第18話 リーダーの資質
サツキたちが見守るなか、オークの戦闘車両は押し手のオークの働きでパーティと対峙する位置にまで移動してきた。台座に座る指揮官役のオークは槍を振り回しながら好戦的な雄叫びをあげている。
これを倒さないとクエストクリアにはならないのだろう。
サツキが曲刀の両手剣を構え直した時、可視ウィンドウに数字が表示された。
『5:00』から開始されたものが『4:59』『4:58』と減っていく。
「なにこれ? カウントダウン?」
「時間内に倒さないとクリアとは認められないということでしょうか」
ニルとティムにもわからないらしい。
「気をつけろ。くるぞ」
ベアの言葉に、全員が緊張して前を見つめる。
最初はゆっくりとだが、徐々に加速してきたオークの戦闘車両は、そのままサツキたちを轢き潰そうと一直線に突っ込んできた。
「よけろ!」
さすがのベアでもこれをブロックすることはできない。指示を出すと自らも横へと飛び退く。
サツキとニルは余裕をもってかわすことができたが、ティムだけは危うく轢かれそうになりながらギリギリのところで避けた。
「ティムはさがってて」
「そうさせてもらいます」
ニルのアドバイスにしたがって、ティムは建材用の丸太のかげへと退いた。
オークの戦闘車両はパーティの轢き潰しに失敗するとブレーキをかけて――押し手のオークが足を踏ん張ってだ――止まると、方向転換をして再び突撃の構えをみせる。
「アレを潰すには、まずは押し手のオークを倒さないとだめだな」
「でも走ってる最中は無理よ。方向転換してる時しかチャンスはないわね」
ベアとニルが作戦の相談をするのを邪魔するように、二度目の突進がやってきた。
サツキはそれをかわしながら、すぐ横をオークの戦闘車両が通り過ぎるのを見てあることに気がついた。
「台座の後ろにある樽のようなものはなんでしょう? 煙が出ているのですが」
サツキに言われて他の三人も戦闘車両を観察する。
正面からだと指揮官オークに隠れて見えにくいが、たしかに荷台にくくりつけられるようにして樽が置かれている。そして樽の合わせ目から煙が漏れているのが見えた。
「……なーんかイヤな予感がしない?」
ニルが顔を引きつらせる。
サツキも同じことを思った。カウントダウンと合わせて考えると、自然と導きだされる結論がある。
三度目の突進をかわした時にそれは確信に変わった。先程よりも煙の量があきらかに多くなっていたし、バチバチと何かが爆ぜる音まで聞こえたのだ。
「Noahに火薬なんてあったの!?」
ニルが叫ぶ。
「銃使い系の職業は未実装のはずですが、まさか敵が使用してくるとは予想外でしたねえ」
「なにのんきなこと言ってるのよ! ねえ、これって仕切り直したほうがよくない!?」
ニルの言うとおり、いったん柵の外へ出てクエストをリセットした方がよいかもしれないとサツキも思った。
オークの戦闘車両の存在や、時限装置付きの爆発物があることを知った今ならば、その対策を立てて挑むことができる。
だがベアとティムは視線を交わして頷くと、とんでもないことを言いだした。
「いや、このまま続行しよう」
「私も賛成です」
「あんたたち、なにバカなこと言ってるのよ!!」
サツキもニルと同じ考えだった。カウントダウンは『3:40』と表示されている、すでに一分半近くを無駄にしているのだ。
「ベア、あんたがさっき言ったんじゃない。まずは押し手を倒さないといけないって。方向転換の間しか攻撃できるチャンスがないんだから、時間が全然足りないわよ!」
「要するに戦闘車両の動きを止めればいいんだろう?」
「だからそれが無理だって言ってるの! あたしたちにはクラウドコントローラーやデバッファーはいないのよ。どうやって足止めするのよ!?」
「俺がやる」
ベアがそう言うと、身に着けていた装備が次々と消え、隆々たる筋肉があらわになった――次の瞬間、驚くべきことがおこった。
その筋肉がさらに盛り上がったかと思うと茶褐色の毛に覆われていく。ベアの巨体がもう一回り大きくなり、指の先には鋭い爪が現れ、顔が獣のそれになる。
一瞬のうちにそこには二本足で立つ巨大な熊がいた。
熊男の種族特性である『獣化』だった。
獣化したライカンスロープ族は、変身した獣の能力を発揮できる。
例えば熊ならば人よりはるかに強い力を得ることができたが、当然ながら武器や防具は装備できない。また使えるようになるアビリティやスキルも人型の時とは別だった。
サツキが唖然として見上げていると、熊から聞き覚えのあるベアの声が聞こえてきた。
「サツキよく聞け。パーティを組んだ時に、自分のことしか考えない奴は三流。周りに遠慮して全力を出せない奴は二流。他のメンバーに指示を出しながら、自分とパーティ全員が最大の力を発揮できるようにする人間だけが一流なんだ。それをやってみせろ」
それだけ言うと、ベアは四足歩行に切り替えてオークの戦闘車両の正面に立ちはだかる。
サツキが呆然としていると、ティムが優しく声をかけてきた。
「サツキさんにならできますよ。私だけでなくベアさんもそう思っています。それと、今日は私たちが出会ってから半月――つまり新月です」
それを聞いてサツキの意識が覚醒した。
新月ならばルナティックダンスを使っても制御は完全に自分のものだ。
オークの戦闘車両は真正面に立ちはだかる、獣化したベアに向かって突っ込んできた。
ベアは四肢を踏ん張ると上体を低くしてそれを待ち構える。
そして戦闘車両が眼前までくると、先頭に備え付けられた三本の杭をかいくぐるようにして自ら体当たりをしていった。
激しい衝突音がして木片が弾け飛ぶ。
ベアの後脚が地面をえぐるようにして後退するが、気合の声とともに獣化した体中の筋肉が盛り上がると、ついにそれが止まった。
車上で指揮官オークが喚きながら押し手のオークを叱咤する。だが押し手のオーク三体がどんなに必死になろうとも、止まった車輪はピクリとも動かない。
すると指揮官オークは手に持った槍でベアを突いてきた。
戦闘車両を止めることに全身全霊を使っているベアにその攻撃をかわせるはずもなく、肩口に深々と槍が突き刺さる。
「ベアさんっ!!」
サツキの叫びにベアは平然とこたえた。
「そんなには持たんぞ」
カウントを確認するとジャスト『3:00』だった。ベアとティムに退く気がないのならやるしかない。
サツキはルナティックダンスを発動すると同時に指示をだした。
「ティムさん。わたしとニルさんに武器強化付与を。その後はベアさんの回復をお願いします」
「わかりました」
ティムは返事をするとすぐに魔法を唱える。サツキのシャムシールとニルの銀製のーダガーが白い光に包まれた。
「ニルさん、最初から背後からの一撃を使ってください」
「それだとリキャの関係でこの戦闘中はもう使えないよ」
「構いません。まずは押し手の数を減らすことが先決です、最初から全力でいきましょう。タゲが張り付くでしょうが回避専念で耐えてください」
「わかった!」
ニルは戦闘車両を押している三体のオークのうち左端にいるものを狙って、その無防備な背後からバックスタブで斬りつけた。
攻撃を受けたオークは甲高い声で鳴くと、戦闘車両を押すのをやめて武器を取りだしニルへと襲いかかる。ニルはパリイを発動すると攻撃を続け、サツキも同時に攻撃を仕掛けていった。
最初にダメージの高いバックスタブを見舞ったためにニルへと攻撃が集中するが、パリイの効果でそれをことごとくかわしていった。
サツキとニルの集中攻撃を浴びて押し手のオークの一体が沈んだ。
「次はわたしが防御を捨てて全力攻撃しますので、ニルさんはわたしの回復メインでお願いします」
「了解」
サツキは右端の押し手オークにむかって、最初から全力で攻撃を仕掛けた。
今のサツキはルナティックダンスの効果で全能力値が1.5倍になっている、つまりLv45に相当するはずだった。元々の攻撃力も含めて考えれば、Lv38のニルに疑似回復役になってもらって、サツキが攻撃に専念したほうがダ与ダメは多いはずだ。
サツキはいっさい防御のことを考えずにひたすら攻撃をしていく。ダメージはニルが回復薬が付与された銅の指輪を使って、片っ端から回復していった。
二体目の押し手のオークが倒れた時の残りカウントは『1:40』、果たして間に合うのか。戦闘車両にくくりつけられた樽はいよいよもって激しく煙を吹き上げている。
「三体目はニルさんがタゲをとって逃げてもらえませんか。もうパリイがないので厳しいとは思いますが……」
「ようするにマラソン【※ターゲットをとった人間がひたすら逃げ回って敵を引っ張りまわすキープ戦術】ね。任せて!」
言うなりニルは最後に残った押し手のオークに一撃を加えると、そのまま一目散に逃げ出した。
オークは怒りの声をあげてそれを追いかける。
「こっち終わりました! ベアさん大丈夫ですか!?」
「早かったな。指揮官を攻撃するにはまずはこの車両を壊さないとダメらしい。やるぞ」
ベアは立ち上がると獣化時アビリティ『熊の爪』を発動した。前脚が凄まじい勢いで振り回され、瞬く間にオークの戦闘車両を粉砕していく。サツキもそれに加勢する。
戦闘車両が木屑へと変わっていくなか、煙をあげている樽だけは傷がつかなかった。攻撃指定に選ぶこともできないので、そういう仕様らしい。
ならばあとはオークの指揮官を倒すのみ――そう思った時、ニルの叫び声がした。
「ごめん、絡んだ!!」
サツキが驚いて振り返ると、ニルの背後にはオークだけでなく森林虎が迫っていた。
「いったいどこから!?」
「おそらくフィールドモンスターが絡んだのでしょう。ニルさんは、柵に沿うようにクエストエリアの外周を逃げていましたから」
ティムが冷静にこたえるが、その表情には言葉ほど余裕はなかった。
オークとちがって虎は足が速いので、ニルでも追いつかれてしまう。助けにいかなくてはならない。
となると二択だ。
――迷った時には責任が大きいほうを自分が選べばいい。
ベアの渾身の一撃によって戦闘車両の車輪が吹き飛んだ。それによって指揮官オークが地面へと放り出される。
「指揮官はわたしが相手をします。ベアさんはニルさんを助けてください」
ほんの一瞬、サツキとベアの視線が合った。
「わかった、あっちは任せておけ」
ベアは四つの脚で地面を蹴ると、ニルのもとへと駆けだしていく。
「ティムさん、回復はお任せします。全てを使い切ってどうしようもなくなった時だけ教えてください」
「わかりました」
カウントは『0:59』と一分を切った。
サツキは指揮官オークへと猛然と斬りかかり、迎え撃つ指揮官オークはサツキにむかって槍を突きだした。
最初からかわす気のないサツキはそのまま懐へ入り込むと、三日月斬りを発動して指揮官オークの頭から股までを一刀両断した。
大ダメージを与えたというたしかな手応えを感じたが、代償としてサツキの顔にも槍にえぐられたひどい痕がついた。
その傷をティムが回復をとばして治療する。
槍が相手ならば接近戦を挑んだほうが有利だと判断し、サツキは攻撃を喰らっても決して下がらずにシャムシールを振るい続ける。
するとオークの指揮官が頭上で槍を回転させた――その瞬間サツキは迷った。
おそらくあれは特殊攻撃の予備動作だ、しかしこのわずかな隙が攻撃のチャンスなのも間違いない。
サツキは攻撃を選んだ。
しかし、その僅かな迷いのぶん遅れがでた。サツキの攻撃が届くまえに、螺旋の渦を巻いて突き出された槍が、サツキの胴体を貫いた。
「サツキさんっ!!」
吹き飛ばされて地面に転がるサツキに対してティムが連続で回復をとばす。
「大丈夫です」
サツキはすぐに立ち上がったが、可視ウィンドウに表示される自分のHPが全回復していないことに気がついた。
「すみません、回復は全部使い切りました……」
ティムが悲壮な声で告げる。
それはサツキの予想よりはるかに早かった。
だが戦闘車両を受け止めていた間、ベアは無防備な状態で攻撃を受け続けており、それに回復を注ぎ込んでいたのだから無理もないのかもしれない。
「サツキさん、今なら間に合います。撤退して仕切り直しましょう」
サツキがカウントを見ると『0:32』だった。
それが懸命な判断なのかもしれない、だがサツキは退きたくなかった。
「ティムさんはもしものことを考えて柵の所まで退避してください。わたしはやれるだけやってみます」
なおも引きとめようとするティムを振りきると、サツキは指揮官オークへの攻撃を再開した。
残りのHPを考えると、さっきの特殊攻撃だけは絶対に喰らってはいけない。あれがヒットすれば間違いなく戦闘不能になるだろう。
ティムは激しい後悔に襲われた。
ティムの予想よりオークの戦闘車両は手強かったし、森林虎が絡んだことも想定外だった。何よりいざとなれば仕切り直せると考えていたのが甘かった。
サツキはリーダーに指名されたために、このクエストを完遂させることに強い責任感を持ってしまっている。
あたりまえだがサツキを見捨てるわけにはいかない。
ニルかベアなら回復アイテムがまだ残っているはずだ、間に合うかどうかはともかく、やれることをやるしかない。ティムはニルたちのもとへと駆け出した。
サツキは焦っていた。
残りHPが少ないために、先程までの肉を切らせて骨を断つという戦術が使えない。かといって槍の間合いはシャムシールより広いので、なかなかオーク指揮官の懐に入り込めず、ダメージを与えられないでいた。
そうする間にもカウントダウンはどんどんと進んでいく。
もう間に合わないかもしれない――そう思った時、ベアの声が届いた。
「サツキ、こっちは倒したぞ!」
ならば後は目の前の敵を倒すだけ。サツキの眼に力が戻る。
それに誘われるように指揮官オークが頭上で槍を回転させた。
それを見た瞬間、サツキは迷わずに踏み込む。
だが螺旋の渦を巻いて突き出された槍は、無情にもサツキの体を貫いた。
――しかし、槍に貫かれたサツキの姿がゆらめくようにして消えていく。槍がとらえたのはサツキの職業技能、蜃気楼の幻影だった。
サツキは指揮官オークの胸に、柄が胴体に達するほど深く、シャムシールを突き刺していた。
指揮官オークのHPは0になり、その姿が消滅する。
カウントは『0:07』間に合ったのだ。
サツキは大きく息を吐く。だが安心したのも束の間、ニルの叫びが響き渡った。
「なんでカウントが止まらないの!?」
サツキが見るとたしかにカウントが進んでいる。まさかまだどこかに倒していない敵がいるのだろうか。
慌てて周囲を見回そうとすると、ニルではない女性の声がした。
「樽を壊すんだ!」
声に反応し確認すると、先程までは攻撃指定にできなかったはずの樽が、今ではターゲットできるようになっている。指揮官オークを倒したことでフラグが立ったのだろう。
残りカウントをたしかめるまでもない、攻撃チャンスは一度だけだ。
サツキは樽に走り寄り、渾身の一撃を振り下ろした。
粉砕された樽が消滅するとカウントは『0:01』で止まり、エフェクト音とともにクエストクリアの表示がされた。
全員が安堵のため息をつくなか、サツキは柵の外に立っているミスティアのもとへと走り寄った。
「ありがとうございます。また助けてもらいました」
「一言教えただけだ」
ミスティアは今日も怒ったような表情を浮かべている。
サツキ以外のみんなも声の主が誰だったかに気がついたようだ。ベアは何ともいえない表情を浮かべている。この二人は勧誘した側と、それを断った人間だ。
「あいつに礼でも言われたら寝覚めが悪くなるな」
ミスティアは背を向けて、早々に立ち去ろうとする。
「ミスティアさん、あの――」
サツキがその背中を呼びとめた。ミスティアは顔だけで振り返る。
「なんだ」
「――いえ。本当にありがとうございました」
ミスティアもなにか言いたそうに少しの間ためらっていたが、結局なにも言わずに歩きだした。
その姿を見送るサツキにニルが近づいてくる。
「なにサツキ、あの人と知り合いだったの?」
「ええ、少し」
こうしてサツキたちは、グリンディンヴァルト最高難易度のクエスト『オークの前哨基地を潰せ』をクリアした。




