プロローグ
VRMMO『Noah Online』が正式サービスを開始してから半年ほど経ったある日。
ログインしていたプレイヤーたちはひとつのシステムメッセージを受け取った。
『これよりログアウト不能。ゲーム内での戦闘不能は現実世界での死となる』
最初は笑っていたプレイヤーたちも実際にログアウトが不可能なこと。いくらGMコールをしてもGMが全く現れないことに徐々に不安を抱き始めた。
そして気がつく。システムメッセージ以降にログインしてきた者がいないことに。
パーティを組んでいた者はパーティメンバーと、ギルドに所属している者はギルドの仲間同士で、その他の者は各都市で見ず知らずの人間と、時にはシャウトをまじえて激しい議論を交わし合った。
これは何かの事故か、それとも運営の冗談なのか、あるいは――真実なのかと。
もちろんいくら議論を重ねたところで結論はでなかった。
さらに時間が経つと、プレイヤーたちは明らかな変化に気がついた。
Noah世界の時間の進み方が現実世界とリンクしているようなのだ。今までは地球時間の約4倍の速さでNoahの時間は進んでいた。それがほぼ同期していることに気がついたのである。
VRMMOの世界にログインしていても脳は休息を求める。
プレイヤーたちはNoahに夜が訪れると現実世界でそうしているように、この世界の中で寝た。
感覚をゲームと接続させているVRMMOでは電源を切るなどの強制切断が自分ではできない。
したがってプレイヤーのほとんどは待つことを選択した。
一人暮らしの人間はともかく、家族と暮らしている者ならば身内の人間がいつか異常に気がつくはずだと。
しかしいくら待っても外部からの救助はなかった。
埒があかないとみたプレイヤーのなかから、ついに戦闘不能になることを試そうとする者が現れた。
そのプレイヤーが所属するギルドは現実世界での友人を中心に構成されており、戦闘不能になった者が無事にログアウトできたならば、メンバーを助けることができるという点において、他のプレイヤーよりも積極的に動ける要素があったのだ。
彼が戦闘不能になる時にはギルドのメンバーはもちろん、直接関係がない者も数多く見送りに来た。
別れと再会の言葉をやりとりし、中央都市のすぐ外のフィールドでギルドメンバーにPKされて戦闘不能になった彼のキャラクターは、本来ならばホームポイントへ戻るはずなのに、その場に倒れたままの状態で消滅した。
その後、彼のギルドメンバーが強制切断されることも、また何らかの方法で外部から連絡を受けることもなかった。
この時点で『戦闘不能=現実の死』は真実なのではないか、というのが多くのプレイヤーの共通認識となった。
その考えに反対する者たちもいた。
彼らが根拠としているのは、現実世界の肉体は当然のことながら栄養を補給しないと生きていけない。食事もしなければ水も飲んでいない自分たちがこうやってNoahの中で生きているのは、肉体がすでに保護されていて病院で点滴でも受けているからである。したがって戦闘不能になったところで死ぬわけがない。というものだった。
しかし「じゃあ戦闘不能になって現実世界に戻り、俺たちを助けてくれ」そう言われると、反対派の者たちは黙るしかなかった。彼らの考えは希望的観測でしかなかったからだ。
むしろその考えの一部だけが引用され、プレイヤーの肉体はどこかに連れ去られ無理やり生命活動を維持させられており、この狂った現象の実験動物にされている、という噂が広まった。
こうしてNoahの世界は厭世観に包まれた。
この時期はほとんどのプレイヤーがゲーム内での活動をやめ、何をするでもなくただ呆然としていた。
自暴自棄になる者も少なからずいたが、都市内ではPKをすることもできずせいぜいシャウトでわめくだけ。そういう人間はすぐにBLに入れられ誰からも相手にされなくなった。
こんな状態がいつまで続くのかと思われた時、ひとつの噂が流れる。
「フォーチュンを見つければこの世界から無事にログアウトできる」
誰がいつ言い出したのかもわからないこの噂は、またたく間にNoah全体に広まった。
そもそもフォーチュンがアイテムなのか、魔法なのか、それとも場所なのか、人物なのか、何もわからない状態であったのに、それは全プレイヤーの希望となっていった。
それはまさにNoahに生きる者にとっての幸運であればいいというように。
しかしこの噂にはひとつのオマケがついていた。
活気を取り戻した世界に浴びせる冷や水のように。
「フォーチュンを手に入れられるのは頂点に立った者だけである」
頂点が何を意味するのかは、フォーチュンが何かというのと同じように不明だった。
レベルの上限を極めた者なのか、希少アイテムを全て収集した者なのか、対人戦闘で最強の者なのか、それともそれ以外の何かなのか。
プレイヤーたちにはわからなかったが、それを解決する単純な方法がひとつだけあった。
そう――
この世界に生き残る最後の一人になればいい。
こうしてシステムメッセージが流れてからちょうど一ヶ月が経った。