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第二球 いつの時もフォークボールばかり投げろ -2-


   ●○●


 入部してから二週間……ヒロはまだ本番の試合で、一試合も投げていない。


 つい二週間前までまったく野球をしたとことが無いのだから、当然と言えば当然のことなので仕方が無いことではある。


 そんな素人同然のヒロに任されていることがある。それは打撃投手バッティングピッチャー


 フリー打撃と呼ばれる練習で、投手を勤めているのだ。ただ打者に向かって、打ちやすい球を投げるのが打撃投手の役目。

 しかし――


 ヒロのトルネード投法は投球中にバランスを崩し易く、球の制球コントロールが定まらない。投じられた球はストライクコースを中々通らなかった。だから、


「おい! ちゃんと投げろよ新入り! 貴重なバッティング時間なんだから、無駄球を放るなよ!」


 少し顎が長い打者から文句を言われるのは毎度のことだった。


「す、すみません!」


 ヒロは謝っては、ど真ん中に放り込むのを意識して投げるも、意識したからといってその通りにコントロール出来る訳が無い。またしてもストライクゾーンから大きく外れてしまった。


「おい!」


 轟く罵声の度にヒロの「すみません!」とお決まり口調になった陳謝の言葉を投げかける。自分の投球とは打って変わって素直で真っ直ぐと。


「たく、只さえ独特のフォームで打ちにくいのに……」


 ぶつくさと文句を言う打者に捕手が話しかける。


「まぁまぁ、ウッチー。モトスギくんがバッティングピッチャーをやってくれているから、僕ら一年がこうしてフリー打撃が出来るじゃないか」


「だけどな、あんなにボール球ばかりなげられちゃな。イマミーに投げて貰いたいけど、イナオさんの直々の命だからな。あいつをバッティングピッチャーやらせるのは……」


「先輩がそう言うんだから、仕方ないよ。でも、どこかの名バッターが言ってたじゃない。打つだけが練習じゃない、ボールを見るのも練習だって」


「だけど俺は打ちたいの!」


 話している最中にも、ヒロが球を投じる。今度は真っ直ぐにど真ん中のコースへと向かってくる。


「おっ!」


――ポッコーん!


 絶好球だったからか、ウッチーと呼ばれた打者は肩に余計な力が入り、打ち損じてしまった。悔しがる打者に向かって捕手がポツリ。


「ああいう僅かなチャンスを打たないと」


「うるせー!」


 打者は打席バッターボックスから出て、三度バットを振り、再び打席に入った。


「よし、新入り。今度は変化球を投げろ! イマミーから空振りを取った変化球を!」


「は、はい!」


 変化球……それはヒロが唯一投げられたフォークボールのことだ。


 ヒロはグラブの中で人差し指と中指で球を挟み、ご要望の通りフォークボールを投じたが、球はホームベースまで到達せず途中の地面に直撃して転がっていく。


 その投球内容にヒロは何度も謝り、打者は愛想笑いを浮かべていた。この後もフォークボールを何度も投げるものの、地面にバウンドしたり、挙句の果てには打者の背中にぶつけたりしてしまった。


「いっだぁー!」


 幸い大したスピードでは無かったので大事には至らなかったものの、


「ちゃんと投げろよ、新入り!」


 打者はバットを地面に叩きつけ、怒りの声を飛ばす。


「すみません」


 そうこうしていると校庭にチャイムが鳴り響いた。


「あ、時間だ。そろそろ片付けて準備をしないと対戦相手がくるよ。ほら、ウッチー」


「わかってるよ」


 本日は日曜日で、試合が一試合予定されていた。午前の短い時間で一年生たちが練習をしていたのだった。


 ウッチーと呼ばれた打者は振り足らないからか、バットを振り回しながら片付けを始める。そんなウッチーを見つつ、捕手を務めていたイマミーと呼ばれた捕手は、やれやれと肩をすくめた。


「モトスギくんも急いで片付けて、お昼にしよう。また先輩からドヤられたくはないだろう」


 捕手は周りに散らかっている球を拾い集め、次々とヒロに投げていく。投げられた球をヒロは捕球してカゴの中に入れていく。その間、ヒロの頭の中に野球の神様の声が響いていた。


『全然ダメね……』


(一応、狙って投げているんだけど……。なんかアドバイスをしてくださいよ)


『う~ん……こういうことは投げて投げて、身体で覚えてコツを掴むしかないのよね』


 二週間、ずっと打撃投手を務めて何百球も投げているのだが、一向に上達している気配を自分でも感じられなかった。直球は十球に一球は、ストライクコースに投げられるように……いや、それはマグレなのかもしれない。まだ狙った所に投げ分けることは出来ていない。


 一番気に掛けることは、フォークボールが上手く投げられないことだ。あのテストの時に見せた変化を未だ再投させることが出来ないでいた。


 後々で聞いた話しでは、ヒロがテストに合格したのはフォークボールを投げて見せたからである。それが投げられないのであれば、


『早くフォークボールを投げられるようにならないと、退部させられわよ』


 その言葉が重く伸し掛かり、それと同等の重く深い溜め息を力無く吐いた。


   ●○●


 粗方片付けが終わり、ヒロたちは木陰に入って食事休憩を取っていた。部員たちは、寮の食堂で作って貰っていたお弁当……おにぎりを食し始める。だがヒロは、肩をガックリと落とし、おにぎりには手を付けていなかった。


「モトスギくん。落ち込んでないで、ご飯を食べないと」


 声をかけたのは、先ほどの練習で捕手を務めて、周りからイマミーと呼ばれていた青年……名前はイマミヤ健太。ヒロのテストの時に、打者だった人物だった。その時はヘルメットを被っていて顔をよく伺うことは出来なかったが、イマミヤは端正な顔つきと長い髪が相まって、一見女子と見間違うほどであった。また寮での相部屋の相手でもあり、同じ一年。それが縁で他の部員たちと比べては、話し合える仲になっていた。


「あ、イマミヤくん……うん」


「元気出しなよ。確かに中々ストライクが入らないのはダメだけど、あのすごい変化球と対峙したらウッチーだって、ぐうの音も出ないさ」


 イマミヤはヒロのフォークボールの……目の前から消えるように落ちた変化を体感した一人であり、凄さをまさに肌で知っていた。だからこそ惜しんでいた。


「本当、なんで上手く投げらないの?」


「それは自分が一番知りたいよ……」


 初めてフォークボールを投げた……テストの時とまったく同様に投げているはずだった。なのに、あの鋭く落ちる変化を起こすことが出来ないでいた。


 イマミヤはどこからとも無く球を取り出し、フォークの握り……人差し指と中指で球を挟んで見せる。ただ、イマミヤはそんなに指が長くないのでそれほど深く挟めてはいない。


「こうやって挟んで投げているんでしょう?」


「そうだけど……」


「これで消えたように落ちるように変化するのか……。なんであんなに落ちたんだろう?」


 ヒロが幼少の頃に抱いた疑問を同じように抱くイマミヤ。しかしヒロは、その長年の疑問の答えを“ある人物”に教えて貰っていたのでここぞとばかりに教えようと、


「えっと、それは確か野球の神様が……」


「ん、カミサマ?」


 テストに合格した後、野球の神様からフォークボールについて一通り解説をしてくれていた。だけど他の人には、野球の神様の存在はもちろん内緒。というより、頭がおかしい人と思われたくないからだ。


「あ、違くて。聞いた話だと、球が回転していないから空気抵抗をモロに受けて落ちるんだって」


「ふ~ん、空気抵抗か……。よく解らないけど、それであんな風にストンって落ちるなんて、初めて見たよ。あれは魔球だったね」


 フォークボールは魔球――なぜイマミヤがそう評したのか。


 それは、この世界には“フォークボール”という変化球が存在しなかったのだ。だから、ヒロが投げたフォークボールの変化を体験した人たちが一同に驚いたのは、生まれた初めてのフォークボールの変化を見たからだった。


『ヒロくん。この世界の野球は面白いよ。ルールとか変化球とかは元の世界とまったく同じなんだけど、フォークボールという変化球が存在しないのよ。もう、ファッ!? って感じよね。つまり、先日ヒロくんが投げたフォークが、この世界で初めてフォークボールを投げたってことになるのよ!』


 と、野球の神様が調べてくれて明かされた事実だったが、野球素人のヒロがその意味を今ひとつ理解していなかった。


「だけど、それを思うように投げられないじゃ、意味は無いよな」


 少しトゲのある台詞を吐いたのは、さっきの練習で球をぶつけた相手だった。


「コントロールも悪いし、バッティングピッチャー失格だぜ。あんなヘンテコフォームで投げないで普通にフォームで投げろよ」


 この口が悪いのは、ウチカワ聖一。少し顎が人より長いのが特徴である。彼はヒロと同じ一年生だが、バッティングセンスは高く一年生ながらも試合に出るほどの有望選手。他にもヒロたちと同じ一年生が近くにいるのだが、彼はヒロたちの話しに加わらず、美味しそうにおにぎりを食べているのに夢中だった。


 普通のフォームでと言われても……あのトルネード投法がヒロにとって普通のフォーム。それに先輩からは、あの投法のままでと言われているのだから、どうしようもない。


「ウッチー、あんまり責めるなよ。それにイナオ先輩から言われたでしょう。とりあえず、モトスギくんのフォームはあのままで、バッティングピッチャーをやれって」


 イマミヤがウチカワをアダ名で呼び、なだめる。


「そうだけどよ、俺の練習にならねーよ。もっと俺のレベルに合ったものにしてくれなと……」


「まぁまぁ、そんなぐう畜発言しない」


 二人のやり取りに、ヒロはより落ち込んで食欲も無くなってしまう。

 自分が周りの足を引っ張っているのと責任を感じ、心が打ちのめされていた。打撃投手なら球を打って貰わないといけないのに。


 野球で活躍して元の世界に戻れるのは、いつになるのかとヒロは大きなため息を吐いた。

 すると、


「よう、一年坊主ども元気にやっているか」


 陽気な声で呼びかけられた。ヒロたちが振り返ると痩身の男性が愛嬌がある表情を浮かべて近付いてきていた。


「あ、ワダ先輩。お疲れ様です!」


「イマミー、オレのことはハンクって呼べって言っただろう」


「はぁ……」


 この自分のことをハンクと呼ぶ痩身の男性の名は、ワダ博実。三年生の先輩で、ヒロの入部テストで捕手を務めていた人である。


「ウッチーは、相変わらず顎が長いな」


「ワ……ハンク先輩、それを言わないでくださいよ」


 ワダは部員たちにニックネームを付けることが好きで、大半の部員にニックネームが勝手に付けられている。


 イマミヤのイマミーやウチカワのウッチーも、ワダが名付けたものである。アダ名は根付いているのもあるが、大半は根付いてはいなかったりする。


「しかし、ヒョロ。見てたぞ。相変わらずコントロールが定まらないで、球もヒョロヒョロだな」


 ヒョロがヒロのアダ名である。命名理由は先ほどワダの言葉の通り。今の所、ヒョロと呼ぶのはワダぐらいだった。それはまだ、ヒロが野球部に馴染んでいない証でもある。


「すみません……」


「しっかり走りこんでいるか? ピッチャーは人十倍以上走りこんで、足腰を鍛えなあかんのだぞ。特にヒョロの“あのフォーム”は足腰がしっかりしていないと上手く投げられないからな。そんなヒョロとした身体を、少しでもビシッとして鍛えなあかんぞ」


 そんなワダもヒロと同じような体型しているのになと思いつつも、ここは先輩の言葉に頷くしかなかった。


「俺もヒョロの合格に口添えをしたんだから、期待に応えてくれよな。それじゃ、そろそろ試合の用意をしとけよ」


 そう言って、ワダは立ち去っていった。


「ワダ先輩もあんなことを言ってるんだから。新入り、しっかり走っておけよ」


 未だヒロを名前などで呼ばないウチカワに、ヒロは力無く頷いた。


 野球を初めてばかりの初心者。上手く投球が出来ないことに、一体何が悪くて良いのか分からない状態だった。こんな風になってしまったことに神様を恨みたくもある。


 その肝心の神様は、いつのまにか姿を見せないでいた。呼びかけても返答が無い。何処に油を売りに行ったのかと少し気になりつつ、ヒロはおにぎりを頬張った。食欲が無くとも、何か食べていないと体力が保たないからだ。


 一方、既に食事を終えていたイマミヤとウチカワはヒロを持ちつつ、


「なぁ、イマミー。そういえば今日の試合相手はどこだったかな?」


「確か、太陽高校だよ」


「太陽高校と言えば弱小校じゃん。ということは、オレの出番があるかな?」


「どうかな? やっぱり相手投手次第じゃない? 左だったらウッチーで。右だったらテッペーじゃないかな」


「だったら左投手であることを祈るしかないな。またヒットを打てば、今度こそレギュラー確定だな!」


 ウチカワがニヤっと笑い、イマミヤは愛想笑いで返した。そうこうしているとヒロの食事が終えて、四人は試合の準備に取り掛かった。


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