改第15話 覚醒
がんばります。
時折ドンドンと部屋の扉が叩かれるがすべて飛鳥は無視している。
おそらくアリスであろう。
自分のことを思ってしてくれているのであろうがそれさえも飛鳥にとって鬱陶しかった。
とにかく今は一人になりたかった。
こんなみっともない姿を人に見せることは、たとえアリスであっても……
街外を甘く見ていた。
下級の採取依頼は危険が少ないと聞いたことを良いことに、警戒を薄くしていた。
加えて昨日まで魔物に遭遇することもなかった。自分には人よりも多く魔法が使える——そんな自信もあった。
それは一言で言うと油断であり、驕りであった。
どんなに願っても忘れられない、大猪との戦闘の記憶を思い出すたびに、地面に叩きつけられる痛みや地面との摩擦での痛み、加えて恐怖による全身の震えが一挙に飛鳥の身体を襲う。
飛鳥の身も心もすり減っていく。
うめき声を押さえるために噛み締めたシーツは強く噛み締めることで唇から出た血によって赤くにじんでいた。
昨日の依頼の薬草袋も冒険者ギルドに届けずに床に放置されている。
(……もう街外に出るのはやめよう……)
二度とあんな怖い思いはしたくない、そんな思いが飛鳥の思考を埋める。
(外に出なければ死ぬ確率も少なくなる、それで良いんだ……)
どこか諦めに似た感情。しかしなぜかその思いに釈然としない。
(……それで良いんだ……それで良いんだ……それで良いんだよ!)
最後は声になっていた。自分でもびっくりするような大声を飛鳥はあげていた。ぎゅっと強く握りしめられた右手がベッドを打つ。
「…………良くない!」
そう呟くと同時に自然と涙がこぼれる。
このまま街外に出ずにこの街で生活をするのは確かに安全だ。
しかしそれで良いのか。
これから先ずっと外に怯えて生きていかねばならない。そんな生活に耐えられるのか。
——そんな思いが飛鳥の腹の底から強くこみあがってきた。
(このままじゃ自分の身も守れない……現に今回は大猪相手に逃げることしかできなかった。せめて自分から退けられるほどの実力があれば……)
自己保存の渇望。自分の身を守ることができなかったことが飛鳥はとても悔しかった。自分の歯が軋む音が聞こえる。
魂は飛鳥の願いを聞いていた。そしてそれがとても前向きで強い願いだと言うこともわかっている。飛鳥の安全機能は解除される。
安全機能——それは生き物が無理をしないために持つ機能や普段の生活を補助する機能である。普段生活するときはこの機能が働いている。自分で自分を本気で殴れないように。呼吸を意識しなくてもできるように。傷の治りが早まるように。
しかしその安全機能がはずれることがある。
例えば火事場の馬鹿力である。
生命の危機を感じたとき普段では考えられないほどの能力を生き物は発揮する。
しかし飛鳥の安全機能は歪んでいた。
彼の持つ能力——絶対記憶——この能力が安全機能を阻害する。
死ぬほど忘れたいことを忘れられない、思い出すだけで痛みを再現させる、この能力は安全機能と相反する一面を持っていた。
そして大猪からの逃走時飛鳥は火事場の馬鹿力状態であった。
このときありえないことだが身体強化魔法が一時的に魔眼でも識別できないくらいに薄く発動していたのだ。
安全機能の解除——本来は身の安全を守るために無意識に解除されるものである。
飛鳥の安全機能は大猪からの逃走で一度解除され、絶対記憶でこの半日たびたび解除されていた。
解除され過ぎてしまったいたのだ。
飛鳥の身体は適応が驚くほど早い。これも能力”適応力”のおかげであるのだが……
飛鳥は安全機能の解除状態にすでに適応しつつあった。
そして新たな力を求めた結果、”応用力”が飛鳥の思考を勝手に補助し無意識に安全機能の解除を選択する。
「グアアァァ!」
突如身体の内からわき上がってくる痛みに飛鳥は絶叫する。
身体が焼けるようだ。
安全機能が解除され、解除された状態に飛鳥の身体は適応しようとしていたのだ。
これが飛鳥が力を望んだことの答えだった。




