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第二球 いつの時もフォークボールばかり投げろ -3-

   ●○●


「今日の先発はタカハシで行こうと思う。他のレギュラーはいつもの通りで……」


 野球部の部室には、監督のミハラとイナオ。そしてワダがやってきていた。監督はパイプ椅子に座り、イナオとワダは立ったままで今日の試合について話し合っていた。


「それで、あの変則投法の子はどうだ?」


 ミハラがヒロについて伺う。


「まだダメですね。バッティングピッチャーすら、まともに出来ていないほどピッチングが安定していませんでしたよ」


 ワダは先ほど見物してきた内容を二人に報告した。


「そうか、まだ使い物にならんか……」


「ですが監督。とりあえず、一度でもマウンドに立たせてあげてみてはどうですか?」


 イナオの提案にミハラが怪訝な顔をする。


「おいおい、練習でも出来ていないヤツが、本番(試合)で出来る訳がないだろう。試合を壊すつもりか?」


「しかし、この時期が試しに投げさせるには良い時期ですよ」


 既にリーグ戦が始まって二ヶ月が経過している。残り四ヶ月となっており、他の学校でも新戦力……一年生などを積極的に試している期間ではあった。現に大府内高校でも、ウチカワやイマミヤといった一年生を試合に出している。


「確かにな……。リーグ戦が終盤になれば、試せる機会も少なくなるが……」


「負けを勘定するのはアレですが、モトスギには一度実践を経験させておきたいので、敗戦処理でも何でも良いから、一度でもマウンドに上げてやってください。試合の方で学ぶものは大きいですし、テストの時と同じような緊張感を与えれば、もしかしたら……」


「火事場のクソ力ってやつを期待するのか……。だが、もしあいつがアウトを一つも取れなかったら、どうするんだ?」


「そん時は私が投げますよ」


「おいおい、イナオ。今日はお前の休養日だぞ……。たく、オマエさんがそこまで期待しているとはな……」


 呆れたように呟くが、ワダがイナオの思いに味方するように口添えする。


「俺も期待していますよ、ヒョロには」


 イナオとワダはお互い顔を見合わせて微笑んだ。

 二人はヒロのフォークボールを間近に観ており、イマミヤと同じようにその威力に期待を寄せていた。あの変化球フォークボールは、野球史に残る変化球だと。


 チームのエースと正捕手にここまで期待を寄せられていると、監督と云えど無下には出来ない。ただ、テストの打者を務めたイマミヤの打撃センスはそれほど高くは無い。むしろチームの中でも下位に位置する。そんなイマミヤを抑えられないようでは、入部資格は無いという判断材料の一つでもあった。たった三球ではあるが、結果的には三振に仕留めた。ましてや未知なる変化球を投じて。偶然で片付けられる内容ではあるが……。


「そうか、解った……」


 ミハラは、二人の意思を汲み取り考慮することにした。


 部室の外で、三人の会話を沙希と野球の神様が偶然立ち聞きしていた。誰かが出てきそうな気配を感じ取り、沙希は慌ててその場を立ち去った。一方で他人に姿が見えない野球の神様は、その場に残り出てきたイナオとワダを見つめ、


『結構評価されているわね……。ヒロくんじゃなくてフォークボールが、みたいだけどね。だったらなおさら、逸早くフォークボールを習得しないとね……』


 憂慮すべき事態に頭を悩ませた。


   ●○●


 午後一時に対戦相手の太陽高校の野球部員たちが校庭に姿を現した。既に紺色のユニフォームを身に纏い、いつでも試合が開始されても良いような雰囲気を漂わせていた。そして時間が経過する毎に、観客と思わしき人たちも校庭の外周に集まりだしていた。


 ただの学生野球に大勢の観客がいるということに、ヒロは最初は戸惑ったものの、これがこの世界では普通のこと。流石に慣れた光景となった。


 太陽高校の部員たちグランドを間借りして、キャッチボールなどの軽い運動を始めて準備を行う。ヒロもまた先輩たちの準備を手伝い、試合時間が刻々と近づいていた。


 午後二時――大府内高校対太陽高校の試合が開始された。


 自軍のベンチでヒロは、イマミヤとウチカワの近くで座る。残念ながらレギュラーでは無かったウチカワが少しムスっと機嫌を損ねていた。レギュラーに入ったのは、同じ一年生でお昼休憩の時におにぎりを美味しそうに食べていたツチヤ鉄平(アダ名はテッペー)だった。ヒロとイマミヤは、グランドの隅に置かれているスコアボードに表記されている自チームの先発出場選手スターティングメンバーを確認する。


▽大府内高校

 一番 ⑥遊撃手 ノムラ謙二郎(二年)

 二番 ⑧中翼手 ツチヤ鉄平 (一年)

 三番 ⑨右翼手 オオタ卓司 (二年)

 四番 ③一塁手 オオシマ康徳(二年)

 五番 ⑦左翼手 カツラギ隆雄(三年)

 六番 ⑤三塁手 オカザキ郁 (二年)

 七番 ②捕 手 ワダ博実  (三年)

 八番 ④二塁手 アナン準郎 (三年)

 九番 ①投 手 タカハシ直樹(三年)


「今日の先発はタカハシ先輩か。野手はテッペー以外、いつものメンバーだね」


 イマミヤが呟く。

 大府内高校の野球部員はヒロを入れて十八人。野球のルールと共にに覚えないといけなかったのが部員の名前である。大した数では無かったので、名前を覚えるのはそれほど苦では無かった。


 これまでヒロは六試合を観戦しており、ほとんどの試合でイマミヤが言う通りに覚え知ったいつもののメンバーの名前が表記されていた。


「そういえばアラマキ先輩の復帰はまだなのか?」


 ウチカワが何気に呟いた発言に、ヒロが聞き返す。


「アラマキ先輩?」


 部員の名前は全員覚えたはずだったが、聴き覚えの無い名前だった。


「四年生のアラマキ先輩だよ。ちなみに、キャプテンなんだけど……そういえば、モトスギくんはまだ会ったことがないよね。去年、肩を故障しちゃって、今治療中なんだよ」


 イマミヤが答える。

 この世界の高校についての説明が漏れていたが、この世界での高校は四年制なのである。しかし流石に四年生にもなると進学や就職などに向けて頑張らないといけないので、野球部を退部……というより引退する人が大半なのだが、稀に残ったりしている人も居る。大府内高校でだと、それがアラマキという人になる。


 ベンチには、ヒロたち含めて六人いる。スタメンに出ているメンバーを入れれば十五人。野球部員は十八人だったはず……と疑問に思っていると。


「アラマキ先輩みたいに怪我で離脱している人もいるから、全員揃っていることは滅多に無いんだよね」


「なるほど……」


 まだ見ぬ部員が居るということを知り、そう言えば自分が覚えている名前は十五人ぐらいだったなと、と思いつつアラマキの名前を脳内に刻み込んだ。


「それで、アラマキ先輩は?」


「タカハシ先輩から聞いた話しだと、そろそろ復帰出来そうみたいだよ」


「そうなんだ。アラマキ先輩が復帰してくれたら、投手陣は完璧だな」


 ウチカワとイマミヤの会話に聞き耳を立てつつ、ヒロはこの二週間を振り返った。


 ヒロがここに来て二週間で、六試合行われた。その六試合での戦績は四勝二敗と、ひとまず勝ち越してはいる。大府内高校は、それなりに強いチームの部類に入っていた。


 その数試合、ヒロは当然ながらずっとベンチに座って観戦していた。その時、野球のルールを知らないでいたヒロの隣で野球の神様のマンツーマン指導により、ルールを把握することが出来たのであった。


 ヒロは辺りに視線を向ける。学生野球とは言えかなりの数の観客が入っており、大府内高校の生徒たちは勿論、子供連れの家族も多数見られた。


   ●○●


 さて試合の方は、先発のタカハシが初回から難なく相手チームを凡退に仕留めていき、ソロホームランの一発許すものの、その最少失点で抑えていた。そして大府内高校の打線は、序盤から太陽高校の投手に襲いかかり、先発全員安打の大量得点を得て、六回裏終了時点で十一対一としていた。


 大量得点と自身の調子の良さも相まって、先発投手のタカハシは上機嫌だった。


「どうですか、ワダ先輩?」


「ああ、コントロールもサイちゃん並に良いし、失投はイワモトの一発ぐらいだったな。まぁ、この調子なら今日の試合は荒れないだろう」


 ワダはタカハシの投球を褒め称える。


「ですよね。よーし今日は、完投を狙っていくかな」


 タカハシたちの会話を横で耳にしていた監督のミハラは腕を組み、静かにスコアボードを見ながら心の中で呟く。


(確かにこのままいけば、タカハシは完投するだろう。だが、長いリーグ戦を考えれば、休ませる時に休ませたいのもある……)


 点差も有る。試合前にイナオたちからの申し出が頭に過り、決断する。


「タカハシ!」


「は、はい、なんですか!?」


 突然のミハラからの呼びかけに、意気揚々だったタカハシは声を振るわせて返事をした。


「お疲れさん、この回までだ」


「そ、そんな。まだ行けますよ!」


「それはわかっている。だが、こういう展開だからこそ、早めに降りて次の登板に備えろ。いいな」


「……はい、わかりました」


 野球などスポーツにおいて、監督の命令は絶対である。タカハシは冷静に受け止め、退いた。ただ完封を狙えるのだったら、もう少し抵抗はしていただろう。


「よし」


 監督はタカハシの肩を叩き、ヒロに視線を合わせた。


「モトスギ、次の回から投げろ」


 その一言にイナオとワダ以外の部員たちが、


「「「えッ」」」


 と、一斉に驚きの声をあげた。

 しかし、先ほど述べた通り一番偉い監督に対して、誰も文句や意見を言えなかった。

 当のヒロは突然の命令に呆然するしかなかった。


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