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Noah Online  作者: 皐月
第1章 初めての仲間
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第3話 最初の晩餐

 サツキは目の前に並んだ御馳走の山を前にして、鳴るはずのないお腹が鳴った気がした。

 おあずけをくらった犬のように、料理に目が釘付けのサツキを見てニルがうながす。

「……我慢してないで先に食べなって」

「そんなことできません! ティムさんを待たないと」

 ティムは乾杯のための飲み物を買いに行っていた。

 サツキたちがいるのはミンクスの冒険者の宿にある食堂である。鉱山都市の宿らしく石壁で囲まれ、全体的に暗く華やかさはない。

 料理は注文すればすぐに目の前のテーブルに出現する。こういうところはゲーム世界の便利なところだ。

 もちろん飲み物もメニューにあるのだが、せっかくだからと外へティムが買いに行ったのだ。

「大丈夫だって、アイツはそんなこと気にしないよ。今のあんたを見ていると、あたしがひどいことしてるみたいじゃない」

 そう言われても「はい、そうですか」と頷くわけにはいかない。

 見かねたニルがテーブルの中央にあったピザを、ワンピースをつまんで自分の口に運んだ。

「ほら、これであたしも同罪でしょ。食べな、食べな」

 そこまでされると仕方がない。サツキは心の中でティムに謝罪して、ニルと同じようにピザに手を伸ばした。

 そのシンプルなマルゲリータを口に入れる。

「――――ピザですっ! ニルさんピザですよ、これっ!」

「そりゃあピザだからね」

 ニルは興奮するサツキを見て苦笑する。

「あんたいままで、水とパンしか食べてこなかったの?」

「……はい。井戸水ならタダですし。パンは一番安いのを」

「……ゲームの中にまで格差社会が広がっているとはね」

 ニルはわざとらしく涙を拭くふりをした。


 実際問題として食事はNoahの世界では数少ない娯楽だった。

 単に空腹のパラメータを満たすだけならば、コストパフォーマンスのよいものを必要量だけとればいいのだが、数値がMAXになろうが金に糸目をつけずに豪遊するプレイヤーは少なくない。

「でもこれってどうやって味を再現しているんでしょうか?」

「んー。あたしもよくわかんないけど、記憶を呼び出してるみたいよ」

「記憶――ですか?」

「うん。ようするにあんたがそれをピザって認識した段階で、ピザの味を記憶から取り出してきて、ピザを食べてるって思わせている(・・・・・・)みたい」

「なるほどー」

「だから本人が食べたことのない料理の再現はできなくて、イメージできる範囲で似たようなものの味を呼び出すみたいよ」

 ということはもしここでフォアグラを食べたとしても、サツキにはその味がわからないということだ。ちょっと残念である。


 そんなことを話しているとようやくティムが戻ってきた。

「遅くなってすみません。やっぱり鉱山都市(ミンクス)だと、どこのお店に行ってもエール(ビール)蒸留酒(スピリッツ)しかなくって。結局、競売所(オークション)で買ってきました」

 競売所は全都市に設置されている施設で、その全てがリンクしている。プレイヤーが最低落札額を設定して出品したものを、それを上回る値段で入札した時点で、落札者がそれを入手できるというシステムだった。

 ティムが取りだしたのは赤ワインだった。それをテーブルに置くと、瞬く間に三人の前にコップが現れた。それを見てニルが嘆く。

「ワイングラスじゃないんだ。風情がないねえ」

「きっとこの宿のデータにはないんでしょうね。まあ我慢しましょう」

 ティムが赤ワインをついで回り、全員のコップが満たされたところで乾杯することになった。

「それじゃあ、サツキとあたしたちの出会いを祝してカンパーイ!」

「乾杯!」

「か、かんぱーい!」

 サツキは二人がおいしそうにワインを飲むのを見る。自分はまだ口をつけていない。

「ははーん。さてはサツキ、あんた未成年(おこちゃま)だね」

「サツキさん大丈夫ですよ、現実世界の体にアルコールが入るわけではありませんから、酔っぱらうことはないです。稀にプラシーボ酔いする人はいるみたいですが」

 サツキはコップの中の赤い液体を見つめる。

 さっきのニルの話が本当だとすると、現実世界(リアル)でワインを飲んだことのないサツキには、この液体は他の何かの味がするということだ。

 二人が面白半分で見守っているなか、サツキは覚悟を決めてコップの中身を一気に飲み干した。

「……グレープジュース」

「そりゃあそうねー」

「なるほど」

 ニルとティムは、サツキのことを慰めつつも笑い合っている。

 サツキは物凄い損をしているような気分になってしまった。



「あー。食べた食べた」

「サツキさんは満足しましたか?」

「はいっ。大満足です!」

 テーブルに並んでいた料理は全てなくなっていた。三人ともとっくに空腹のパラメータはMAXになっている。

 それでも食べようと思えばいくらでも食べられてしまうから、味覚を楽しむためだけに食べ続けてしまう。サツキはプレイヤーの多くが食事にハマるのがわかる気がした。

 並んだ料理はピザをはじめ、ステーキやシチュー、ムニエルにオムレツにサラダ。デザートとしてアップルパイやクッキーなど、馴染みのある料理ばかりだったので、サツキのためにそういうものを選んでくれたのかと思ったのだが、最初からそういうメニューなのだそうだ。

 世界観を壊さない程度に一般的に知られている料理、というのがコンセプトで、そうでないと味覚の記憶を呼び出せないからだろうということだった。

「さてと。お腹がいっぱいになったら次はおしゃべりタイム。ずっと気になってたのがサツキのレベルの低さなんだよね。Lv17ってひょっとしたらNoahにいる全プレイヤーの中で一番低いぐらいだよ?」

「……実はわたし、あのシステムメッセージが流れた日に初めてログインしたんです」

 それを聞いてニルとティムは顔を見合わせ、沈痛な表情を浮かべた。

「……そりゃあ運が悪かったねぇ」

「一日、いえ数時間でも遅く始めていたら巻き込まれずに済んだでしょうね。いままで大変だったでしょう」

 サツキがNoahにログインした直後、まだ右も左もわからないでいる時に、あのシステムメッセージは流れた。だがそれの意味するところがわからず、サツキはそのまま普通にプレイを続けた。

 フィールドに出て(モンスター)と戦った時に戦闘不能にならなかったのは幸運だったというしかない。

 異常に気がついたのはログアウトしようと思った時で、誰かに聞こうとしても知り合いなどおらず、人見知りだったサツキには通りすがりの人間に聞くこともできなかった。

 そもそもプレイヤーはパニック状態になっており、サツキのことなど目に入っていない様子だった。

 その後、街中での会話を聞き集めて、徐々に何がおこっているのかがわかってきた。しかしみんな自分のことで精いっぱいでサツキのことを気遣ってくれる者はなく、Noahに来てから初めてまともな会話をしたのがニルたちだったのだ。

「お二人はいつから始めたのですか?」

 サツキはつとめて明るい声を出して聞き返す。

「これが恥ずかしいことにサービス開始(ローンチ)からなんだよね。それでまだLv27っていうんだから、カメもいいとこ。まあティムが仕事で忙しいから仕方なかったんだけど」

「私は先に進めていいって言ってたんですけどねえ」

「いいの! Noahは一緒に遊ぶって決めたじゃん。まあこんな事態になって強制的にそういうことになっちゃったけど」

 サツキのみるところ、やっぱりこの二人の関係はかなり親密らしい。

「ずっと気になっていたことがあるのですけれど、この現象は他のワールドでもおきているのでしょうか?」

 Noahはひとつのワールドの人口の目安を1万人としてサーバーを稼働させていた。あくまでも同時接続者の目安なので、実際の登録者数はもう少し多いと予想される。

 サービス開始時にはワールドが10個用意されていて、追加で2つ増設される予定だった。VRMMOとしてはまずまずのヒット作だといえる。

「それはわかりません。ただ全ワールドでおきていたら10万人規模ですからね、大問題でしょう」

「じゃあこのワールドには現在どのくらいの人がいるんでしょうか?」

「サーチ機能を使えばプレイヤー人数を調べることができますよ。《/seach world》でNoah全体の、《/seach area》でそのエリアの人数が表示されます。他にも職業(ジョブ)やステータス別でも詳しくサーチできるのですが、ほとんどのプレイヤーが隠した状態(ヒドゥン)にしている現在の状況では役に立ちませんね」

 サツキはさっそく教えられたとおりにサーチ機能を使ってみた。可視ウィンドウ上に表示されたのは――

「……6,968人」

「7千人を割ったのは最近ですね」

「少ないですね……」

 どうりで周りにプレイヤーがいないはずだった。夕食時なのに冒険者の宿の食堂は三人の貸し切り状態である。別に日に三度の食事をとる必要はないのだが、身についた習慣で、現実世界と同じ時間に食事をする者は多かった。

 思わず食堂内を見回すサツキにニルが教える。

「ここに人がいないのはミンクスだからだよ。中央都市アイシアにプレイヤーは集中してるから」

「ですね。あの日は週末のゴールデンタイムでしたが、それでもアカウント登録者が全員ログインしていたということはないでしょう。おそらく8千人ぐらいだと思います。ですから問題がおきた後にいなくなった(・・・・・)のは千人ぐらいだと思われます」

「それでも千人もいるんですね……」

「フォーチュンの噂が流れる前に、自暴自棄になった人間が予想以上にいたみたいですね……」

 プレイヤーのほとんどが抜け殻のようになっていた時期だ。

 ただサツキはそんな状況でも一人で冒険をしていた。情報を共有できる相手がいなかったので、過剰に悲観的にならずにすんだのだ。

 またサツキにとって、現実世界はどうしても戻りたい場所ではなかった。

 ニルが全員の気を引き立てるように大きな声を出す。

「はいはい、暗い話は終わり! 未来を考えよ。とりあえずは明日どうするか決めよっか。サツキは何か予定があるの?」

「わたしは何もありません」

 思ってもいなかったことを問われ、サツキは驚いて顔を上げた。

 明日も、その後も、予定などずっとなかった。

「あの渓谷には何でいたの? サツキもあの滝裏の洞窟に用事があったとか?」

「いえ、わたしは丁度よい強さの敵を探してウロウロしていただけですね」

「ふーん。じゃあ明日もあそこに行かない? あたしたちだけだと厳しいんだけどサツキがいっしょならいけると思う。だよね?」

「ええ。サツキさんがいれば百人力ですよ」

「わたしは全然構わないですけれど、ごいっしょしてもいいんですか?」

 サツキがそう言うと、ニルがいきなりサツキの両頬をつまんで引っ張った。

「まだそんなこと言うか。んー? ホントはあたしたちといっしょにいるのイヤ?」

「ほぉんなほとへったいにないでふ!(そんなこと絶対にないです!)」

 痛覚はないので痛くはないのだが、しゃべりにくかった。

「んじゃ決まりね」

 ニルはサツキの頭をわしゃわしゃと掻き回す。どうやらこの行為が気に入ったらしかった。


 冒険者の宿に宿泊する段階で、部屋割りで少し揉めた。

 Noahの宿屋は基本的に一人部屋、二人部屋、六人部屋しかない。ニルたちは六人部屋をとろうとしたのだが、それだと一人部屋と二人部屋を借りるよりも値段が高くつく。

 もうひとつこちらの方が大事で、二人の仲を邪魔したくない。サツキとしては珍しく、自分が一人部屋に泊まることを強く主張した。

 最後には二人も承諾し、それぞれの部屋の前でおやすみの挨拶をして別れた。




   ◇◇◇◇◇




「――ねえ。あの子どうする?」

 寝ていたはずのニルが隣のベッドから声をかけてきた。ティムと同じように彼女も色々と考えていたのだろう。

「……正直なところ私たちといっしょにいてもサツキさんには未来がないですね」

「……だよねぇ」

 ティムにはNoahの世界がこの先どうなっていくのか、かなりのところまで予測が出来ていたし、ニルにはそのことを話していた。

 Noahはこれから厳しい淘汰と、容赦のない選別の世界になる。

 ティムはそう確信していた。

 そしてティムたち二人はその流れから、完全にドロップアウトしていることを自覚していた。

 キャラクターの基本能力(スペック)、レベルの低さ、そして最も重要なコミュニティー。どれをとっても話にならない。

 さらにティムには、他者を排除してまで自分だけが助かるつもりもなかった。

「だけど彼女が持っているものは素晴らしいですよ。出遅れをものともせずに「フォーチュンという希望がある限り簡単に諦めちゃダメです!」と言いきれる心の強さ。性格も素直で礼儀正しいですし、それにあのルナティックダンス――」

 ティムは昼間の光景を思い返す。

 巨大ミミズ(サンドワーム)の群れにサツキが飲み込まれた時、もうダメだと思い、彼女を見捨てて逃げようとした――次の瞬間、巨大ミミズが凄い勢いで吹き飛ばされ、その中心に目の焦点を失ったサツキが立っていた。

 その後のサツキは凄まじかった。荒々しくて速く、そして優雅さが入り混じった動きで、あっという間に巨大ミミズを斬り刻んでいった。まさに鬼神のごとき戦い方だった。

「あのアビリティは本当に強力です。大手ギルドなら是非とも欲しい戦力だと思いますよ。もっとも今の彼女のレベルでは相手にされないでしょうし、それ以前にミンクスにいたんじゃ目にとまりませんが」

「……ふーん。じゃあ決まりだね」

 ニルが寝返りをうってティムの方を向く。

「あたしたちがサツキをそこまで導く。どう?」

「……良い考えですね。彼女はVRMMO自体、あまり詳しくなさそうですから。私たちでも教えてあげられることは多そうです」

「よしっ、決まり! 良かったじゃん、あたしたちにも目標ができて」

 そう言うからにはニルも、ティムと同じように惰性でこの世界を生きていたということだ。

 普段は明るく、決して弱音を吐いたりしないニルだったが、彼女もやはり苦しかったのだろう。もっと優しくしなくては、ティムはそう誓った。

「じゃあ明日から頑張ろ。おやすみっ」

 そう言ってニルは枕に顔をうずめた。

「おやすみなさい」

 ティムも返事をして目を閉じる。

 確かに導き手というのは悪くない、自分が駄目でも希望を託せる相手がいるということなのだから。

 ティムは久しぶりに、心穏やかに眠りにつくことができた。




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