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Noah Online  作者: 皐月
第1章 初めての仲間
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第16話 交渉する者、される者

 滞在して五日、サツキたち三人はグリンディンヴァルトでのクエストをほとんどクリアしていた。そしてサツキはLv31に、ニルとティムはLv38になった。

 ニルは競売所(オークション)銀製の(シルバー)ダガーを落札し、ティムの永久付与エターナルエンチャントで『女帝蜘蛛(エンプレススパイダー)の毒』が付与(エンチャント)された、念願の麻痺毒(パライズ)ダガーを手に入れた。

「にっひっひー。これで攻撃力もぐーんとアップしたし、麻痺の追加効果付き。さらに元が銀だからライカンスロープ相手にも効くもんねー」

 このような感じでニルは一日中機嫌が良かった。

 やるべきことがすんだので、少し早いがいつものように冒険者の宿で夕食をとることにした。サツキは食堂に入ると、一番奥のテーブルで一人で食事をしているミスティアの姿に気がついた。彼女に会うのは剣歯虎(サーベルタイガー)と戦った時以来だった。

 再び会うことがあれば話をしたいとは思っていたが、いざとなるとなんと言って話しかければよいのか思いつかない。ミスティアがこちらに気がついているのかどうかはわからなかった。

 食事中もミスティアのほうに意識がいって、ニルにコツンと頭を叩かれた。

「サツキ、ぼけっとしない。いま大事なこと話してるよ」

「ごめんなさい」

 サツキは慌ててニルとティムの会話へと集中する。 

「それで明日にでも出発する?」

「他の都市へ行かないとクリアできないクエスト以外は、ほぼ終わりましたからね」

「ほぼ? あー、ひとつだけ残ってるんだっけ?」

「ええ、オークの砦を攻撃するやつがありますが、あれは私たちだけでは厳しそうですしねえ」

 ティムが言っているのはクエスト名『オークの前哨基地を潰せ』というものだ。

 グリンディンヴァルトのある森林エリアの北には険しい山岳地帯があり、そこにはオーク族が棲んでいるらしい。そのオークが領土拡大のためにこの森林地域を脅かしていて、グリンディンヴァルトの北に前哨基地となる砦を建設している。それが完成しないうちに破壊するというのがクエストの目的だった。

 内容を聞くだけでも難易度の高そうなクエストであり、戦闘も厳しいだろうと判断して、サツキたちは手を付けていなかった。

「じゃあやっぱり明日、グリンディンヴァルトをたつんでしょうか?」

「私はそれで構わないと思っています」

「でもあのクエストって報酬おっきかったよね。お金(ゴールド)も経験値も」

 サツキは可視ウィンドウでクエスト画面を呼び出して、オファーリストを調べてみる。

 確かにグリンディンヴァルトで受けられるクエストでは群を抜いて報酬が高かった。当然難易度も比例しているだろう。

「そうはいっても我々だけでは無理だと思いますよ。誰かが手伝ってくれるのなら話は別ですが」

 ティムの発言にサツキはこれだと思った。ミスティアに手伝ってもらえば、その時にまた話ができる。

「ティムさん、お手伝いの人は誰でもいいのですか?」

「人数やレベルにもよりますが理想は盾役(タンク)ですね」

「盾役ですか……。あの、遠距離攻撃役ロングレンジアタッカーとかは?」

「遠距離攻撃役は微妙ですねえ。サツキさんがメインターゲッターのままなら回復役(ヒーラー)が欲しいところです」

 ティムの考えていることはサツキにもわかった。おそらくこのクエストではいままでにない激しい攻撃にさらされると予想しているのだ。だから盾役か回復役が欲しいのだろう。ミスティアの戦い方を考慮すると、彼女に手伝いを頼むのは諦めたほうがよさそうだった。

「なに、サツキ。誰かアテでもあるの?」

「いえ! ちょっと聞いてみただけです」

 手伝いを頼まないのならばミスティアのことは話さないほうがいいだろう。

 結論が出ないまま三人がそれぞれの飲み物に手を伸ばした時、食堂に影がさしたかと思うと巨体の持ち主が入ってきた。その場にいた全員がその人物に目を向ける。

 サツキがグリンディンヴァルトでは見かけたことのない男性だった。他のプレイヤーの反応も似たようなものだったので、いわゆる余所者なのだろう。

 それにしても大きい、そして体中が筋肉の鎧を纏っているようだった。それがわかるのも男は上半身裸で、七分丈の黒いズボンしか履いていないからだった。

 いったい種族はなんだろう。サツキが期待せずにステータスを調べてみると隠した状態(ヒドゥン)になっていない。


 名前:Wildbear

 所属ギルド:Escape from Noah  ○Master

 種族:熊男(ワーベア)

 血統:北方種(ノーススピーシーズ)

 職業:近衛騎士(インペリアルガード)

 Lv:57


 名前がワイルドベアでワーベアとは、よほどのクマ好きなのだろうか。

 そのワイルドベアは食堂を見回すと、目的のモノを見つけたようで奥へと真っすぐに歩いていく。そこにはミスティアが座っていた。

 サツキが驚いている隣で、ニルとティムが声をひそめて話をしている。

「ギルド名からすると、あの日以降に設立されたのでしょうね」

「にしても直球の名前よねえ。じゃあ今してるのは引き抜き(スカウト)?」

「彼女はギルドに入っていないみたいですから勧誘ですね」

 ミスティアが勧誘!? まさか受けるのだろうか。

 サツキはワイルドベアとミスティアをじっと見つめた。二人はテーブルを挟んで真剣な表情で会話をしている。話が続くうちに徐々に熱を帯びてきたのか声が大きくなり、身ぶり手ぶりも加わるようになった。

 この二人に興味があるのはサツキたちだけではないようで、食堂にいる全員が固唾を飲んでその様子を見守っている。

 二人の声だけが聞こえる食堂に、いきなりテーブルを叩く大きな音が響いた。

 そしてミスティアが足音も荒く食堂を出て行く。

 残されたワイルドベアは憮然とした表情を浮かべながらその巨躯を、木の椅子に深く沈めていた。

「交渉決裂みたいね」

 ニルがささやく。

 サツキは残念なような、ほっとしたような、複雑な気持ちだった。

 勧誘を断られたワイルドベアという人も気の毒だった、随分と落ち込んでいるようにみえる。体格の割には繊細な心の持ち主なのだろうか。

 もう一度ワイルドベアのステータスを見てサツキはあることに気がついた。

「ちょっといいですか。あの人のステータスを見て思ったのですが」

「あ、サツキも気がついた? じゃあいっしょに言おうか」

 どうやらニルも同じことに思い当たったらしい。サツキとニルは合わせるように同時に口を開く。

「近衛騎士っていう職業は盾役っぽくないですか?」

「ワーベアっていうからには銀の武器が効くよね?」

 二人は顔を見合わせてまばたきをし、ニルはサツキの視線から逃れるようにあさっての方を向いた。

「ニ、ニルさんっ! なにを言ってるんですか!」

「別にPKしようなんて思ってないわよ。ただ、ちょーっと試し斬りさせてくれないかなあって」

「そんなのダメに決まっているじゃないですか!」

「冗談よ、冗談。サツキはすぐ本気にするんだから」

「目が本気でした!」

 サツキが噛みつきそうな勢いでニルを責めたてるのを、ティムが脇からなだめる。

「まあまあサツキさん。ニルさんも本気じゃないと思いますよ……たぶん。それで彼に手伝いを頼もうというのですか?」

「はい、ダメでしょうか?」

「あのレベルなら仮に盾役じゃないとしても問題ないぐらいですが、彼はおそらく勧誘のためにわざわざアイシアから出向いて来たんだと思いますよ。そんな人がクエストの手伝いをしてくれるかどうか」

 ティムの言うことはもっともだろう。だがサツキは急速にワイルドベアという人物に興味を覚えていた。

 あのようなギルド名をつけ、そしてミスティアを勧誘するプレイヤーとは、いったいどんな人物なのか。

「頼むだけ頼んでみますね」

 サツキは立ち上がると躊躇なく奥の席に向かって歩き出した。

 ニルとティムは呆気にとられたようにそれを見送る。サツキがそんな風に積極的に行動するとは思っていなかったのだ。

 一方的に頼みごとをするのだから、こちらの素性を明かすのがマナーだろう。そう判断してサツキは隠した状態を解除する。

 そしてワイルドベアの手前で立ち止まると声をかけた。

「すみません。少しよろしいでしょうか?」




   ◇◇◇◇◇




「すみません。少しよろしいでしょうか?」

 そう声をかけられた時、ベアは椅子に沈みこんで考え事をしていた。


 ギルドを設立したあとアイシアでデコースと別れ、ベアは北へと向かった。

 最初に訪れた北方平原の城塞都市では収穫がなかった。一人だけ是非ともギルドに加えたい人材がいたのだが、けんもほろろに断られたのだ。

 デコースのほうも港湾都市での収穫はなかったという。

「よく考えたらさ、ボクは情報収集が得意だけど他人の説得は下手、ベアはその逆じゃない。やっぱりいっしょに行動したほうがよかったかもね」

「……今更そんなことを言ってどうする」

「だよねー。まあなんとかなるんじゃない」

 あいつは真面目にやる気があるのかと腹を立てつつ、ベアは西へと向かった。そしてグリンディンヴァルトに到着したのが今日のことである。

 街中で情報収集をしている時に『Mystia』というエルフを見かけた。何となく見覚えがあるのに誰なのか思い出せない。ステータスは隠した状態にしておらず所属ギルドはなかった。

 おぼつかない記憶を無理にたぐりよせるより人間データベースに聞いたほうが早い。ベアがギルドチャットでデコースに問うと即答だった。

「それって、あのミスティアじゃないの? ほらシステマチックなレアモンスター狩りギルドのギルマスをしていた」

 それを聞いてベアも思い出した。大抵のレアモンスター狩りギルドなどというものは一日中ログインしているような、いわゆる廃人と呼ばれる人間ばかりが在籍しているものだ。ギルド内でレアアイテムを巡っての争いも多いし、揉め事も絶えない。

 ところがミスティアがギルドマスターをしていたレアモンスター狩りギルドは、基本的な行動時間が21時~24時と短く、厳格なルールにもとづいてアイテム分配がなされていたという。在籍メンバーも社会人が多く、ミスティア自身も勤め人だと聞いたことがある。

「そいつが今ここにいるんだが」

「ああ、たしかあの日から数日も経たないうちにギルドを解散して、生まれ故郷に引っ込んだっていう噂だね」

 ベアはミスティアにまつわる、いろいろな要素を検討してみた。

「メンバーとしてどう思う?」

「……能力的にはケチのつけようがないけど、下についてくれるかな? それに隠遁しているのは何か理由があるんだろうし、一筋縄じゃあいかないと思うよ」

「とりあえず交渉するだけはしてみる。それでいいな?」

「おっけー」

 だが交渉は失敗した、取りつく島もなかった。

 デコースはベアのことを説得が上手いと言ったが、それはどこの誰のことだと思う。

 ベア自身は決して説得が上手いとは思っていない。自分は正論に頼りすぎて情に訴える部分が欠けていると自覚している。討論(ディベート)ならそれでよいが、説得では下手をしたら逆効果だ。

 ミスティアとの会話を思い返し、自分に腹を立てているところにその声はした。


 ベアは座ったまま振り返り、声の主を確認する。

 そこには女性というよりは少女と呼んだほうがふさわしい人間(ヒューマン)が立っていた。

 砂色のボサボサの髪や、引き締まった口だけを見ると少年のようにも見える。だが青い瞳は澄んでいて奇麗だと思った。

 なぜだかわからないがベアはその少女を見た瞬間、アゲハに似ていると感じた。だが二人の容姿には共通点など見当たらない、せいぜい年齢が近いことぐらいだ。しかし二人ともベクトルこそ違うが美人だと思ったのだ。

 そんな馬鹿げたことを思った自分に動揺し、それを隠すためにベアの返事はぶっきらぼうになった。

「何か用か?」

「はい、わたしはサツキといいます。お忙しいとは思いますが、できればワイルドベアさんにクエストのお手伝いを頼みたいんです」

 ベアがステータスを調べてみると、サツキという少女は隠した状態を解除していた。礼儀を知っているところは好感が持てる。


 名前:Satsuki

 所属ギルド:Lionheart  ○Master

 種族:人間(ヒューマン)

 血統:蛮族(バルバロイ)

 職業:砂漠の民(デューナー)

 Lv:31


 砂漠の民という職業(ジョブ)は初めて見た。腰に曲刀の両手剣(シャムシール)を吊っているところをみると攻撃役なのだろう。それにしてもレベルが低い、クエストの手伝いと言ったが彼女一人なのだろうか。

 ベアが食堂を見回すと、こちらを見ている人間の男と猫の半獣族(ニアキャット)の女の二人組がいた。

 ベアの視線に気づくと男のほうが会釈をしてくる。おそらく彼らがこのサツキという少女の連れなのだろう。ステータスを調べると、やはり同じギルドだった。

 しかし全員初めて見る顔だった。いきなり赤の他人にクエストの手伝いを頼むとは、神経が図太いのか、よほど切実なのか。

「すまないが、やらなきゃいけないことがある。無駄な時間を使っていられないんだ」

 無駄というのは言い過ぎたかと思ったが、時間が惜しいのは事実だ。ミスティアの勧誘に失敗したのなら、切り替えて他の人間を探さなくてはいけないし、それも駄目なら次の街へと急がなくてはならない。

「やっぱりお忙しいですか。勧誘とか引き抜きですよね?」

「ああ」

 ベアは指摘されて少し驚いたが、あれだけ派手に言い争いをしていたのだから誰にでもわかるのだろう。

「どういう人を選んでいるんですか?」

「……なにがだ?」

「えっと、勧誘する人の基準というか、そういうのがあるのかなって」

 ベアはあらためてサツキを見た。クエストの手伝いをむげに断られたのに、それを気にする様子もなく今度は勧誘のことについてたずねてくる。いったい何が目的なのか理解不能だった。

「そんなことを聞いてどうする」

「あの、純粋に興味があったのですけれど。聞いたらいけないことだったのでしょうか?」

「いや、そんなことはないが……」

 どうも調子が狂う。

 このサツキという少女には、あしらっても足にまとわりついてくる子犬のようなところがある。ベアは小動物が苦手だった。決して嫌いではない、だが触れると壊れそうで、どう接してよいのかわからないのだ。

「まあ座ったらどうだ」

「ありがとうございます!」

 サツキは先程までミスティアが座っていた椅子に腰を下ろす。

 それを見てベアは、なぜ座れなどと言ったのかと後悔した。これでは本格的に話をするということではないか。

 今からでも用事があると強引に席を立つべきだろうか。だがサツキはベアのほうを見て目を輝かせている。明らかに話の続きを期待している表情だった。もし彼女が子犬なら激しく振っているシッポが見えるようだ。

 ベアは覚悟を決めた。

 聞きたいというのなら納得するまで聞かせてやろう、べつに誰が損をするわけでもない。

 ベアは気づいてなかった。自分がサツキとのやりとりを心地よいと感じていることに。




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