第10話 ギルド結成(後編)
サツキたちは、冒険者用の各種施設が入っている建物の、ギルドカウンターの前に来ていた。
この建物は各都市に存在していてプレイヤーの利用頻度も高いのだが、ミンクスのそれは閑散としている。そこにサツキの声が響き渡った。
「やっぱり考え直しませんか? わたしなんて絶対にふさわしくないです」
「まーだそんなこというか。サツキがイヤなら別に無理にとは言わないけどねー、そうなったらギルドの話自体なかったことになるけど」
「…………」
そう言われるとサツキには何も言い返すことができない。二人と離れたくないと泣いて頼んだのは自分なのだ。
ニルが条件としてサツキがギルドマスターとなることを告げた時、最初は冗談だと思った。だがニルは本気だったし、ティムもそれに賛成した。
サツキとしては自分がギルドマスターになるのが嫌だとかそういう問題ではなく、ただ純粋にそれが間違っていると思った。だから強硬に反対をした。
「なんでわたしなんですか!? いつもリーダーとして引っ張ってくれているんだからニルさんがマスターでいいじゃないですか。もちろんティムさんがマスターだって構いません、三人の中で一番頭が良くて落ち着いているんですから」
「ほー。あたしは頭が悪くて落ち着きがないと言いたいわけね」
「そういう意味じゃありません! まぜかえさないでください」
とにかくサツキとしては必死だった。あきらかに優秀な人間がいるにも関わらず、そうでない者に責任のある立場を任せるなんて絶対におかしい。
「サツキさんそんなに難しく考える必要はないですよ、ギルドを大きくするつもりはないんですから」
「そうそう、この三人しかメンバーがいないんだからさ」
「じゃあますます、わたしである必要がないじゃないですか」
「んー。サツキにはもうちょっと自立心を持ってもらいたいのよねー。あんなにいっぱい泣かれると、おねーさんとしては将来が心配なのよー」
泣いたことを持ち出されるとサツキとしては黙るしかない。まぎれもない事実であるし、自分でも恥ずかしいと思っている。
そもそも二対一という時点で最初からサツキに勝ち目はなかった。
サツキは諦めて不承不承ギルドカウンターのNPCに話かける。名前の確認やすでにギルドに在籍していないかなどのチェックが済むと、ギルドの名前を決めてくださいと言われた。
「あの、ギルド名はどうしますか?」
「サツキが好きなのでいいよ」
「お任せします」
任せると言われるのが一番困る。しかも自分だけのものではないのだ。いろいろと考えてみるが良いものが浮かんでこない。
「とりあえず入力してみたら? 決定確認あるし、そもそもサービス開始から半年以上経っているから、目ぼしいやつは大概使用済みだと思うよ」
ニルのアドバイスを受けて、ためしに『Clover』と入力してみた。検索中という表示の後、使用済みとでた。単語ひとつでは厳しいかと思って『Honey and Clover』と入力してみると、これも使用済みだった。なるほどなかなか手強い。
そんなサツキの手元を後ろからこっそりと覗きこんでいたニルが声をかける。
「乙女だね」
「み、見ないでくださいっ!」
「どうせギルド名になったらわかるじゃない」
「そうですけど、なんか恥ずかしいんです!」
ニルは「はい、はい」と返事をしながら離れて行く。
ティムもいるのだからあまり少女趣味はよくないと思い直し、ふと浮かんだものを入力してみた。ベタな名前だからきっと使用済みだろうと思っていたら、それが通ったのでそのまま決定してしまう。
他にもギルドのエンブレムデザインなどの項目があったのだが、ティムに聞くと後からでも設定できるというので保留にしておいた。
それでギルド作成は終了だった。
「できました」
二人の元へと戻って報告する。
ニルとティムはサツキのステータス画面を調べる。そこには『Lionheart』というギルド名があった。
「おー、いいじゃない」
「サツキさんにぴったりの言葉ですね」
そんなことを言われると恥ずかしい。照れているのを誤魔化すようにさっそく二人をギルドメンバーとして勧誘する。
するとギルドチャットを使って二人が挨拶をしてきた。
「ギルマスさんよろしくね」
「よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします!」
これでいつでも、どんなに離れていても会話ができるわけである。もちろんサツキとしては部屋を別れた夜にまで、ギルドチャットを使うような無粋な真似をするつもりはない。……それともそれは気の回しすぎだろうか。
その日の夕食時にサツキはギルドに関しての説明を受けた。
「まずNoahのギルドは一人ひとつしか在籍できません。ですから他のギルドに移りたいと思ったら、いま在籍しているところを辞めないといけないわけです。当然、優秀な人材には引き抜きの話もきます。日本人のメンタリティとして所属している組織から抜けることに抵抗を持つ人は多いですが、それは決して悪いことではありません。……今後この話題はしませんが、サツキさんもこのことだけは覚えておいてください」
「……はい」
ティムの言葉にサツキは神妙に頷く。それを見てティムが優しく微笑んだ。
「では次にギルドメンバーが使える便利な機能について説明します。まず共有アイテム、共有貨幣というものがあります。私がためしにプールしてみますのでギルド画面で確かめてください」
サツキが可視ウィンドウでギルド画面を呼び出すと、何もなかった共有アイテム欄に回復薬が、同じく0Gだった共有貨幣に1000Gが入っているのが確認できた。
「ここにあるアイテムやお金は、ギルドメンバーなら誰でも取りだして使うことができます。適正が合わなかったり、レベルが上がって使わなくなった武器や防具や、自分には必要のない補助技能用の素材などを入れておくと、相互協力ができて便利なわけです」
「アイテムはわかるのですけれど、お金を共有する意味はなんでしょう?」
「簡単に言うと融資、援助でしょうか。使い切れないお金を持っていても仕方ありませんから、レベルが低くて装備も満足に揃えられないメンバーに使ってもらえれば、ということですね。そうすることによってギルドの戦力も増すわけです。援助してもらったメンバーはレベルが上がったら、今度は援助する側に回ればいいわけです」
「井戸水飲んで一番安いパンを食べているサツキのために、あたしもこれからは援助してあげるからね」
「『蜘蛛の糸』が売れたからもう大丈夫です!」
元はといえばその蜘蛛の糸も二人からもらった物だったが、ニルもそのことには突っ込まないでくれた。
「このギルド共有機能にはもうひとつ利点があって、ここに入れておけば盗賊の盗みや、PK後の死体漁りで盗まれることはありません。もっとも現状ではPKされるとプレイヤーはすぐに消滅するらしいですが……」
暗くなった場を盛り上げるように、サツキが明るい声を出す。
「じゃあわたしもニルさんに盗まれないように、これからは全部ここに入れておきます!」
さっきのお返しをしたつもりだったが、ニルは呆れた顔をして、ティムまでが苦笑いをしていた。
「サツキ、それじゃあ盗み判定するまでもなく、あたしに盗られることになるんだけど」
「あ……」
サツキは顔から火を噴いたように真っ赤になった。
「この子、たまーに天然よね」
「ニルさんがからかうからですよ。他にもギルドが共有できるものとしてギルド本部があります。これは家賃を払って借りるのですが、金額によってグレードに差があります。各都市に借りられる家はあるのですが、基本的にはどこのギルドもアイシアに本部を構えていますね」
「そそ、アイシアの冒険者居住区はすごいよー。ギルド本部がずらーっと並んでて壮観」
「それは是非とも見てみたいです。ちなみにギルド本部を借りた時のメリットは何があるんでしょう?」
「各自の部屋が持てるから宿屋に泊まる必要がありませんし、サブスキル用の作業場を設置することもできます。もちろんギルド本部にはメンバー以外は入れません」
「なんだかルームシェアみたいで楽しそうですね」
二人の話を聞いていると夢が膨らむ。いつかはお金を貯めて『Lionheart』でもギルド本部を借りることができればいいと思う。
ただ今は、可視ウィンドウのギルド画面に、サツキの名前を先頭にニルとティムの名前が並ぶ、それだけでサツキは幸せだった。
◇◇◇◇◇
中心都市アイシアは、大陸の中央に位置する共和制の都市国家であり、その形状は十の階層が重なってできている塔のような都市だった。
最高層には行政施設や貴族の屋敷が立ち並ぶが、そのなかの一画にわずかながら冒険者の居住区も存在する。最も家賃の高い建物、そのひとつに『Ruler』のギルド本部があった。その中の最も奥にある一室、広く陽当たりの良いその部屋に三人のプレイヤーがいた。
「――以上が、有望と判断した者のリストです」
転送されたそれを可視ウィンドウで確認しているのは『Mitsurugi』という眼光鋭い壮年の男だった。人間であり、その逞しい骨格から高地地方の住人だとわかる。灰色の髪を後ろに撫でつけ、顔の彫りが深い。着ているものはこの世界では珍しいフォーマルなスーツのようなものだった。
ミツルギはリストをざっと流し見てから、報告をしたプレートメイルを着た若い男に顔を向ける。
「レアモンスター狩りギルドの者ばかりだな」
「それは――やはりレベルの高さ、装備、プレイスキルなどを加味しますとどうしてもそうなりますが……」
「無意味だ」
「は?」
「無意味だと言っている。現状のレベルの高さやレア装備の所有など、Noahがこうなる以前に暇に飽かせて手に入れたものだ。プレイスキルにしてもノーリスクで戦っていた時のことを判断してどうする」
「……はい」
「定職にも就かず時間を持て余していただけの連中など考慮するに及ばん。従順な奴なら兵隊として使ってやる、その程度だ。それよりもこの状況下で伸びてくる者に目を向けろ、そいつは良くも悪くもマークするべき人間だ、早急に対処しなければならん」
「わかりました」
若い男は一礼をしてその場を辞そうとする。その背中にミツルギが声をかけた。
「団員に戦闘準備をさせておけ。『Planet Hunters』の引き抜き対象者が断りを入れてきた、ギルドごとまとめて始末する」
若い男がごくりとツバを飲む大きな音が聞こえた。
「し、しかし、つい先日『Sevensenses』を潰したばかりでは……」
ミツルギが目を細めて若い男を見つめる。
「だからなんだ? この世界では疲労も残らなければ怪我も一瞬で回復する、日を空ける必要があるのか?」
「い、いえ。そういうことでは……」
「前回はこちらにも犠牲者が出た、今回はそうならないようにしろ」
「わかりました。伝えておきます」
そう言うと若い男は重量感のある扉を開け、逃げるようにして部屋から立ち去った。
それを見届けるとミツルギは窓辺にたたずむ第三の人物に声をかける。
「何か御意見はありますでしょうか、アゲハ様」
『Ruler』のギルドマスターであるアゲハはまだ少女と呼べる外見をしていた。
驚くほど白く透き通った肌に、黒檀のように艶やかな黒髪を真っ直ぐに腰まで伸ばしている。着ているシックなロングドレスも髪と同じ色だった。ルビー色の瞳と唇、そしてその口からは牙が覗いていた。
「……ほどほどにしておけ」
物憂げに振り返ったアゲハがこたえた。
「それはギルドを潰すのを自重しろと?」
「そちらではない。ただ時間を持て余していた連中など考慮するに及ばん。そう言ったのはおまえだろうミツルギ」
アゲハがミツルギの名を呼ぶのには慣れた響があった。それはこの男の名前が現実世界でも同じであること、二人が長い付き合いであることをうかがわせる。
「では?」
「青田買いの方だ。この状況下で伸びてくる者がいるならばそれは楽しみな存在だ。味方にするのも狩るのも惜しい。せめて競い合える者でもいないとこの世界は退屈だからな、放っておけ」
「……かしこまりました」
「もっとも――そんな者がいればの話だが」
そう語るアゲハは絶対的支配者だけが身につけることのできる笑みを浮かべていた。
それは獲物を狩る楽しみを知るものだけができる笑いだった。




