改第6話 アリスチャレンジ後編
飛鳥のいるこの世界は、飛鳥が元いた世界に限りなく似ている。
太陽も出ているし、食べ物も似ている。
ただ魔法という技術があって、魔物という生き物が動物の代わりに存在する。
時間も誰が図ったのかわからないが砂時計が開発されている。
今日もいつもと変わらない依頼を受け飛鳥はクタクタになりながらも宿に戻る。
荷運びだけでは宿代とトントンになってしまい、レストランでも働くという――現代日本人の16才には厳しい生活をしている。
文字の読み書きができたら自分ももっと違う依頼を受けることができるはずだ、と飛鳥は思う。
「アスカさん、食べながらで良いのでお話しませんか?」
「はい?」
いきなり声をかけられた飛鳥は思わず上ずった声で聞き返してしまう。
話しかけられるという前提が飛鳥の想定に存在しなかった。
「だから少しお話しませんかと言っているんです」
そんな飛鳥に緊張した面持ちの『まんぷく亭』看板娘アリスが語調を強めながら言う。
「俺なんかしましたか? 何もしてませんよね?」
飛鳥としても身に覚えがない。
「何もしていません。
ですがあなたがいるだけで宿の空気が重くなるんです!」
そう言ってしまってからアリスは思った。こんな心にもないことを言うつもりはなかった。
思わず顔を俯けてしまう。
「俺だってこんな場所に飛ばされてそれで、それで………」
飛鳥は最後まで続けることができなかった。
自称神が悪いのは変わらない、でも宿屋の娘にあたるのは間違っている。
(ああ、俺はなにをやっているのだろう……)
「……ごめんなさい」
謝るアスカにアリスは戸惑う。
怒られるかもしれないと思ったがまさか謝られるとは思ってもみなかった。
(これじゃあ、私が悪いみたいだわ……)
「……何謝ってんのよ。
ああ、もう。もっと楽しそうな顔しなさいよ。
あなたが沈んだ顔してると私が困るのよ――っじゃない!?
なんで私がこんなこと言わなきゃいけないの!」
頬を赤らめながらアリスは言い放った。
言い放ったは良いもののまわりの宿泊客の方を振り返って見渡すと皆、顔をニヤニヤとさせている。
それを見たアリスはさらに顔を真っ赤にして「私は皆のためを想って。――違うんだから」とまくし立てながら従業員部屋に逃げるように戻ってしまった。
その光景を呆然と見ていた飛鳥に、ここぞとばかりに宿泊客たちが話しかけてくる。
「アスカっていうのか。困ったことがあったら言えよな」
「そうそうおまえコン詰めすぎだ。もっと気楽に行こうぜ」
「今夜は俺のおごりだ~」
手を貸すという者、酒を勧める者、なかには「アリスちゃんには手をだすなよ!」という者までいる。
「……うっ……」
そんな彼らの暖かい態度に飛鳥の視界は潤む。
飛鳥の心もまるで氷が溶けるように黒い気持ちがなくなっていく。
「なにあんたら泣かしてんのよー」
軽く頭を叩かれる彼らを見て飛鳥は思わず笑みをこぼす。
その夜、飛鳥は多くの宿泊客と真夜中まで語り明かした。