第11話 旅立ち
サツキがニルとティムに出会ってから一週間が過ぎた。
ギルド『Lionheart』を結成してからの三人は積極的にレベル上げをしていた。
適正レベルの敵を探しては集中的に戦闘をこなし、一人では厳しいクエストを協力してクリアしてお金と経験値を稼いでいく。そして順調に成長を重ね、ニルとティムはそれぞれLv33に、サツキはLv25になった。
「サツキおめでとー。Lv25だと良さげなアビリティ覚えたんじゃない? 盗賊だと『回避専念』がそうだったし」
「えっと、『蜃気楼』というのを覚えました。説明を読むと回避系のアビリティみたいです」
「ふーん、砂漠の民らしいアビだけど、攻撃系じゃなくて回避系なんだ。今度の戦闘の時に見せてね」
三人がいるのはすっかり馴染みとなったミンクスの冒険者の宿の食堂である。夕食時なのに、他のプレイヤーの姿が見えないのもいつものことだった。
「それと今日はサツキにプレゼントがあるんだよねー」
ニルがそう言いながらサツキに対して受け渡しを要請してくる。サツキがそれにYESで応じると、トレード欄に曲刀の両手剣や革鎧などの武器防具一式が表示された。
「これは?」
「あたしとティムからのお祝い。サツキの今の装備はレベルに合わなくなってきたからね」
確かにサツキはニルたちに出会ってからずっと同じ装備のままだった。ドロップしたアイテムを競売所で売ったり、クエストの報酬でお金はそれなりに貯まっていたのだが、毎日が忙しく買い替える暇がなかったのだ。
「それならお金を払います。ちょうど自分でも買おうと思っていましたから」
「遠慮しなくていいって、それにちゃんとした理由もあるんだから。ほらほら、装備してみせてよ」
ちゃんとした理由とはなんだろうと思ったが、せっかくの二人からの贈り物なので、ありがたく受け取っておくことにした。
そのまま可視ウィンドウの画面で装備の変更をする。人前でも着替えることができるのはVRならではだ。
シャムシールは今つかっている鉄製ではなく鋼製だった。見た目にも斬れ味が鋭そうである。
革鎧はそれまでの何の染色もしていない土色ではなく、派手さを抑えた奇麗なえんじ色だった。肩当てと胸の部分には補強と装飾を兼ねた金属の紋様が入っている。
レギンスは革鎧と揃いのえんじ色、トラウザは黒で、ツートンカラーのコーディネートが格好良く、センスが良いなあとサツキは思った。
「白を基調にしたやつも考えたんだけど、サツキには赤のほうが似合うだろうなあと思って。ちょっと立って回って見せてよ」
サツキは恥ずかしかったが、言われたようにしてみせた。
「おー。いいじゃん、いいじゃん」
「サツキさん良く似合っていますよ」
ティムにまで褒められてますます恥ずかしくなる。そのティムがニルと同じように受け渡しでアイテムを寄こしてきた。
受け取ってみるとサークレットだった。リングの部分は細い金で編み込まれていて、正面にはサファイアだろうか青い宝石がしつらえられていた。全体的にシンプルな作りだが、それが逆に上品さを醸している。
「滝裏の洞窟で話していた、明かりの魔法を付与するためのサークレットです。それ自体の効果は防御力が+3、対抗魔法+15の『抗魔のサークレット』ですね」
ティムはあの時のやりとりを覚えていてくれたらしい。そのことは嬉しいのだが……。
「……あの、これってとても高そうなのですが」
「気にしないでください。私たちのパーティの主戦力はサツキさんですから敵の攻撃も集中します。その人の装備を優先して強化するのはあたりまえです」
そうはいっても剣や鎧とちがい、このサークレットならばニルやティムでも装備ができる。サツキとしては二人を差し置いて、という気持ちがどうしてもあった。
そんなサツキを見てティムが微笑む。
「本当に遠慮しないでください。さっきニルさんが言いましたが、これには理由があるんです」
そういえばそうだった、装備強化の理由とは一体なんだろう。
緊張した面持ちのサツキに対してティムが告げた。
「サツキさん、明日ミンクスを旅立ちませんか」
あまりにも突然のことだったのでサツキはぽかんと口をあけて固まってしまった。しばらくして動揺から立ち直ると聞き返す。
「ミンクスを旅立つ――ですか?」
「そうです。サツキさんもLv25になって、ミンクス周辺の敵では経験値が少なくなってきましたよね」
確かにそうだった。フィールドの敵はほとんどが格下になり、ダンジョンの敵でも三人で戦うと経験値はかなり少なくなる。
「それは中心都市アイシアへ行くということですか?」
「もちろん最終的にはアイシアを目指しますが、その前に他の都市をいくつか回ろうと思います。そこでクエストをこなしつつアイシアへという感じですね」
「クエスト目当てですか?」
「クエストをクリアすればお金と経験値が入りますからね。私たちのように構成に難のあるパーティは、戦闘よりもクエストに比重を置いたほうが結果的には早くレベルが上がるでしょう」
クエストに関しては常々ニルたちに言われていたことだった。
以前のサツキはほとんどクエストをやっていなかったのだが、二人に出会ってからは教えてもらいながら次々とこなし、ミンクスで受けることができるクエストはほとんどクリアしてしまった。
計算してみるとクエストクリア分の経験値は戦闘で稼いだ分よりも多い。
だが今の話でひとつだけ引っ掛かることがあった。
「あの、わたしたちの構成って駄目なんですか?」
「駄目ということはありませんが、やっぱり戦闘に向いている構成というのはありますね」
「あたしたちはお世辞にも良構成とは言えないよねー」
サツキには二人の言葉が意外だった。三人は上手く戦えていると思っていたからである。
「まあパーティ構成については長くなるし、またの機会にティムが詳しく話してくれると思うよ……」
なぜかニルが嫌そうな顔をする。
「わかりました。あとミンクスを旅立つというのも了解しました」
サツキとしては名残惜しいが、ティムがそろそろ移動するべきと言うのなら、そういう時期なのだろう。
「ではお願いがあります。ミンクスからアイシアへ向かおうとすると三つのルートがあるのですが、どのルートを進むかサツキさんが決めてください」
「わたしがですか?」
「サツキがギルマスなんだから当然でしょ」
「でもわたしNoahの地理をほとんど知りませんし……」
「それは今から話しますので」
ティムがサツキにもわかるように詳しい説明をしてくれる。
まず大陸を一枚の地図として鳥瞰すると、ミンクスは北西の端に位置していた。アイシアは真ん中にある。そしてミンクスとアイシアの間には南北に連なるゴルディア山脈があった。
ひとつめはミンクスから東へと最短距離を進むルートだった。ミンクスのある荒野エリアを東へと進んでいくと、徐々に標高が上がり緑豊かな高原エリアとなる、そこをさらに東へ行くとゴルディア山脈にぶつかる。この山脈の峠を越えて行くと、ミンクス側と同じような高原エリアがあり、そこを下ればアイシアのある中央平原だった。
このルートは距離としては最も近いが、棲息する敵のレベルが高く危険であり、クエストを多く受けられる大きな都市がひとつしかなかった。
Noahの世界に凍死や高山病はないが、それでもゴルディア山脈越えは厳しいルートといえた。
ふたつめはミンクスから南へと進むルートである。砂漠エリアを南へと進むとまずはオアシス都市がある。そこから南東へと進むと海にぶつかり、その海岸線に沿って東に進むと大陸最大の港湾都市がある。そこから北へと進むとアイシアに着いた。
このルートでは海を渡って点在する島々へと行き、そこにある町や村でもクエストができるという利点があった。ただ海岸線には攻撃的な敵が多く、海では海賊に襲われる危険があった。
みっつめはミンクスから北東に進むルートだった。荒野を北東に進んで行くと鬱蒼とした森林エリアになり、そこに森との共生都市がある。そこから東へと進んでいくと北方平原エリアになり城塞都市があった。そして北方平原エリアの南に隣接するのが、アイシアのある中央平原だった。
このルートはアイシアとミンクス間の移動には一般的なものらしく、ニルたちも通ったことがあるそうだ。
説明を聞き終えてサツキは考えた。
ひとつめのルートはレベルが足りなそうだということで最初に除外した。都市がひとつしかないというのも、クエストでレベルを上げるという目的からも外れている。
ふたつめのルートには心惹かれるものがあった。純粋にNoahの海が見てみたいと思ったのだ。だが攻撃的な敵が多いというのが気になるし、海自体も危険な感じがした。
みっつめのルートは良さそうだったが、ひとつだけ気になることがあった。
「ティムさんたちは北東ルートにある都市のクエストはやっちゃいました?」
もしそうなら別のルートを選ぶつもりだった。
「いえ、まったく手をつけていません」
それならば申し分ないだろう。サツキは決断した。
「みっつめの北東ルートがいいと思います」
「わかりました」
「りょーかい」
ティムとニルが力強く頷きながら返事をする。ということはサツキの選択に間違いはなかったということだろうか。それともどのルートを選んだとしても二人は賛成をしてくれたのだろうか。
ニルはサツキをギルドマスターにした時にもっと自立心を持てと言った。おそらく今回のこともその一環なのだろう。
二人の期待に応えられるように成長しようとサツキは決意した。
今晩はゆっくりと休むことにして夕食を早めにきりあげ、二人とおやすみの挨拶をして別れる。
けれどもサツキはベッドに入ってからも眠れないでいた。
明日は朝一番で出発するから早く眠らないといけないのに、そう思えば思うほど目が冴えてしまう。頭に浮かぶのはNoahに来てからのことだった。
長い間ここにいる気がするが、まだ一ヶ月と一週間しか経っていない。いや『まだ』ではなく『もう』なのかもしれない。特にニルたちに出会ってからの一週間はあっという間だった。
これはあの二人にも言っていないことだが、サツキは現実世界に戻りたいとはあまり思っていない。良い思い出がないからだ。あちらよりはこちらの方がマシ、ニルたちに出会う前、一人でいる時ですらそう感じていた。
それでもフォーチュンは見つけたいと思っている。矛盾するようだがこれは事実だ。
おそらくわたしは世界に対して自分の存在価値を認めさせたいのだ。そうサツキは自己分析している。
たとえそれが現実ではなくVRの世界だとしても……。
「よーっし。忘れ物はない?」
ニルがいつもと変わらぬ元気な声で確認をする。
朝から快晴だった。もっともミンクスでは晴れているのが普通ではあったが、それでも天気も旅立ちを祝福してくれている気がする。
サツキはカバンの中を確認する。食料と水はたっぷり、治療薬各種も十分にある。他の都市へ行かないとクリアできないおつかいクエストも全て受けてきた。
装備は昨日二人にもらったシャムシールに革鎧一式、頭にはサークレットをしている。準備万端だった。
「大丈夫です」
「私もいつでも出発できますよ」
サツキとティムの返事を聞いて、ニルが一段と大きな声をあげた。
「それじゃあ、まだ見ぬ世界へ向けてしゅっぱーつ!」
三人揃って歩き出す。
早朝のミンクスの中央広場には今日もプレイヤーの姿はない。サツキは広場の隅にある木箱と樽に目を止めた。三人で昼食を取りながらあそこで話をした、ほんの数日前のことなのにひどく懐かしい。
門まで来たところで振り返った。
今日もミンクスの街は煙と煤で汚れている。街には緑がなく、石造りの建物には華やかさがない。それでも――サツキはこの街が好きだった。間違いなく自分の故郷だと思う。
(絶対に戻ってくるから)
ミンクスに向かってそう別れの言葉を告げると、サツキは新たな一歩を踏み出した。




