第4話 永久付与
指輪を包むようにかざしているティムの両手がひときわ大きく輝くと、透き通ったエフェクト音が朝の空気の中に響き渡った。
「できました。これはサツキさんが使ってください」
差し出されたのは付与魔術師の24hourアビリティ、『永久付与』で錬成された指輪だった。
「わたしがですか? ティムさんかニルさんが持ったほうが」
「こっちはもう持ってるから遠慮しなくていいって。あたしたちには回復役がいないんだから、各自が回復アイテムを持つのは基本だよ」
ニルがほらほらとうながすので、サツキは礼を言ってその指輪を受け取った。
見た目はただの銅の指輪である。基本性能は防御力が+1されるだけ。NPCの経営する装飾店でも売られているが、競売所でなら捨て値で落札できるものだった。
だがサツキの手の中にある銅の指輪には回復薬20回分の付与がされていた。つまりこの指輪ひとつで回復薬を20個持ち歩くのと同じということである。
これが付与魔術師であるティムのスペシャルアビリティ、永久付与の効果だった。
「……すごい。しかも指輪の効果は20回あるのに、回復薬は1個しか使いませんでしたよね?」
「それは私がLv27だからですね。下一桁は切り捨てで十の位と同じ回数が付与されるんですよ」
「じゃあLv100になれば100回使えるものが作れるんですか!?」
「そういうことですね」
それは物凄く使えるアビリティではないだろうか。しかも付与先のアイテム、付与する効果は、ほぼ選ばないという。
感動しているサツキに、ティムは自嘲気味に笑いながら説明をする。
「いえ、そこまで強くないですよ。例えば僧侶の治癒はレベルが上がることによって回復効果も大きくなります。でも回復薬の効果は固定値ですし、付与アイテムの効果も、付与魔術師のレベルがいくら上がっても固定値のままですから」
「でも低レベルならこの指輪でもかなり有効ですし、どんどん作って競売所に出品して儲けることもできるんじゃないですか?」
「いやー、24時間縛りは大きいんですよ。意外と付与したいものってあるんですよねえ」
そう言われて気がついた。これはスペシャルアビリティなのだ、確かに連発できるものではない。となるとその貴重な一回を自分のために使ってしまったのではないだろうか。
そんなサツキの考えを見透かしたかのようにティムが声をかける。
「気にしなくていいですよ。忘れないように毎朝リキャストがくるたびに使っているのですが、今日の予定はキャンセルになっていたんです」
「そそ。昨日サツキと出会った渓谷の上流にある滝裏の洞窟。予定ではあそこで付与アイテムを取ってくるはずだったんだよね」
「それじゃあ今日は」
「そういうこと、昨日のリベンジ。サツキには期待してるからね」
それを聞いてサツキは気を引き締めた。今までの単独行動とはちがい、今回は目的があり、自分は戦力として数えられているのである。二人の期待にはこたえたい。
渡された指輪をしっかりと指にはめた。
「さてと、忘れ物はない?」
ニルの声にサツキは自分のカバンの中を確認する。
昨日言われたように水と食料は多めに持った。食料はまた一番安いパンだったが。
一瞬、昨晩の食事をとっておけばよかったと思った。満腹だったのに全部食べてしまったのはもったいなかった。
だがすぐに思い直す。あれはニルたちの奢りであり、楽しむための晩餐なのだ。
回復薬はもらった指輪があるから大丈夫だろう、あとは毒消しを買っておかないといけない。
「すみません、わたし買い忘れがあるのでちょっと行ってきます」
「あ、サツキ待った。あんた滝で鉄を叩くやつ受けた?」
「はい??」
サツキが何のことかわからず戸惑っていると、ティムが笑いながら補足してくれる。
「ニルさん、それじゃあわかりませんよ。あの渓谷の滝壺で鉄の塊を滝にうたせて精錬させるというクエストがあるのですよ、サツキさんは受けてます?」
「えっと、どうでしょう……」
「クエスト画面で確認できますよ」
慌てて可視ウィンドウを開く。
該当クエストを受けていないことがわかったので、NPCの場所を聞いて急いで依頼を受けてくる。二人を待たせてはいけないと、焦って戻る途中で毒消しを買い忘れたのを思い出し、来た道を戻って雑貨屋に駆け込んだ。
いかにも要領の悪い自分にサツキは自己嫌悪した。
(現実世界でもこうだったなぁ……)
せめてこの世界では迷惑をかけないようにしないと。そう決意を新たにする。
集合場所に戻ると二人はすでに準備万端のようだった。
「よーし、じゃあ準備おっけーなら出発しよっか」
ニルの掛け声を合図に三人はミンクスの街を出発した。
三人が出会った渓谷までは勝手知ったる道である。
岩が転がる荒野をサツキとニルが並んで進み、ティムが数歩遅れて着いてくる。
まだミンクスに近いこの辺りでは経験値的においしくないので、敵を見つけても無視して素通りする。のんびりしとた道中だった。
話題は自然と補助技能のことになった。
「ニルさんは『釣り』なんですか」
「あたしネコだしねー」
そう言いながらニルは毛並みのよいシッポをピクピクとひくつかせる。
確かに猫の半獣族と魚はすぐに結びつくが、ニルが釣り竿を握っている姿を想像するとおかしかった。機会があったらぜひ見てみたい。
「まあティムみたいに役に立つのを選んだほうがいいよ」
「やっぱりティムさんの補助技能は職業と相性がいいんですね」
サツキが後ろを歩くティムを振り返って声をかける。
先程の永久付与、銅の指輪は買ったものだったが回復薬はティムが補助技能の『錬金術』でミネラルウォーターと薬草から錬成したものだった。
冒険者は職業とは別に補助技能をひとつ選択できる。それらは戦闘に直接役立つものではなく、生産や採集に関するものが多い。サツキはまだ何も選択していなかった。
「ですね。わたしの場合、付与するものを自作できますから。回復薬は買うこともできますけど、売っていないものも多いですしねえ」
「そそ、今日の目的もソレ。希少アイテムだよ」
「なんですか?」
「『女帝蜘蛛の毒』。麻痺性の毒で、これを付与すると麻痺武器ができあがるってわけ。あたしは攻撃力が低いから、そういう追加効果のある武器を装備しないと厳しくてねー。それでティムに作ってもらおうと思ったの」
嬉しそうに話すニルの隣でサツキは急に無口になった。それにニルも気づく。
「……サツキ。あんたひょっとしてクモ苦手?」
「……はい」
「あちゃー。どうしよっか?」
三人は立ち止まった。
VRMMOではこういうことがままある。
血や内臓などのグロテスクな描写はないが、それ以前に外見で拒否反応をおこす者も多かった。
「……そのクモって大きいんですか?」
「まあレアモンスターだし女帝っていうぐらいだからねぇ。巨大蜘蛛よりもおっきいだろうね」
「…………」
「無理することないよ、絶対に必要なものじゃないんだし。滝壺でクエストだけやって帰ろ」
「そうですよ、誰にだって苦手なものはあるんですから。ニルさんだってゴキブリが苦手で、ちょっと見かけただけでキャーキャー騒いでうるさいのなんの」
「あんなの好きな人間がいるわけないでしょ!」
「そんなことないですよ。海外だと観賞用ペットとして飼われたりしますから」
「あたしは日本の話をしてるの!」
ニルとティムは女帝蜘蛛のことなどすっかり忘れたように言い争いをしている。サツキが言葉を挟もうとするがその隙を与えてくれない。意を決して大きな声を出した。
「あのっ!」
二人は驚いたようにサツキを見た。
「わたし大丈夫です。やれます」
サツキの表情は硬い。自分でもそれがわかる。できればそんな敵とは戦わずに帰りたいが、やっといっしょに行動する仲間ができて期待もされている。それを裏切りたくはなかった。
サツキの決死の表情を見て、ニルたちもそれ以上は引き止めなかった。
荒野を横切り砂漠を超えて、三人は渓谷への入り口に着いた。昨日砂漠アリジゴクが居座っていた場所である。
「ここから先、滝壺までは殲滅していこっか、昨日みたいにトレインしても面倒だしね。サツキが正面で戦って。あたしは敵の背後を取るようにするから。回復はティムに任せていいからね」
「はい」
サツキはニルの指示にひとつひとつ頷く。ティムは特に何も言わない。この二人の役割分担はニルがリーダーとして積極的に物事を決めていき、ティムは何か補足が必要だったり、再考を要する時にだけ意見を述べる参謀役という感じだ。
なんだかんだ言い合ったりするが良いコンビだとサツキは思う。
自分はこの二人にうまく溶け込めるだろうか。不安ではあるが努力するしかなかった。
川沿いの道を進んで行く。たまに道を遮るのは巨大ミミズだけなので、あっさりと蹴散らして三人は昨日の戦闘場所までやってきた。
まだ一日も経っていないのにサツキには懐かしい気がした。きっとここが特別な場所だからだと思う。
そのまま進んでいくと、ほどなくして大量の水が落ちる音が聞こえてきた。ゆるいカーブを曲がると思いのほか近くに、見上げるほどの高さの滝が現れた。
サツキは思わず歓声をあげる。
「――すごい」
「すっごいよねー。ゲームの世界でも感動する」
サツキはしばらく滝に見とれていた。
ニルたちはこの滝を見るのは初めてではないだろうに、黙ってそれに付き合ってくれている。サツキはそのことに気づいた。
「すみません。行きましょう」
「大丈夫ですよ。別に急いでいるわけではないですし。サツキさんの気のすむまで見ていきましょう」
「本当にもう満足です」
「そう? ま、帰りにも見られるしね。トレインで逃げて来なければ」
ニルがそう言って笑う。サツキは曖昧な笑みでこたえた。
滝壺は遠くから見た滝の高さと、耳をつんざくような轟音から考えると想像よりもはるかに小さかった。だが川幅や水量を考えるとこんなものなのかもしれない。
滝の後ろに回るように道が続いていて、そこに洞窟の入り口があった。
サツキが緊張してそちらへ進もうとするとニルに止められた。
「サツキ、まずこっち」
そう言って滝の裏側の一点を指さす。
「そこにターゲットできる場所があるから、クエストの鉄の塊を沈めて」
「あ、はい」
クエストのことをすっかり忘れていた。カバンの中から鉄の塊を取りだして、言われたとおりに滝壺へ沈める。
「精錬が終わるまでの間に洞窟探索だね」
「ニルさんたちはこのクエスト終わったんですか?」
「今、回収したところ。昨日は沈めるところまでやったんだけど、帰りはトレインで回収どころじゃなかったから」
確かに昨日のあの状態ではそれどころではなかっただろう。今日はそうならないようにしないといけない。
「さてと、じゃあ洞窟の中に入る前にちょっと説明ね。入ってしばらくは外と一緒で巨大ミミズぐらいしか敵はいないんだけど密集してるから気をつけて。昨日はここで失敗」
ニルは大げさに肩をすくめた。
「そこから先はあたしたちも行ったことがないんだけど、ティムはわかる?」
「たしか二層構造になっていてコボルトと巨大蜘蛛が棲息していますね。適正レベルは6人パーティならLv15~20、一人なら職業にもよりますが30以上は欲しいと書いてあったはずです」
「書いてあった――ですか?」
サツキが気になってたずねた。
「ああ、私の知識は攻略Wikiなどのネットの情報がほとんどなんですよ。もっともあの日以降、それらを見てませんから記憶が曖昧なところがありますが」
「大丈夫。ティムの記憶力は折り紙つきだよ、心配するならネットの情報が正しいかでしょ」
「ニルさん、親しい人間でも盲目的に信用しちゃ駄目ですよ。実際のところ私はここに関して何か忘れている気がするんです」
「ちょっとー、恐いこと言わないでよ。それとも油断するなっていうブラフ?」
目を細めて胡散臭げに睨んでくるニルに対して、ティムは苦笑する。
「いえ、これは本当です。だから二人とも気をつけてください」
「ん。わかった」
「わかりました」
ニルはまだ少し疑っているように頷き、サツキは神妙に返事をした。
とりあえず巨大ミミズが出現する間は、ここまでと同じ戦術でいくことを決めて、三人は洞窟へと足を踏み入れた。