第1話 ルナティックダンス
サツキが意識を取り戻すとそこは先程までの渓谷であり、砂漠アリジゴクの背中に曲刀の両手剣を突き立てているところだった。
周囲に動くものはない。
(あの二人はどうしただろう? 巨大ミミズの群れは?)
シャムシールを抜き取ると、しばらくして砂漠アリジゴクは消滅した。
リポップする場所はあのすり鉢状の巣だろうから安心していいだろう。
巨大ミミズの群れに飲み込まれたあの時、24hourアビリティのリキャストタイムがゼロになった。
必死にアビリティを発動させた瞬間から意識は途切れ、今にいたっている。
改めて周りを見ると、ずっと先の岩陰に身を隠すようにしているNirvanaとOtmtimの姿が見えた。
しかし目が合うと二人はびくりと身をすくめ、今にも逃げ出しそうな態勢を取る。
サツキは振ろうと上げかけた手を途中で止めた。やっぱりアレが迷惑をかけたのだろうか……。
うつむくサツキの様子を見て、ようやく二人がこちらへと歩いてくる。
「えーと、あんたもう平気? あたしの言葉わかる?」
Nirvanaが恐る恐るといった感じで声をかけてきた。
「……はい」
「そっか。ならよかった」
やっと安心したという感じで二人はサツキの前に立った。
「……すみません。やっぱりご迷惑をかけたみたいですね」
「んにゃ。そんなことないよ! ちょーっとびっくりしたけど」
Nirvanaがぶんぶんと首を振りながら、Otimtimを肘でつつく。
「ええ、大丈夫でしたよ。それにあなたがいなかったらどちらにしろ私たちは助からなかったでしょうし」
「それにしても凄かったけど。アレなんて言うの?」
「……ルナティックダンスです」
「……なるほど。月と狂気が掛かっているわけですね。だから月齢にも影響すると」
「あ、でも。今回は満月だったからっていうのもあるんです」
サツキのスペシャルアビリティは効果時間3分の《ルナティックダンス》といい、月齢によってその効果に違いがでるものだった。
新月ならば全ての能力値が1.5倍になる、この時には完全に自分の体を制御できる。半月ならば能力値は2.75倍だが制御が不完全だった。具体的には自分がターゲットにしたい相手をターゲットにできなかったり、各種アビリティやスキルを勝手に使ったりしてしまう。
そして満月の時には能力値が4倍になるかわりに意識がなくなり、一切の制御ができなくなった。
つまり月齢が満月に近づくほど能力値は上がり制御は不完全に、新月に近づくほど能力値の上昇は少ないが制御ができるようになるというものだった。
「なるるん。だからあんな狂戦士化モードだったのね」
詳しい説明を聞いてNirvanaはそんなことを言った。
サツキはその言葉が気になった。ファンタジー世界の狂戦士は恐れも疲れも知らずに戦い続けるが、敵も味方も関係なしに目に入る者すべてを傷つけようとする。
いままではずっと単独行動をしていたため、他のプレイヤーにまで攻撃を仕掛けるのかどうかわからなかったが、今回はどうだったのだろう。
「……わたし。Nirvanaさんたちのことも攻撃しましたか?」
「んー……」
Nirvanaは鼻の頭をポリポリと掻きながら言葉を濁す。
「まあ、最初に警告を受けてたからね、大丈夫だったよ。ほら、ケガしてないっしょ?」
確かに二人とも見たところ怪我はしていないが、それは避難した後に回復薬などを使っただけかもしれない。
今のNirvanaの話しぶりからすると、やはり攻撃は仕掛けたようだった。
落ち込むサツキを見てNirvanaは励ますように肩を叩く。
「ホントに平気だったって。確かに制御できないのはイタイけど、あれってかなり強いスペシャルアビだよ。自慢していいって。ねえ?」
最後の言葉はOtimtimに向けられたものだったが、話を振られた当人は難しそうな表情で何かを考え込んでいる様子だった。
「ちょっと、聞いてる?」
「ええ、もちろん聞いていましたよ。ただルナティックダンスの威力はニルさんが考えているよりもはるかに強力だと思いますね」
「どういうこと?」
「隠した状態でわかりませんが、おそらくSatsukiさんのレベルは20前後で、ステータスも20~30ってところだと思います。仮に20としてルナティックダンスを満月で使うと4倍の80、上昇分は60ということになります」
Otimtimはまるで教授が学生に語りかけるような口ぶりで話を続ける。
「これがレベルが上がってステータスが100になったとしましょう。それが4倍になると400、上昇分は何と300です。現在使った時の5倍の上昇分があるんですよ。つまりルナティクダンスはレベルが上がれば上がるほど強くなるアビリティであり、とてつもない潜在能力を秘めているってことなんです」
「なーるほどねぇ」
Otimtimは興奮しているようで、Nirvanaも感心したように頷いているが、サツキは素直に喜べなかった。
それは自分の周りにいる人間を傷つける可能性も高くなるということではないのだろうか? それにレベルが高くなるまで生きていられる保証は何もないのだ。
気分が晴れないサツキを元気づけるようにNirvanaが明るく声をかけてきた。
「おっと、順番が逆になっちゃったね。自己紹介する前にアビの話なんてさ」
そう言ってステータスの隠した状態を解除する。
「あたしはニルヴァーナ。ニルって呼ばれてるからあんたもそう呼んで。職業が盗賊っていうのは言ったよね。レベルはちょっと低くてさ、まだ27なんだ。見てのとおり猫の半獣族で種族は森の住人ね」
そう挨拶する姿はまさに猫の亜人である。
ボリュームのあるクリーム色の髪をカチュームで留め、その髪の間から飛び出るようにして耳がピンと立っている。吊り目に、横に広がった大きい口などは猫そっくりだが、獰猛さの中にも愛嬌があり魅力的な表情を作り出している。
体型は人間の女性よりもひとまわり小さめで、そのかわりにバネのありそうな筋肉があるのが見てとれた。
最大の特徴として長いシッポが何かを誘うようにぴょこぴょこと揺れている。
サツキも慌てて隠した状態を解除して挨拶をする。これは相手を信用しているという、現状のNoah世界でのローカルルールだった。
「は、はじめましてサツキです。人間の蛮族で、職業は砂漠の民です。えっと、わたしはレベルがまだ17しかないんです。すみません。あと今日は助けてもらって本当にありがとうございました」
そう言って深々と頭を下げる。
ただサツキとしては助けてくれたことにではなく、会話をしてくれたことに対してお礼が言いたかった。
「助けてもらったのはこっちだって。それにしても職業が砂漠の民っていうの? 珍しいねー。レベルが17っていうのも確かに低いね、人のこと言えないけどさ」
「Noahのキャラクターメイキングは自由度が高いですからね。ニルさんみたいにテンプレで済ませるほうが珍しいんですよ」
「うっさいなー。いいじゃん別に」
Otimtimの言うようにNoahのキャラクターメイキングは自由度が高い――というよりも無限である。なにせ選択制ではなく記述式なのだ。
プレイヤーは外見の特徴、種族や職業を自分で創造してそれをインプットする。無論、世界観に合わないものは却下されるが、そういった場合でもできるだけ要望に近いものが提示される。しかしそれらのオリジナルキャラクターが能力値やアビリティ的に強いとは限らない。むしろ最初から用意されている種族や基本職業の方が強いことが多く、また圧倒的に使いやすかった。
けれどもまだ見ぬ能力にロマンを感じ、何度もキャラクターを作り直す者は多く。Noahはキャラメイクだけで一生遊べると言われるゆえんだった。
「ティムです。人間の中原の住人です。おっとニルさんのことを言えない、種族的に言ったら私も平凡ですね」
Otimtimも隠れた状態を解除して、サツキに自己紹介をする。
見た目は普通の人間。背が高めでどこかのんびりとしているように見えるのは第一印象のとおりだ。だが先程ちらりと見せたように、真剣になった時の表情は学者風で鋭いものがあった。
「職業は付与魔術師、これは分かりやすく言うと武器や防具、道具などに特殊な力を与えるのが専門の魔術師ってことですね。有用な効果だけでなく、呪いなどを付けることもできたりします。レベルはニルさんと同じ27です」
「サツキです。オティムティムさんもありがとうございました。それと巨大ミミズを相手にしている時に危ない目に合わせてすみませんでした」
再び頭を下げた。
しかし顔を上げるとニルは引きつったような、ティムは笑いをこらえているような表情をしていた。
何か変なことを言っただろうか?
「サツキ、あんたさ。意味わかってる?」
「意味――ですか?」
「コイツのフルネームの」
「オティムティムさん――がなにか?」
ティムがついにこらえきれなくなって笑いだした。ニルはやれやれといったように首を振る。
「はぁ。やっぱりわかってなかったか。あのねえ、オティムティムっていうのはオチ○チンのことだよ」
「――――っ!!」
サツキは耳まで真っ赤になった。
VRMMOであるNoahでは、呼吸回数に血圧や脈拍、瞳孔の収縮や発汗、皮膚の状態変化、それら数々の生体変化と脳波を結びつけて現実世界でのプレイヤーの感情表現をも再現する。
「あんたはいつまで笑ってんの。だからそんな名前つけるなって言ったっしょ」
「サツキさんすみません、悪気はないんです。ただちゃんとフルネームで呼んでくれた人って初めてだったんで。私のことはティムでいいですよ」
ようやく笑いのおさまったティムがサツキに謝る。
「は、はい。ティムさん」
「んじゃ、そういうことで街にもどろっかー」
ニルが「んーっ」と伸びをしながら言った。猫の半獣族なだけにその姿は様になる。
「そうしましょう。今日は超過労働でしたから」
ニルとティムが歩き出すのをサツキは見送る。二人は数歩進んだところで足を止めて振り返った。
「なにしてんの? サツキは戻らないの?」
「あ、あの。わたしもいっしょに帰ってもいいんですか?」
ニルとティムは顔を見合わせ――そして思いきり笑い出した。
「あたりまえじゃん。なに言ってんの」
「そうですよ。いっしょに帰りましょう」
「はいっ!」
駆け寄ったサツキの頭をニルがわしゃわしゃと掻き回した。
「あたしたちはもう仲間でしょ」
「……はい」
この世界に来て初めてサツキは泣いた。
しかし最初に流したのが嬉し涙だったことがどれほどの幸運であったのかを、サツキはこの時はまだ知る由もなかった。