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Noah Online  作者: 皐月
第1章 初めての仲間
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第17話 オークの前哨基地を潰せ

 サツキたち三人が、朝の穏やかな陽光に照らされているグリンディンヴァルトの北門で待っていると、街の中心部からやってくる上半身裸の大男の姿が見えた。

 サツキがその人物に向かって大きく手を振る。

「ワイルドベアさんこっちです」

 呼びかけられたベアはそれに小さく頷き返すと、最後の距離を走ってやってくる。その走りは意外にも軽快だった。脂肪がほとんどなく全身が弾力にとんだ筋肉である証拠だろう。

 ベアはサツキたちの傍まで来て立ち止まる。

「待たせてすまない。それと俺のことはベアでいい」

「はい、ベアさん。それとまだ集合時間前ですから謝ることはないですよ。クエストのオファーのほうは?」

「受けてきた」

 ベアは返事をしながら可視ウィンドウを開いて装備画面を操作する。瞬く間にベアの巨体が純白の板金鎧(プレートメイル)に包まれていった。

 左腕には野球のホームベースを縦長にしたようなヒーターシールドが装備されている。

 腰に吊ってあるのは片手用の広刃の剣(ブロードソード)だが、その大きさはサツキの曲刀の両手剣(シャムシール)とほとんど変わらなかった。

 鎧も盾も意匠が凝っていて、防具であるのに芸術品のように美しかった。それがベアの巨体を覆っているのだから通常よりもはるかに見栄えがする。

 サツキが思ったままの感想を口にした。

「ベアさん格好いいですねえ」

 その発言が聞こえなかったかのように、ベアはニルとティムの方へと顔を向けた。

「二人もよろしく頼む。俺のことはベアで構わないが、こちらからも敬称は省かせてもらうぞ」

「もちろんそれで構いません。今日はよろしくお願いします」

「……りょーかい」

 ティムは微笑みながら友好的に、ニルは愛想のなさを隠そうともせずに返事をした。

 誤魔化そうとしているがニルが見るに、ベアが先程のサツキの言葉に照れているのは火を見るよりも明らかだった。

 サツキたち『Lionheart』のメンバーにベアを加えた四人は、グリンディンヴァルトでオファーできるクエストのなかでも最高難易度と思われる『オークの前哨基地を潰せ』をこれから攻略に向かうところだった。



 サツキは昨晩、ベアにクエストの手伝いを頼んだがあっさりと断られた。サツキ自身、最初から無理な頼みだとわかっていたので、断られたことについてはまったく気にしなかった。

 それよりもベアのことや、そのギルド、そして勧誘や引き抜き(スカウト)についていろいろと聞きたかった。そこで駄目で元々と申し出ると、思いもよらずベアが席を勧めてくれたのだ。

 話はとても興味深かったし、話し手のベアにも好感を持った。最初はぶっきらぼうな人なのかと思ったのだが、サツキの質問にもひとつひとつ丁寧にこたえ、誠実な人間なのだということがわかった。

 だから話が終わった時には心からの感謝を述べてその場を辞そうとした。

 それで驚いたのはベアのほうである。

 サツキが勧誘について興味があると言ったのは、単に会話を継続してクエストの手伝いを再び頼むための口実だと思っていたのだ。

 それなのにサツキは驚くほど熱心にベアの話を聞き、それが終わると丁寧な感謝の言葉を述べてそのまま帰ろうとしたのだ。

 思わずベアは「クエストの手伝いはもういいのか?」と自分の方からたずねてしまった。

 するとサツキは振りかえって不思議そうな顔をする。

 ベアとしてはどうしてこんなことになってしまったのかわからないが、成り行き上こう言うしかなかった。

「俺でよければ手伝うが」

 サツキは一瞬なにを言われたのかわからないようだったが、その意味が頭に浸透すると嬉しそうな声をあげた。

「ホントですか!?」

「ああ」

「ありがとうございます! ギルドの人たちを紹介しますね」

 こうしてベアはサツキたちのクエストの手伝いをすることになったのだ。

 ベアもこのクエストはやっていなかったのでまったくの時間の無駄というわけではないが、当初の予定から大きく外れていることには間違いなかった。

 だがこうなったことを、さほど後悔していないのも事実だった。



 グリンディンヴァルトの北門を出ると、一行は森の小道を北へ向かって進んでいく。先頭にはサツキとベアが並んで歩いていた。

「なぜ普段は鎧を着ないんですか?」

 サツキが隣を歩くベアを見上げるようにしてたずねる。

「単純に動きづらくて邪魔だからというのもあるが、音がな……」

「音――ですか?」

「ああ。金属の触れ合うカチャカチャいう音がどうも落ち着かないんだ」

 言われてみればたしかに、ベアが歩くごとにプレートメイルの可動パーツが触れ合う音や、関節部分が擦れる音が聞こえる。

 サツキは革鎧(レザーアーマー)、ニルは布の服(クロース)に革の胸当をしているだけの軽装、ティムにいたってはローブなので、金属鎧の音というのは新鮮だった。

 動くのに合わせて鳴るそのリズミカルな音は、特に気になるようなものではないと思うのだが。

「ベアさんって意外と繊細なんですね」

「それは馬鹿にしているのか」

「ちがいますよ」

 サツキは否定しながらも笑ってしまう。

 もちろん馬鹿にしているつもりはない。だがこんな大きな体をしているベアが、そんな些細なことを気にするギャップがおかしいのだ。

 笑っているサツキを見てベアが憮然とした顔をする。そんな素直な感情表現をみせるベアがおかしくて、また笑ってしまった。


 ニルは数歩先を歩くサツキとベアを眺めていた。するとサツキが楽しそうに笑う声が聞こえてくる。

「……ずいぶんと仲が良いじゃない」

「サツキさんをとられてヤキモチですか?」

 ニルは、隣を歩きながら苦笑しているティムを睨みつける。

「なによそれ」

「可愛い妹に初めてボーイフレンドができた姉の心境、といったところですね」

「バッカじゃないの。あたしがそんなヤキモチやくわけないでしょ」

 ティムにしてみればそのヤキモチはべつに恥ずかしいものではないと思うのだが、ニルとしては認めたくないプライドがあるらしい。

 そもそもサツキには、礼儀正しいくせに、いきなり相手の懐に飛び込んでしまうところがある。人にもよるだろうが、その性格を気に入る者も少なくないとティムは分析していた。具体的には年上の、面倒見がよい人間には可愛がられるだろう。ニルがそうだし、おそらくベアもこのタイプだ。

 逆に同世代の人間、特に同性には反感を持たれていたのでは、と思っていた。サツキ自身にはそんなつもりはなくても『目上に媚びている良い子ちゃん』というレッテルを張られていたのは想像に難くない。

 そういう意味ではプレイヤー年齢が高めであるVRMMOの世界というのは、サツキには合っているのかもしれない。ティムはそんなことを考えていた。

「にしても美女と野獣だわね。冗談抜きに銀製の(シルバー)ダガーの試し斬りをしてやろうかしら」

「……物騒なことは想像だけにしてくださいね」

 こんなことを言っている時点でヤキモチ以外のなにものでもないだろうと思ったが、これ以上からかうとニルが本気で怒りそうなのでやめておいた。

 ティムにはベアがサツキのことを気に入っているのなら頼みたいことがあった。もちろんベアのギルドにサツキを誘ってくれるようにということではない。それは二度と口には出さないとサツキと約束したことだ。

 ティムはサツキの性格も素晴らしいと思っているが、その才能も高く買っている。その資質を本領発揮できる環境で見てみたいと思っていたのだ。



 森の中を一時間ほど歩くと木々がまばらになり徐々に視界が開けてきた。

 サツキたちの目に飛び込んできたのは、丸太で造られた粗末な柵と、その中で働いているオークの姿だった。

 オークは豚の妖魔と言われているが、下顎から伸びる鋭い牙や、硬そうな体毛などを見るとイノシシに近い。体格は人間(ヒューマン)の男性よりも一回り大きかった。

 柵の内側には視認できるだけで十体以上のオークがいる。櫓のようなものを造っているものや、武器を持って周囲を警戒しているものもいた。

 サツキは装備の確認などの準備を始めた。そこへニルが近づいてくる。

「……サツキ、すごい楽しそうだったじゃない」

 ニルにそう言われても、サツキには何のことかわからない。

「なにがですか?」

 ニルが親指でさす先にはベアがいる。なにやらティムと会話をしているが、二人とも声をひそめているので何を話しているのかはわからなかった。

「ああ、だってベアさんっておもしろいんですよ。あんな大きな体なのに可愛いところがあって。どんなことにも真面目にこたえてくれるんですけれど、それがちょっとズレてたりして。そういうところが萌えポイントですね」

 サツキは屈託なく笑っている。

 ニルはそんなサツキを見て、天然なところがあるのはあんたもだけどね、と思った。

 ティムには姉の心境などと言われたが、ニルは単に世間知らずで純粋なサツキに悪い虫がつくのを心配しているだけだった。

 同じことじゃないかというツッコミを、ニルは断じて認めない。


 二人だけで話をしていたティムとベアが、サツキたちのところへと戻ってきた。

「男ふたりで、なーにコソコソ密談してるのよ。いやらしい」

「もちろん戦術についてですよ。ベアさんの能力(スキル)についても知りたかったですからね」

 ニルのあてこすりにもティムは普段とかわらずにこたえる。ニルもそれ以上の追及はやめて、真面目に作戦の話をはじめた。

「これって柵の中がクエストエリアだよね。つまり一体ずつ釣ってくる戦術が使えないけど、どうする?」

 ニルの言うとおり、柵の中のオークはサツキたちのことを認識していないようだった。つまりクエスト専用の(モンスター)であり、エリア外で戦うことはできないということだろう。

「今回はベアさんがいるので正面突破で大丈夫だと思いますよ」

「ああ、それで構わない。いくぞ」

 ティムの言葉にベアは返事をすると、ブロードソートを抜いて無造作に柵へと歩いていく。

「ちょ、ちょっと待った! 作戦はそれだけ!?」

 ニルが慌てて呼び止める。

 サツキも驚いていた。慎重なティムらしくもない大雑把な作戦である。それともベアがいることで戦力的には楽勝だという判断なのだろうか。

 しかしさらなるティムの一言は、それ以上にサツキを驚愕させた。

「それからこのクエストでのリーダーはサツキさんですから、みんなに指示をお願いしますね」

 サツキが驚きのあまり返事ができないでいる間に、ベアが柵と柵の切れ間からクエストエリアへと足を踏み入れた。

 歩哨のオーク二体がすぐに反応して、武器を構えてベアへと迫る。

 サツキは呆然とそれを見ていた。

「あんにゃろー。仕方ない、サツキいくよ!」

 ニルに呼びかけられ我にかえったサツキは、シャムシールを抜刀すると駆け出した。

 クエストエリアに入ると可視ウィンドウに「クエスト『オークの前哨基地を潰せ』スタート」と表示される。

 ティムがなぜいきなりサツキをリーダーに指名したのかはわからない。だがクエストはすでに始まっている。やるしかなかった。


 ベアは向かってきたオークの一体に対して、近衛騎士(インペリアルガード)の基本ヘイトアビリティである『騎士の構え(ナイトポスチャー)』を発動する。

 ベアが剣を直立させて胸の中央で構えた姿を見て、そのオークは錆の浮いた剣を振り下ろした。ベアはそれを易々と盾で受けとめる。

 そのまま職業技能(ジョブスキル)の『シールドバッシュ』を発動して、盾をもう一体のオークの顔面に打ちつける。バッシュを喰らったオークは数秒間、気絶(スタン)状態に陥った。

 そこへサツキとニルが駆けつけた。


 サツキは二体のオークを前にして躊躇した。どちらから攻撃すればいいだろうか。

 するとサツキの迷いを見てとったようにベアから指示がとぶ。

「まずは気絶していない方から頼む」

「はい」

 返事をするとサツキはシャムシールを繰り出した。

 オークの真後ろは、背後からの一撃(バックスタブ)を使うためのニルのポジションだ。したがってサツキは左右どちらかの側面攻撃になるのだが、右側はオークの振り回す剣が邪魔になり迂闊に踏み込めず、左側はオークが盾を装備しているために思うようにダメージを与えられなかった。

 サツキが立ち回りに苦心しているうちに、歩哨のオーク二体はあっさりと倒し終わった。ベアのHP(体力)は減っていない。ティムからの回復を受けてもいなかった。


「次に行くぞ」

 ベアはそう言って歩を進める。作業をしていたオークが三体それに気づいて、武器を手にすると襲いかかってくる。

 ベアは剣先で地面に円を描くとその中心に剣を突き立てる、そして重心を下げて踏ん張ると、大地を持ち上げるように斜めに剣を振り上げた。職業技能の『地殻隆起(アップヒーバル)』である。

 円の範囲内の土や石礫が衝撃波となってオークに大ダメージを与えた。その一撃で三体のヘイトはベアに集中した。

 ベアはそれらを同時に相手にし、左側からの攻撃は盾で防御、右側からの攻撃は剣で受け流し、その合間に正面の敵に対して攻撃を繰り出していった。

 サツキたちが攻撃を仕掛けている敵には、タイミングをみて騎士の構えを発動し、ヘイトが剥がれないようにした。


 サツキはベアに圧倒されていた。

 盾役(タンク)のターゲット固定力がこれほど凄いとは思っていなかった。しかも敵は一体だけではなく複数いるのにである。

 いくらレベル差があるとはいえ、攻撃だけに専念しているサツキがどんなに本気になろうとも、ベアからターゲットを奪うことはできなかった。そもそも与ダメ【※敵に与えたダメージの量】でもベアに負けているかもしれない。

 しかもベアはダメージもほとんど受けていなかった。

 サツキはリーダーとして指示を与えるどころか、攻撃でも役に立っているのか微妙なありさまだった。



 その後も乱戦が続いたがパーティはオークを一掃し、前哨基地の制圧は終わったかにみえた。

「これで終わり? そのわりにはクエストクリアのエフェクトも何もないけど」

 ニルがあたりを見回して首をかしげる。

 同じように周囲に目をやっていたベアがそれに気づいた。

「いや、これからが本番らしい」

 全員がベアの視線の先に目を向ける。

 荒い丸太造りの建物から、異様なモノが姿を現わしつつあった。

 それは巨大な手押し車のような見た目だった。二個の木製の車輪があり、先頭には丸太の先を尖らせた杭が三本備え付けられている。荷台の部分には椅子があり、みすぼらしい羽根飾りを被ったオークが槍を持って座っていた。

 どうやって動かすのかと思ったが、その全容が見えるとすぐに判明した。後ろには三体のオークが待機していたのだ。動力はなんとも原始的な人力(オーク力?)らしい。

 それは勇ましくもオークの戦闘車両オーキッシュウォーマシンと名付けられていた。




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