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第三球 無回転を意識して思いっきり投げることを心掛けるべし -2-


 大府内高校の校門。


 ヒロは約束の時間の三十分前に着いて、沙希を待っていた。近くに植樹されている木に身を隠しながら。


 祝日ということもあり生徒たちの姿は無かったが、ヒロは注意しつつ辺りを警戒していたのは、野球部員に見つからないようにしていたからだった。


 体調不良ということで普段休んでいるのに、歩き回っている所を目撃されてしまったら、何を言われるかは想像つく。


 しかし、それほど心配する必要は無かった。休日ではあるが、本日は試合が無い数少ない休養日でもあった。部員たちは貴重な休みであるがために、この時間でも眠っているのが大半であったのだ。でも、用心にこしたことは無い。


 さて、沙希を待つ間、ヒロは今一度自分の身なりを確認する。ヒロは洒落た格好をしており無難に決まっていた。


 野球の神様の神通力によって学校経由から、制服、体操服、ジャージなどは支給されていたが、普段着といった服は頂けていなかった。寮は原則ジャージなどの着用が義務付けられていたので、さほど困ることは無かったのだが、今回のように外出……ましてや女子(沙希)と出かける場合に、ジャージ姿ではかっこつかない。


 では、今着ている服はどこで調達したのか?


 それはルームメイトのイマミヤから借りたものだった。フォークボールを間近で体験し、ヒロの秘めた可能性を期待しているイマミヤは、同室相手でもあるヒロに対して気兼ね無く接してくれていた。消沈しているヒロを察して、練習を休んでいることにも一定の理解を示してくれているのだった。


 そして今回、気分転換に外出すると唯一気を許せるイマミヤに話した所、自身の服を心置きなく提供してくれたのだった。


 ヒロとイマミヤは背丈や体型が似通っているので、特に難無くフィットし、着こなせることが出来た。それにイマミヤのファッションセンスは、派手過ぎずダサ過ぎず程々に良かった。借りる身としては文句を言う身分では無いが、文句を言うことにはならなかった。


「こういう服って、どこで買っているんだろうか?」


 帰ったらイマミヤに店を訊いてみようと思っていると……


「モトスギくーん!」


 沙希の声だ。


 ヒロが振り返ると、動き易い服にハーフパンツでおしゃれな野球帽子で身を包んで沙希がこちらに近付いてきた。手には手籠バスケットを持ち、ショルダーバッグを肩にかけていた。


 普段、制服やジャージ服の姿しか見ていないから私服姿の沙希は新鮮で、とても魅力的で普段よりも可愛く見えた。ましてや隣にオッサンっぽい人が居るので、相乗効果で何倍にも増していた。


「ん? あれ……?」


 そのオッサンっぽい人物は、ボーダーのシンプルなポロシャツを身にまとった“イナオ”だった。


「あ、あの……イナオさん。なんで、イナオさんがここに?」


 まるで日曜日のお父さんのような風貌のイナオが笑顔で答える。


「なんでって、俺は付き添いだよ」


「付き添い……」


「そりゃそうだよ。敵状視察なんだから」


「えっ……?」


 今日は沙希とのデートのはず。なのに、敵情視察とは如何に?


 もしや敵情とは自分ヒロの事かと想起していると、


「あ、モトスギくん。そういえば今日、何処に行くか言ってなかったね。今日、隣町で行われる南海高校と織苑高校の試合を観に行くの」


 沙希が今更ながら行く場所と目的を説明した。他校の試合を観に行く。確かに敵情視察と言えよう。


 イナオが発した言葉の意味を理解した所で、なぜイナオが居るのかを考えた。


 敵情視察でなら沙希と二人でも……いや、野球の素人の自分ヒロが試合を観戦して何を見極めるのか?


 それだけでも充分の答えになっているが……そもそも出かけようと誘われた時に沙希と自分の“二人きり”でとは、一言も言っていない。今初めて何処に行くのかを知ったぐらいだ。


 デートと勝手に思い込んだヒロの勘違いが要因である。沙希以外の人も付いてきても不自然では無い。もしかしたら今回の外出は、元々は沙希とイナオが行くはずだったのに、気を利かせてヒロを誘ったということも考えられる。


 色々と悶々としているヒロに、イナオ自身が答えを出してくれた。


「ほれ、モトスギ。さっさと付いてこい。俺がいかないと、行くまでの足に困るだろう」


「困る?」


 ヒロたち三人は、イナオを先頭にして暫く歩いていると大きな川が見えてきた。屋上からでも見えていた府内川と呼ばれる一級河川である。その川沿いに数隻の舟が停泊していた。


 イナオはその中で一隻の少し劣化している四人乗り程度の“やぐら舟”に近づくと、勝手知ったる我が家の如く、足を踏み入れて乗り込んだ。


「ちょっとイナオさん。何しているんですか? 勝手に入ったら怒られますよ」


「ああ、これウチの舟だから。沙希ちゃんもモトスギも遠慮無く乗ってくれよ」


「えっ!?」


 高校生が舟を所有しているということは珍しい部類である。ヒロの人生の中で初めて遭遇することであり、驚きの声をあげてしまった。


「イナオさんのご実家は漁師なんですよ」


 沙希は笑みを浮かべて補足をしてくれた。


「え、あ、そうなの……。それで、舟が……。で、なぜ舟に乗るの?」


「舟で行った方が速く着くからだよ」


 イナオは出航の準備をしながらヒロの疑問に答える間、沙希は慣れたように乗船する。


 この世界では、自動車といったものが在るには有るが、それほど普及していない。バスの交通機関は存在しているのだが、これからイナオたちが行こうとする場所は陸路で行くよりも海を真っ直ぐ渡っていった方が近い場所であった。


 ヒロはそこそこのお街暮らしの都会っ子に分類される。なので、近海や島などで暮らす地方の人たちの移動手段……舟で移動するという行為に初めて触れるのであった。


 物珍しそうに様子を伺っているヒロに、沙希は手を差し伸べる。


「ほら、モトスギくんも早く乗りなよ!」


「う、うん」


 沙希のエスコートに促されるまま手を取り、ヒロは舟に乗り込んだ。不安定な足場に戸惑いつつもバランスを取り、体勢を整える。


 落ち着いた所で沙希の手に振れていることに気付き、ヒロの体温が一気に上昇する。しかし沙希は、熱い思いを感じ取る前にヒロの手を離して座してしまったのだ。突然の触れ合いに呆けて突っ立ているヒロに、船尾に備えられている木の櫂を手にしたイナオが声をかける。


「さっさと、そこに座りな。すぐに出航するぞ!」


「は、はい!」


 ヒロは言われるがままにその場に着席すると、


「よーし、乗ったな。それじゃ行くぞ!」


 イナオは手慣れた手つきで手際良く、櫂を漕いでいく。


 舟は小気味良く揺れて、軽快な速度で河口へと下っていき、大海原へと旅立っていった。


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