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Noah Online  作者: 皐月
第1章 初めての仲間
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第12話 それぞれの始動

 ベアとデコースは新しいギルドを設立することにした。

 在籍しているギルドを辞める際にはギルドメンバーの熱心な引きとめにあった。正確には考え直すように説得されたのはベアだけであって、デコースが辞めることについては賛成している者たちもいた。

 二人の意志が固いことがわかると、今度は自分たちも新しいギルドに加えてくれるよう頼んできた。

 だがこれにもベアが丁寧だがはっきりとした断りを伝えると、ギルドメンバーの態度は豹変した。次々と「身勝手な」「無責任だ」「自分さえよければいいのか」などの言葉を投げつけてきたのだ。温厚なベアもこれには辟易した。

 デコースからは新ギルド設立については伏せておくようにと忠告されたのだが、ベアは礼儀として全てを正直に伝えた。新ギルドはフォーチュン争奪戦に加わるもので、安易には仲間を誘えないということも。

 だが結局はデコースの言い分が正しかった。彼らにはベアの想いは伝わらなかったのだ。

 ずっと他人事のように、ベアとギルドメンバーのやりとりを眺めていたデコースが口を開いた。

「はいはい、そこらへんでもういいかな。キミたちとちがってボクらは忙しいんだよね。愚痴や泣き言に付き合っている暇があるなら、やらなきゃならないことがいっぱいあるの。ベア行くよ」

 デコースは有無を言わさずメンバーに取り囲まれていたベアを引き連れていく。そのままギルド本部の玄関まで来ると、振り返って捨てゼリフを吐いた。

「自分じゃあ何もしないくせに文句を言うのだけは一人前の人間は、新しいギルドには必要ないってこと。口は悪くても使える人なら歓迎するんだけどね。キミたちはどっちにしても不合格。あ、これってベアが言ったんだからね。じゃあバイバイ」

 二人は怒号と罵声が響き渡るギルド本部をあとにした。



「まったくおまえは。わざわざ恨みを買うようなことをしてどうする」

「なーに言ってるの、どっちにしろ恨まれるんだから捨てゼリフのひとつも言わないと損ってもんだよ」

 ベアとデコースはギルド本部を出るとそのままアイシアの最高層へと足を延ばし、外周を囲む奇麗に研磨された石塀に寄り掛かる。ここは陽当たりもよく、プレイヤーの姿もほとんどないので静かに話すのに適していた。

「しかも最後のはなんだ。俺がいつあんなことを言った」

「言ってはないけど思ってるでしょ。それならいっしょだよ」

 ベアは言葉につまった。能力はともかく覚悟が足りないというのはギルドメンバー全員に感じていたことだったからだ。だからといって口に出すのはまた別のことだ。

 ベアはさらに文句を言おうとしたが、デコースは真剣な眼で最高層にわずかだけある冒険者居住区を見ていた。そこには『Ruler』のギルド本部がある。

「『Sevensenses』に続いて『Planet Hunters』もやられたそうだな」

「それだけじゃないよ、昨日は『Merrymaking』が潰された」

 ベアは驚いた。どこも名の知れたレアモンスター狩りギルドである。

「しかもね、どうやって戦っているか知ってる?」

「やはり不意打ちか?」

 それ以外に戦力のあるギルドを潰す方法は考えられない。

「それがね、事前に決闘状を送りつけて正々堂々と戦ってるんだよね。しかもレベルダウンしている様子がない」

「……なんだと」

 ベアは驚愕を通り越して呆れ果てた。それが本当なら、よほどの自信があるのか、どうしようもない馬鹿かのどちらかだった。


 NoahのPK(プレイヤーキル)は基本的に無制限だった。

 多くのゲームでは初心者エリアが設定されていて、そこではPKができないようになっていたり、明確に戦闘(PvP)エリアが決められているゲームもある。

 またPKをすると街での買い物や施設の利用ができなくなったり、そもそも街へ入れなくなったりもする。赤ネームと言って、名前が赤く表示されプレイヤーキラーだとはっきりとわかるようになるゲームもある。そういう場合は赤ネームプレイヤーを倒してもPKにはならない。

 Noahにはそういったものがない。フィールドならばどのエリアでもPKは可能である。Lv1の初心者をPKしても、システム上の制限はなく赤ネームになることもない。

 だがデメリットがないわけではなかった。

 NoahではPKした者とされた者とのレベル差に応じて経験値の減少があるのだ。

 同レベルや、低レベル者が高レベル者をPKをした場合には経験値の減少はない。

 しかし高レベル者が低レベル者をPKした場合には経験値が減り、この減少幅はかなり大きかった。

 例えばLv50の者がLv1の者をPKした場合には一気にLv25ものダウンがある。つまり弱い者イジメにはかなりのデメリットがともなうのだった。ただしこれは、あくまでも最初に攻撃を仕掛けた側の話であって、PKを仕掛けてきた低レベル者を返り討ちにしても経験値の減少はない。またお互いがパーティを組んでいる場合には、その合計レベルで計算される。

 交戦中のプレイヤーにPKを仕掛けることはできないが、HP(体力)が減っていたり、アビリティを使い切った戦闘直後は仕掛ける側に有利なので、PKをするのならばこういったタイミングを狙うのが常套手段だった。これを不意打ちと言う。

 今のNoahはほとんどのプレイヤーがステータスを隠した状態(ヒドゥン)にしている。つまり『Ruler』は相手の戦力がわからないにも関わらず、さらに相手に準備期間を与えて、劣っている戦力で百戦錬磨のレアモンスター狩りギルドを相手に勝ち続けていることになる。にわかには信じられなかった。


「よほどギルドの統制がとれているのか、もしくは個々の技量が高いのか」

「素直だねぇ。そんな正攻法じゃないかもよ」

「どういうことだ?」

「例えば潰すギルドに内通者がいて、戦力が同程度だとわかってから決闘を挑むようにしているとか。さらに言えばその内通者に手を抜いたり、わざとミスをするように仕込んであるとかね」

「それは矛盾しているだろう。『Ruler』は戦った相手を壊滅させているはずだったな。その内通者はどうなる?」

「そんなこと気にしない連中だとしたら?」

「…………」

 それは気分の悪くなる仮定だった。純粋なゲームだったとしても許されないことだが、現状のNoahでは命の軽視ともとれる行為だった。

「とにかく『Ruler』の名前はここにきて一気に広まったよ。噂では引き抜き(スカウト)に応じる人間も出てきたみたいだね」

「その方が利口だと考える者はいるだろうな」

 だがベアは『Ruler』が引き抜いた人間を正しく遇するとは思えなかった。プレイヤーを魂のある人間ではなく、ただの駒としか見ていない感じがするのだ。

 使い捨てにされなければよいが……。そんなことを思った。

 その時デコースが低く囁いた。

「御大だよ」

 見ると『Ruler』本部から逞しい骨格をした男と、肌の白い少女が出てくるところだった。

 男はフォーマルな黒いスーツを身に着け、露払いのように少女の前を先導している。少女は黒いドレスに、同じ色の日傘(パラソル)をさしていた。そんなアイテムがこの世界に存在していることをベアは知らなかった。

 ステータスを調べると、男は『Mitsurugi』、少女は『Ageha』と表示される。

 ではあれが『Ruler』のギルドマスターであるアゲハなのだ。

 ベアは自分がイメージしていたものとあまりに違うその姿に驚いた。もっともゲームのキャラクターなのだから容姿はいくらでも自由にデザインできるが。

 二人は下の階層へと降りる大階段へと向かうようで、正確に区画分けされた居住区の角を曲がるところだった。ベアたちのいる場所からはかなりの距離がある。

 すると突然アゲハが立ち止まりこちらを向いて笑った――ようにベアには見えた。

「ベア、ステータス!」

 デコースが鋭く声をあげる。何のことだと一瞬思ったが、ベアは先程も見たアゲハのステータスをもう一度調べる。


 名前:Ageha

 所属ギルド:Ruler ○Master

 種族:吸血鬼族(ヴァンパイア)

 血統:上位貴族(ハイノーブル)

 職業: ――

 Lv:63


 そこには隠した状態(ヒドゥン)が解除されたステータスがあった。だがそれも一瞬のことで、またすぐに隠した状態へと戻る。

 アゲハはすでにこちらに目を向けておらず悠然と歩いている。代わりにミツルギという男が眼光鋭くこちらを睨みつけていた。ベアはその視線を正面から受けとめる。

 先に視線を切ったのはミツルギの方で、何事もなかったように歩き始めるとアゲハと共に大階段へと消えていった。

「さすがに職業(ジョブ)までは教えてくれなかったか。それでも大サービスだね、レベルがわかったのは大きいよ」

 確かにLv63というのは決して低くはないが、抜きんでて高いということもない。ベアとデコースはLv57である。おそらく一番高いプレイヤーでもやっとLv70というところだろう。これはあのシステムメッセージが流れる一週間ほど前までレベルキャップが50だった影響だ。

 あのレベルキャップ解放も今思えばひどく不自然だった。事前の告知など何もなく、いきなりレベルキャップの解放だけがシステムメッセージで伝えられたのだ。公式ホームページにも詳細が書かれておらず、キャップがいくつになったかの情報すらなかった。

 一応Noahのレベル上限は100と設定されているが、現在そこまでキャップが外れているのかどうかはわからない。

 それにしても――

「あいつは何のためにあんなことをした?」

「ベアがイケメンだったからじゃない」

 デコースは何がそんなに楽しいのか、へらへらと笑っている。

「真面目に答えろ!」

「そんなに怒らないでよ。まあ考えられるのは噂を流して欲しいってとこかな」

「噂だと?」

「『Ruler』はチートしているわけじゃなくて、正々堂々と戦っていますよっていう。実際のところLv63っていったら普通だもんね。最初に『Ruler』のことを聞いた時にはアゲハはLv100(カンスト)で、他のメンバーのレベルを低くして帳尻を合わせているのかと思ったんだよね」

「……なるほど。一人だけ異常にレベルの高い人間がいて、そいつが無双していると考えたわけか」

「そう。でもこれでその可能性も消えたわけだ」

 しかし正々堂々と戦っていることをアピールしてどんなメリットがあるというのか。

 デコースの考えていたようなことで、疑いの目を向けられるのは我慢できないということなのか。だがそんなことを気にする連中だとも思えない。

「そうだとしてもなぜ俺たちに見せた。もっと人の多いところでやればいいだろうが」

「さあ? あまり無節操に見せるのも美学に反するんじゃない。あとは多少自惚れてもいいならボクがそこそこ有名人だからかな」

「おまえが?」

「ベアは知らないかもしれないけど、ボクはこの世界の情報屋としてそれなりに名前が知られているんだよ」

 ベアには初耳だったが、冷静に考えてみれば不思議なことではなかった。

 デコースならば上手く立ち回って、あらゆるところから情報を集められるはずだ。そして情報を集めるだけでなく与えることもしているだろう、もちろんデコースによって操作された情報を。

「もうひとつ考えられることはあるけどね。おそらくこっちが正解」

「なんだ?」

「単なる気まぐれ」

「……本気で言っているのか?」

「本気も本気。女王(クイーン)が下々の者に対してみせた戯れだよ」

 ベアにしてみれば情報を与えるために利用したにしろ、単なる気まぐれだとしても、気に入らなかった。ギルド潰しといい、アゲハと自分が相容れることはないだろう。それはそれでいい、最大仮想敵が明確になったのだから。

「それで俺たちはどうする」

 今は考えを切り替え、今後の自分たちの行動を決めなくてはいけない。

「そうだね。まずはメンバー集めだけど、アイシアじゃなくて辺境の都市を回って探そうと思う」

「理由は?」

「一言でいうとレベルじゃなくて人で選ぶってことかな。あの日以前は現実世界(リアル)が忙しくてあまりログインできなかったけれど、こうなった以上はNoahからの自力脱出を考えて本気でフォーチュンを目指している、そういう人間が欲しい。まだレベルは低いけど志は高い、そういう人間がいると思うんだ」

「異存はない。それで最初はどこへ行く?」

「いっしょに行動しても時間の無駄だから二手に別れよう。ボクは南へ行くから、ベアは北から回ってみてよ」

「わかった」

「それじゃあまずはコレとおさらばしないとね」

 デコースはそう言って可視ウィンドウを開いてギルド画面を呼び出す。ベアもそれにならった。そしてギルド脱退を選択する。二度の確認選択肢に迷わずにYESを選んだ。

 お互いのステータスを確認するとそこには名前だけでギルドはなかった。

「これでせいせいしたよ」

 デコースの言葉にベアは苦笑でこたえた。

「それじゃあ俺たちのギルドをつくりに行くか」

「だね。あ、そうだ! ギルド名だけど『Emmanuelle』がいいな」

「却下だ!」

「じゃあ『Cherry Boy』」

「誰がそんな名前のギルドに入ろうと思うんだ。真面目に考えろ!」

 その後もしばらくの間、アイシアの最高層にベアの怒鳴り声が響いていた。




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