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Noah Online  作者: 皐月
第1章 初めての仲間
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第19話 再会の約束

 サツキはグリンディンヴァルトの南門で、柔らかな木漏れ日を浴びながら人待ちをしていた。

 本当ならば今日の朝一番にサツキたち三人はグリンディンヴァルトを出発するはずだった。それをサツキが無理を言って待ってもらったのだ。

 サツキは生木の門に寄り掛かりながら昨日のことを思い返した。



 『オークの前哨基地を潰せ』のクエストをからくもクリアしての帰り道、ニルはベアとティムのことを責めていた。

 もしもあの樽が爆発していたらどうなっていたのか。単にクエスト失敗で済むならばいい、だが残りHP(体力)がわずかで、樽のすぐそばにいたサツキは助からなかった可能性が高い。

 そしてあのギリギリの状況を演出――とまでは言わないが、甘んじて受け入れたのは、ティムとベアが事前に相談していたことだったという。

 その理由というのがサツキの資質をたしかめてみたかったというものだったので、ニルの怒りは収まらない。

 ティムはひたすら謝ったが、ベアは一言「すまなかった」と口にしただけだ。

 ニルはそんなベアにさらに激しく詰め寄る。もともと相性の悪そうな二人だったので、サツキは見ていてハラハラしていた。

 だがベアにはニルの罵声が耳に入っていないようで、黙り込んだままずっと何かを考えていた。

 そしてもうすぐグリンディンヴァルトに着くというところでベアが口を開いたのだ。

「サツキ、おまえはフォーチュンを目指しているのか?」

 それはいきなり核心を突く質問だった。

 サツキは、ニルとティムのことをちらりと見てからこたえる。

「……いえ、そんなことは考えてないです」

 サツキはいまでもフォーチュンを目指したいと思っていた。だが『Lionheart』を結成した時に、ニルたちといっしょにいることを優先したいきさつがある。

 目を伏せるサツキを見て、ベアもなにか事情があると察したようだ。

 そんなベアに噛みついたのはまたしてもニルだった。

「なによあんた。まさかサツキを引き抜き(スカウト)しようって言うんじゃないでしょうね」

「そのつもりだが」

「ふざけるんじゃないわよ!」

 ニルが烈火のごとく怒りだす。本気で斬りかかりそうな勢いなので、サツキはすぐにでも止めに入れる準備をする。

「サツキを進んで危険な目に遭わせるようなヤツに任せられるわけがないでしょ!」

「俺は従っただけで、提案したのはティムなんだがな」

 ベアはニルの怒りを軽く受け流してから言葉を続けた。

「それに誤解しているようだがスカウト対象はサツキだけじゃない。おまえもだし、もちろんティムもだ」

 その申し出は予想外だったようで、ニルは呆気にとられて開きかけた口のまま動きが止まる。

 ベアはニルだけでなく、サツキとティムにも聞かせるように語り始めた。

「俺が引き抜きのためにアイシアを出発する時、相棒――まあ唯一のギルドメンバーなんだが、そいつに言われたことがある。『本気でフォーチュンを目指している、レベルは低いけど志は高い、そういう人間が欲しい』とな。あんたたちはまさしくそれだ、街に篭ることなく上を目指している。能力については、さっきこの目でたしかめた」

 サツキはもちろん、ニルもティムも言葉が出てこず黙ったままだ。

「ギルドの目的はただひとつ。フォーチュンを見つけてNoahから脱出することだ。どうだ、いっしょにやらないか?」

 重ねてベアに請われて、ニルとティムは顔を見合わせて考えこんだ。

 二人が想定していたケースにこんな事態はなかった。引き抜きがあるとしてもそれはサツキだけのことで、二人はそこまで導くことが役目だと考えていた。

 だが悪い話ではない。引き続き三人がいっしょにいられるのだし、ニルにしてもベアの実力は認めざるをえない、ギルドの目的もはっきりしている。

 しかしそんな二人を制するように、サツキのきっぱりとした声が響いた。

「ベアさん、お誘いありがとうございます。でも、申し訳ないですがお断りさせてください」

 ニルとティムは驚いて、ベアは表情を変えずに、サツキを見つめる。

「『Lionheart』をつくった時に決めたんです、わたしたち三人でやれるだけやってみようって。ベアさんのことはとても尊敬しています、だから誘ってもらえたのは本当に嬉しいです。でもわたしは最後までこのギルドでやっていくつもりです。ごめんなさい」

 サツキはそう言って深々と頭を下げた。

 ベアはしばらく無言でいたが、その武骨な表情に笑みを浮かべた。

「残念だがそんな気はしていた。あまり気にするな、こんなのはよくあることだ」

 だがサツキとしては申し訳なくてベアの顔をまともに見られない。下を向いているサツキの頭に、ベアがその大きな手をそっとのせた。

「ギルドが別でも協力することはできる。アイシアで会ったら、その時にまたパーティを組もうじゃないか」

「本当ですか!?」

 サツキが喜びに顔を輝かしてベアを見る。

 本当に感情表現の素直な娘だと思い、ベアは苦笑した。

「こっちが頼んでいるんだ。優秀で信頼できる人間は貴重だからな」

「こちらこそよろしくお願いします!」

「はーいそこまで、いつまでもサツキにさわってるんじゃないわよ」

 ニルがサツキの頭にのっているベアの手を払いのける。触れていたのを指摘されてサツキもベアも顔を赤くした。

 似たもの同士ですねぇ、ティムはそんなことを思いながら微笑んだ。


 ベアはもう少しグリンディンヴァルトで勧誘できそうな人物を探してから、ミンクスへ出発するということだった。その後は南下して砂漠のオアシス都市へと向かうそうだ。サツキたちとは逆回りということになる。

 おそらくアイシアに着くのはサツキたちが先になるだろう。

「また会うのだから、明日は見送りに行かんぞ」

 ベアはそう言ってサツキたちと別れた。

「照れてるくせに『また会う』っていうことは強調してて、いやらしいわねー」

 ニルはベアの姿が見えなくなるとそんなことを言った。

 サツキにはニルがなぜこんなにもベアを目の敵にするのかがわからない。ティムにたずねてみたのだが、ひどく笑ってこたえてくれなかった。



 そうやってベアとは満足のいく別れができたのだから、あの人ともちゃんと話がしたいと思った。

 グリンディンヴァルトには東西南北、四つの門があるが、サツキは南門に賭けた。

 最初に出会ったのが南の森だったからという理由だけだが、もしここで会えないのなら諦めようと思っていた。

 願いが通じたのか、街の中心部からほっそりとした人影がこちらに歩いてくるのが見えた。

 サツキは寄りかかっていた門から身を起こす。

「おはようございます、ミスティアさん。少しお時間をよろしいでしょうか」

 今日も巡回(パトロール)に行くのだろう。ミスティアはいつもの長弓(ロングボウ)を背負っている。

「またおまえか。今日はなんの用だ?」

「ミスティアさんの――現実世界(リアル)について伺いたいんです」

 それを聞いてミスティアの端正な顔に、疑問と警戒、そして緊張の色が浮かんだ。

「ついてこい」

 ミスティアは街を出ると、道を逸れて森の奥へと進んで行く。サツキは黙って後につづいた。

 しばらく歩き、そこだけ木がまばらで気持ちよく陽のあたる小さな広場まで来ると、ミスティアは振り返った。

「話を聞かせてもらおうか」

「はい、最初に気になったのはミスティアさんの戦い方です」

 ミスティアの自らの防御を顧みない超至近距離からの一撃必殺、サツキにはあの姿がずっと目に焼き付いていた。

「あれはどう考えても弓術士(アーチャー)基本的(スタンダード)な戦い方ではありません、それでもミスティアさんのオリジナルだと考えればまだ納得できました。その後、ミスティアさんについての話を聞くまでは」

「私について?」

「ごめんなさい、いろいろな方にたずねてみたんです。以前はレアモンスター狩りギルドでギルドマスターをしていて、こういう状況になってすぐにそのギルドを解散したこと。今では森を巡回して、戦闘不能者が出ないように気をつけていることなどを教えてもらいました」

「……おしゃべりな連中が多いな」

「それでわかったことは、ミスティアさんは戦闘不能を極端に恐れているということです。だから軽率な行動をしたわたしのことを叱ったんです。でも、矛盾していますよね」

「何がだ」

「戦闘不能を恐れているはずのミスティアさんが、あんな危険な戦い方をしていることがです」

「おかしくはないだろう。さっきおまえは、あの戦い方が私のオリジナルだと考えれば納得できると言ったはずだ」

「それは違います。これも聞いたんです、こうなる以前、まだミスティアさんがギルドマスターをしていた頃は、普通の弓術士と同じような戦い方をしていたと」

 それはサツキがベアに勧誘の話を聞いている時に質問したものだった。さっき勧誘していた人を以前から知っていたのか、知っているのならばどういう人物でどういう戦い方をしていた人だったのかと。

 ベアは知っていることを全て教えてくれた。

「戦闘不能を回避するべき状況になってから、危険な戦い方にわざわざ変更した。それも戦闘不能を極端に恐れているはずのミスティアさんがです。どう考えても矛盾しています」

「…………」

「ミスティアさん、教えてください。あなたには現実世界に守らないといけない人がいるんじゃありませんか?」

「……なぜそう思う」

「ミスティアさんが焦っているように見えるからです」

「私が焦っているだと」

「ミスティアさんは優秀なギルドマスターで、ギルドも統制のとれたものだったと聞きました。それならそのギルドでフォーチュンを目指してもよかったはずです。でもそうしなかった、なぜならミスティアさんには現実世界に守らないといけない人がいて、戦闘不能には――つまり死ぬわけには絶対にいかないから、わずかなリスクでも冒せなかったんです」

 それがサツキが導き出した、ミスティアがギルドを解散してグリンディンヴァルトに隠遁した理由だった。

「でも森を巡回して毎日を過ごしていると、本当にこれでよかったのか、フォーチュンを目指すべきだったのではないかという気持ちに苛まれたんだと思います。その結果、あんな自暴自棄ともいえるような戦い方になったんです」

 ミスティアは口を強く引き結んで険しい表情をしていた。サツキはそれに気づいても話すのをやめなかった。

「勧誘を断った時もそうです。ベアさんも驚いていました、理性的なはずのミスティアさんが、まるで子供が駄々をこねるように「無理だ」「できない」と繰り返していたと。この時も誘いを受けるべきだという葛藤があって、そんな態度になったんだと思います」

「……それでおまえは結局なにが言いたいんだ」

 ミスティアは全ての感情を飲み込んだように、抑えた口調でそう絞り出した。

 サツキはそんなミスティアを正面から見つめ、強い気持ちを込めて告げた。

「わたしに任せてもらえませんか」

「何をだ?」

「わたしがフォーチュンを見つけます。そして見つけたら必ずミスティアさんに伝えます。それまでは自棄(やけ)にならずにグリンディンヴァルトで待っていて欲しいんです」

「おまえが?」

 ミスティアは最初、唖然としてサツキのことを見ていたが、しばらくすると小さく笑いだし、それが徐々に大きくなっていくと、しまいには狂ったように笑いだした。

「おまえが? こんな辺境でもたもたしているおまえが? 剣歯虎(サーベルタイガー)にすら勝てないおまえが? おまえが私の何を知っている。自分の能力もわきまえずに人助けか? おまえは何様のつもりだ!!」

 笑いの後には激しい怒りが待っていた。しかしサツキの気持ちは折れない。

 サツキはここ最近の出来事でフォーチュンへの想いを再び強くしていた。ベアという具体的にフォーチュンを目指している人間に出会った影響も大きかったが、何よりもニルに現実世界で会うという明確な理由ができたからだ。

 そしてもしフォーチュンを見つけることができたら、それを自分だけのものにするつもりはなかった。

「たしかにわたしのレベルは低いです。アイシアにすら行ったことがありません。Noahについても知らないことばかりです。もちろんミスティアさんについても知りません。それでも! それでも、わたしがフォーチュンを見つけて必ずミスティアさんに伝えます。それまでわたしを信じて待っていてください」

 サツキの真っ直ぐな視線を避けるようにミスティアがうつむく。

 そのまま二人とも沈黙したまま長い時間が流れた。

 さすがにサツキが心配になって傍へ行こうとした時、下を向いたままのミスティアから小さな声がした。

「……六歳になる息子がいる。今は元夫に引き取られて――私に言わせれば奪い取られてだが、暮らしている。元夫の家はいわゆる名家というやつでな、躾だの習い事だのいろいろと厳しいらしい。会うたびに息子は私といっしょにいたいと泣きついてくるよ。だからいつかは私が引き取って二人で暮らすつもりだ。そのために必死に働いて貯金をしている。知っているか、VRMMOというのは金の貯まる趣味だということを?」

 それはサツキも知っていた。初期投資はそこそこするがそれ以降は月額課金だけ、拘束時間が長いので他のことにお金を使う暇すらない、学生はともかく社会人だとお金が貯まる一方だと聞いたことがある。

「何もせずにいると息子のことを考えてしまうからな、暇潰しには最適だったよ」

 ミスティアは自嘲するように笑ったあと、叩きつけるように言い放った。

「だから、私は絶対に死ねない!」

 サツキは声を掛けられないでいた。ミスティアには何か事情があるとは思っていた、だがそれはサツキの想像をこえることだった。

 自分は他人の心の踏み込んではいけないところに、無遠慮に踏み込んでしまったのではないかと後悔した。

 その時、ミスティアがかすれた声で呟いた。

「……本当か?」

「え?」

「本当におまえを信じて待っていていいのか?」

 ミスティアは下を向いたままだが、サツキは決意の表情でこたえる。

「はい」

 顔をあげてサツキを見たミスティアの目から一筋の涙が零れ落ちた。

「……すまない。頼む」

 ミスティアは口を押さえて泣き出した。それでも嗚咽が漏れてくるのを抑えられず、目からは涙が次々と溢れている。

 上手くできるかはわからなかったが、サツキはいつも自分がニルにそうしてもらっているように、ミスティアの頭を抱きかかえて優しく撫でた。



 グリンディンヴァルトへと戻る道すがら、ミスティアが唐突に笑いだした。

「勧誘にきたあの男、頭の堅い愛想のない奴だと思っていたが、存外おしゃべりだったんだな」

 どうやらベアがサツキに対して、ミスティアのことをいろいろと話したことを言っているらしい。

「あの、わたしが無理に聞き出しただけで、ベアさんは良い人ですよ」

「私も悪い人間だとは言っていない。ただあの男から、あれだけ情報を引き出したのが凄いと思ってな」

 ミスティアは隣を歩くサツキを興味深そうに見つめる。

「昨日のことだって偶然じゃない、ずっとおまえが気になって後をつけていたんだ。私はギルマスをしてきたし、現実世界でも仕事柄多くの人と会うんだが、おまえのようなやつは初めてだよ」

「……でもわたしは、現実世界では駄目な人間です」

 うつむくサツキの頭にミスティアの手がのせられた。

「自信を持て。少なくとも私はおまえを信じた。他人を信じさせることのできる人間が駄目なはずがない」

 みんながわたしの頭によく触れるのはなぜだろうとサツキは思う。頼りなさそうで励ましてやりたくなるのだろうか。だがそれは嬉しい感触だった。



 グリンディンヴァルトの南門まで戻ると、サツキとミスティアは別れの挨拶をした。

「それじゃあ、わたし行きます」

「ああ、私はここで待っている」

 サツキは最後にミスティアに一礼すると街中へと足を向ける。

「サツキ」

 呼ばれてサツキは振り向く。ミスティアに名前を呼ばれたのは初めてだった。

「気をつけて」

 ミスティアの美しい顔に、母親が子供を見守るような優しい表情が浮かんでいた。おそらくこれがミスティアの本当の顔なのだろう。

「いってきます!」

 大きく返事をして、サツキは待たせているニルたちのもとへと走り出す。

 こうしてサツキはふたつの再会の約束をして、グリンディンヴァルトをあとにした。




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