。ワタシもイケメン過ぎるのは苦手なんよ」
「イケメン過ぎるのはよくないよね。プレーヤーの方の聡平様はさほどイケメンでもないから親しみが持てるよ。ほな夢乃様のお部屋、拝見しに行って来ますね」
摩耶はわくわく気分でお隣の夢乃のお部屋へ。
「おう！ まさに夢見る女の子のお部屋って感じ♪」
「そうかなぁ？」
約七帖のフローリング。ピンク色カーテン＆水色のカーペット敷き。本棚には少女マンガや絵本や児童書、一般文芸、楽譜が合わせて三百冊くらい。ガラスケースや収納ボックスにはトライアングルや小型ピアノ、ヴァイオリン、フルートなどなど楽器がたくさん置かれていて、学習机の周りにはオルゴールやお人形、ビーズアクセサリー、可愛らしいぬいぐるみなどが飾られてあり、女子高生のお部屋にしては幼い雰囲気だ。
「夢乃様は、楽器が得意みたいやね」
「うん、まあ、お父さんが中学の音楽の先生だから、ちっちゃい頃からいろんな楽器触らせてもらってるし」
「そうなんや！ 音楽家なんやね。うち、夢乃様の生演奏聞きたいなぁ」
摩耶から強くせがまれると、
「じゃあ、フルートを吹くね」
夢乃は快くそれを手にとってお口にくわえ、『メリーさんのひつじ』を演奏してあげた。
「めちゃくちゃ上手いやん、夢乃様」
摩耶にうっとりした表情で拍手交じりに褒められ、
「いやぁ、そんなことないよ」
夢乃は照れ笑いする。
「今度はピアノ弾いてー」
「分かった」
次のお願いにも快く応え、嬉しそうに小型ピアノで瀧廉太郎作曲『花』を弾いてあげた。
「とっても上手やで。次はヴァイオリン弾いて下さいっ！」
「私、ヴァイオリンは上手くないよ」
「夢乃様、謙遜するところが大和撫子らしいで」
「摩耶ちゃんの方がよっぽど大和撫子らしいよ。じゃあ、『山の音楽家』を弾いてみるね」
夢乃は躊躇うようにヴァイオリンをかまえ、弦を引いて演奏し始めた。
最初の一節を演奏してみて、
「どうかな？」
夢乃は苦笑いで問う。
「……上手やで」
摩耶は三秒ほど考えてからにっこり笑顔で答えた。
「正直に言ってくれていいよ。私ヴァイオリンはすごく下手なんだ。下手の横好きなの」
夢乃はそう伝えながらヴァイオリンを元の場所に片付ける。
「気にせんとき。うちもヴァイオリン全然弾けんから。それにこれは武器にもなるで」
摩耶が慰めるように言った直後、
「絵莉葉、風実、夢乃、お風呂沸いたよ。摩耶ちゃんもよかったらどうぞ」
母の叫び声が一階から聞こえてくる。
「私達三人、いつもいっしょに入ってるの。今日は摩耶ちゃんもいっしょに入ろう」
「ほな、お言葉に甘えてそうさせてもらうわ。リアル日本の一般家庭のお風呂、楽しみ♪」
「きっと気に入ると思うよ。狭く感じるかもしれないけど」
このあと三姉妹と摩耶、四人いっしょにお風呂場へ向かっていった。
「摩耶お姉ちゃん、おっぱいは同い年の絵莉葉お姉ちゃんより小さいね」
「もう、風実様。うち、貧乳なの気にしとるねんで」
「ごめんなさい摩耶お姉ちゃん」
「摩耶ちゃん、お肌白くてすべすべだね。ムダ毛も全然ないし」
「さすが二次元が元なだけはあるよ」
「絵莉葉様、うちのこと、二次元言われるのは違和感あるで。うちがゲーム内から見たら、絵莉葉様達が二次元やねんで」
「そうか。ワタシ達も視点によっては二次元キャラってわけかぁ」
みんなすっぽんぽんで浴室に入り、シャンプーで髪を擦り始めた頃、
このゲーム、本当に宝箱一個も見かけないな。摩耶ちゃん飛び出し記念にちなんで、摩耶山にも行ってみるか。ちょうど夜景も見れそうだし。
聡平はすでに入浴を終え、自室に戻ってあのゲームを再開していた。
それから五分ほど後、
『聡平、ちゃんと宿題はやっとる？ 休み明けに課題テストがあるんやから、勉強もせずに旅ばかりしとったらあかんよー』
『やっとるって母さん、それより母さん、今電話かけないでくれよ』
『なんでや？ せっかく心配してあげとるのに』
『早く電話切ってくれた方が、俺の身の安全が。俺今モンスターとの戦闘中なんだよ』
『まあ聡平ったら、ゲーム機も持っていっとるんやね。せっかくゲームから離れるええ機会や思って旅認めてあげたのに。呆れた子やわ～』
『いやリアルで戦闘中なんだよ。七夕の日に起きた六甲山頂連続落雷事件以降、兵庫県を皮切りに日本各地でご当地ならではのものが次々とモンスター化する怪奇現象が起きてるってこと、母さんは知らないのか？ 新聞にもワイドショーにも出てただろ』
『あんなんは今流行っとるゲームの中の話やろ。母さんは買い物とかで毎日外出歩いとるけど、モンスターなんて一匹も見たことないわ。聡平、ゲームと現実との区別をちゃぁんと付けやー』
『母さん、信じてくれよぅ。っていうか俺も母さんもゲームの中の人だろ？』
『ハァッ？ 何アホなこと言うてんのやあんた』
「なんだ、この激しくがっかりするイベントは。おい、主人公、攻撃出来なくなったぞ」
主人公が敵キャラと戦闘中に起こったゲーム内での予想外の出来事に、聡平は思わず笑ってしまう。主人公は母と携帯電話で話している間攻撃出来ず、イノシシ一体、狸二体、スズメバチ四体からダメージ受けまくり。
「何とか倒せたけど、体力値かなり減っちゃったぞ。うざいトラップだったな。主人公も母さんからの電話なら無視しろよ。あの母さん、俺の母さんに似過ぎだし。体力値が０近くまで下がると攻撃力まで下がるのもリアルだったな」
聡平は主人公にイノシシが落としていったカマンベールチーズケーキを使わせ、体力を全回復させた。
それからしばらくして、
「ただいま、聡平様。夢乃様達の属性も知れて良かったわ」
摩耶が戻って来て聡平のすぐ隣に腰掛けた。
「おかえり摩耶ちゃん、風呂も入ったのか。俺の母さんには見つかってないかな？」
「特に問題ないで」
「そうか。ばれるとまずいからこれからも気をつけて」
「分かったわ」
「このゲーム、余計なイベントも発生するな。戦闘中に母さんから電話かかって来て一時戦闘不能になったし」
「そりゃリアルに近いから。ラスボスバトル中でも容赦なくかかってくる可能性もあるで。四時間くらい旅日記付けずにプレーし続けてたら、トイレにも行きたくなって戦闘に支障出るで」
「そうなのか。そこもリアル入ってるな」
「ゲーム内時間で、主人公ら勇者様が夜十時から早朝五時までの間に町中ぶらついてたら、お巡りさんに補導されて保護者と学校に連絡される隠しイベントも発生するねんで」
「それは全くいらない要素だと思う。ゲームの世界にまで青少年保護育成条例持ち込むなよ」
お風呂上りの摩耶ちゃんも、やっぱかわいいな。
しっとり濡れた髪、シャンプーのレモンの香りも漂わせていた摩耶の姿に、聡平はゲーム画面から視線を移して魅入ってしまう。
「最初見た時から思ってたけど、聡平様のお部屋って、男の子のお部屋のわりに、けっこうきれいに片付いとるよね」
「俺が学校行ってる間に母さんが掃除してくれるからな」
「聡平様、勇者やからって自分の部屋の掃除をお母様に任せっきりはあかんで」
「俺、勇者じゃないし」
「このゲームのプレーヤーはみんな勇者なんよ。聡平様のお部屋はどんなアイテムが隠されとるんかな？」
摩耶は立ち上がるや、勝手に机の引出やベッド下を調べてくる。
「あの、俺の部屋、従来のＲＰＧのアイテム探しみたいに物色するのはやめて欲しいな」
「あっ、テストが出て来た。数学Ⅰ八四点に古文八六。賢いね。賢者としても活躍出来そう。図鑑もけっこう持ってるし、教養高そうや」
「あのう、摩耶ちゃん、聞いてる？ プライバシーの侵害だから」
「通知表も出て来た。中学の頃のやね。五教科はオール５やけど、副教科が平凡なオール３や」
「実技系は全般的に苦手なんだ。筆記試験は得意だけど」
「そうか。それが聡平様の属性なんやね。体力テストは全部平均以下やから納得や」
「おいおい、俺の個人票見つけるなよ」
聡平と摩耶、こんなやり取りをしていると、
「おーい、聡平くーん、摩耶ちゃん」
窓の外から夢乃の声が。
夢乃のお部屋と、聡平のお部屋はほぼ同じ位置で向かい合っているのだ。
「やっほー夢乃様、お部屋そこやったんやね」
「うん、十年以上前からそうなってるよ」
「夢乃ちゃん、摩耶ちゃんが俺の部屋勝手に荒らしてくるんだけど、何か言ってやってくれないか？」
「聡平くん、妹っていうのはお兄ちゃんのこといろいろ知りたいものなんだよ。私もお兄ちゃんがいたら、お部屋を勝手に詳しく調べると思うなぁ」
「俺、摩耶ちゃんのお兄ちゃんじゃないし」
「夢乃様、ええこと言うね」
「摩耶ちゃん、聡平くんはエッチな本は絶対持ってないから安心してね。ではまた」
夢乃はそう伝えて窓を閉めた。
「ねえ聡平様、夢乃様は聡平様の彼女じゃないの？」
「ああ。ただの幼馴染のお友達なんだ。時にお姉さんっぽく、時に妹っぽく振る舞って、性格もいいし、好感が持てる子だなって感じてる」
「そうか。キスはしたことあるん？」
「するわけないって」
「俯きながら答えてるとこが怪しいで。絶対してるやろ。正直に答えて」
「してない、してない」
「これはしとるなぁ。お顔に書いとるで」
摩耶はにやっと笑う。
「だからしてないって。それより摩耶ちゃん、さっきからパンツがまる見えに」
聡平は俯き加減のまま気まずそうに伝えた。
「もう、聡平様ったら。エッチ♪」
胡坐をかくような姿勢で聡平のベッドに座っていた摩耶は、冷静に正座姿勢へ変えて照れ笑いする。
「俺は見る気はなかったって」
聡平は白地の狸さん柄ショーツをついつい五秒以上は凝視してしまった。
「ほな聡平様、うち、宿題せんといかんから、また明日」
摩耶はゲーム画面内へ飛び込む。
いったん電源切ったら、もう出て来れなくなるなんてことはないよなぁ？ あっ、摩耶ちゃん動いて画面から消えちゃったよ。
聡平は少し心配しながら、主人公を移動させ摩耶を再び画面上に表示させると、
「聡平様ぁ」
「うわっと」
「きゃぁっ！」
またすぐに摩耶が飛び出て来た。聡平は思わず仰け反るも、摩耶に四つん這いで覆い被されてしまった。聡平は両肩をぐっと押さえ付けられる。
お互いもう少しで唇が触れそうになった。
「あのう、聡平様。大変なことが起きてしまいまして」
「何が起きたの？」
「ゲーム内の兵庫編の敵キャラが、ボスも含めめっちゃようさん現実世界に飛び出ちゃったみたいやねん。おそらくこの部屋の窓から外へ出て行っちゃったみたい」
摩耶は聡平の体から離れて、深刻そうに伝える。
「……ってことは今、リアル兵庫県にゲーム内の敵キャラがいっぱい蔓延ってるってことなのか？」
「そういうことやねん」
「それ、かなりまずいよな？」
聡平は苦笑いする。
「ばりまずいで」
「俺、風呂入る時もゲーム付けっぱなしだったから、それが原因なのかな？」
「きっとそうやで」
「やばっ。俺のせいか」
「聡平様、こうなってもうた以上、きちんと責任取ってもらうでー」
摩耶にやや険しい表情でじーっと顔を見つめられ、
「分かった。退治しに行くよ」
聡平は断り切れず引き受ける。
「夢乃様達にもお願いしなければ」
摩耶は部屋の窓を開けて、
「あのう、夢乃様、絵莉葉様、風実様、めっちゃ大事が話があるねん」
夢乃のお部屋に向かって大声で叫ぶ。
「なぁに？ 摩耶お姉ちゃん」
「何か起こったん？」
「何かな？」
三姉妹はすぐに気づいて各自室からベランダに出てくれた。
「ゲーム内の兵庫編の敵キャラが、現実世界に飛び出してリアル兵庫県内各地に散らばってもうたから、敵キャラ退治に協力して欲しいねん」
摩耶は申し訳なさそうに伝える。
「ってことは、敵キャラとリアルで戦えるってこと！ もちろんオーケイやっ！」
「あたしももちろんオーケイだよ。リアルな勇者気分が味わえるね」
絵莉葉と風実は大喜びで悩むことなく引き受けたものの、
「私、戦いなんて、怖くて出来ないよぅ」
夢乃は億劫としていた。
「夢乃お姉さんは相変わらず怖がりやね。うちはめっちゃ楽しみやのに」
「あたしもすごく楽しみだよ」
絵莉葉と風実はにっこり笑う。
「夢乃様、ご心配いらへんで。兵庫編はゲーム上ではスタート地点ゆえに、主人公一人でも攻略出来るようになっとるから、皆の力を合わせればきっと楽勝やで」
摩耶は爽やかな笑顔で主張した。
「私はいっさい戦わないよ。ついていくだけだよ」
夢乃は困惑顔できっぱりと主張する。
「それでもええよ。夢乃様は回復係としての活躍、期待しとるで」
「リアル兵庫県これから大変なことになりそうだな。重大ニュースになるんじゃないのか？」
聡平は心配になり、テレビを地上波受信モードに切り替えた。
「敵キャラは勇者に対して攻撃してくるから、一般人には特に影響ないと思うで。だからのんびり退治してもきっと大丈夫や」
摩耶は余裕の心構えのようだ。
「そうなのか。まあでも、対応を急ぐに越したことはないな」
「ゲーム上での標準攻略日程通り、一泊二日で片付けましょう。皆様の宿代はうちが全額負担するで。明日どこまで進めるか分からんから、明日の夕方時点でいる場所で宿を探しましょう」
「泊りがけの旅行になっちゃうね。パパとママにどうやって説得しよう？」
「風実、そのまま伝えたら絶対変に思われるよ。ワタシに任せとき」
「私は出来ればダメって言って欲しいな」
「夢乃お姉さんが嫌がっとる。これは快く許可してくれるフラグ立ったで」
絵莉葉はにやりと笑う。
「賢者としても活躍出来そうな和香子様にも連絡しとくで」
摩耶はそのあと聡平の携帯を借りて、和香子に事情を説明した。
『もちろん協力しますよ。また夢のような体験が出来るなんて――とても楽しみにしてます♪』
和香子は快く乗ってくれたようだ。
「和香子様も夢乃様達も、うちがゲーム内から装備品や回復アイテムを調達してくるからこちらの時間で明日の朝七時頃、聡平様のお部屋へ来て下さい。住宅地には敵キャラは現れへんと思うから、安心して移動してや」
摩耶がさらにこう伝えると、
『了解です。では明日。おやすみなさーい』
和香子はわくわくしているような声色で、電話を切った。
「そんな朝早くから行くのか」
聡平はちょっと迷惑そうにする。
「人通りが多くなると、敵キャラは隠れちゃうねん。聡平様の不注意が原因でこうなっちゃったわけやから、聡平様に文句言われる筋合いはないで」
摩耶はほんわかした表情、おっとりした口調できっぱりと主張する。
「そう言われると、何も言い返せないな」
聡平は苦笑いした。
☆
「お母さん、お父さん、摩耶ちゃん東京から来た子で、この辺のことまだよく知らんみたいなんよ。兵庫県内いろいろ案内して欲しいって頼まれたから、明日からワタシ達三人と、聡平お兄さんと和香子お姉さんとで、兵庫県内一泊二日で旅行して来ていい？」
「県内だったら、オーケイよ。月曜日も休みだし」
「ママが良いって言ってるからいいぞ」
あのあと絵莉葉のこんな説明で快く外泊旅行許可が取れ、三姉妹は旅の準備を整える。
聡平と和香子も適当に理由を考えて、それぞれの両親から許可を貰った。
聡平は母にゲームばっかりしてる聡平にはいい気晴らしになるわと言われ、むしろ推奨されてしまった。
※
午後十一時半頃。聡平の自室。
聡平は明日に備え、いつもより一時間以上早く就寝準備を整えた。
その頃にローカルニュース番組が始まったが、あの件に関することは全く報道されず。
「人的被害はまだ出てないみたいだな」
聡平はひとまず安心し、ゲーム画面に切り替えた。
「夜遅くから明け方までは敵キャラもお休みするからね。うちももう寝るわ～。おやすみ聡平様。明日起きたらゲームの電源入れて、うちを出してな」
摩耶はそう伝えて、ゲーム画面に飛び込んだ。
摩耶ちゃんは三次元化しても、無邪気ですごくかわいかったな♪
聡平は摩耶のいる安福館で旅日記を付けた後、ゲームの電源を切り、布団に潜り込む。
リアル世界で俺が勇者となってＲＰＧが楽しめるって、怖くもあるけど、すごく楽しみだ。夕飯食ってからの出来事、怒涛の展開過ぎてまだ現実だって実感沸かないよ。
興奮からか、なかなか眠り付けなかった。
